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チョロい

「ぜぇ、ぜぇ……はひぃ……!」


「……そんなに走っていないのに、何故そこまで疲れるんですか」


「ど、どうして、はし……ぷしゅぅ……」


 大聖堂から、僕は急いで離れた。

 とにかく、あの奇妙な嫌悪感から逃れたかったからだ。ただの視線――そう呼ぶには、あまりにも捻れ狂ったような感覚から。

 僕のこの呪いを解析できるのは、世界でも五指に入る魔術師か、数百年生きているエルフくらいのものだ。そして、その『世界でも五指に入る魔術師』については、僕は居場所を把握している。だから、なるべくその場所には近づかないように気をつけているのだ。

 少なくとも、その魔術師はストーンデールにはいない。

 だから、僕が魔王だと、そう看破されてはいないはず――。


「……チェリルさん?」


「わたしは、もう、一歩も、うごけません……」


「さすがに体力がなさすぎませんか?」


「具体的には……甘い物を持ってきてくれるまで、うごけません……!」


「案外余裕はあるんですね」


 ちなみにそんなチェリルは、ストーンデールの大通り――そこで、思い切り大の字になって倒れている。

 まぁ、僕も事前に言わずに走ったわけだし、早く離れたかったため、チェリルのことは置き去りにした。そしてある程度離れたと思ってチェリルを待ち、ようやく追いついてきたのが今である。

 僕の姿を見た瞬間に、ふらついた足が思い切り滑って、大の字になって倒れたのだ。

 倒れた瞬間に思い切り下着が見えていたが、色気の欠片もないドロワーズだった。


「はぁ……ひぃ……どうして、いきなり、走ったんですか……」


「人生、唐突に全力疾走したくなる時ってありますよね」


「ありませんけどっ!?」


 とても月並みな突っ込みだった。

 当然、それは大の字になって寝転がったままなので、それほど声も張れていない。

 だがさすがに、子供がこんな往来で寝転がっている状態だ。大通りの店主が「大丈夫かぁ?」と心配する声も聞こえてくる。


「はい、チェリルさん起きてください」


「甘い物を所望します!」


「そこでリンゴ買ってあげますから」


「わぁい!」


 むくっ、とあっさりチェリルは起きた。

 先程までぜぇぜぇ言っていた割には、すぐに回復したものである。

 とりあえず僕は、近くにあった店でリンゴを一個だけ購入して、チェリルに渡しておいた。リンゴ一個で機嫌が良くなるなら、安いものだ。


「はぐはぐ……」


「それで、ひとまずもうストーンデールには用事がないと思っていいですか?」


「あ、はい! わたしが勇者として認められていることは分かりましたし、もう大丈夫です!」


「それは良かった。でしたら、まず最も近い場所にある聖剣を抜きに行きましょう」


 僕は頭の中で、地図を描く。

 この世界は、北大陸と南大陸の二つに分かれており、それぞれ三つの国が統治している。そして、このブリスペル共和国は、北大陸の南端であり東端だ。南大陸のユクト皇国とは海を隔てているものの、大陸間で最も短い海路で繋がっている。ゆえに、大陸間を移動するならばブリスペルの海路を使うのが基本だ。

 だが、ブリスペル共和国の中には、まだ三つの聖剣がある。そして、クロア島にある聖剣を除く二本を順に抜いていくとなれば、自然と北方へ向けて進まなければならない。

 そうなると、北方のロシュフォール王国に向けて進むのが最善か。


「ゼノさんは、聖剣がどこにあるのか知っているんですか?」


「ええ。『天樹教』が公開している情報もありますし、冒険者の間では割と噂話も多いですからね。僕はそういう話を集めて、聖剣を見に行くのが趣味なんですよ」


「へぇー……変わった趣味なんですね?」


「そうですか?」


 まぁ、確かに良い趣味とは言えないかもしれない。

 だけれど残念ながら、八割がた嘘である。確かに『天樹教』が公開している聖剣の場所はあるが、僕の知る限りそれは三つ――全て、人里近くに存在するものだ。他の聖剣は全て、深いダンジョンの奥深くに存在する。

 そして勿論、冒険者たちの間で噂話として囁かれている情報もあるが、その真偽は実際に見に行ってみなければ分からない。普通に考えれば、ただ聖剣を見てみたいから難易度の高いダンジョンに潜るなんて馬鹿は、冒険者として長生きすることはないだろう。

 僕はただ純粋に、自分の体を蝕む呪い――その出所が分かるというだけのことだ。

 わざわざ見に行くなど、やるわけがない。


「まず、最も近い聖剣ですが……ゼッツブールの街、分かります?」


「あ、はい。えーっと、ストーンデールの次に大きい街ですね!」


「ええ。で、ゼッツブールの近くにあるダンジョンなんですが……ウェイデン遺跡という場所がありまして」


「ウェイデン遺跡……?」


 僕の言葉に、チェリルが首を傾げる。

 まぁ、冒険者でもなければ知らないだろう。一応は、初心者向けのダンジョンとされている場所だ。とはいえ、こちらはローレンス洞窟ほど安全ではなく、中には好戦的な魔物も数種類確認されている。

 この場所で、ひとまずチェリルの実力を量りたい。


「ええ。ゼッツブールから歩いて一日くらいの場所に、ウェイデン遺跡というダンジョンがあるんですよ。これは古代の地下墳墓カタコンベなんですが、現在は魔物の群れに占拠されています」


「その奥に、聖剣があるんですか?」


「そうです。ただ残念なことに、チェリルさんは勇者で僕は魔術師です」


「……?」


 チェリルは勇者。

 僕は魔王――ではなく、魔術師。

 あくまで、人間の振りは続けなければならない。そのために僕は、目立つ杖を使っているのだ。

 そして、僕たちのパーティは二人である。


「となると、前衛はチェリルさん、後衛が僕ということになりますね」


「――っ! えぇっ! わたしが前衛ですか!?」


「はい。襲いかかってくる魔物を、どうにか凌いでください。僕はその後ろから、魔術を放って倒しますので」


 一般的な冒険者は、数人でパーティを組む。

 敵の攻撃を受ける戦士が就く盾役タンク、攻撃特化の魔術師が就く攻撃役アタッカー、神官や補助特化の魔術師が就く補助役バファー、回復特化の神官が就く回復役ヒーラー――そんな役割分担が、一般的なパーティの形である。

 だが、僕たちは二人しかいない。ならば、僕が攻撃役アタッカー補助役バファー回復役ヒーラーを一手に担わないといけない。

 つまり、敵の攻撃を受けるのはチェリルである。


「わたし、そんなに強くないですよ!?」


「大丈夫です。死ぬ前に回復しますから」


「地獄がずっと続くやつっ!!」


「まぁまぁ」


 パーティの在り方については知っているけれど、勿論ながら僕は魔術師として立ち回ったことなどない。一人旅だったし、パーティを組んだことは皆無だ。そもそも、僕が魔物を倒す理由なんて何もないし。

 加えて、僕とチェリルがいれば、魔物は全員チェリルを狙う。僕が魔物を倒す理由がないのと同じく、魔物が僕を倒す理由もないのだ。彼らは、本能として『人間を殺す』という意思を刻まれているだけの存在であり、僕は人間でない。

 だから、人間であるチェリルが盾役タンクになるしかないのだ。


「大丈夫ですよ、チェリルさん」


「どこが大丈夫なんですか!」


「だって、チェリルさん勇者じゃないですか」


「はっ! そうでしたわたし勇者でした! そう、勇者! わたし最強!」


「はいはい最強最強」


 うん。

 こう思うのも何度目になるか分からないけれど。


 チョロい。

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