さよなら、武装JK
……目が覚めると、私は自分が複数の人間とともに狭苦しい部屋に座っているのに気づいて、自分がなぜここにいるのかと不思議に周りを見渡した。
部屋の中はすぐそばで動いてるらしいエンジン音が反響してガタガタ揺れていたのと、後方が開け放しになっているので、ここは走っているトラックの荷台だとすぐにわかった。荷台には私のほかに五人の人間が窮屈そうに身を縮めていてーー私もふくめてーーみんな女の人だった。それも全員まだ若く、明らかに10代後半くらいで、どこかの高校の制服らしい明るいのブラウンのブレザーとチェック柄のミニスカートを履いていた。
奇妙だったのは、私もふくめて、みな武装していることだった。女の子たちは全員同じチェストリグを身に着けて、ポーチにアサルトライフルの弾倉を詰めていた。グレネードまでも腰にひとつだけ着けている。そして両手にしっかりアサルトライフルを握り、それを杖にして、祈るような姿勢で座ったままうなだれているのだ。それはまるでなにかの礼拝のようでもあり、疲れきって動けないようにも、恐ろしいものに直面した小さな子供のようにも見えた。
「ねぇ……」
迷ったが、私は隣に座っている女の子に小さく声をかけた。
「ここどこ? 私たちなんでこんな格好を?」
するととなりに座っていた女の子が目をあけ、どこか皮肉っぽく微笑した。色の薄い髪をした女子だ。
「なにリッカ、今度はそういう路線でいくつもり?」
質問の意味がわからずに困惑していると、その女子は自分の左手首をとんとん叩いた。そこには腕時計に似たデバイスが巻かれている。自分の手首を見ると同じものが巻かれていた。
「作戦内容まで忘れないでよ」そうして彼女はまたうなだれた。
私はライフルを足で挟んで倒れないようにすると、デバイスの液晶画面に指を触れた。すると一部が光って、すぐ目の前に立体映像で大きな画面が表示された。デバイスの液晶画面と立体映像のトップには、どうやら重要な情報らしい大きな『☆:266』の文字と様々な項目があったが、私はとりあえず一番上の【ユーザー情報】をタッチした。すると画面が切り替わり、顔写真つきのプロフィールが表示される。
名前 長谷川六花
性別 女
年齢 16
所属勢力 私立聖アズラエル学園高等部
所属クラス 1年A組 第一小隊
所属委員 清掃委員
所属部活動 料理研究会
累計戦闘回数 4回
累計殺害人数 2名
「なに……これ……」
漏れ出した声が震えていた。
名前は自分のものだ。所属している学園や、部活動も知っている。でも『第一小隊』とか『累計戦闘回数』とか『殺害人数』って?
これは本当に自分のプロフィールなのだろうか。だが一緒に表示されている顔写真は紛れもなく自分の顔だ。どことなく気弱そうな眼差しに、黒く短い髪を赤い髪留めで留めている。触れると、その髪留めは間違いなく自分の額にあった。
「私は……人殺し……?」
「さっきからブツブツ、どうしたの? まだ前回の傷が痛むとか?」
となりに座っている女子がまた小さく声をかけてきた。彼女は心配そうに私の顔を覗きこんだ。私が困惑したままでいると、彼女はふっと安心させるようにまた笑う。
「大丈夫だって、リッカはあたしが守ってやるから。友達でしょ?」そうして彼女は私の肩に手をまわし、ぎゅっとハグをした。彼女の温かい体温とかすかにつたわる心臓の鼓動に安心をおぼえながらも、それでも私は彼女の名前すらわからないことが不安でたまらなかった。だから私はハグをされながらも目を開き、彼女のチェストリグに名前が――『美浜夏希』――書いてあるのを見て、ようやく少しだけ心からホッとしたのだった。
「ありがとう――えっと、ナツキちゃん?」
離れたあと、私はそう言った。ナツキはまたニッと笑う。
「大丈夫だって。今回もマコりんがいる。マコりんはダントツだから、いざとなったら全部任せちゃえばいいよ」小声でそう言い、彼女はクスクス笑った。私は『マコりん』がこの中の誰なのかもわからなかったが、とりあえず笑い返した。
ナツキはまたライフルを抱えて目を閉じたので、私はもう少しだけデバイスをいじることにした。デバイスには【小隊名簿】などの項目もあったけれど、それは軽く目を通すだけにした。それよりも気になったのは【作戦】の方だった。これから私は何をすればいいのだろう。タッチする。
作戦目標 『黒木鈴蘭』の殺害
資料 『黒木鈴蘭』は我々の敵対武装高校である『大和第一高等学校』の三年生である。現在彼女は我らが校区SWW-58-23にある廃墟に少数の戦闘ロボットとともに立てこもっている。これを殺害せよ。
それだけだった。再び現れた『殺害』という単語にめまいがしそうだった。
私は兵士なのだろうか。この周りの彼女たちもそうなのだろうか。
そしてなぜ私はそれらのことをすっぱり忘れてしまっているのだろうか。
とてもじゃないがこれ以上資料を読めなくなって、デバイスの画面をトップ画面に戻した。そのとき、あれ、と思った。
トップ画面と液晶画面には『☆:290』と表示されている。さっきより数字が増えている気がする。この数字は何を表しているのだろう。そう思っていたら表示が『☆:289』に変わった。増えたと思ったら今度は減った。よくわからない。だけどこの数字の謎を考えるにはほかに気がかりが多すぎる。
頭がずんと重く感じて、私は再びライフルを杖にしてまわりと一緒にうなだれた。自分だけがおかしいと思われることが、人を殺しにいくことよりも嫌だった。
やがてうなりをあげてトラックが停車し、私はバランスを崩してナツキにもたれかかってしまった。ナツキが「ちょっと、リッカ大丈夫?」と声をかけてきたが、私が返事をする前に荷台の一番奥に座っていた人が大声で「降りろ! 降りろ!」と声をはりあげたのでそれどころではなかった。
ほかの人たちに続いて、私もあわててライフルを持ち荷台を降りた。とたんにつよい横風とまきあがった砂ぼこりが顔を直撃し、腕で目元を覆った。降りた先は廃墟に囲まれた、ちょっとした広場だった。天気はよく、直射日光が眩しいくらいだ。
「ゴーグル、着け! 小隊総員、整列!」
号令がかかって、私はチェストリグに自分のゴーグルが下がっていることに気づいた。着けおわるころにはほかの人たち――荷台に座っていた私を除く4人と、その前に立つ1人――はすでに整列を終えていた。
「長谷川、遅いよ」前に立つ女子が言った。
「す、すいません」頭を下げる。
「これより我々は黒木鈴蘭殺害作戦を決行する!」声をあげた彼女は黒く長い髪を後ろで結わえた、凛とした印象の女子だった。私たちと同じくブラウンのブレザーを着てその上にチェストリグを身に着けているが、彼女はさらに赤い腕章を身に着けている。隊長のあかしだ。『筅崎真琴』こそがこの小隊の隊長だった。
「目標はここより約250メートル先の廃墟に立てこもっている。奴は我々聖アズラエルに対して、奴の入学当初から多大な損害を与えてきた! 今こそ償わせるときだ! 奴が殺した友達と同じ数の穴をあけてやれ!」
「それは下の穴も含めてのハナシ?」いきなり無遠慮な声が上がった。
マコトが睨んだのは、整列していたなかで一番派手な恰好をしている女子だった。髪は派手な金髪で、キラキラする小物がついた髪ゴムやアクセをたくさんつけている。ゴーグル越しにもわかるくらいきついラメ入りのメイクをしていた。
「あ、ごめーん! マコりんはまだ穴あいてないもんね。こういうハナシ得意じゃないっか!」
「相原」マコトが厳しい口調で言う。マコトが彼女をそう呼んだので、私はゲラゲラ笑っているギャルっぽいのが名簿で見た『相原愛』だとわかった。
「作戦直前だぞ」
「マコりんはカタいんだって。そんなマジになんなくても、大丈夫っしょ? マコりんならさ」
「真剣にやらなければ死ぬ。下品で不真面目だと星に見放されるぞ」
「こーいうのも需要あるんよ」アイは肩をすくめた。マコトは小さくため息をついた。
「具体的な手順は出発前に説明した通りだが、なにか質問はあるか?」その言葉に私はぞっとした。『具体的な手順』? 思い出せない!
冷汗がぶわっと噴出したのがわかった。手も震えている。緊張と恐怖で頭がぐるぐるしはじめた。するとそのとき、私の手を横からそっと握るものがあった。
「ねぇ、ほんとに平気?」隣に立ってたナツキだった。
「はい、マコりん隊長!」いきなり彼女が手を挙げた。
「美浜、なんだ?」
「リッカがなんか体調悪そうなんですけど、参加させますか?」
「なに? 長谷川、平気か?」
マコトがつかつか近づいてきて私の前に立った。私は彼女を見返して、何とかうなずいた。
「本当か? 無理するなよ」マコトは私の肩に手をおいてほほ笑んだ。その表情は柔らかかったが、しかし私は同時に、ここで体調が悪いなどと言ってしまったら、この人は確実に私をここに置いていくという確信をいだいた。それだけは嫌だった。何故かわからないが、私は何もかもを忘れてしまっている。ここにひとりで残されるなんてごめんだ。とくにナツキと離れるのは嫌だった。今この手を握ってくれている彼女だけが、この世で唯一信用できるもののような気がした。
「いえ、問題ありません。マコりん隊長」私は微笑を浮かべてかえした。
「『マコりん隊長』?」マコトはいぶかしむように眉をひそめた。私は何か失敗してしまったかと思ったが、すぐにマコトが小さく噴き出したので、安心した。
「とうとう長谷川まで私をあだ名で呼ぶことにしたの?」彼女の声色は楽し気だった。さっきまでの緊張した空気がすこし緩んで、私は心が軽くなった気がした。
「ほかに質問あるものは?」もう一度マコトが周りに聞いた。
「一点だけ」しかし上がった手は2本だった。声も重なっていた。私は変に思って彼女らをよく見、そしてぎょっとした。
まるで鏡にうつっているかのようにそっくりな外見をした女の子がふたり並んで立っていた。どっちがどっちかわからなかったが、私は彼女らが『林未来』と『林来未』だとわかった。
「なんだ?」マコトはふたりに向かって言った。
「敵、『黒木鈴蘭』の目的は何でしょうか? 立てこもっているということはなにか要求があるはず」「それと人質がいるかどうかも」
「じゃあ二点じゃん」アイがにやけながら茶々をいれる。ミライかクルミのどちらかが「失礼」と返した。まるでふたりでひとりのように、彼女らはほぼ同時に同じようなことを喋るのだった。
「敵の目的は不明だ。人質もない。戦闘ロボットの部隊とともに我らが校区の廃墟に単独で陣取ってはいるが、そこから動く気配はない。二時間前に行われたこちらからのコンタクトにはただ一言だけ返信があった」
「なんて?」とナツキ。
「『はやく殺しにこい』」
「罠じゃないですか!」思わず大きな声が出てしまった。しかしマコトは落ち着きはらってうなずいた。
「罠ということは、大チャンスということだ」
「よっしゃ! 俄然やる気出てきた!」ナツキが小さくガッツポーズした。
「罠かぁー小難しいの苦手なんだよなぁー」アイがウエッていう表情をする。
「苦境を乗り越えるのが一番いい」「派手に銃を撃てる」ミライとクルミが同時にそう言った。
私はわけがわからなかった。これから罠の中に踏み込むというのに、周りの彼女たちはまるで恐ろしいと思っていない。さっきマコトは『真剣にやらなければ死ぬ』と云った。だからとてつもなく危険なことのはずなのに……。
私には、さっきまであれほど頼もしく見えていたナツキが、まるで全然別人のように見えた。
「あ、あの、わたし、やっぱ体調が――」「――よし、出発するぞ!」マコトの威勢の良い号令に、私の声はかき消された。
廃墟と廃墟の間の路地裏を抜け、私たちはあっという間に目的の建物が見える場所までたどり着いた。私たちは道路に放置されて錆びついた廃車の陰に隠れつつ、建物の様子をうかがった。
建物はもと公民館のようだった。マコトによればあの建物は昔聖アズラエル学園と敵対していた学校の校区の公民館だったそうだが、何年か前の大規模な戦いで聖アズラエル学園が滅ぼしてからずっと放置してあるそうだ。広い敷地はフェンスで囲われていたが、正門は開け放たれていて、そのほかにも多くの侵入経路が容易に見つかった。
「気配無いけど、ほんとにここなん?」アイがいぶかしがる。
「間違いない」「車両がある」ミライかクルミのどちらかが、正門奥のロータリーを指さす。その先には一台のトラックが乱暴に停められていた。
「車体に大和第一の校章、たしかに」ナツキがうなずく。
「よし、手はずどおり二手に分かれるぞ」マコトが全員に向かって言った。
「私と美浜と長谷川をアルファ、相原と林未来と来未をブラボーとする。相原、このあとは頭に入ってるな?」
「もっち~」アイがニカッと笑ってピースした。
「ウチらは裏手にまわって、逆から建物内をさらうんでしょ?」彼女は手首のデバイスから地図を呼び出し、立体映像を指でなぞりながら詳しい過程を説明してみせた。彼女の説明は見た目の軽薄さからはイメージしづらいほどに明瞭かつ簡潔だった。
「頼む」マコトが頭を下げる。
「そんじゃ、さっそく行ってくるねっ! ミラクルコンビも行くよ」そうしてアイは素早くミライとクルミをつれて私たちから離れていった。
「ミラクルコンビ……?」
「ほら、『ミライ』と『クルミ』だから」ナツキがくすくす笑いながら教えてくれた。
「やっぱアイぽんのセンスずば抜けてるわ。下ネタ好きなのがきついけど」
「そうだね。ネーミングセンス最高」
「ふたりとも」マコトが静かに言った。
「小銃、初弾装填確認」彼女の小さな号令に、私の体はほぼ無意識のうちに反応した。アサルトライフルの薬室を一瞬だけ開き、しっかりと弾薬が装填されていることを確認する。
「安全装置解除」ライフルの安全装置を解除した。重い銃を持つ腕の筋肉に、緊張感が一気に満ちる。
「長谷川、指摘事項」
「はい」
「無線」
「無線了解」私はいつの間にか無線のイヤホンをしていないことに気が付いた。チェストリグからのびるイヤホンをしっかり左耳にねじ込む。電源も確認した。
「感度よし」
「よし」とマコト。
「戦闘準備よし。無線よし」とナツキ。
「よし、それでは侵入する」そうしてマコトは身を低く、物陰に隠れながらも素早く建物に近づいていった。私とナツキも続いた。
私は、さっきまで感じていた恐怖と不安がマコトの号令で一気にどこかにいってしまったことに気がついた。命令に従うのは心地よく、どこから狙われるか分からない緊張感は、脳みそから余計な思考をどんどんそぎ落としていった。学生服のまま銃を持って敵と戦うという異常極まりない状況にも関わらず、こうしているのが自然だと感じられたし、何度もこんなことを繰り返していたような気がした。
私たちはマコトを先頭に素早く正門を抜け、停まって動く気配のない敵のトラックの側面にとりついた。
「美浜、周囲警戒。長谷川、正面玄関を偵察しろ」
「了解」と私はかえし、地面に片膝をついて、車体に身を隠しつつ正面玄関を見る。
広く大きな玄関は開け放たれていて完全に無防備だ。敵どころか、なにか生き物がいる気配もない。
「クリ――いえ、敵視認。人型戦闘ロボットいち」安全と言いかけたところに、敵の姿が見えたのであわてて訂正した。
見えたのは人型ロボットだった。事前の情報であった敵の戦闘ロボットだ。マチ針に手足が生えたような細いシルエットの黒い人形が、マシンガンを携えて玄関の奥から現れたのだ。
「ほかに敵は目視できず」私はもう少しだけ身を縮めた。
「了解。アルファよりブラボー、そっちはどうだ? オクレ」マコトが無線に呼びかけ、返事が私のイヤホンにも届く。
「いつでも侵入できるよー、ドウゾ」アイの声だ。
「了解、二十秒後に突入せよ。通信オワリ。長谷川、あのロボットをやれ」
「え、私?」びっくりして聞き返すと、マコトは眉をひそめた。
「この中で一番射撃がうまいのはキミでしょう。見せ場だから、かっこよく決めなよ」
「あ……はい」私は小さくうなずいた。果たしてそうだっただろうか?
とにかく私は深呼吸をし、ライフルのストックをしっかり肩にあてた。慎重に銃を持ち上げ、アイアンサイトの向こう側にしっかりとロボットの頭部をとらえる。息をとめた。
引き金を引いた瞬間、懐かしい破裂音と、体の芯までくる振動があった。ロボットの頭部ははじけ飛び、その場に崩れるのが見えた。銃から飛び出した薬きょうが少し離れた地面にぶつかって、キンという軽い音をたてた。
「ダウン」
「よし、突入! 離れるなよ!」マコトが車の陰から飛び出し、私とナツキもそれに続いた。
正面玄関を入るとそこはエントランスだった。ものは少なく、がらんどうになっている。私たちは真ん中を走り抜け、エントランスからのびる大きな廊下の入り口の左右にとりついた。素早く廊下の向こう側を覗くと、銃声と味方のトラブルを検知した戦闘ロボットたちが、それぞれ待機していた場所から続々と飛び出してきたところだった。
チャンスだ、と直感して腰のグレネードに手を伸ばしそうになったが、ナツキが「アタシの見せ場だ!」といったのでやめた。
ナツキが自分の腰に下げていたグレネードをとりあげ、廊下の奥にむかって投げた。私たちが身を隠した直後に大きな爆発が起こって、廊下は一気に埃と様々な破片に満たされた。そして間髪いれずマコトが「制圧射撃!」と号令を出したので、私たちはいっせいにアサルトライフルを構え、埃のむこうにかすかに見えるシルエットをたよりに射撃しながら廊下を一列になって進んだ。
その途中だった。廊下の真ん中あたりにあった部屋の中から、撃ちもらした戦闘ロボットの一体がいきなり飛び出して私に銃を向けた。
「ヤバッ――!!」私はとっさに腕で頭をガードしたが、それよりもはやく私とロボットの間に割り込んだのはマコトだった。彼女は両手を目いっぱいに広げ、私をかばっていた。
「マコりん!?」私は血の気が引いた。そんな姿勢で銃弾を防げるわけがない。まさかこんなに早くこの時が訪れるなんて思っていなかった。私は思わず目をつぶった。
かちり。
軽い音がした。
目を開けると、マコトは元気なまま私の目の前に立っていて、その前にはロボットが棒立ちで銃を向けたままだった。どうして撃たれていないんだろうという疑問は、彼女の言葉ですぐにわかった。
「弾切れ? 残念だね!」そう言ったマコトの横から、ナツキがロボットを射撃して破壊した。
「ありがとう」マコトがナツキに声をかけ、ナツキはサムズアップで応えた。
「あ、危なかった……」そう漏らした私の肩をマコトはたたく。
「見せ場作ってくれてありがと!」彼女は笑った。
「そんな! 私こそありがとうございます!」頭を下げる。
「なぁ、なにか妙じゃないか?」ナツキが言った。私とマコトはうなずく。
「たしかに、こんなタイミングで弾切れなんて――」「敵が少なすぎる」私の言葉をさえぎって、マコトが言う。ナツキもうなずく。
「これじゃとても罠なんて言えない。もっとたくさん敵が出てきてもっとたくさん倒せると思ったのに!」
「え、え?」私はうろたえる。
「もしかして、こっちじゃないのか?」マコトはデバイスから地図を呼び出し、頭をひねっている。
「アルファよりブラボー、そっちの状況は? オクレ」ナツキが無線に呼びかける。
「ブラボーよりアルファ。こっちには敵が全然いない。まだ二体しか倒してないぞ。オクレ」アイの声だ。
「了解、こちらも敵が少ない。ちょっと待って……マコりん隊長、どうする?」
「中庭で合流しよう。ここは広いから、きっとなにか起こる」
「ラ―ジャ。アルファよりブラボーへ、中庭で合流せよ。復唱ドウゾ」
「了解、ブラボー、中庭でそちらと合流する。オクレ」
「通信オワル」
「よし、行こう」マコトが歩き出す。ナツキもついていく。
私は動けなかった。なにかがおかしい。この戦いは――いやこの状況は、はじめからなにもかもがおかしい気がする。
「ねぇ、リッカ、どうしたの!?」少し離れたところから、ナツキが振り返って呼びかけてきた。彼女は心配そうな顔をしている。
なにかがおかしい――そう思いながらも、私にはほかに選択肢はなかった。
「……ううん、なんでもない!」私は少し駆け足で、ふたりのあとについていった。
中庭は広かったが、敵の姿は無かった。代わりにアイとミライとクルミの三人が先にたどり着いていて、周囲を警戒しつつたむろしていた。
「ねぇ、どうなってんの?」開口一番、アイがそう言った。
「敵がかたよってるのかもしれない」答えるマコト。
「罠だっていうから期待したのに!」アイは膨れた。
「このままでは私たち、なにも活躍できずに終わってしまいます」ミライとクルミも不満気だ。
「アタシとリッカはそれぞれやったからいいけど……」ナツキが私をちらりと見た。私はその視線の意味が分からす、気まずくなって手首のデバイスに視線を落とした。そして気づいた。
「☆が増えてる……?」デバイスの液晶画面には『☆:359』の表示がある。たしか前に見たときは290くらいだったはずだ。
気になって、私はほかの人のデバイスに視線をやった。盗み見るみたいで気が引けたが、仕方がなかった。
筅崎 真琴 ☆:1500
相原 愛 ☆:550
林 未来 ☆:670
林 来未 ☆:680
美浜 夏希 ☆:430
常に増えたり減ったりしているものの、彼女たちの星の数はおおよそこのくらいだった。みんな私より大きい数字なのがなんとなく悔しかった。
「リッカ」急に声をかけられて、私は飛び上がりそうなほど驚いた。
「え、な、なに!?」見ると、心配そうな顔のナツキがすぐそばに立っている。
「やっぱりリッカ今日おかしいよ。今からでも遅くないから、戻ろう?」
「あ、いやいや、大丈夫だよ! ちょっとぼーっとしてただけ……」
「わかってよ、リッカ! あたし、リッカが心配なんだよ!」
そうしてまたナツキは私に抱きついてきた。その力は前より強く、装備もあいまって苦しいほどだった。
「もっとあたしを頼ってよ、リッカ……」
「ナツキちゃん……」
彼女の想いがうれしくて、私も彼女を抱きしめかえそうと腕を持ち上げた。その時だった、自分のデバイスの画面が目に入ったのは。
長谷川立花 ☆:413
長谷川立花 ☆:415
長谷川立花 ☆:420……
『星が増えている』――-そのことを理解した瞬間、なぜか私は、私を抱きしめるナツキの腕がとてつもなく気持ちの悪いものに思えてしまった。
「触らないで!」気づいたときには遅かった。私はナツキを突き飛ばしていた、彼女は地面にしりもちをついていて、信じられないものを見る目でこちらを見ていた。
「ご、ごめん!」謝ったが、遅かった。ゆっくりと立ち上がったナツキは、ぎっと私をにらみつける。口元は真一文字に結ばれ、髪の毛が逆立っているようにすら見えるほどだ。
「そうなの……路線変更ってワケ」彼女の言葉は冷たかった。
「ちがうの! 今のは違うの!」私はわめくが、彼女はもう完全に耳を貸そうとする様子はなかった。腕を組み、非難するような視線をこちらになげかけていた。
「えーなに、ふたりともどうしたん?」険悪な雰囲気を察したアイが話し合いを切り上げてこっちに来た。
「いえ別に、なんでもありません」ナツキはそれきりそっぽを向いてしまった。私はとりかえしのつかないことをしてしまったという感覚に泣きだしてしまいたくなった。
「んーまぁ、なんかあったみたいだけど、とりあえず今は仲良くしな? じゃないと共倒れになるよ?」アイが私とナツキに呼びかける。ナツキは返事をしなかった。
「とりあえず、今後の方針ね! みんなマコりん見て~!!」
アイが手を叩いてマコトに注目を促す。私とナツキとミラクルコンビは彼女に注目する。マコトは軽く胸を張り、咳払いをした。
「えー、今後の方針だが、とりあえずターゲットである黒木鈴蘭を発見することを第一にして――」直後、彼女の背後に何かが落下した。
唐突に現れたそれは黒く巨大なものだった。私はついさっきにそれと同じようなものを見た。敵の戦闘ロボットだ。ただし正面玄関や廊下などで見たものよりも何倍も大きく、そして人型ではなかった。新たに出現したロボットは四足歩行をしていて、動作は肉食獣にそっくりだった。
「なんだ!?」私たちはみな銃を構えた。
「こんなの見たことない!」ナツキがうれしそうな声をあげた。
「なるほど、これが本番!」ミライとクルミも同様だ。
「マコト、逃げて!」そう叫んだのは私だけだった。
「――逃げる?」マコトがそう言って、くすりと笑う。彼女はロボットを振り返る。
「こんな大チャンスに『逃げろ』だって? 逃げるのはみんなの方だよ!」彼女は腕を広げ、肩越しに後方の私たちに呼びかける。
「ここは私が食い止める! みんなは早く安全な所へ――」
それが彼女の最期の言葉だった。
マコトの目の前の戦闘ロボットが前足をふると、彼女の首が、長い黒髪の尾を引きながら弧をえがいて空中におどった。それはあまりにもあっさりと行われたので、私たちは彼女の首から下が崩れ落ちるまでなにが起こったのかわからなかった。
「ぎゃあああああああ!!!!!?!?!????」絶叫したのはアイだった。彼女はロボットに銃を向け乱射した。しかしろくに狙いもつけられていない弾丸たちはロボットには当たらず、すぐに弾切れとなった。ロボットはあっというまに鋭い前足で彼女の胸を刺し貫いた。
私は動けなかった。足がすくみ、奥歯がカチカチなり続けていた。ロボットが前足にアイを串刺しにしたまま、頭部をもたげてこちらを見ても動けなかった。私の頭はなぜ?という疑問符だけが埋め尽くしていた。
「――なにやってんの! はやく逃げる!!」私が我にかえったのはその声とともにぐいと腕が引っ張られたからだった。ナツキだった。
「なんでマコトが! なんで!?」わめく彼女とともに私は走り、再び建物のなかへ入った。あの戦闘ロボットは体が大きいので屋内には入ってこれないように見えた。そう信じたかった。私たちはがむしゃらに走った。廊下を走り、走り、銃の重さと疲労に足がもつれて倒れこんだ。それでも恐怖のあまり銃を構えて周囲を見渡し、動くものの気配がないのを感じとると、ようやくはじめて呼吸ができたような気がした。肺が痛くなるほどひとしきり呼吸をしたあと、やっと私は言葉を発せた。
「みんな……みんな死んじゃった……」
「ありえない!」ナツキは頭をかかえ、目を見開いていた。顔はすっかり青ざめている。
「だってマコトだよ! マコトが殺されるなんてありえないよ! マコりんはダントツだった!! 私たちなんかよりよっぽどすごかったんだ!!」
「ナツキ、落ち着いて――」
「アイぽんも死んじゃった! ミラクルのふたりもきっと死んでる!! 私たちも殺される! なんで! 私はまだまだいけるはずなのに――」
「ナツキ!!」
気づいたら私は彼女を抱きしめていた。ついさっき私の方が彼女を拒否したばかりなのに、今はどうしてもそうしなければならないという衝動があった。ナツキは少しだけ嫌がるように抵抗したけど、私が全力でしがみついてはなさないので、すぐにおとなしくなった。代わりに涙声が混ざった。
「みんな……みんあ、じんじゃっだ……死んじゃったよぅ……」
「大丈夫だよ、ナツキ」私は彼女の背中を撫でながらそう言った。
「ナツキは私が守るから……友達だもん……」
その時、不意に耳障りな音がイヤホンから聞こえた。これは無線を受信したときのノイズだ。私は一気に胸が軽くなった気がした。この回線にかけてくるのはミライかクルミしかいないはずだから。
「応答した、こちら長谷川立花! ミライちゃん!? クルミちゃん!? 無事でよかった――」
「――君は長谷川立花というのだね」
ぞっとした。知らない声だった。
「だっ、誰!?」
「私は黒木鈴蘭」
――黒木鈴蘭! 今回のターゲット!
「今はあんたにかまってる暇はない!」私が大声をあげるので、ナツキが不安げに私から離れる。
「おや、そうかね」黒木鈴蘭は含み笑いをした。
「君らの隊長を殺したあのロボット、私が操っているのだがね」
「――え?」
「もちろん、今この瞬間にも、君らがいるところにあのロボットを向かわせることもできる。だがそうしないのは君と話したいことがあるからだ」
「こっちは何も話すことなんかない!」
「ああ、よくない。それは良くないぞ」
黒木鈴蘭の低い声にわずかに苛立ちの色がにじむ。
「むざむざ貴重な命を散らさせないでほしい。長谷川立花、キミは選ばれし者なんだ。もし私のいるところまできてくれたら、キミの友達の命は奪わないでいてやろう」
「……私たちを見ているの?」
すると黒木鈴蘭がうっとりとしたような吐息をはくのが聞こえた。
「その言葉、やはりキミは本物だ」
「気持ち悪いよ!」
「いや失礼。私は屋上にいる。せかすつもりはないから、ゆっくりと来てくれたまえ。待っているよ」
そして通信は途切れた。
私はその場にへたり込んだまま、しばらくのあいだ茫然としていた。
「リッカ……?」ナツキがおずおずと話しかけてくる。私は彼女を見、安心させるために笑いかけた。
「ナツキちゃん、私、屋上に行かなくちゃ」
「屋上……? ねぇ、今の通信、誰?」
「黒木鈴蘭」
「敵!? ダメだよ! 殺されちゃう!」ナツキは私の体にすがった。その感触はさっき中庭で抱きしめられたときと全然違う、心地いいものだった。
「わからないけど……たぶん、大丈夫だと思う」
「大丈夫じゃないよ! ここから逃げよう!? リッカまで死んじゃったらあたし……!」
「黒木鈴蘭を殺せばここから逃げられる」
私はそう言った。
ナツキはあっけにとられた顔をした。
「ここのロボットを操っているのは黒木鈴蘭。その黒木がいま、私に会いたいと言っているんだ。絶好のチャンスだよ」
「……そんなの……罠に決まってるじゃん……」
「まぁ、簡単じゃないだろうけど」
私は立ち上がる。そしてライフルを構えなおす。
「ナツキはここにいて。終わったら迎えにくるから」
「そんなの!」ナツキも立ち上がった。泣きはらした彼女の目にはもう混乱と恐怖の色はなく、強い決意の光があった。
「私も行く。友達だもん」
「……ありがとう」
私はナツキに片手をさしだした。ナツキも少し恥ずかしそうにしながら握り返した。私たちは手をつないだまま、誰もいない廊下をゆっくりと歩き出した。
屋上に出る扉はなぜだかすごく重く感じた。しかしいざその先に足を踏み出すと視界を遮るものはなく、外周にフェンスもないため開放感に溢れていた。
その真ん中に巨大な影がうずくまっている。中庭で見かけたあの戦闘ロボットだ。ロボットはその両前足にひとりずつ人間をぶら下げていた。ミライとクルミの死体だとすぐにわかった。私は、片手に握ったままのナツキの手をさらにぎゅっと握った。ナツキも握りかえしてきた。私たちはお互いに顔を見合わせ、もう一度歩を進めた。
戦闘ロボットの前にひとりの人間が座っている。普通のパイプ椅子に腰かけている彼女は、ひどく古風なセーラー服を着ていた。私たちのような銃火器は持っていないようだったが、右の腰にひと振りの日本刀を携えていた。彼女がそうに違いなかった。私は意を決して声をかけた。
「黒木鈴蘭だな」
「はじめまして、長谷川六花、それとお友達も」彼女は微笑した。
私はすばやくナツキの手を振りほどき、ライフルを鈴蘭に向けて発砲した。だが鈴蘭は慌てる様子もなく座したまま。弾丸は当たらなかった。鈴蘭に向かって飛んだそれらは、どうやら彼女の手前で軌道をかえ、後方の空間へ逃げていってしまっているようだった。私は弾倉をひとつ撃ちきるまで連射したが、かすりもしなかった。
「無駄だよ」鈴蘭は右手首のデバイスを見せつけた。私たちがつけているものと同じものだ。
「すべては管理されている……長谷川六花、キミを除いて」
「何をしたの?」私の問いかけに、鈴蘭は微笑する。
「システムを使わせてもらっただけだよ。管理レベルに介入している」
「そんなことしたら!」声をあげたのはナツキだった。
「『先生たち』に殺されてしまえ!」
「誰か知らないが、黙ってくれないか。私は長谷川六花と話している」
「ナツキ、お願い」
「ぐっ……」ナツキはうつむいた。
「……それで、あなたの話したいことって?」
「長谷川六花、キミは今、自分がなぜここにいるのかわかっていない、そうだな?」
「は!? そんなの――」「ええ」ナツキの言葉を遮り、私はうなずいた。
「私は、自分がどうしてこんな格好をしてるのかわからない。どうしてあなたと戦うのかわからない。私以外の仲間たちが、なんのために戦っていたのかわからない」
「リッカ、あんた……?」
「たぶん私は、記憶喪失なんだと思う」
とうとう、このバカバカしい単語を口にしてしまった。だけどその単語以上に私の状態を表すのに的確な言葉はなかった。
私は記憶喪失なのだ。ここに来る前のあのトラックの荷台以前の記憶が全くない。
「そう、キミは記憶喪失だ」黒木鈴蘭はあっさりとそれを肯定した。
「どうして……?」
「原因は今のキミを再生産した際の、記憶のコピー時におけるエラー」鈴蘭は自分の額に指を当て、ますます妖しく微笑する。
「けして珍しいケースじゃない。脳はデリケートだからね、200回に1回はこういうことも充分おこる。だがキミは失敗作じゃない。逆だ。選ばれたんだよ、キミは」
「選ばれた……って、誰に?」話についていけない。
「あえて言うなら、運命」鈴蘭は自嘲した。私は何も言えなかった。ナツキも同じらしかった。
「まぁそれはどうでもいい」鈴蘭は肩をすくめる。
「まず君は、君がなぜここにいるのかを知らなければならない。聞いてくれ。手首の機械を見るんだ」鈴蘭は左手を持ち上げ、私の左手首を指さす。
「その一番最初の画面に星の数が出ているだろう」
言われるがままに私はデバイスを見た。今は『☆:690』だ。
「それはキミの『人気』だ」
「え……?」
「私たち『武装JK』は常に監視されている。私たちの行動は常にブロードキャストされ、ファンの評価にさらされている。我々のファンが良いと思う行動をとれば星の数は増え、逆につまらないと星は下がる。今のキミはなかなかにドラマチックな展開を経てここまで来たから、最初よりずっと星が多いね」
「これは、私の人気なの?」
「そうだ」
「人気が多いとどうなるの?」
「『死ににくくなる』。人気のある武装JKには長く活躍してもらいたいからな。だからみんな『見せ場』を求めるし、人気を得るために双子キャラのような大げさなキャラ付けをするし、大きく活躍できる場面を欲しがる。そうすればどんな局面だろうが都合のいい『偶然』が重なって、死ぬことなんかほぼありえないだろうね」
「そうか……! ナツキ、知ってたの?」
「そんなの常識じゃん! むしろなんでそんな大事なこと忘れちゃったの!?」
「じゃあ、人気がない人は……」答えをきくのがこわい。
「不要だから殺される」鈴蘭は重くそう言った。
「人の命をなんだと!」私は頭にかぁっと血がのぼるのを感じた。私の命は――いや私だけじゃない。マコトも、アイも、ミライも、クルミも――顔も名前もわからない誰かたちの手によって弄ばれているのだ。今この瞬間も!
「許せない!」
「ダメだよリッカ!」悲痛な声をあげたのはナツキだった。彼女は青ざめ、そして震えていた。
「そんなこと思っちゃダメ! あたしたちはみんなに愛されなきゃ生きてられないの! あたしたちを好きでいてくれる人がいるから『武装JK』は存在できるの!!」
「私たちも人間だ!」
「違う! あたしたちはアイドルで、みんなのオモチャだ!」
「ナツキッ!! もういちど言ってみろ!!」
「長谷川六花くん、落ち着きたまえ」冷静な声を横からさしこんだのは、やはり黒木鈴蘭だった。彼女はいつの間にか私たちのすぐそばにまで近づいていた。
「残念だが、彼女――ナツキくんの言うこともある面では真実だ」
「なんだとっ……!」
「キミは純粋な人間ではない」
「どういう意味だ!」
「キミはクローンだよ。オリジナルの長谷川六花は別にいる」
「……は?」
ますます意味がわからない。鈴蘭の言葉が飲み込めないでいると、彼女は優しく諭すように続ける。
「さっき『再生産』と言っただろう? いくら人気があれば死ぬ心配はないと言っても不慮の事故はつきものだ。顔や身体に傷がつくことも充分にある。シナリオの演出のために大怪我をしてもらうこともある。だけど傷がついたら人気が落ちる。だから脳の中身だけを新しい身体に移し換えるんだ。そしてそれがキミの記憶喪失の原因だ」
「ちょっと……ちょっと待って……?」
「もちろん私やそこのナツキくんもクローンだ。オリジナルの私たちは自分のクローンを『武装JK』として下世話な大衆のエサにすることを選んだゲス野郎どもだ。私たちが人気を得るのに毎日必死なあいだ、オリジナルたちはそうして販売されたメディアやグッズの金額の一部を得て悠々自適に暮らしているのさ。ヘドが出るだろう」
「そんなの……ちょっと……無理……」
情報量が多すぎてわからない。ついていけない。頭がくらくらして、目がちかちかする。
自分はクローン? オリジナルの長谷川六花は別にいる? 私たちは人気を得て金を稼ぐための商品? あまりにもおぞましい構図だった。そんなことを考えつく人間がこの世にいるなんて想像もできなかった。
「誰がそんなことを」ようやく絞り出した疑問に、鈴蘭はうなずいて答える。
「我々は『先生たち』と呼んでいる。この戦場を作り出し、戦闘のすべてを管理し、我々を果のない地獄に閉じ込めているのは奴らだ。『先生たち』がすべての元凶であり、キミの言う『人の命』なんてものをこれっぽっちも大切に思っていない外道どもだ。理解できたか?」
少しだけ間をおいて、私はうなずいた。
「結構。では長谷川六花くん、提案――いや、お願いだ」
黒木鈴蘭はそう言うと私の前に立ったまま深く頭をたれた。突然の行動だったが、私にはもう驚くこともできなかった。
「私たちの仲間になってほしい」
黒木はそう言って、そのまま右手を私に差しのべる。
「私たちはキミと同様、記憶転写時のエラーによってこの世界の在り方に疑問を抱いたものたちだ。私たちは世の中のためにこの命を弄ばれるなんてまっぴらなんだ。ともに『先生たち』と戦おう。真の自由を手に入れよう!」
「リッカ! 耳を貸しちゃダメ!」すぐとなりで、ナツキが悲痛な声をあげる。
「『先生たち』に逆らって生きていた娘はいない! あたしはリッカが死ぬなんてやだ!! お願いだからその女を殺して! 今聞いたことは全部嘘だよ!!」
その言葉が逆説的に、鈴蘭の説明したことがすべて真実だという裏づけになっていた。私は目の前の鈴蘭を見下ろした。彼女は右手を差し出したまま頭をたれている。
彼女の口ぶりからして鈴蘭には他にも仲間がいるらしい。システムに反抗して真に人間らしい人生を生きる――いかにも魅力的だけど、それは危険極まりないことだ。それはわかっている。
だからといって『先生たち』の思惑に従い、これからも人気を得るためだけに空虚な戦いを繰り返すのも恐ろしい。私には意思があり、人間としての尊厳もある。そこには真の私は存在しない――『長谷川六花』でなくても、他の誰でも良いのだ。
私はどうすればいいのだろう。ナツキか、鈴蘭か。隷従か、反逆か。
「私は――」
そのときだった、私が『そのこと』に気づいたのは。
「――うん、わかった」私はうなずいた。
「鈴蘭さん、あなたは優しい……だから私はあなたにつくよ」
「リッカ!?」悲鳴をあげ、後ずさるナツキ。
「ありがとう」鈴蘭は顔を上げ、微笑する。
「だからまずは、これをあげます」私はさしのべられたままの黒木鈴蘭の右手に『それ』を置いた。
鈴蘭はそれを見た。ナツキも見た。彼女たちがそれが何かを理解する前に、私はすばやくナツキをタックルするようにそこから飛び退いて地面に伏せた。
『それ』はグレネードだった。起動している。
「なっ――!?」黒木鈴蘭がそれを投げ捨てるのは間に合わなかった。グレネードは爆発し、彼女の身体は右半分が消し飛んで屋上の床に散らばった。あまりにもグロテスクな光景に私はすごく不快な気分になったが、同時に奇妙な清々しさも感じていた。待機していた戦闘ロボットも、主人の死によって力無くうなだれて、もう動く気配はなかった。
「リッカ!」ナツキがよろよろと起き上がり、嬉しそうな声をあげる。
「嬉しい! やっぱりリッカはリッカだ!」
「賭けだったけど……上手くいってよかった」私も立ち上がる。ぶつけた足がズキズキと痛む。
「よかったよ、リッカ。あたしはてっきりこのまま……!!」
「彼女は優しい人だった」私の言葉に、ナツキはやや面食らう。
「だから右手を差し出してきたんだ。私に合わせるために……黒木鈴蘭は左利きだったのに」
「ねぇ、リッカ……?」
「だから、デバイスの画面が見えちゃったんだ」
私は数秒前の光景を思い出していた。私にさしのべられた黒木鈴蘭の右手、その手首に巻かれたデバイスには『☆:2788』の表示があった。それを見た瞬間、私は確信してしまった。
彼女もまた、『システムへの反逆者』というシナリオを課せられた『武装JK』のひとりだということを。
「ナツキ」私は彼女に向き直る。
「今までありがとう。でもお別れだ」
「え?」
「私はナツキとは一緒にいけない」
「それって、まさか……もとには戻らないってこと?」
私はうなずく。
ナツキはうつむいた。
「……ずるいよ」彼女はぽつりとそう漏らす。
「……ずるいよ、リッカ! リッカだけずるい!」顔をあげた彼女は表情がくしゃくしゃで、両目から涙が溢れていた。それは今まで長い間ずっとこらえていたものが一気に噴出したような涙だった。
「リッカは選べたじゃん! 私たちみたいに生きるか、黒木鈴蘭みたいに生きるか選べたじゃん! でもあたしたちは選べないんだよ!? あたしたち一生『武装JK』として、媚びへつらって、誰にも見向きをされなくなるまで、一生……っ! 一生……っ!!」
「うん――だから、ごめん」
私はナツキと正対し、その目をまっすぐに見た。
「私たちはもう友達じゃない」
「――リッカのバカヤローッ!!」
頬に鈍い痛みがあった。ナツキが私の頬を殴りつけたのだ。そして彼女は屋上から走り去っていく。ドアが乱暴に開け放たれた音だけが虚しく屋上の空間に残り、すぐに消えた。
私はつばを吐いた。折られた奥歯が混じっていた。口の中はズキズキと痛み、血がどくどくと溢れ出しているのがわかった。
長い、長いため息をついた。ライフルを地面に落とし、チェストリグを脱ぎ捨てた。左手首のデバイスは外れなかった。だけどその画面に『☆:0』の表示があったので、しかたないと諦めた。
強い風が吹き抜けた。濃い血の臭いが鼻につく。鈴蘭のものか、口に満ちる自分のものかはわからない。
私は振りかえり、黒木鈴蘭の死体を眺め、戦闘ロボットを眺め、ミライとクルミの死体を眺め、最後にそれらから視線を外し、頭上の空を眺めた。
――白々しいほどの青空――
そして私はつぶやいた。
「さよなら、『武装JK』。こんにちは、『長谷川六花』」
おわり




