マサオは聞く、凄く聞く。
マサオは眼前に佇む神々しい女性に「勇者様」と呼ばれた。
その青い目の女性は優しく諭すようにマサオに話し続けた。
「勇者様、先ずは貴方の時をお貸し頂いたこと、深く謝辞を述べさせてさせて頂きます。」
「私はクロノス。時を司る神。そして異世界の守護者、勇者様にはある世界を救って頂きたくお呼び立て致しました。」
「私が守り続けた世界が闇に飲まれようとしております。勇者様、貴方のお力が必」
「あ、マサオです。」
「はい?」
「勇者様じゃなくて、あの、そんな大したアレじゃなくて、タナカマサオです。高校生です。」
「失礼しました。勇者マサオ様」
「あ、あの。高校生のマサオです。様とかも要らないです。クロノスさん歳上ですよね?」
「『タナカさん』では如何ですか?」
「なんか、まぁ、はい。それで。」
「…何かご不満ですか?」
「あ、すみません。そう言うのじゃなくて、うち同じ職場に兄弟多いんでタナカさんって言われると皆んな振り返るんで、その、なんか違和感が。」
「では何とお呼びすれば?」
「マサオでお願いします。」
「承知しました。マサオ。私が守護する世界、貴方の住む世界とは異なる理を持った世界を」
「すみません。あの、先にこちらからの質問に答えて頂きたいのですが。」
「…よろしいでしょう」
芝居じみた女神のセリフからマサオは察した。恐らくこの人は話が長い系の人であると。そこでマサオは会話をQ&A方式に切り替えた。
そうする事により、この異常な事態を迅速に把握し、尚且つ彼女の目的も「効率的に」理解ができると考えたのだ。
Qこれは夢ですか?
Aいいえ、ここは神界。貴方の住む世界と異世界の狭間
Q神界とは天国、つまり俺は死んだのですか?
Aいいえ、貴方の肉体は部屋で寝ております。
Q普段の生活に戻るには?
A異世界で魔王を倒した暁には元の世界に戻しましょう。
Qこれは拉致では?
A…まぁ、そう捉えられると、ちょっと。
Qちょっと?なんですか?
A…いや、まぁ。すみません。ホントに。
Q別に怒ってませんよ?
A怒ってんじゃん!
Q…魔王?を倒すしか帰る方法は無いのですか?
Aありません。
Qどの位の期間掛かりますか?
A貴方次第です。何年掛かっても良いので世界を救って下さい。
Qその間の現実の身体は寝たきりですか?
Aはい、しかし魔王を倒した時点で時間は全て元に戻します。伊達に時を司っておりません。
Q何年掛かっても魔王を倒せば中間テスト前の自分の部屋に高校生として帰してもらえるのですか?
Aその通りです。
Q最後に、何故俺を選んだのですか?もっと強い人が沢山いますよね?
Aそれは貴方を見ていて一番適していると判断したからです。
Qアメリカ軍よりも?
Aアメリカ軍よりもです。
一通りマサオからの質問が終わった時、女神クロノスは思った。
「この人なら終わらせてくれる」と。
そして「もうちょっとアニメとか見てきて欲しかった」と。
一通り女神クロノスからの回答を得たマサオは思った。
「この人日本語めっちゃ上手い」と。
その後、マサオは後に「研修会」と呼ぶ事となる異世界の理を説明される時間を過ごした。
魔法が存在し、人間の他に妖精やエルフなど様々な種族がひしめき合い、それを魔物を使い恐怖で世界を統べんとする魔王の存在。
しかし女神クロノスは予想外の事態に直面した。
マサオはどれだけ説明しても魔法を理解しなかったのだ。
マサオの中では魔法とはカボチャを馬車に変えるもの。箒で空を飛ぶものである。
もう既にお分かりだろうが、マサオはアニメ、ゲームなど幼少の頃から一切触れてこなかったのだ。そのため普通の高校生男子が憧れる異能の力への理解が乏しいのだ。
しかし不幸中の幸いか、マサオが幼少の頃、近所の子供がマサオの部屋に置いていった大人気漫画ドラゴ◯ボール2巻を辛うじて記憶しており、マサオの中では魔法とはカメハ◯波と解釈した。
もちろん女神クロノスはマサオにチートレベルの能力を授ける準備をしていた。しかし理解が伴わなければ魔法は発動しない。
つまり無限に全ての魔法を扱える魔力を授けても、それを解き放つ蛇口がないのだ。
クロノスの異世界には「火、水、風、土、木、雷、闇、光」で成り立つ魔法の基礎知識が必要であった。さらに魔法の発動には強いイメージと各要素を司る精霊との契約が必要なのだ。
カメハ◯波はそれらに該当しない。つまり発動しないのである。
「手から火が出せる」と分かりやすく説明してもマサオがそれをイメージすると「火傷すんじゃん!」と怯えるだけである。
女神クロノスは思った。
「異世界アニメの主人公達は偉大である」と。
ただ、このカメハ◯波的解釈は結論から言うと異世界を救う事となる。
この時点で女神クロノスの説明疲れは相当のものであった。
しかしマサオにも言い分はある事を理解して頂きたい。
彼からすればいきなり外国人の女性が現れ、神を自称し、しかもちょっと浮いている。
更に魔王を殺さないと帰さないという無理難題を要求し、倒したら時間も全て元に戻してあげると言った謎の上から目線。
この外人女はマサオの人生をマイナスからゼロに戻しただけで何故偉そうに出来るのか。
それでもマサオはよくわからない説明を受けた。しばらくはこの狂人に付き合わないと、何をされるか分からないからである
我慢をし続けて受講したこの研修会でマサオが一番腹が立ったのは「職業スキル云々」となぜか進路相談的な単語が出た時である。
騎士とか、魔法使いとか御伽話に出てくるような話を聞いていると、女神とか名乗る外国人女性はマサオに質問をしてきたのだ。
「貴方はどんな職業を目指す?」
「公務員です!」
マサオは将来の進路を伝えた。
女神クロノスは悲しい顔で微笑んだ。
マサオは腹が立った。そして、とりあえずなんとか耐えた。