第2章 幽玄の彼方で
お久しぶりです。更新しました。
第2章
幽玄の彼方
私は気づくと深い靄の中にいた。空気は湿っぽくもなく、乾いてもいない。ただ、息をするための空気が漂っているといった感じか。視界は1m先も見えないほどに真っ白で歩くのも躊躇ってしまう。足元を見ると膝から下は靄でミルクティーの中に足をいれてしまったかのようだ。
私は現実ではないと気づく。あぁ私は主任に負けたのだと実感する。膝の力が抜け、座り込む。社畜から解放されたという安堵も少なからず感じていた。
ーーー♪ーー♪
歌が聞こえる。徐々に近づいてくる。人間の臓器ではこの歌声は出せない音域だ…警戒のあまりに、思わず身体が硬直する。そして、
(君は、人間だね?)
かん高い声で喋る青白いムササビが私の前で空を泳いでいた。
私は理解が追いつかず、それでも辛うじて首を縦に振った。
ムササビは嬉しそうに目を細めた。
(ここは、現実と夢の境目。人間、君は今、生死を彷徨っている。だからここに来ることができた。どうする?まだ引き返せるかもしれない。元の世界に戻って復讐したいとは思わないか?)
私は…少し考え、戻りたくないと回答する。
(へぇ。ほとんどの人間は皆が戻りたいと言うのに、君は戻りたいと思える場所を作ることができなかったんだね。それはせっかくの、一度きりの人生なのにもったいない。)
確かに勿体無いとは思うが、できなかったものは仕方ない。
(開き直るんだ。努力しようとは思わなかったのかい?自分の居場所がただ生きているだけでできると思っていたのかい?)
思っていない。諦めていたんだ。居場所を作れる人間はいつも…いつも同じ人間だ。事実なんだ。それは変えようのないことだ。才能も関係している。
(なるほど。では、私が居場所を提供しようと言ったらどうする?ここには誰もいない。人間は君1人だけ。確実に居場所ができることになる。回答は一度だけだ。どうする?)
ムササビの顔を見る。目を細めて視線を返してくる。私は、誰もいない場所に惹かれてしまう。メリットを考える。人間関係の苦痛を味わわずにすむ。誰にも笑われず、軽蔑されずにすむ。殴られずにすむ。
悪くないかもね。
力なく笑った。
(では、本日をもって人間、君をムササビワーカーに採用する。)
目の前の小動物が笑う。あぁ…クソ。ここでも社畜なのか…
(我が社は人間派遣会社。こうして怨念をもった社畜を人間界におくりこんでいる。我が社の目的はただ1つ。社畜の就労環境改善だ。そのためにクソ野郎どもに裁きを与え、人間界から一掃する。とはいえ、いきなり珍入社員の君には荷が重い。そこで君にはまず、ある任務をこなしてもらいたい。)
ある任務…?
(簡単さ。誰でもやってる。ただの初任者研修さ。)
続く
遅筆ですみません…速筆の方が羨ましい