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31話:異世界ツアー二泊三日 二日目の夜

「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


 昼食の片付けをしたら、外に出ることになっている。


「オーブンに何か入れていませんでしたか?」

「後で使うので、そのままで大丈夫です」


 昼食の準備の時にも思ったけれど、さっさと立ち上がってテーブルを拭いていくお兄さんは手際がいい。


 歩く早さと同じで、まったく無駄なく素早いのだ。……性格かな?




「夜までは、どこを見るんですか?」


 夕食を早めに済ませてお風呂に入ったら、その後は念願のお酒タイムという流れになっているのだ。最高。

 そのためにしっかり食べた昼食分を消費しないといけなくて、こうしてすぐさま街に戻ることになったんだけど……。


 どこに行くのか聞いていないので、宿から出る途中で尋ねることにした。


「せっかく海が近い街ですからね。船に乗ることも考えています」

「船に乗るって、どこかに行くんですか?」


 いま来ている港町は初日に行った街から遠いらしく、空経由で飛んでくることになったはず。

 飛行機で何時間じゃなくて飛竜で……たぶん五分くらい?で着く距離のこの街。船だと何時間コースなのかがわからないから、比較ができなくてイマイチ微妙だ。


 別な街に移動するんじゃなくて近い離島に行くとか、遊覧船みたいな観光をするのかな?

 どんな船だろうと見上げたわたしに、宿屋から出たお兄さんが怪訝な顔を向けてきた。


「飛竜に乗せられたのに、普通の船に乗せると思います?」

「へ?」


 ……それは、もしかしなくても?


 一歩、後ずさって顔を引きつらせたわたしに、いつもの胡散臭い微笑みを全面に浮かべているお兄さん。


「大丈夫ですよ。亀の甲羅に乗せるとか、イルカのような種族と海を渡るわけではありません」

「……」

「本当です。いくら半袖で過ごせても、海に落ちたら寒いじゃないですか」

「…………」


 ものすごーく歪んだ顔を向けたら、両手を挙げて首を横に振っていった。

 海に落ちたら嫌だという言葉は本音っぽいけど、やっぱりこの人は胡散臭いな。非常に。




 そのまま一定の距離を保ちながら港に向かったら、いろんな形の船が並んでいる場所に到着した。


 屋根があるものや、横幅があるもの。二人くらいしか乗れない小さいものから、一人用まで様々な大きさがある。


 ここはあれかな。観光用の船を貸しているところなのかな?


 わたしがキョロキョロと並んでいる船を見て回っていたら、お兄さんが手招きをしてくる。また別なおじさんがいて、どうやらここで船を借りるらしい。


「なにか興味が沸いた船がありましたか?」

「一番端っこの、二人用はどうやって乗るんですか?」


 湖にありそうな足で漕いで進むタイプと、道具を使って漕ぐものもあって。それ以外にも、どうやって動かすのかよくわからない船が並んでいるのだ。


 大きさから一人か二人用っぽいんじゃないかと尋ねたら、手漕ぎのボートっぽいものだと教えてくれた。


 やっぱり、アナログで動かす船なのか。


 まあね。いくら異世界で竜が飛んでいたとしても、魔法なんて都合の良いものはそうそうないよね。


 ないないと手を振るわたしに、お兄さんがお財布を渡して指差した。


「では、沢村さんが選んだ船を乗りましょう。こちらの船を管理している方に値段を訊いて、支払いまでお願いします」

「わかりました」


 港の見える範囲内を散策するだけらしい。

 それなら手よりも足で漕ぐタイプの方が、他の船の邪魔にならないかな?


 そもそも、手で漕いだ経験は一度もない。その中で足で漕ぐタイプは、ギリギリ自転車と同じに見える。


「この、二人用の船はいくらですか?」

「一回、三百イーンだよ」


 ええと、お金の単位は同じでも価値が違うんだよね。ちょうど十分の一だから、つまり日本円で三十円とすぐに計算ができるから楽……って、安っ!


「一回って、距離や時間は関係ないんですか?」

「営業時間内に戻ってくるまで、貸し出し可能な物だからな。寝泊まりもできる、この辺りの大型は一日いくらになる」


 ふぅん……。


 この船で行ってもいい範囲と、営業時間を過ぎたら罰金と超過料金が掛かることを話していく。

 それでも五十円って、安いなあ。


「自力で漕ぐんだから安いに決まってるだろ。変な嬢ちゃんだな」


 またしても嬢ちゃんと言われつつ、食後の散歩が決定した。




 ギーコ…… ギーコ……


 ハンドルのような物がついていて、方向転換がしやすくて助かる。久しぶりに、車を運転しているみたいだなあ。


 風車みたいな、歯車のようなものが両脇についている乗り物コレは、波が落ち着いているからか、そんなに抵抗力がなくて軽く進む。


 そういえば馬はいたけれど、車も自転車も見てないなあと港に視線を向けたら、横のお兄さんが手を挙げた。


「何ですか?」

「あの……。楽しいですか、これ?」

「はい、まあまあ」


 ラジオ体操にヨガに、室内の運動ばかりしてきたわたしにとっては、とても新鮮だし楽しい。

 けれどお兄さんはちっとも楽しくないらしく、なんならウンザリしている表情を浮かべている。


「楽しくないんですか?」

「ええ。運動は好きではありません」


 飛竜には軽々と乗るくせに、自力で動くことは嫌だとか……。ドアオンドアの、どこかの坊ちゃんか?


「でも、こうして街中を散策したり、買い物に出たりすることには積極的じゃないですか」


 わたしが一人で来ていたら、買い物を済ませた後は部屋でゴロゴロしてるだけのはずだ。


「これから過ごす世界を、沢村さんに案内をする三日間です。私が動かなければ、買い物も移動も無理ではありませんか」


 もっともな意見を言われてしまった。それもそうだ。




 頑張って漕いで岸から離れた頃には、上空で優雅に飛んでいる飛竜たちにも慣れてきた。かなり上空にいるみたいなのに大きいってことは、わたしが乗った飛竜はやっぱり子供だったのかな?


 宿の入り口で声を掛けてきた馬っぽい……人?乗り物?は、普段はどこにいるんだろうなと岸に顔を向けたら、少し首を傾げたお兄さんが教えてくれた。


「どこかに所属はしていないみたいでしたから、あちこちを走り回っているのではありませんか?」

「へえ……、営業努力がすごいですね」


 常連のお客さんはいるのかな。

 鱗が固かった飛竜よりは乗りやすそうでも、微妙に足が当たる位置に生えている両腕が気になるんだよね。


「気にするところは、そこではないと思いますけど」

「え?ああ、たてがみも顔に当たりそうですよね」


 わざわざファサァッと腕でなびかせながら、金のたてがみを輝かせていたところを見ると、自慢の場所なのかな。

 肩よりは長い、最近赤くなった自分の髪をつまんで見ても特に自慢ではないなとすぐに離す。


「そろそろ戻りませんか?これ以上遠くまで行くと、戻ることが大変です」

「わかりました」


 天気も晴れて海風が心地良くても、さすがに自力で戻らなきゃいけないアナログでは、ここら辺が限界か。


 いや、ただ単に疲れてきたからだな。本当に運動が嫌いなんだな、この人。




 キュー


「へ?」


 バサバサという翼の音の合間に、聴き覚えがあるようなないような声が上空から響いた。


「よりによって、何でソレを選んだんだ?」

「え?……あ、オジサン」


 船乗り場に着く手前、さっきの飛竜とオジサンが上空から声を掛けてきた。


「なぜと言われても、昼に食べ過ぎたので消化するためです」

「あぁ、そうか」


 キュッキュー


「わわっ!?」


 急いで漕いで岸に降りたら、さっきの飛竜が頭突きをしてくる。痛い痛い痛い。


 ゴリゴリ当たる鼻っぽい感触と強い力で、思いっきり踏ん張らないと転げそうだ。

 踏ん張れ、わたし!頑張れ、足腰っ!


「コイツが下を気にしてたと思ったら、二人が見えたからよ」

ほふへふはそうですか


 キューキューと鳴く飛竜は可愛いんだけど、こ、腰がっ……。


 わたしの鼻先にグリグリつける飛竜の姿に、懐いているなあと微笑ましく見守るオジサンとお兄さん。

 いや、ちょっと踏ん張るのも限界だし、それより腰が折れそうなんだけど!!


 そしてわたし、何かしたかな?こんなに懐かれる覚えがまったくないぞ。


「子供を乗せたのが初めてだからかな?」

「……」


 つまり、同類だと思われてるってこと?いや、ちょっと待とう。


 目の間の鼻の頭っぽいところを撫でて、顎の下あたりも撫でたら、ようやく少しだけ離れてくれた。セーフ……。

 離れついでに腰を伸ばしたら、ぐぎっと微妙な音が鳴った。……ぎっくり腰ではなさそうだ。もう一度、セーフ。


「あのですね、わたしは三十六歳です!」


 ドンと胸を叩きながら言うことではないだろうけど、このままではいつまででも子供扱いされそうだ。


「見えねえ」


 キュー


「ふぐっ」


 オジサンには見た目が子供だから子供だと言われ、ちょっと首を傾げた飛竜には突き飛ばされてしまった。


 ……いや、たぶん、じゃれただけかもしれない。でも痛い。




「あたたた……」


 そんなに吹き飛ばされはしなくても、さすがにこのトシで転べばあちこち痛い。足で船を漕いだ後に、踏ん張ることにもなったし。


 宿に帰る途中で腰をさすっているわたしに、相変わらず何が面白いのかお兄さんは口元を押さえて震えている。


「就職先ではない薬屋はありますけど、寄りますか?」

「いえ、湿布を持ってきたので貼っておきます」


 たくさん歩くんだろうと思っていたし、湯船もなさそうな世界に湿布は必須だ。持ってきて正解と思いながら宿に着いたら、ちょうどお風呂の時間だとおばさんが伝えてくれた。


「あれから追い駆けられたりしなかったかい?」

「会いませんでした」


 代わりに飛竜にどつかれたけど、話すとややこしそうだから部屋に向かおう。


「お先にどうぞ」

「はい、ありがとうございます」


 船の代金や色々な報告をまとめると言ったお兄さんが、先に入るようにと言ってくれる。


 それはとても助かるけれど、夕食の仕込みをしてから行こうかな。


「ああ、そうでした。夕飯とつまみは何を作る予定なんですか?」


 お風呂の前に作ると言うわたしに、お兄さんも立ち上がった。

 こういう積極的なところは助かるね。手際も良いし。しかしやっぱり、何を作るのかはわからないみたいだ。


「夕食はキノコのグラタンとスープです。つまみはパプリカっぽいもののオーブン焼きと、カマンベールチーズを蜂蜜とオリーブオイルで焼いたものです」


 チーズが被るかなと考え直したけど、味が違うから良いってことにした。辛口の冷酒に合わせるなら、ちょっとだけ甘いつまみがあると飲みやすいしね。


「ささ身を煮込んだ出汁を何に使うのかと思っていましたが……スープでしたか」

「はい。鶏の出汁って、色々と使えて便利なんですよ」


 これは、明日の朝食にも使うんだ。

 味噌を持ってくれば完璧だったんだろうけど、これも異世界体験だと思って割り切ろう。


 後は焼いたり仕上げるだけにしたら、ようやくお風呂に向かうことにした。




 今日の宿のお風呂も、宿泊者専用の廊下からしか行けない奥にあるみたい。

 徹底していて安心でも、裏側って逆に無防備な気がするんだけど……。その辺は大丈夫なんだろうか。


「あれ?」


 今日は大きな、温泉宿みたいな扉しか見えない。

 きちんと廊下の途中で男女に分かれたから、女風呂なのは間違いないはずなんだけど。


「失礼します」


 もしや、大浴場なんだろうか。

 そうすると鍵付きの個室もロッカーもなさそうだ。貴重品は持ってこなくても、服を盗まれるとはよく聞く話だし。


 恐る恐る進むと、最初の宿みたいな個室の扉が並んでいた。


「あ、何だ。良かった」


 鍵も掛かるし安心だ。ちょっとホッとしながらも、手前の場所で素早く脱いで、奥のシャワールームでわしゃわしゃ洗っていく。

 海の近くと暑い気候だからか、意外と汗をかいていたみたい。……臭ったりしたかな?大丈夫?


 後輩ちゃんに白髪染めの心配をされる年齢ですからね。加齢臭にも気を付けないと。


 加齢臭っていう言葉も地味にクルな……。


 念入りに洗っていたら、奥のほうから声が響き出した。


「??あ、こっち側も扉なんだ」


 内側のノブらしきものをひねったら、目の前に大きな浴槽が飛びこんできた。


「うえっ!?」


 若干、硫黄っぽい独特な香りもする。


「もしかしなくとも、温泉!?」


 洋風っぽい世界だったから、味噌や醤油、米なんかと一緒に浴槽もないものだと思っていたけれど。


 手ぶらで寛ぐ人たちを参考に、個室に荷物を置いたらタオルと鍵っぽいものだけを持って近付いてみた。




「はぁぁ……、最っ高」


 腰やら足やらの、疲れた箇所に染み込むお湯。

 何より、思いっ切り身体が伸ばせる湯船に色々なことも吹っ飛んだ。


 何かの効能でもあるのか、身体が軽くなった気がするよ。それでも危ないから、一応、眠る前に湿布は貼っておくことにしよう。うん。


 昨日と同じくノックをしたら、温泉らしき湯船があって最高だったとお兄さんに伝えなきゃ。


「胡散臭いと何度も思いましたけど、仕事に関しては素晴らしいですね!」

「……正直で結構ですよ」


 あれ、褒めたんだけどな。


 わたしの言葉に、お兄さんはとっても微妙な顔をしてしまった。何でだろう。


「わたしが住みこみをする薬屋さんにも、湯船ってあるでしょうか?」

「ありますよ。トイレと洗面台、シャワーと浴槽、キッチンがついています」

「え!?」


 それはさすがに好待遇すぎないかと驚いたら、どこの住み込みも同じだと返ってきた。


 そ、そうなんだ……。


「最初にお勧めした就職先は宿屋ですからね、仕事の日には食事まかないが出ます。しかし休日は干渉しないことになっていますので、部屋にないと不便でしょう?」

「なるほど」


 トイレも、大家族なら二つあっても足りないと聞くもんね。

 三人家族の実家だって、トイレが一つで困ったことが多かった。……懐かしい。


「最初の一か月は、昼食は用意してもらうことになります。その後は三食、自分で作ったり買ったりになるでしょう。しかし、お店の人たちの分まで作る必要はありませんよ」


 あくまで店番として雇うのだから、その辺の線引きはキッチリしているみたい。


「わかりました。じゃあ最初は、お弁当を持って行けばいいんですね」

「お願いします」


 クビになって半年後に、お弁当を作ることになるとは。

 わたし、就職できそうなところまで来たんだなあ……。


 ちょっと感動をしているわたしに、お兄さんが少しだけ首を傾げる。


「では、こちらの世界で大丈夫そうですか?」

「はい。食材も問題なさそうですし、会話も買い物もできましたから」


 微妙に、方言なのか聴き取りにくい言葉で話している人もいたけれど。ゆっくり話してもらえば大丈夫そうだし、文字はこれから薬と一緒に学べばいいだろう。


 このまま体調も問題なかったら、水も食べ物も合っていることになるはずだ。


「それなら良かったです」


 家に帰るまでが遠足だから、帰った途端に体調を崩す可能性もあるけどね。

 まあ、たぶん大丈夫でしょう。




 夕食をのんびり食べたら、ちょっとだけ休憩をして。

 キンキンに冷やしたお酒をコップに注いだら、つまみと一緒に楽しもうっと。


 ん、これは美味しいお酒だ。あのおじいちゃんが造っているのかな?


「店主ではなくて、その息子が造っているそうですよ」

「へえ……」


 ここは海の近くだから、山の奥の水が美味しい場所とかにいるのかな。

 帰りにお土産として買って帰りたいけど、さすがに無理か。


「誰にも見せないのなら、問題ないかとは思いますが……」

「ハッキリ大丈夫ではなさそうなので、諦めます」


 見た目は似ていても、素材が何かわからない空き瓶を処分する時に、バレるかもしれない。そう話したら、こっちの世界だけで楽しむことが決まった。

 うっかりで、記憶や存在が消されるほうが困るよ。


 でもこの味、お父さんも好きそうなんだよね。


 正月に帰らなかったから、送ろうかと思っただけだ。

 口止めをするようなお酒は怪しすぎるし、空き瓶をどうすればいいのかで困ってしまうだろう。


 就職祝いは別なものにしようと飲み干したら、お兄さんが首を傾げた。


「研修期間中は問題ないでしょうけれど。住み込みになって一か月に四度ほどしか帰れなくなったら、アパートや荷物はどうするんですか?」


 わたしが家を出たタイミングで二人暮らし用に改築した家も、そろそろ二十年は経つはずだ。

 全然住んだことがない家だから、実家っていう感じはしないけど。


 帰ったら電話をするかと考えていたら、その実家に荷物を送ってアパートを解約するのかと尋ねられてしまった。


「解約はしませんよ。あと一年、契約が残っているんです。そもそも解約したら、住所不定になるじゃないですか」


 無職ではなくなっても、さすがに住所不定は勘弁してほしい。いや、住民票ごと実家に戻せばいいのか?……もっと怪しかった。却下で。


 っていうか実家に居場所はないから、そっちに帰ることは考えていない。


「では、一年後のことは考えていますか?」

「更新をしなかったら貸倉庫に荷物を預けて、わたし自身はホテルに泊まると思います」


 でもきっと、わたしのことだから契約は更新するだろう。

 月に四日しか過ごさなくなるアパートでも、あの場所はコツコツ作り上げた落ち着く空間なのだ。


「まだ働いていないので、何とも言えませんけれど。帰らないという選択は、何年経っても出てこないと思います」

「……なるほど。わかりました」


 この世界に来るには、事前に申請をしなければいけないらしいもんね。

 面倒なんだろうけど、そっちが諦めたほうが絶対に早いと思うよ。


 お兄さんはそんなわたしをとっくに諦めているのか、軽く肩をすくめたら静かにお酒を足していった。




 窓からは月と星が見えて、異世界なのになあと不思議な気持ちになってくる。


 ギャオ ギャオ


「……」


 オォーン……


「ん!?」

「きっと狼男でしょう」

「ああ、狼男……」


 やっぱりここは異世界だわ。


 早くお家に帰りたい。


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