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本日付で、クビになりました。~三十六歳、異世界に再就職します~  作者: くまきち
第二章:平日異世界、週休二日
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60話:秋の終わりとアパート

 銀杏に柿にと秋の味覚を収穫していたら、九月が終わり、残暑も落ち着いてきた十月になっていた。


「ん?」


 そろそろ上着が必要になってきたかなと、半袖を片付けて、長袖の仕事着を追加で買っておこうかと街に出てみたら。


「オレンジ色、だね?」


 何だろう、今日は何の日なんだろうか。

 街がオレンジ一色になっていて、わたしが向こうに行っている間に何が起こったのだろうかとキョロキョロしてしまった。


「……ああ、ハロウィンか」


 そうそう、十月と言えばハロウィンだったね。

 最近では九月からもう、ハロウィンになっていたけれど。今年はほとんどを寝て過ごしていたから、全然気が付かなかったよ。


「ふぅん」


 仮装をしたこともなければ、ハロウィンらしいことは何もしてこなかった人生だけれども。こうして街が盛り上がっているところを見ると、何かしないといけないのかなあとか思ってくるから不思議だ。


「カボチャ料理を作るくらいかな?」


 そうは言っても、わたしですからね。

 結局いつも通りな食に落ち着いたところで、紺色のシャツを買うとしようっと。




「あ」


 ハロウィンと言えばお化けだと、カボチャと一緒に飾ってあるお化けを見つけて思い出した。


 コットンパックで顔中を白く覆ったわたしを見た弟子が、「お化け!」って叫んだんだよね。

 その時に、何か呪文のような不思議な言葉も言った気がするけれど……。


 アレ以来、親方から特製の化粧水を渡されたこともあって、こっちでもコットンパックはしていない。


「術後も特に、乾燥も何もないなあ」


 すべすべどころか、ツヤツヤモチモチを維持している肌を触りながら、やっぱり親方ってすごいなあと感心してしまう。


 なくなる前に作ってくれ、さらに従業員割引なのか、わたしにパックをさせないためなのか、かなりな格安価格で買えることは助かっている。


 成長を促す薬は手術で縫ったところが落ち着くまでは飲まないようにと言われていたから、最近ようやく再開した。


 服のサイズは変わっていないから、成長をしているのかどうなのか、効果がイマイチわかっていないものなんだよね。

 それは作った親方も感じているのか、会うたびに首を傾げられている。


「……」


 そのたびに、無神経なちっさいオッサンに『嬢ちゃんの一部は特にまったく成長しないね!』と言われたことも思い出した。


 あのオッサンのセクハラ発言の数々は、それこそ何度もぶんどってきた慰謝料に変えられないものなんだろうか。


 この前の飛竜のことはまあ本当にそろそろやめて欲しいから、あれで落ち着いてくれると良いんだけど。


「あのオッサンはねえ……」


 ケラケラと笑いながら言ってくるところも、毎回、人の身体の一部を言ってくるところも、定規で叩きつけるだけでは足りないくらいに無礼だ。


「洗濯バサミでつまんでやろうか」


 まったく……。

 次に揶揄ってきたら、つまんで裏庭の茂みにでもぶら下げておくことにしよう。




 結局、ハロウィンも特別なことは何もしないままで終わってしまい、カボチャは冬至に食べることにした。


 ハロウィン限定のスイーツは食べたけれども、すべてこっちで食べ尽くした。

 なぜなら、向こうに持っていくと六人分、買っていかないといけないからだ。


 大家族ってこんな感じなんだろうか。いままで一人分で良かったことを考えると、やっぱり結婚とか家族が増えることとかは、面倒だと感じてしまうね。


 高校卒業まで一緒に住んでいた両親よりも、実家より。向こうのお店の人たちの方が、濃い付き合いになっている気がするけれど。

 心配してくれても家族とは違うし、でも、仕事上の付き合いってだけのものでもないから、何だか不思議な関係だなあ。


「近所の人ってよりも、親戚って感じなのかな?」


 飛竜が突撃した時は、お店の前だったから周辺の人たちには知られている出来事だ。

 そうは言っても常連のお客さんとか、エローラさんとかが「大丈夫だったのか」とお見舞いに来てくれた時は、とても驚いた。


 だって実家にいた時も一人暮らしをしてからも、周囲の人たちにはそんな扱いをされたことがなかったからだ。


「人見知りではないんだけどなあ」


 交流の狭さと浅さに自覚はあるけれど、いまさらだしなあとすぐに諦めるわたしは、きっとこのまま一人で暮らしていくんだろうな。




「先輩って、そういうとこ、ありますよね」

「ん?」


 十一月の中旬から、向こうでは冬支度で忙しくなるらしい。

 お店も長期休みに入るということで、買いだめをしていくお客さんや冒険者の人たちで賑わうのだと言われている。


 その前に、あんまりこっちに帰れなくなる前に色々と買いだめをしておくようにということで、年末年始の前に、一週間のお休みをもらっていた。


 そんなにお休みをもらってもなあと、食料品のストックを買ったりするくらいだと思っていたら。


「せっかくの一週間のお休みを、そんなことで無駄にしないでくださいよ」

「無駄ではないとは思うんだけど、使い道はわからなかったから助かったよ」

「まったく、先輩って……」


 後輩ちゃんも繁忙期の年末前に有給を使いたいということで、珍しく平日の昼間に会っていた。


 ……これも、わたしの交流不足の一つかな。

 前の会社の後輩ちゃんとしか、最近は特に会っていないもんなあ。


 友人はフツーに会社があるし、ちょっと遠いし、結婚していて子供もいるとなると、もっと声を掛けにくいんだよね。


「こういうちょっとした食事のお誘いは、逆に大歓迎だと思いますけど?」

「そういうものかな?」

「だって、キッカケがないと出掛けにくくないですか?」

「うーん、なるほど」


 仕事に育児に家事と忙しいだろうからと、たまーに、「元気にしてる?」という連絡をするくらいだったけれども。もしかしたら、もっと色んな話をしたくて、「ランチとか、どう?」というお誘いを待っているかもしれないとは。


「考えたこともなかった」

「先輩って変なところで遠慮をしますよね。遠慮っていうか、考え過ぎて動けないっていうか」

「うっ……」


 呆れたような溜息を吐きながら、例の無礼なちっさいオッサンに言われた言葉を思い出してしまった。


 まああっちは雑対応というか、少し違った言い方だったけれども。そして、いつでも言い方も言葉選びも無礼千万だけれども。


「ハロウィンだって、こっちにいたなら一緒にバイキングとか行きたかったのに……」

「クリスマスには声を掛けるよ」

「ハロウィンとクリスマスを一緒にしないでください」

「すみません……」


 わたしにとっては限定スイーツが出るイベントっていうくくりだけれども、世間では当然ながら、全然扱いが違う二つだった。


「まあ?先輩は今年も一人でしょうし?わたしが一緒に過ごしてあげても良いですけど?」

「……回らないお寿司屋さんで良い?」


 チラチラと、今日もバッチリメイクにくるんとした睫毛を瞬かせながら、可愛らしく上目遣いでおねだりをしてくる後輩ちゃん。


 ここで「そっちこそ、クリスマスなのに一人で過ごすの?」とかは言ってはいけない。さすがに学習している。


 ……そういえば、後輩ちゃん似のお嬢さまは最近来なかったけれど、忙しかったのかな。

 地主のお嬢さまというくらいしか知らないから、何をしているのかはわからないんだよね。


 確か一人っ子なんだよね?来るかわからないへっぽこ冒険者を待ち伏せする時間があるなら、仕事らしい仕事は任せられていないのかな。


 それで大丈夫なのかと思うけれども、人の家に口を出してはいけないもんね。

 これ以上は考えないことにしよう、うん。




「そう言えば、新しい部屋は探しているんですか?」

「……まだ考え中」


 次の三月でアパートの更新だなあとか思っていたら、古くてあちこち傷んできているから、取り壊すことにしたのだと言われてしまったんだよね。


 昨年の年末は会社を辞めて無職になって、今年はアパートから出ることになるとはね……。


 年末には、何かないといけないんだろうか?

 ただでさえ慌ただしいのに、これ以上の厄介ごとはいらないよ。


「もう十一月なのに、できれば年内には出て行けなんて急過ぎですよね」

「わたしがアパートにいなかったからね」


 他の住人にはすでに話がいっていて、今月いっぱいで出ていく人もいるのだそうだ。

 夏頃から住人に伝えて回っていたらしいんだけど、あいにく入院に再入院にと、ちっともアパートには帰ってなかったから仕方がないね。


「壊すのは三月みたいだから、二月までは居ても良いって言われているけど……」


 そうは言ってもこの年の暮れに新居を探すとか、なかなか大変だ。


 だって主に暮らしている場所は異世界むこうだから、週末だけで色々な手続きやら荷物の整理なんかをしなければいけないからだ。


 ほとんどを向こうで過ごしているから、こっちの荷物は少ないところが助かっているところでも、時間が圧倒的に足りないんだよね。


「やっぱりここは、ホテルかなあ」


 荷物はすべて、ロッカーとかトランクルームに入れて。こっちに帰ってきた時に泊る場所はホテルという、最初に考えたプランが一番無難だろう。


 ただしその場合、こっちの住所と郵便物はどうするか、という問題はある。

 でも郵便物は会社経由にしてもられば解決するし、その間に新居を探して移動をすれば、忙しい年末に引っ越しするよりも良さそうな気がする。


「慌てて変な物件に引っ越すよりは、じっくり探した方が良いかもしれませんね。それに、先輩好みの部屋は少なさそうですし」

「……やっぱり?」

「和室の部屋は増えましたけど、和式のトイレはないと思いますよ」

「そっかあ……」


 病院でも、それこそホテルでも旅館でも、イマドキ和式のトイレはないだろうと言われては、その通りだと納得するしかない。


「そもそも家のトイレが和式なことで、退院が延びたんですよね?」

「布団しかなかったところも、延びた原因だね」


 延びたというか、無理矢理に延ばしてもらったというか……。


「でも、これで何かあった時に洋式じゃないと色々不便、ってこともわかったんでしょう?それならいまから慣れていた方が良いんじゃないですか?」

「それも、そうなんだけどね」


 向こうでも、トイレは和式でも布団はベッドだ。

 それでもマットレスじゃなくて布団というところが、わたしの頑固なところだね。


「頑固で面倒な性格ってこと、一応は自覚しているんですね」

「……まあね」


 呆れた溜息を吐いた後輩ちゃんが、わたしの頑固で面倒な性格だというところを容赦なく突っ込んでいく。


 その通りだから何とも言えないけれど、無礼なオッサンにも突っ込まれたところってのが嫌だなあ。


「はあ……。引っ越しって面倒くさいね」

「持ち家でも、それなりの面倒さはありますけどね」


 固定資産税とか、賃貸と違って意識していないと貯まらない修繕費用とか。


「何かあった時にすぐに逃げられないっていう面でも、持ち家は面倒ですよ?」

「そうだねえ」


 家族が常にいる家だったなら、安心なんだろうけど。

 ストーカーとか火事とか、それこそ犯罪に巻き込まれた時や、近所で何かあった時に、気軽に引っ越せない重さは持ち家ならではかも。


「お金がなかったら引っ越しもできないけど、どこにでも行けるっていう身軽さはあるね」

「でしょう?どっちもどっちですよ」


 賃貸にも良いところと悪いところがあって、それは当然、持ち家にも言えることなんだよね。


「ああ、そっか。家を建てるという発想はなかったわ」

「マンションを買う、という発想もですよね?」

「うん」


 実家がもう、わたしがいた頃の面影がなさ過ぎて、余計に買うよりも借りるっていう考えになっちゃうのかもしれないな。


「でも早く決めないと、その家もないですからね?」

「わかってる」


 さて、どうしようかな。


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