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本日付で、クビになりました。~三十六歳、異世界に再就職します~  作者: くまきち
第二章:平日異世界、週休二日
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57話:退院とその後

「ふわー……、あいたたたっ!?」

「腹を切ったということを忘れて伸びをするあんたが悪い」


 キッチリ五日後に退院が出来て、久しぶりの外ということに嬉しくなって伸びをしたら。


 ……めっちゃくちゃ痛い。右脇腹やや下の方、つまり手術で切ったあたりが。


「あんたは四十歳よんじゅう近いんだから、平均で三ヵ月で治るって言われた数字の倍以上は掛かると思って生きなさいよ?」

「はい……」


 抜糸も済んだ見た目は、ちょっとへこんでいるくらいかな?まで回復してくれたけど。内臓を切って縫った身体の中ところはそうもいかず、大体三ヵ月くらいでようやくくっつくらしい。


 それなのに、伸びをしたらそりゃあ痛いよね。当たり前だ。


「重い物を持たないように、立ちっ放しにもならないように、冷やさないように。はい、復唱!」

「重い物は持ちません、立ちっ放しになりません、冷やしません!」


 パパンッと手を叩いた母親が、ついでとばかりに医者に言われた注意事項を復唱させてきた。


 重い物はそんなに持ってないし、椅子に座っている時間の方が長い仕事だから、まあ大丈夫だろう。でも……


「夏にアイスが食べられないなんて」

「コタツの中で食べなさい」

「冬まで待てと!?」

が治るまではそのくらい掛かるでしょ」

「そうだった……」


 外側からも冷やさないように気を付けないといけないけれど、当然のことながら中も冷やし過ぎないようにしないといけないらしい。当たり前か。


「ギリ二十代ならもっと早く治るかもしれないけど、あんたはもうすぐ四十歳よんじゅうなんだからね」

「よんじゅうよんじゅうって、連呼しないでくれる!?」


 気にしていないはずでも、何度も言われると微妙な気持ちになってくるじゃないか。


「事実じゃないの」

「事実だけども……」


 フンッと娘を軽くあしらう母親。……本当に、変わりがないね、お母さん。




 抜糸後も特に問題もなく、食事も無事に固形が食べられるようになった五日後、ようやく退院の手続きをする日がやってきた。


 病院のベッドはふかふかではなくとも、空調が整っているせいか、すごく寝つきが良かったんだよね。

 それでも築約二十年のアパートの畳が恋しいんだから、わたしの帰る家になっているんだなあ。


「はあ、疲れた……」

「そこで待ってなさい。会計済ませてくるわ」

「わかった。ありがと」


 唯一持っているワンピースに着替えたら、微妙にぶかぶかで驚いた。

 食べていないと、寝てばかりだと、これほど人間ってやせ細るのか……。あと、ちょっとした動きがダルくて疲れやすい。


 いま知り合いに会ったら、絶対に大病にでもあったのかと誤解をされそうだね。まあ、手術はしたけど大病というと微妙だもんなあ。ものすごく痛かったけども。


「……先輩?」

「え?」


 真夏だけど、腕を隠せる長袖の方が良かったか、歩いて帰るのもキツそうだな、でも焼き肉食べたいとか考えてたら、懐かしい声が上から降ってきた。


「え、先輩?何その格好、っていうかここ病院ですよ?え?まさか倒れたんですか!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いて」

「前から細かったですけど、何ですか、その腕は!?ゴボウですか!?」

「ゴボウッ!?」


 ほとんど外には出てないから、日焼けしてないはずなんだけど。


 ―――じゃなくて。


「ちょ、ちょっと本当に待って……気持ちわるい……っ」


 勢いよく肩をつかまれた上に、ガクガクと揺さぶられてめちゃくちゃ気持ち悪くなってしまった。


 いつもなら大丈夫でも、微妙にまだ麻酔の副作用が残っていたんだろうか。すぐに頭がぼおっとしてきて、吐き気まで襲ってきたよ。


「うっ」


 一気に体が冷えてきたから、血の気が引いた状態になったのかも。ついでに口元を押さえたら、慌てた様子で手を離してくれた。


「あっ、すみません!救急車呼びますか!?って、ここ病院だった!先生!?先生を呼べばいいですか!?」

「おち、落ち着いて……」

「先輩、死んだらダメですよ!まだわたし、社長と行ったって言うお寿司屋さんに連れてってもらっていないんですからね!!」

「わかった、……わかったから」


 しっかりしろと励ましてくれるけど、どちらにしても落ち着いて欲しい。ここをどこだと思っているんだ。


「沢村さん、どうしましたか!?」

「あゆみ、どうしたの!?」

「なんでもないから……」


 病院の入り口にあるベンチで騒いでいたら、「死ぬな」とか叫んでいたら。

 そりゃあ誰かが看護師さんを呼んだりしてくれるよね。


「だいじょうぶ、です」

「その顔で何言ってんの!?」

「沢村さんが使っていたベッドはすでに埋まってしまったので、個室で空いているところを探してきます!」

「いえ、あの……」


 いや、もう、本当に。揺られて気持ち悪くはあったけど、病院に逆戻りとか勘弁して欲しい。

 まだ会計途中だから、病院から出たわけではないんだけども。


「とりあえず、この車椅子に乗ってください!」

「1、2、はいッ!」

「いやいやいやいや!?」


 ガシッと両脇をつかまれたと思ったら、問答無用で車椅子に乗せられていく。

 そのまま丁寧だけど素早く運ばれて、ベッドに押しこめられてしまった。


「すぐに先生を呼びますからね!先生、沢村さんですが……」

「あゆみ、具合が悪いの、吐きそうなの!?洗面器いる!?」

「先輩、大丈夫ですかあ!?」


「……うん」


 いいからみんな、ちょっと落ち着いてくれ。




 熱中症患者が大量に運ばれている毎日で、手術も成功したし親がいるんだからと、二日目の朝に退院してくれと言われるくらいにベッドが足りない病院で。


 ちょっと具合が悪くなっただけで個室に入れてもらうとか、申し訳なさ過ぎる。


「麻酔の副作用がまだ残っているんでしょうね。起き上がれないくらいでしたら、もう一日、ここで様子を見ますが……」

「いえ、すぐに帰ります!」


 ちょうど空いていた個室は特別室しかなかったのか、大人が五人いても全然狭くない。むしろ、広すぎて落ち着かない。


 そもそも個室は大部屋と違って、一日いくらという計算のはずだ。こんな、別な意味での大きな部屋、一日五千円じゃ足りないはず。怖い。


 絶対にリラックスできないし、何ならストレスで胃に穴が開きそうだと訴えて、何とかお昼に退院することになった。


「良かったあ……」

「こういう時にお金の心配をするんじゃないの」

「……するよ」


 するでしょ。


 この病院に来るまでの移動手段だって、歩けないくらいに痛かったからタクシーを使っただけで。普段だったら絶対に、徒歩で自力で来ていたと言える。


 そういう事態じゃないだろうとやっぱり母親は呆れるだけだけど。巻き込まれる形になってしまった後輩ちゃんは、自分のせいでぶり返したのではと、わたし以上に真っ青になっていたから、とってもホッとしてくれたみたいで良かった。


「いつもの先輩ですね、安心しました」

「……うん」


 よかった、……のかな?




 今度こそ退院手続きをしたら、久しぶりの我が家へと帰ることにする。


「何食べたい?今日と明日の分を作ったら帰るから、好きなもの言いなさい」

「コロッケと豚汁と冷やし中華とオムライス」

「……見事に面倒くさくて材料が多い物ばっかりね、あんたって」

「一人だとあんまり作らないものだから」


 いまは一人分で売っているけれど、先々のメニューまで決めていないと、微妙に材料が余るんだよね。

 特にコロッケは、最初にポテトサラダを作って、次にコロッケにして、最終的にグラタンにしようという気分にならないと、もう面倒くさい。


「二人分でも買って帰る料理だわ」

「だろうね」


 ここぞとばかりに無理を言っても面倒だと言っても、「作らない」とは言わないんだよね、昔から。


「まあね。あんたは昔は食が細かったから、食べられるものを食べれば良いやって思ってたから」

「ふぅん……」


 どうりで父親の「魚が食べたい」を無視して、ハンバーグだのミートソースだの肉三昧の時があったんだな。


「って、そういえば父さんは?」

「入院の手続きとお金だけ置いて行ったら、その日に家に帰ったわよ」

「あ、そう」


 久しぶりの娘との再会が病院とか、親からすれば卒倒ものな気がするのに。そういうところは父親も全然変わっていないところらしい。


「あんたが自分の布団で寝るなって言ったからでしょうが」

「……だって、嫌じゃん」


 わたしの家には当然ながら、布団は一組しかない。

 だから後輩ちゃんが泊まりに来た時は一緒に眠ったし、酔っぱらった安達さんに占拠されたりもした。


「そもそも狭いシングル布団に、いまさら父さんと二人で眠りたくない」

「それもそうだ」


 娘と妻からの「NO」で、大人しく帰ったというわけか。




 途中で緊急搬送をされたこともあって、移動はすべてタクシーだ。

 これは絶対に母親が譲らなかったので、回るメーターに冷や冷やしつつも、仕方がないと割り切ることにしている。


 馴染みのスーパーの前で降りたら、買い物が終わるまで待っていてもらうことにして。ついでに銀行とか、会社にも顔を出した方が良いのかな?


「会社には完全に回復してからで良いでしょ。せっかく休みをもらったんだから、まずはしっかりと休みなさい」

「はーい」


 でも、手持ちの現金は必要だよね。家に戻る前に、銀行は寄ってもらおう。


「あ、入院費用いくら掛かった?返すよ」


 大変不本意ではあるけれど、散々、慰謝料だのなんだのともらった微妙なお金が溜まっている。こういう時にしか使いにくいから、ちょうど良かった。


「それくらい、親に出させなさい」

「でも、家を出る時にお金はもらったし……」


 今まで貯めていたわたしのお金だからと言って、結構な額を渡されたんだよね。本当は、成人する二十歳の時に渡す予定だったらしい。


 こっちに来た最初はバイトだったし、前の会社に就職が決まっても、いまの仕事になるまで、ろくに貯金はしてこなかった。


 それでももしもの時の為にと、使わないで残してある。


 そのお金といまの仕事になってから貯めたお金もあるよと伝えたら、何だか微妙な顔で振り返った。


「……できれば結婚費用に使って欲しかったんだけど。そんな気は四十歳よんじゅう過ぎても芽生えないみたいだしね」

「まだ四十歳にもなってないから」


 はあーっと、とっても呆れたような諦めたような複雑な溜息を吐きながら、娘の年齢を間違えるんじゃない。




「……あゆみ、ちょっとここに座りなさい」

「座っていますが?」


 食材を買って銀行にも寄って、ようやく久しぶりの我が家と畳を堪能しようと、思っていたのに。


 何故かわたしは畳の上で、母親の目の前で正座をしている。


「うっ……。ちょっとお腹に響くから、椅子に座っても良い?」

「仕方がないわね」


 迫力に負けて座ったのは数秒で、すぐに右脇腹に痛みが走ってしまった。

 ……そうは言っても椅子なんてないから、窓枠に座るしかないところがなんとも言えないね。


 向こうに戻る前に折りたたみ椅子を買うべきかなあと考えていたら、座り直した母親が改めて向き直ってきた。


「あんた、貯金は今の仕事に就いてからって言ったわよね?」

「うん」


 それまでいつもギリギリだったわけではないけれども、宵越しの金は持たないとばかりに、貯金は全くしてこなかったのだ。


 それがどうしたと首を傾げたら、大問題だと床を叩いた。


「どう考えても、お給料と使ったもの以上のお金が残っているじゃないの!何して手に入れたお金なの!?」

「ああ」


 大半が使わないでいた慰謝料だけれど。歌を歌ったことで貰ったボーナスとか、そういう正当な報酬もちゃんとある。


 でも、そんなことは言えるわけがないからね。


「あんたは何の仕事をしてるの!?」

「それも病院で説明してもらったはずだけど……」

「それ以外に何かしてないと貯まらない金額でしょうがっ!」

「えええええーっと……」


 決して、内臓を売ったり治験になってるわけではと考えて、異世界の薬を飲んでいることは、治験に当たるのかなとか思えてきたね。


「派遣で行っているところが薬屋ってことは聞いたでしょ?そこで処方された薬を飲んで経過報告はしてるけど、全然怪しくないよ」


 人間以外の種族がいるところで働いていることも、別に怪しくないもんね。

 だって、動物園とか水族館とか。それこそ宇宙人がいるかもしれない地球以外の場所で仕事をしている人もいるんだし。


 それが異世界だから詳しく話せないけれども、あまり変わりはないはずだ。




 成長を促す薬だということは話さないで、栄養補給のようなサプリメント的なものだと伝えていったら、ようやく少しは落ち着いてくれたみたい。


「それでマルチ商法みたいなことをしろと言われることもないし、高額でもないし、副作用も今のところは全然ないから」


 むしろ、親方も弟子もとっても真面目な仕事人だ。

 至らない新人のわたしを見捨てることもなく、罵倒することもなく、とても長い目で見て育ててくれている。


 本人に会えば、わかってくれると言えるけど、さすがに実の親でも許可は出ないだろう。


 表向きの、仕事に関する会社への報告書を見せたり普段の仕事内容を話したことで、さっきよりは納得してくれたかな……?


「あ、ほら。前の会社にいた営業の岸さんも知っている会社なんだよ?怪しくないってわかるでしょ?」

「岸さんが?……ああ、それならまあ、安心ね」


 営業成績はいつもトップだった岸さんは、何かとわたしの両親も気に掛けてくれていた。野菜を大量に送ってくれた時もお中元を贈った時も、「実家にも送れよ」と言ってくれたのだ。


 自分も実家から離れていたから、わたしのことも気にしていたのかもしれないなあ。


 岸さんは相変わらずかなあと思いながら、娘の言葉よりも岸さんを信じる母親に複雑な気持ちを抱いていたら。


「あんたはぼんやり四十歳よんじゅうになったけど、岸さんは違うからね」

「……よんじゅうじゃないってば」


 わたしの言葉も信じて欲しいけど、いい加減、人の年齢を間違うんじゃない。


 まったく……、失礼だな。


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