0話:プロローグのプロローグ
「そういうわけで。沢村君には来月の十日付けで退職をしてほしいと思っている」
年に何度も会わない社長から呼び出され、何事かと思ったら。
十年以上勤めていた会社から、解雇を言い渡されてしまった。
「会社を縮小するにあたっての人員整理だ。退職金はもちろん出す。この先の就職に有利になるように、こちらの書類に判を押してほしい」
こういうのって、普通は三か月くらい前に言うものじゃないの?
―――なんて、ちょっと抵抗してみるけれど。
直属の上司はいない。引き継ぐ仕事も特にない。
あれは正社員の仕事内容だったのだろうかと思えるレベルなら、一ヶ月前で十分か。
「はあ……、わかりました」
今まで肩を叩かれなかったからと、居座っていたのはこっちのほうだもんな。
ポンポンと用意された書類に軽快に判を押したことで、わたしの退職が決定した。
「保険や退職金の税金の免除、ハローワークへの手続きなど、これからある必要な書類にも判を押してもらうと思う」
「わかりました。ハンコはいつでも持っているので、書類ができたらお声掛けください」
「助かるよ。……すまないね」
「いいえ。十年以上、お世話になりました」
次からは会わないだろうと思って、ぺこりと社長へ向かって最敬礼をする。
はあっと社長の吐いた溜息の中には、確かに十年以上働いてきたわたしへの申し訳ないという気持ちも入っていると思う。
けれどそれよりも、肩の荷が下りたというか、そんな安堵の気持ちのほうが感じられた。
この人とは接触回数がほとんどないから、本当のところはわからないけれど。
いつも通りの時間にタイムカードを押して、まだ残って仕事をしている人たちを通りすぎて出口に向かう。
吐く息が白いことで、冬が近付いたことを感じながら。
毎日、当たり前のように行き来をしていたこの道とも、もうすぐお別れなんだなということにも気付く。
「待てよ?」
今まで当たり前のように振り込まれていたお給料も、来月からなくなるってことじゃないか。
家賃はもとより生活費、付き合っている人は幸い(?)いなくて交際費はゼロだとしても。
「月イチの楽しみの回らないお寿司、雑貨あさりと本屋巡り、たまの贅沢のケーキたち」
そんなことをしているから貯金がないんだよ、というツッコミは無視をして。
当たり前だと思っていたことは、クビになるということで当たり前じゃなくなるのだ。
いくら退職金が出ても、半年分の保証があってもこのままではマズイ。
「ええと、離職届けが来ないとハローワークには行けないから……」
指を折りながら、退職前後にしなければいけないことを次々と確認していって、意外とお金と時間が掛かることを思い知る。
さらに今までの七割程度の収入で、半年もまともな生活ができるの?
海外に行くのもいいかとか、そんな贅沢は一切無理だ。
「保険証もなくなるんだっけ」
いきなりお先真っ暗になった、わたしの明日はどっちだ。
とりあえず、最初はこちら世界が中心になります。
資料が揃ってまとまり次第の更新なので、不定期投稿になります。
お気を付けください。