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妖精さん(仮)

 すみません。

 師走が予想以上に忙しくて今月1話しか更新できませんでした。

 ダリアさんに笑みを向けられてから数分程その場にぼーっと立ち尽くした後、ダリアさんへの胸のドキドキを抑えられないまま天幕の中へと戻る。

 あんな綺麗な女性から、というか女性から「かわいい」なんて言われたのは初めてだからどうすればいいのかわからない。


 かわいい、ってことは俺に対して好意はあるってことだよな。

 あの笑顔はからかってるって感じじゃなかったし、からかいの気持ちも混じっていたとしてもダリアさんは俺のことを悪くないと思って……いや、でも「かわいい」というのはどうなんだ?


 かわいいと言われてぽーっと顔が熱くなったのも嬉しいと思ったのも事実だが、男としてはどうなんだろうか。

 巷では女性が男性にかわいいと言う時は恋愛感情がないという説もあったくらいだ。

 ここは地球ではないとはいえ俺の思想が反映されている世界でもあるし、かわいいというのは俺から男らしさを感じていないという風にもとれる。

 かわいいと思う感情が母性本能を刺激してくれればいい感じの方向に転ぶかもしれないが……。


 いや、かわいいというのは決して悪い感想ではないはずだ。

 ここは素直に喜んでおこう。

 アレだな。これは新入社員なんかがよく使っていた「ワンチャンあるかも」というやつだな。


 とはいえ、よく考えたら俺とダリアさんは歳が離れている。

 俺へのかわいいという感想が恋愛感情に転じることはないかもしれない。

 そもそもダリアさんには婚約者か夫がいるのではないだろうか。

 この世界では十四歳から完全に成人として扱われるくらいだしダリアさんが既に結婚していたとしても何ら不思議ではない。


 そう思うと、なんだかモヤモヤするな。


 これは恋?

 それとも好意が芽生え始めた段階?


 自分の気持ちがわからない。


 ダリアさんに既に伴侶がいたらと思うと胸にくるモノがあるような、ないような。

 創作物であれば略奪愛というのも大好物なんだが、それを実際にしたりされたりと考えてみると思うところがある。


 現実と創作物はやはり違う。

 BL好きな男は全員ホモというわけではないように、見るのとやるのでは全然違う。


 当然か。

 そうでなければスプラッター映画好きな人はみな殺人鬼ということになってしまう。

 中にはそういう危ない者もいるのかもしれないが、ほとんどの人は画面から感じられる臨場感を楽しんでいるはずだ。

 そしてそれを楽しめるのは自分が安全地帯にいるから。もし自分がその映画の中の世界に入り込んでしまったとしたらほとんどの者は泣き叫び、気が狂うほどの恐怖に襲われることだろう。


 スプラッター映画に対して使うのは少し違うかもしれないが「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見ると喜劇である」というチャップリンの名言があるように、第三者の視点から眺めていることと実際に自分がその状況に置かれることとの間には大きな差異がある。

 その差は如何ともしがたく、時に残酷であるのだ……と思う。多分。


 などと、いるかもわからないダリアさんの婚約者とあるかもわからない俺とダリアさんの将来にひとり気持ちの悪い妄想の花を咲かせているとサーシャがもぞもぞと動き出した。


「おはようごじゃいましゅ」


 初めての外での依頼ということで張り切りすぎたのか、昨日一番早く寝たにもかかわらず今頃起床したサーシャから挨拶をされる。

 むにゃむにゃとした口調が可愛い。


「おはようサーシャ」


 普段はサーシャの方が俺よりも早く起きている。

 だからここまで寝惚けたサーシャを見る機会は中々ない。これはレアだ。

 とは思うものの、俺の頭の中は未だダリアさんの占める割合が大きい。

 ダリアさんが七、サーシャが三といったところだろうか。

 サーシャの寝惚け姿を記憶に焼き付ける作業に上手く集中できない。


 このままではいかんな。

 俺にはこの依頼中に現れるかもしれない未知の魔物からサーシャを守るという使命があるのだ。

 脳内にお花畑を作り上げている場合ではない。


 フェンリルが殺されたという地点までもう一日もかからない距離まで来ている。

 ということはフェンリルを殺した魔物が今日現れたとしてもおかしくない。

 十分に注意しておかないと……一応、サーシャとアリアにも注意喚起しておくか。


「サーシャ、アリア、好きだ」


 ぶっは!

 何言ってんだ俺!


「私もおにいちゃんのこと大好きです」

「そうですね。私も愛しく思ってますよ」


 そして普通に答えてくれるのか。

 ありがとう二人とも。


 …………ん?

 んんんんん?


 あれ、えーと、おかしいなー。

 今、なんて言った?

 サーシャとアリア、特にアリアはなんて言っていた?

 愛しく思ってますとか言っていたか?


 正直、俺もそこまでニブチンではないし、人からの好意をすべて疑っているわけでもない。

 サーシャが俺のことを好いてくれていることはわかっていた。

 それでも大好きと言ってくれたことは凄く嬉しいし涙が出そうにもなっているが、アリアもか?


 アリアも今、ほとんどノータイムで俺のことを好きだと言ってきたよな?

 しかも愛してると。


 …………愛してるとは言ってなかったか。

 愛しく思ってると言っていたな。


 この場合の愛しくはどういう意味だろう。


 年下としてかわいく思っているということなのか。

 パーティメンバー、あるいは人間、あるいは男性として好ましく思っているということなのか。


 どれもあり得るし、どれも違うような気もする。


 すべての生物を愛していると言ってきたとしても全く違和感のないアリアのことだ。

 先程の俺への言葉も広い視点での愛しく思ってますかもしれない。

 俺単体に向けた言葉というより、愛している者の中に俺も含まれていただけ。

 そう考えた方が自然なのではないだろうか。


 やばいな。

 アリアにどぎまぎさせられることになるなんて思っていなかった。

 今日は朝から年上に弄ばれてしまっている。

 そしてそのことに楽しさを見出してしまっている自分がいるのもやばい。


 うーん、エクトプラズム。


 うん、自分でも何を言っているのかよくわからない。

 だいぶ舞い上がってしまっているようだ。


 一旦落ち着こう。


 よく考えろ。

 実年齢で考えればダリアさんもアリアも年下のはずだ。

 肉体年齢では俺の方が下かもしれないが精神年齢なら俺の方がずっと上。

 年下の女性に弄ばれるというのは男としてその、アレだ。

 案外悪くないかもしれない。


 ……ではなくて。

 それはその、かっこ悪いのではないだろうか。

 いい歳をした精神年齢がおっさんな男が日本でいえばまだ大学生か大学を出たばかりの年の娘にいい様に弄ばれる。

 ハッ、滑稽だな。ゾクゾクする。


 ……でもなくて。

 いや、ゾクゾクしてどうする俺。

 そこは毅然とした態度で逆に手玉に取ってやるくらいのことを言ってしかるべきだろう。

 相手の見目が麗しいからといって臆することはない。

 大人の余裕を持って対応するのが正解だ。


 なんて考えている時点で既に心に余裕がないということに気付かぬままアワアワと慌てる俺。

 天幕内で俺が右往左往している間に出発の準備を整えていたサーシャとアリアと共に俺たちを呼びに来た兵士に案内されるまま天幕の外に出て朝食を受け取り、それを食べながら俺たちが先程まで使用していた天幕が片づけられているのを眺め終わるとダリアさんの指揮のもと調査隊一行は目的地を目指してその場を後にした。


 ――とでもいったところだろうか。

 野営地を離れるまでの俺はまさにそんな感じで情けない姿を晒していたと思う。






 十分に注意しておかないとという気持ちはどこへやら。

 朝方に考えたようにこの調査の危険性は理解しているはずなのだが、まだ頭がぽわぽわとしてしまっている。


 ぽわぽわではなくふにゃふにゃかもしれない。

 上手い擬音が見つからないが、まだ浮かれ気分というか少し心ここにあらずといった感じだ。

 妙に浮ついてしまっている。


 その浮つきによって頭の端っこに追いやられてしまった警戒心にも多少の意識は向けながら昨日と同じようにサーシャとのピクニックを楽しむ。

 ここら辺は緑の少ない荒野となっていて見どころはあまりないがそれでもサーシャといれば天国のように素敵な場所に見える。


 ああ、世界が美しい。

 サーシャと一緒なら何もかもがキラキラと輝いて見える。

 俺が求めていたのはこの景色だったのかもしれない。

 恋愛を一足飛びにすっ飛ばしていきなり子供ができてしまったような気分だけどそれもまた良し。

 こんなに可愛い娘なら大歓迎だ。


『ずっと探していた心のトキメキ。

 幼い頃見ていたキラキラと、今見つけたキラキラ。

 今と昔。

 見ている景色は違えども、伝わる心音は確かにあの時のもの。

 一滴の安らぎにも似たこの感情が愛おしい。

 貴方の笑顔を見ているだけで曇り空だって満天の星空に変わっちゃう。

 ああ、探し求めていたのはこの懐かしさだったのかもしれない。

 君と一緒にあの頃への郷愁をもう一度。

 このトキメキが止まらぬように、何度だって積み重ねたいの』


 な~んつって~! ヨシトな~んつって~!


 謎ポエムを作った後になんつってっつっちゃたりして~!


「ちょっと待ったー!」

「うぉ!?」


 なんだ!?

 え、なんで突然ちょっと待ったとか叫びだしたんだこのおっさん?


「ヨシト殿、貴殿いま……」 

「え?」


 もしかして謎ポエムやその後のくだりをすべて口に出しちゃってた?

 それを聞かれてふざけてると思われたか?


 だからといってなんで「ちょっと待ったー!」と声をかけられるのかはわからないが……。

 とにかくこれはまずい!

 クライアントを怒らせてしまった!

 急いで謝らねばッ!!


「すいま」

「貴殿いま、右手が光ってござらんかったか?」

「ござ、ござら、右手?」


 え、なに?

 この人「ござる」口調の人なの?

 こんなハリウッド俳優みたいな堀の深い洋物顔しといてござる口調?


「そうでござる。今その右手が光っていたように見えたのでござるよ」

「いや、右手が光るなんてそんな馬鹿なこと……って、あれー!? 光ってる!?」


 と、オーバーリアクションをとってみたものの右手が光ってるなんてことはない。

 俺はロボットでもなければ魔法使いでもないのだから右手を光らせるなんてことできるはずがない。

 もし勝手に光っていたとしたのなら何者かのイタズラか誰かから謎の攻撃を受けている可能性が高い。


 ……む、攻撃か。

 もしやこれはフェンリルを倒したとかいう魔物が現れたか?


 俺も昔、レーザーポインターを当てて光らせた場所にボールを当てるという遊びを夜な夜な自分の部屋で一人でやっていたことがある。

 それと一緒で光らせた場所をピンポイントで狙うことが大好きな魔物だったりして。


 俺の右手が光っていたということは敵は今頃俺の右手に狙いを定めて攻撃を打ち出そうとしているはず。

 試しに右手を動かしてみたら動かす前の位置に何か飛んできたりして。

 なーんて。


 ビュンッ!


「うわ!?」


 なんだ?

 今何か飛んできた?


 もう一度右手をそろ~り。


 ビュンッ!

 ビュビュンッ!!


「うわぁお!?」


 飛んでる!

 絶対何か飛んでる!

 しかも今度は三発飛んできた!


 じゃあ今度は右手を高速移動で…………。


 ビュンッビュビュビュッビュン!!!!!


 うおおお、めっちゃ飛んできた!?

 なんだこれ、本当に何だこれ!?


 俺以外には見えていないのか?

 サーシャもござるも他の調査隊の人たちも皆して俺の突然の行動に首を傾げているように見える。

 そうだアリアは……ダメだ。歩きながら目を閉じて愛に祈りを捧げている。

 こっちを見てすらいない。

 それにしても、器用なことするなコイツ。よく転ばないもんだ。


 そう考えながらも謎の飛翔物体に右手を捉えられないように不規則に緩急をつけながら右手を動かし続ける。

 これを何十分も続けるのはきついな。

 さすがに腕が疲れる。

 早いうちに飛んできているモノの正体と飛ばしてきているヤツの正体を暴かなくては右手が筋肉痛になってしまう。

 筋肉痛は辛いんだ。

 あれで満員電車に詰め込まれるとそれはもう泣きそうに……。


「ヨシトお兄ちゃん、何してるんですか?」

「これは右手の運動だよ。たまにこうやってほぐしておかないといざという時に身体が動いてくれないからね」

「そうなんですか」


 口からでまかせ。

 サーシャに変な目で見られたくないからと適当な理由をでっちあげてみたが信じてくれたようだ。

 自分の右手をじっと見つめた後に俺の真似をして右手を適当に振り始めたサーシャの姿に癒される。


 ほんわか~。


 ……なんてくつろいでいる場合ではない。

 早くこの右手を解放してやらないと。

 そろそろ肘と手首が辛くなってきた。あ、あと二の腕もか。


 問題は、どうして俺だけが狙われているのかだな。


 このタイミングでいきなり右手目掛けて何かが飛んでくるようになったってことはござるの言っていた「俺の右手が光ってた」ってのが怪しいよな。

 まさかこのござる、俺をたばかっているんじゃないだろうな?


「あの、本当に俺の右手が光ってるように見えたんですか?」

「本当でござるよ。バッチシ緑に光っていたでござる」


 緑!?

 白とか黄色じゃないのか?


 というかコイツ「バッチシ」とか言うんだな。

 バッチシっていつ頃生まれた言葉だ?

 八十年代? 九十年代? それとももっと前? もっと後?


「光っていただけですか?」

「光っていただけでござるよ。にんにん」

「え?」

「うん? どうしたでござるか?」

「いや、なんでも……」

「そうでござるか」


 …………え?

 やっぱコイツおちょくってんだろ。

 なんで急に「にんにん」とか言ったんだ?

 今「にんにん」なんて言う必要まったくなかっただろ。


 いや、「にんにん」と言う必要のある場面なんてまったく思いつかないが。

 それでも今言う必要はこれっぽっちもなかったよな?


 って、あ……なんか掴んだ。


 適当に動かし続けていた右手のひらに伝わってくる柔らかい感触。

 これは一体何だろうか?

 何かを握っていることだけはわかるんだが。


「離して! 放してったら!」


 なんだろう。

 小さく甲高い声が聞こえる。

 これが幻聴というやつか。


「はーなーしーてー!」


 再び聞こえる声。

 普通に考えればどこか離れた場所で襲われている少女の声を俺のこの高性能な耳が拾ってきたってところだろうとは思うけども、どうにも俺の右手の中から声が聞こえているような気がしてならない。


 はっはっはー。

 これはアレか?

 妖精さんというヤツかな?

 遂に出会っちゃうのかな?

 妖精さんとー。


 は~はっはっはっはっはーぁ……はぁ


 なんかさっきからテンションが高いんだよな、俺。

 これは本当に何かの攻撃を受けているのではないだろうか。

 たとえば状態異常:催眠とか状態異常:混乱、とか。


 相手が妖精ならそのくらいのことはしてきそうだ。

 イタズラ好きの妖精なんてのは腐るほどいるらしいからな。


「なんでアタシに触れるのよコイツ! 早くはなしてよー!」


 さて、今この右手に握っているモノが本当に妖精かなにかだとしたらさっきまで俺の右手目掛けて飛んできていたのはコイツだったということになるよな?

 だってコイツを捕まえてから右手に向かって何かが飛んでくることがなくなったし。


 なんか「なんでアタシに触れるのよコイツ!」とか言ってるみたいだけど、手を開くのが怖いな。

 こいつがフェンリルを倒した魔物だというのなら今頃は自力で俺の右手から抜け出せているはずだしコイツの力自体は大したことないんだろうけども……。

 そんなことよりも「実は俺にしか見えないし聞こえない、俺が作り出した幻が正体でしたー!」とかいうオチだったらどうしよう。

 異世界に精神科があるのかわからないし、さすがに幻を見たり聞いたりするほど俺の頭はおかしくなってないと思いたい。


「もしもーし」

「キャッ! 変な息が当たってる! 気持ち悪い!!」


 変な息……。

 気持ち悪い…………。


 ず~ん、と気分がめちゃくちゃ重くなった。

 息がクサイと言われるよりはマシではあるけど、それでも「変な」とか「気持ち悪い」とか言われると傷つく。

 というより、すでに傷ついていた心が再び抉られる。


 三十も後半に入って加齢臭を気にし始めたおっさんにド直球でクサイとか言ってくるのはマジでやめてくれ。

 しばらく引きずっちゃうから。

 しかも言ってきた相手の前では必要以上に体臭を気にするようなムーブをとってしまうようになってその動きがキモいとまたそいつや周りでその動きを見ていたヤツらから言われるから。

 古傷どころか一生ものの生傷になりかねないから……。


 よし。

 一通り落ち込んだところで気分転換をしよう。

 まずは現状の確認だな。


 先ほどからサーシャや調査隊の人たちは妖精さん(仮)の声に反応していない。

 だからコイツの姿を見たり聞いたりできるのは本当に俺だけなのではないかという疑念がある。

 そのために右手を口元に寄せて小さな声で話しかけたわけだったのだが、これが失敗だった。

 俺が自分の右手と会話する痛いヤツ認定されないように周囲に配慮したつもりだったけどこれでは妖精さん(仮)にまで配慮が行き届いていなかったらしい。妖精さん(仮)から気持ち悪いと言われてしまった。


 次に気になるのがござるの男。

 あのござるはおそらく妖精さん(仮)を見ることができる。

 他の誰も気付いていなかった俺の右手が光っているという現象にいち早く気付くことができたござるだ。

 妖精さん(仮)が出したと思われる光を視認できたのだからござるも妖精さん(仮)を見ることができたとしても不思議ではない。


 一番気になるのはござるがいま俺の近くにいないことだ。

 先ほどまではずっと俺のそばにいたはずなのに今は姿が見えない。

 ござるの息遣いも聞こえない。

 試しに調査隊の人たちに「ござる口調の人はどこ行ったんですか?」と訊いてみても「そんなやつ知らない」と返されるばかり。

 誰もござるのことを知らない。


 もしかしてアイツも妖精さん(仮)の仲間か?

 ……と思ってしまうほどの神出鬼没さ。

 たしかに、記憶を辿ってみると昨日ござるを見た覚えはないし、俺もさっき話しかけられた時に初めてござるの存在を認知した。

 俺たちの周囲にいる調査隊員たちは全員昨日と同じメンツ。

 ござるはその中に混じっていても違和感がなく思えたが、しかし昨日はその姿を見た覚えがない。

 では、俺がさっき話していたのは一体誰だったのか。


 ホラーかな?


 ほんのちょっと体感温度が下がったような気がする。


 まぁ、ござるのことなんてどうだっていい。

 考えれば考えるほど泥沼にはまっていきそうな気がするし、アイツの正体を探るのは何かヤバいような気もする。

 触らぬ神に祟りなし。

 触れぬおっぱいには夢いっぱい。

 ござるのことは気にしないようにするのが一番だろう。


 そして最後に気になるのは数分ほど前から右手の中の妖精さん(仮)が動かなくなってしまったことだ。

 酸欠だろうか?

 そこまで強く握りしめていたつもりはないのだが。


 まさか、死んだりなんかしていないだろうな?

 謎の生物がその正体も謎のまま自分の右手の中で死んでいたなんて気持ち悪すぎる。

 いや、まさか……本当に死んだりなんか、していないよね?

 大丈夫だよな?


 そーっと右手を開いて確認したい衝動に駆られるが、もしこの手の中に入っているのがゴキブリみたいな見た目のヤツだったらと思うと中々開く勇気が湧かない。

 だってさっきまでビュンビュン飛んでたからな、コイツ。

 空を飛ぶ素早くて小っちゃい生物。

 人間の言葉を話していたとはいえ、虫の仲間である可能性が高い。


 いや、さっきから肉感の高いフィギュアみたいな細くてきれいな足や緑色のミニスカートみたいな衣装、それと桜の花びらを大きくしたような形をした半透明の美しい羽が見えてはいるんだけどな。

 妖精さん(仮)の上半身部分しか俺の手の中には収まっていないし、下半身は丸見えだし……。

 ただ、下半身が人間みたいなフォルムをしているからといって上半身も人間とは限らないわけで。

 半魚人という種族や人面犬なんて都市伝説もあることからして、ここは慎重にいきたい。


 俺のベルが鳴る(ティン〇ーベル)の可能性もあるしな。


 何の心構えもなしにうっかり予想もしていなかった化物とご対面なんてことになったら目も当てられない。

 俺は普通にそういうのに弱いんだ。

 もしそんなのを見たら俺は泣き叫びながら彼方まで走り去っていってしまうかもしれない。

 けれど今は依頼中。

 依頼人を置いて、ましてやサーシャを置いてどこかへ走り去るなんて絶対にやってはいけない。


 だからこそ、しっかりと心の準備をしてから臨まなくてはいけない。

 早くしないと妖精さん(仮)が本当に死んでしまうかもしれないが、軽い呼吸音が右手の中からまだ聞こえてきているからたぶん大丈夫だろう。

 妖精さん(仮)が呼吸を必要とする生物なのかは不明であるが、音を出しているということは死んではいないはず。


 せっかく大人しくなったんだから今のうちに検証をばと思い、さりげなくサーシャの目の前に俺の右手を持っていってそこから飛び出ている妖精さん(仮)の足をゆらゆらと横に揺らしてもみたがサーシャの反応はナシ。

 調査隊の面々に対してもそう。

 サーシャと同じく妖精さん(仮)が見えている様子はない。


 やはりコイツは見える人にしか見えない妖精的な何かか俺の脳が作り出した俺にしか見えない幻想生物なのだろう。


 しかし、今コイツの正体を確かめるのは危険だ。

 先ほど想像したようにコイツの上半身が不気味な見た目をしていた場合、俺自身、自分がどのような行動をとるかわからない。


 一番最悪なのは思わず声量MAXで叫んでしまうこと。

 その場合、サーシャとアリア含む調査隊ご一行様は一瞬でミンチに早変わりしてしまう。

 そんなのは真っ平御免だ。


 だからコイツのことを調べるのはフェンリルが殺されたという地点に到着した後にもらえるという自由行動の時間中にしよう。

 しっかりと周囲に人のいない状況を作り出してから調べるべきだ。


 そう考え、妖精さん(仮)の上半身を見ないように気をつけながら腰に付けているポーチへと妖精さん(仮)を頭から突っ込む。

 見た目的に頭に血が上りそうなのが少し怖いが致し方あるまい。

 動けない状態の妖精さん(仮)をそこら辺に放置して魔物にでも食われてしまったら寝覚めが悪いからな。

 妖精さん(仮)の目が覚めるまでは意識を失わせてしまった俺が面倒を見るのが筋というものだろう。

 だからこれは決して、誘拐などではない。

 動けない妖精さん(仮)を助けるためにやっていること、つまり妖精さん(仮)助けだ。

 そう、誘拐ではないのだ。

 三度言う、これは決して誘拐などではない!!






 妖精さんをポーチにしまった後はサーシャとのピクニックを再開。

 二人であれこれと楽しく話し合いながらデコボコとした道を歩く。

 大人数で移動しているおかげで魔物は寄ってこないし、たとえ寄ってきたとしても調査隊の人たちがすぐに片づけてくれる。

 俺やサーシャ、あとついでにアリアも、俺たちのパーティは戦闘をする必要もなくただ歩いてついて行くだけでいいからだいぶ楽だ。

 調査隊があまりにもあっさりと魔物を倒していくからサーシャが魔物を侮ってしまわないかという心配はあるが、そこら辺は俺がしっかりと教えてあげればいい。

 サーシャを魔物と戦わせるつもりはあまりないが、もし戦うことになった時に敵を侮っていたせいで怪我をしたなんてことになったら嫌だからな。

 危険を教えてあげるのも大人の仕事だ。


 などとサーシャに魔物の危険性について教えたりなんかしていたらあっという間にこの調査隊の目的地、フェンリルの死骸が発見されたあたりに辿り着いた。

 日はすでに沈み夜になってしまっているが今日はサーシャもまだ起きている。

 頑張って歩いていたからだいぶうとうととしてしまっているようだけど、今日はもうここでお休みだ。

 夕飯はまだだが、歩きながら軽食をつまんでもいたしこのまま寝てしまっても問題はないだろう。


「よーしよし。今日は目的地まで自分の足で辿り着くことが出来たな。偉いぞサーシャ」

「はい……。私、頑張りました……」


 カクン、カクンと首を上下させているサーシャはもうおねむ。

 今すぐ寝かせてあげた方がいいな。


「サーシャ、おやすみ」

「はい、おやすみ……なさぃ…………」


 俺の腕の中で眠ってしまったサーシャを抱きかかえながら調査隊の人たちに寝床の準備を頼む。

 瞬く間に張られた一張りの天幕の中にサーシャを寝かせてあげつつ、調査隊の人の作ってくれた夕飯に手を付ける。


 うん、美味しい。


 サーシャのあどけない寝顔を眺めながらの食事もまた乙なものだ。


 調査隊による調査は明日からが本番。

 俺やアリアもその調査に付き合わなければいけないため、夕飯を食べ終えた後はすぐに眠りにつく。


 何故か当たり前のように同じ天幕で寝る準備を始めたアリアを追い出すこともできず流されてしまった俺は、ポーチに突っ込んだままの妖精さん(仮)のことなどすっかり忘れ、アリア、サーシャ、俺の順でサーシャを間に挟みながらアリアとも一緒に川の字で眠ることとなった。

 本年はこの作品をお読みいただき誠にありがとうございました。

 もしよろしければ来年もお付き合いいただけたらと思います。

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