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考えすぎて楽観視

 更新ペースを七日に一回くらいに近づけたいのにどうしても二週間近くかかってしまう……。

 せめて月に三話は投稿できるよう頑張ります。

「自己紹介も終わりましたし、そろそろ僕等がここに呼ばれた理由をお聞かせ願えますか?」

「そうだな。まずは君たちを呼ぶことになった原因の説明から始めようか」


 ティーカップを傾け緑茶を楽しんでいたダリアさんはそう言いながら流れるような動きで音一つ立てることなく静かにカップをテーブルの上に置いた。


 一つ一つの動作が丁寧で、優雅で、美しい。

 つい、見惚れてしまう。

 ぽーっ、と熱に浮かされたような気分だ。


「どうかしたか?」

「え? あ、いえ、なんでもないです」

「そうか。では説明を始めるぞ」


 見惚れていたことに気付かれた。

 恥ずかしい。


 それに、失敗した。

 きっとモテ男ならここで「貴方に見惚れてた」的なことをかっこよく、そしてもっとロマンチックな感じのセリフに置き換えて伝えていたに違いない。

 俺も「貴方の美しさについ見惚れてしまいました」と本心を語っておけばよかった。

 ダリアさんはそういうことを言われ慣れてそうだし俺なんかに言われても嬉しくないどころかキモいと思われてしまうかもしれないが、こういう地道な努力がいつか実を結ぶんだ。


 モテ男は一日にしてならず。

 余程のイケメンでもなければコツコツと好意を積み上げていくしかない。

 そして、好意を積み上げるためには行為が必要なのだ。

 言葉にしろ、行動にしろ、なんらかのアクションを起こす必要がある。

 俺がそう思っているのだ。

 きっとそうに違いない。


 もしまたこういう機会があったら次はズバッとかっこよく決めてやる!


「――とで、これまで目撃情報すらなかった未知の存在があの周辺に生息し始めたのかもしれないと結論付けた。本来なら我々調査隊だけで事を進めるべきなんだが、我々はこの辺りのことをよく知らなくてな。普段からこの辺りで活動している者にしかわからない変化などもあるかもしれんということで君たちに声をかけさせてもらった次第だ。フェンリルより強い魔物と遭遇する可能性もある。危険がないとは言わない。それでも、どうか我々にご助力願えないだろうか」

「もちろんご協力いたしましょう!」

「……本当か! 感謝する!!」


 ハッ、やってしまった!

 美人に頼まれると断れない癖が出てしまった!

 やってしまったといえば余計なことを考えていたせいで説明の前半を一切聞いていなかったこともやらかしてしまってはいるが、町の外へ行くことを軽々と了承してしまったのはもっとやらかしてしまっている。


 そりゃこんな綺麗な人にお願いされたらどんな内容でもオーケーしたくなっちゃうけど、サーシャはどうするんだ。

 ダリアさんからのお願いは不審死を遂げたフェンリルの死因調査の手伝いのはず。

 フェンリルという強い魔物を殺せるような魔物と出会う危険性があるとわかっていてサーシャを連れて行くことはできない。

 だが、調査は何日かかるかわからないし、その間サーシャをひとりこの町に残していくのも不安だ。

 それに、もしフェンリルを倒した魔物と出会ってしまったとして、それで俺が殺されてしまったら残されたサーシャはどうなる。

 野垂れ死んでしまうのではないか?

 俺自身、化物なんかには会いたくないという気持ちもあるが、それ以上にサーシャのことが心配だ。


 ……っていっても、いまさら断るなんて言いにくいし、言えない。

 そもそもの話、ダリアさんが王国なんとか隊とかいうところの隊長ってことはこの調査には国が関与しているということだ。

 国が主導で行っている調査の手伝いを頼まれたということは国から依頼されたこととほぼ同義。

 断りでもしたら反逆の意思ありとみられて国家反逆罪的な何かに問われてしまうかもしれない。

 そうはならなくとも、国からの覚えが悪くなってしまってこの国で活動しにくくなるかもしれない。

 国からの依頼なんて大層なお願い、所詮小市民の俺には最初から断れるはずもなかったか。


 猛烈に不安だがやるしかない。

 恐怖もあるし、サーシャのことも考えなくてはいけないが、どうせなるようにしかならないんだ。

 断れないのなら覚悟を決めて前を向くしかない。


 ……なんだか最近、前向きになってきたな。

 これは良い傾向なんじゃないか?

 この世界に来てからもなかなか変わることのなかった後ろ向きな性格が、サーシャと出会って以降どんどん良い方へと変わっていってるんじゃないか?

 そうだ。サーシャと出会って以降の俺は変化してきている。

 それだけじゃない。サーシャと生活を始めてから運気もどんどん上がってきているような気がする。

 なにせずっと幸せだからな。

 アリアとパーティを組むことになったこと以外、不幸な目に遭った覚えがない。

 俺はツイてる。ということは、調査隊への同行も何事もなく無事に終えることができるだろう。

 なんだ、心配することなんて何もないじゃないか。ハッハッハ。


「――というのなら行かせてあげてもよいかと。この子も冒険者です。何かあっても自己責任。ダリア様方にはご迷惑をおかけしません」

「お願いします!」

「……仕方ない。同行を許可しよう。ただし、君はこの二人から絶対に離れないように。それが条件だ」

「はい、ありがとうございます!!」


 考え事をしていた間にまた話が進んでいたらしい。

 なんだかわからないが、サーシャが急に腕に抱き着いてきた。

 左腕があったかい。


 聞こえた内容から推測するに、たぶんサーシャが俺と離れたくないとでも言ったんだろうな。

 それに難色を示したダリアさんの説得をギルマスが手伝ったというところだろうか。

 サーシャに「この二人から絶対に離れないように」と言っていたということはアリアもこのお願いを受け入れたということだな。


 どうやら知らないうちにサーシャをどうするかという問題が解決したようだ。

 町に残していく心配はなくなったけど、今度は魔物からサーシャを守らなくてはいけないというプレッシャーが生じてしまったな。

 まぁ、見えないところにいるサーシャを心配するよりは近くにいてくれた方が気が楽か。

 危なくなったら俺が助ければいい。

 もちろん危なくならないのが一番だが。


「じゃあ、パーティへの依頼ってことで受理しとくよ。トール、アンタもそれでいいね?」

「はい、お願いします」


 左隣で「これでお兄ちゃんと一緒です!」と嬉しそうにしているサーシャを危険かもしれないからという理由だけで連れて行かないわけにはいかない。

 サーシャが傍にいると俺は力を十全に発揮できないが、そんなことは関係ない。

 何があっても絶対に守る。

 それだけ決めていればいい。


「これからの行動予定だが、我々は今朝この町に到着したばかりだ。今日明日は準備に費やしたい。二日後の朝に南門前に集合としたいがどうだろうか?」

「わかりました。二日後の朝に南門前ですね」

「うむ。食料はこちらで用意するから心配しなくていい。調査は最低十日、最長で二十日の予定だ」

「はい。二十日のつもりで準備しておきます」

「よろしく頼む」

「こちらこそよろしくお願いします」


 それにしても、随分と大雑把だな。

 調査日数に最短と最長で十日も開きがあるぞ。

 たしか調査隊は百人くらいいたはずだから最短で調査を終了した場合、百人×十日分の食料が完全にお荷物になるわけだ。

 これってかなりの量だろ。

 備品なんかでも十日分余分に持って行かないといけない物があるかもしれない。

 フェンリルの死骸が見つかった付近に拠点を作ってそこを中心に活動するのだとしても、町から拠点までの往復の運搬や拠点に置いている間の管理なんかも大変なのではないだろうか。


 いや、二十日分を一度で運ぶとは限らないか。

 とりあえず十日分くらいの荷物を運んでおいて、調査日数を延ばすとなったらその時に必要に応じて何人かが町まで往復し、買い付けするのかもしれないな。

 あるいは、十日分の荷物が増えたくらい苦にもならないようなマッチョたちが調査隊にいるのかもしれない。

 その場合、「いい筋トレになる!」とか「少し負荷が足りませぬぞ。もっと荷物を増やしてほしいでござる」とか言ってマゾのような漢たちが笑顔で荷物を運搬するのだろうか。

 その絵面は、なんか嫌だな。

 汗とか飛び散ってそう。


「ヨシトお兄ちゃん?」


 嫌な想像をした後はサーシャを眺めて癒されるにかぎる。

 あ~、可愛い~。


 さて、俺たちがここに来た目的はダリアさんから話を聞くため。

 調査隊に同行するということで話はまとまったし、もうここにいる意味はない。

 ギルマスとダリアさんはまだ話し合うことがあるそうなので俺たちは先に退室し、いったん宿に戻ることにした。






 明後日から町の外へ。

 サーシャの防具を買い揃えた翌日にいきなりそんな話が舞い込んできた。

 これは偶然だろうか。

 宿に戻る途中で購入したカルメ焼きを美味しそうに頬張るサーシャを見ながらそう思う。


 神様が何か操作をしているとまでは言わないが、少しタイミングが良すぎるような気がする。


 もし昨日のうちにサーシャの防具を購入していなければ俺はサーシャの同行を許可しなかったかもしれないし、もしかしたら俺自身もサーシャをひとりにするのが心配という理由で調査隊への同行を断っていたかもしれない。

 だが、俺たちは昨日サーシャの防具を買いに行ったし、今日ダリアさんからのお願いを受け入れた。


 もしかすると、今回の一件は『俺が何もしなければ二十年以内に世界が滅ぶ』というあの話と関係しているのかもしれない。

 そんな考えが浮かぶ。


 俺は自分の欲望を優先している。

 世界よりも彼女。

 まずは恋愛をする方が大事だ。

 だから今は世界のために動く気なんてこれっぽっちもないが、俺が世界を救おうとするかどうかに関係なく俺は世界の存亡にかかわるような事件に巻き込まれる運命なのかもしれない。

 なにせ、俺がこの世界に干渉したことが原因で世界が滅亡に向かうことになったのだ。

 原因である俺がその問題を解決するように運命づけられていても全く不思議ではない。


 というか、あれだな。

 この依頼を受けなかった場合、世界が滅んでいた可能性もあるのか。

 そういうことになるよな、今の考えだと。


 もしかしたらフェンリルを倒した魔物というのが遠くない未来に世界を滅亡させるのかもしれない。


 世界を滅ぼす魔物だ。

 本来なら百人やそこらで倒せるような魔物ではないのだろう。

 だが、なにか全力を発揮できない理由があるのか、それともまだそれほどの力を身に付けていないのか、このタイミングでこの話が来たということは、今ならばまだその魔物を止められるということなのではないだろうか。

 つまり、この依頼は相応の危険が伴うが、成功すれば世界の危機を回避できる依頼でもある。


 いや、でも、この世界を滅ぼすのはたしか勇者じゃなかったか?

 どうしてそう考えたのかは忘れたが、勇者が世界を滅ぼす元凶という情報をどこかで入手したような気がする。

 ということは今回の敵は魔物ではなく人か?

 それともフェンリルを倒したというその魔物が後に勇者と呼ばれるようになるのか?

 よくわからんが、人間が敵である可能性も考慮しておくか。


 世界の危機なんてものに興味はないが、世界を滅ぼすかもしれない魔物がそばにいたんじゃ落ち落ち寝てもいられない。

 サーシャに危険が及んでしまうかもしれないし、そうなる前に駆除しておくべきだろう。


 しかし、今回の依頼は危険かもしれないのか。

 サーシャを連れて行くかどうかもう一度検討する必要があるな。


 ゲーム的な考え方をしてみると、今はイベントが発生した状態だ。

 このイベントの発生条件が『サーシャの防具を揃えること』だったとしたなら、防具さえ身に付けていればサーシャは安全なのかもしれないと考えることができる。

 でなければ防具を買った意味がない。

 俺に依頼を受けさせるために『サーシャの防具が揃っている』という条件が必要だっただけで、その条件を達成したいまサーシャの生死はもうどうでもいいという可能性もあるが、もしサーシャが死んでしまったら俺は世界が壊れるほど泣き叫ぶだろう。その自信がある。

 そして、俺の嘆きにより世界が滅びるという結果は『俺が何もしなければ二十年以内に世界が滅ぶ』という言葉と矛盾する。


 俺が世界を救うためになるかもしれない行動をした結果、サーシャが息絶え、それにより俺が世界を滅ぼしてしまう。

 これはつまり、俺が行動したことによって世界が滅んだということになる。

 むしろ何もしない方が世界が滅亡せずにすむということでもある。


 もしそうなるのであれば神様から伝えられた情報が間違っていたということになる。

 だが、それはありえないだろう。

 未来を見通しでもしていなければ『二十年以内に』なんて言葉は出てこない。

 あの神様は未来を見通した上で俺に助言を与えているはずだ。

 パラレルワールド的な、いくつかのありえるかもしれない未来を見通す能力かもしれないが、その可能性の中にはサーシャと俺が出会う未来も確実にあっただろう。

 俺がサーシャと出会う可能性も織り込み済みで助言を与えているはずなのだから、世界が滅ぶ云々の助言を信じるのであれば、依頼を受けると決めた時点でこの依頼中にサーシャが死ぬ可能性はなくなったはずである。


 思考が少し戻るが、それこそ『俺が何もしなければ二十年以内に世界が滅ぶ』というのであれば『俺が何かをしたことによって世界が滅ぶことになる』のはおかしいというやつだ。

 神様の言葉はおそらく正しい。

 それなら、この矛盾がある以上はサーシャに命の危険はない。

 連れて行かなければサーシャが魔物と遭う可能性は激減するが、連れて行かなかったら行かなかったでまた別の問題がサーシャに降りかかる可能性もある。

 どちらがマシかと考えたら、サーシャも連れて行く方がマシだろう。


 さて、そうなると今度は敵の能力が問題になってくるな。

 フェンリルは一撃で倒された可能性が高いということだったし、フェンリルを簡単に倒せるような魔物がたくさんいるとは考えにくい。

 敵は複数ではなく、一体である可能性が高い。

 問題はフェンリルを倒したという一撃が物理攻撃だったのか、それとも魔法攻撃だったのかだ。


 再びゲーム的な考え方をしてみると、『サーシャの防具を揃えること』がイベントの発生条件だった場合、そのことを逆説的に考えると『サーシャが死なないためには防具を揃える必要があった』ということにもなりえる。

 防具があればサーシャが死なないということは、防具がなければサーシャは死ぬということ。

 つまり、サーシャの防具は敵の攻撃方法を紐解くカギとなる。


 サーシャの防具は魔法耐性に優れるという黒いケープを中心に揃えた。

 そのため、ケープ以外は物理耐性系の属性が付与されたモノとなっている。

 店員によると、ケープ以外のモノに込められた付与魔法はケープに込められた付与魔法と比べると数段劣るという話だったが、塵も積もれば山となる。

 物理耐性系の防具を集めたおかげでケープの魔法耐性と張り合えるほど、とは言わないまでもそこそこの物理耐性を手に入れることはできた。


 具体的には、二十メートルの高さから落下しても軽傷ですむくらいの防御力があるとのこと。

 落下した際の衝撃への耐久度はどこかの酔狂な魔法使いの実験記録が出回っているためかなり正確にわかるらしく、購入した防具に込められた物理耐性系付与魔法の総計から簡単に算出された。

 なんでも、その魔法使いは浮遊魔法を用い、自身の身を持って付与魔法の性能を確かめたらしい。

 付与魔法の込められた防具を集め、着て、空を飛び、落ちる。

 そんな常軌を逸した実験記録が出回っているおかげで、しっかりとした店なら打撃系の衝撃に対する見立てはほぼ完璧だと教えてもらった。

 斬撃や刺突等に対する耐性強度を調べた実験はさすがにないらしく、落下ダメージ以外に関する見立ては連撃さえ受けなければ死ぬことはないと思うという雑なものだったが。


 要するに、サーシャの防具一式の物理耐性はかなり高く、魔法耐性はその物理耐性以上に高い。

 サーシャの防具性能がこうなっているということは、敵の攻撃はかなり強い魔法攻撃である可能性が高い。

 敵が魔法を使ってこないのなら魔法耐性に優れる黒いケープではなく物理耐性に優れる赤いケープを購入することになっていただろうからな。

 そうなっていないということは敵は魔法で攻撃してくるのだろう。

 さらに、身体を鍛えていないサーシャが耐性つきの防具を身に付けただけで敵の攻撃を凌げるようになるとは思えないから、おそらくサーシャは敵の放った攻撃の余波を受けるのだろうと推測できる。

 その際、サーシャは地面を転がったりどこかに打ちつけられたりする可能性が高い。なぜなら、そうでなければ物理耐性系の防具を揃えた意味がないから。


 これらのことと、以前ギルド職員から聞いた「一点を的確に狙ったような攻撃の痕跡」という情報から、敵の攻撃は質量を持った超速の魔法攻撃である可能性が高い。

 土や水や風を打ち出すような魔法が該当するだろうか。

 そういえば、上空から狙ったような攻撃痕という情報もあったか。


 高空から一点突破の破壊力を持った正確無比な攻撃を打ち出してくる敵。


 勝てるイメージが全く湧かない。

 でも、これまでの情報をまとめると敵の想像図はこうなってしまうんだよなあ。


 敵が飛行しているかどうかはまだわからないが、もし飛行していた場合、上空への攻撃手段を持っていないことは致命的。

 調査隊の力を借りれば敵を地面まで引きずり落とすことができるのかもしれないが、対空用の攻撃手段も一応用意しておくか。

 力を借りれば、というか、依頼的にはこちらが力を貸す側だが。

 まぁ、これが世界の滅亡にかかわる案件だというのなら俺が力を借りる側でも間違ってないか。


 それにしても、サーシャをどうするかな。

 さっき連れて行くと決めた時は思い当たっていなかったが、思考を進めていくうちにサーシャが怪我をする可能性が高いことに気づいちゃったからなあ。

 死なないからといって怪我をしないわけじゃない、か。

 サーシャの怪我する姿は見たくない。

 けど、サーシャが防具を買ったことに意味があるのなら、サーシャを連れて行かないわけにはいかない。

 もしサーシャが防具を買ったことに意味があってそれが俺についてくるためなのだとしたら、サーシャがいることによってもたらされる利点が何かあるはずだ。

 サーシャがいないと敵に勝てないという可能性もある。


 すべては想像だ。

 敵の姿も、サーシャが怪我するかもしれないということも、すべて俺の妄想。

 この世界が漫画やゲームなんかの中の世界なのだとしたらサーシャの装備を整えたことに何か意味があるのではないかという、自分のことを物語の主人公だと思い込んでしまっている俺のいつもの悪い考え癖だ。

 今考えたことはどれも可能性の一つでしかない。


 実際に遭遇してみたら想像とは全然違う姿をした敵だったという可能性もある。

 サーシャも怪我なんてしないかもしれない。

 あるいは本当に大怪我や、それ以上の事態に陥るかもしれない。


 ただ、今の妄想が妄想ではなく事実だったらと考えると、サーシャを町に置いていくという選択をする度胸は俺にはない。

 危険な目に遭わせてしまうかもしれないが、サーシャを目の届かないところにはおいておきたくない。


 サーシャは連れて行く。


 なら、俺のすることは全力でサーシャを守ることだ。

 それ以外のことを考える必要はない。

 いざとなったら、世界の存亡なんて放棄して逃げてしまえばいい。

 世界よりもサーシャの安全を優先だ。


 それに、俺が何もしなければ世界が滅ぶというのなら、俺が何かした瞬間に世界の滅亡は回避されるという考え方もできる。

 神様は俺が世界の危機を解決するとは言っていなかった。

 俺が関わったことによって俺以外の誰かが世界を救うのかもしれない。

 たとえば、俺が今考えた妄想を調査隊に教える。すると、その情報のおかげで調査隊がフェンリルを倒した魔物の討伐に成功するのかもしれない。俺が情報を教えなければ調査隊は魔物に勝てなかったのだから、これだって俺が何かした結果、世界の滅亡を回避したということになる。


 俺は世界を救うための鍵の一つではあるかもしれないが、その鍵を使って世界を救いに導くのは他の誰か。

 その可能性はゼロではない。


 わかってる。

 これだって妄想だ。

 けど、何が正解で何が間違いかなんて、神様でもなければわからない。

 俺は神様ではないのだから、わかっている情報から未来を予想するしかない。


 それにしても疲れたな。

 今日はもう頭を使うのはやめるか。


 とりあえず今考えられることはあらかた考え終えたような気がするし、サーシャを連れて行くということも決まった。

 めんどくさいことを考えるのはここまでにして、サーシャと戯れにでも行こうかね。






 ……サーシャを愛でていたらあっという間に二日が経ってしまった。


 いや、サーシャを愛でることに不満があったわけではない。

 むしろ、兄妹ごっこをしたりメイドさんごっこをしたりと最高なんて言葉では言い表せないほど極上の夢心地だった。

 だが、今回向かう先で強敵と戦うことになるかもしれないのにこんなにのんびりしていてよかったのかと。もっと何かすべきことがあったんじゃないかと。

 そう思ってしまっていたりもする。


 一応、俺たちの方でも自分たちの数日分の食料は用意してみた。

 アリアにいたっては昨日一日俺たちと別行動をし、調査に向かうための準備をしていたようでもある。

 しかし、それだけだ。

 アリアが何をしていたのか、何を準備したのかは知らないが、俺とサーシャはのほほんと楽しく過ごしていただけで本当に何もしていない。

 強いて挙げるなら、対空装備として部屋の隅にあった弓矢を手入れしたくらいだ。


 調査隊に同行すると命の危険があるかもしれないと一昨日考えたのはなんだったのか。

 そう呆れてしまうほど気が抜けていたことを今朝になるまで気付くことができなかった。


 まぁそれはべつにいい。

 べつにいい、というか、仕方ない。


 天使サーシャによって天国へと導かれてしまっていたのだ。

 それはまさに至上の喜び。

 正常な思考判断能力を失ってしまったとしても仕方がない。

 エデンの園への到達は全人類の夢の一つ。

 その誘惑に人の身で抗うことは不可能なのだ。

 むしろ、今朝夢から解放され思考力が戻った際、妹や娘がいる者たちはずっとこんな気持ちを味わっていたのかと嫉妬で狂いそうになった。

 まぁ、今では俺もそんな勝ち組の一人なのだがね。ふはははは。


 ということで、ほとんど何も準備しなかったことは気にしていないし、気にすることでもない。

 今の心境は何の準備もせずに厄介な取引先に赴かなくてはいけなくなった三年前のあの夏の日の心境だ。

 あの時もなんだかんだでなんとかなった。

 今回もきっとなんとか乗り切れるだろう。


「サーシャ、準備はできたかー?」

「はい! 初めてのお外でのおしごと、がんばるです!」

「おー、張り切ってるな」

「はい、やる気ばっちりです!」


 凄いな。

 いつもは本当に七歳かと思うくらいしっかりとした言葉遣いなのに、今日は随分と口調が崩れている。

 それだけ今日の依頼を楽しみにしていたのか。


 初めてのお外でのおしごと、か。

 たしかに、これまでは町中での依頼しか受けてこなかったな。

 日付をまたぐような依頼も初めてだし、しかもそれがいきなり二十日間にも渡る長期依頼。

 サーシャはいま楽しみな気持ちと緊張との間で板挟みになっているのかもな。


 っていうか、町の外での依頼を受けなかった理由はまさにこれから向かう先のフェンリルバラバラ死体事件のせいなんだが……まぁ、向かうことになってしまった以上は何も言うまい。

 いざというとき俺は本気を出せないがアリアもいるし、調査隊の面々もいる。

 フェンリルを倒した魔物というのも実際に戦ってみたら大したことない可能性もある。

 気にしても栓無きことは気にしない。

 何事も考えすぎはよくないのだ。

 安全面がほぼ完璧なピクニックのようなものだと思って全力で依頼を楽しもう。


 ……ピクニックか。

 ピクニックといえば、上司から「佐々木君、親睦会するからピクニックでも企画しといて」と無茶ぶりを言われたことがあったな。


 親睦会するならそこら辺の飲み屋でいいじゃん。

 なんでピクニック?

 というか、もっと企画とか得意そうな他のやつに頼んでくれよ。

 ピクニックなんてしたことねーよ。


 なんて思いながらも頑張って企画したことがあったっけ。

 小学校での遠足くらいでしかピクニック的なことをしたことがなかった俺は一生懸命ピクニックについて調べまくって実際に下見にまで行ったりもしたけど、結局人数が集まらなくてその話自体が流れてしまったんだよなぁ。

 親睦会はピクニックではなく無難に飲み屋で行われることになったのをよく覚えている。


 なんか思い出したら腹が立ってきたな。

 同期や何人かの後輩、比較的付き合いのあった先輩なんかは参加表明してくれてたけど、俺にピクニックの幹事を押し付けてきた上司は「ピクニック? なんでそんな面倒くさそうなこと考えちゃったの佐々木君。親睦会なんだから小さな会場借りたり良い感じのお店予約したりするだけでよかったのに。誰も来ないよそんなの。え、私? もちろん行かないよ。次はもっと気軽に参加できるやつ企画してよね。君に『次』があるかどうかは知らないけど」と、長々とダメ出ししてきたうえに参加もしないし俺の頑張りを全否定してくるし。

 あームシャクシャしてきた。


『ピクニックを企画しろって言ってきたのはアンタだろ!』

『睡眠時間を削ってまで下調べに使った二十時間を返せ!』

『そもそも会社でピクニック? その時点でおかしいと思ったわ!』

『下見と称して一人でピクニックに行ってきた俺の寂しさがお前にはわかるか! わからないだろ!?』


 と、何度罵声を浴びせたくなった気持ちを我慢したか。

 最後の文句に関してはピクニックに誘えるような友人がいなかった俺の自業自得でもあったが、滅多なことでは怒らない仏の佐々木と呼ばれていた俺でもあの時ばかりは内心ブチぎれてしまっていた。

 腐っても相手は上司だし、さすがに声に出すことはなかったが。

 もう一生あの飲んだくれ上司の顔を見なくていいと思うと清々する。


 ただ、今回はあの時とはだいぶ違う。

 今回のピクニックの幹事は俺ではなくダリアさんだし、百人以上が参加することが決定している。


 それになにより、サーシャがいる。


 サーシャとのピクニックが楽しくないはずがない。

 俺としてもサーシャとの初めての町からの外出。

 道を歩きながら「あの花かわいいね」とか「景色が広く見渡せて気持ちいいね」とか、そんなどうでもいいような会話をほっこりと楽しみたい。

 なんなら、俺のサバイバル技術の高さを見せつけて「ヨシトお兄ちゃんかっこいい! すごいです!」と褒めてもらいたい。できれば尊敬してもらいたい。


 こちとら異世界生活のために何年間にも渡ってサバイバル訓練をしてきているんだ。

 休日を使って山や海、砂漠や無人島に行ったこともある。

 仕事の合間に会社のパソコンでサバイバルについて検索していたことだってある。

 地球にいた頃に仕入れたサバイバル知識や培ってきた経験はこの世界でも通用する。

 そのことは俺が危険指定地域から何度も生還できていることが証明してくれている。


 世界は広い。

 この世界にはまだまだ俺の知らないことや想像もつかないようなことがたくさんあるかもしれない。

 だが、ことこの町周辺の地理に関しては俺にわからないことはない。

 ギルドが発行している地図でしっかりと周辺地理を把握させてもらったし、よくわからないところや危険だと言われるところは実際に足を運んで確かめた。

 フェンリルの死骸が発見された辺りの景色もしっかりと頭にインプットされている。


 今回調査隊の向かう辺りまでの間に危険な地域はない。

 多少魔物が出るかもしれないが、それも心配いらないだろう。

 なにせ、調査隊の隊長が王国なんちゃら騎士隊長のダリアさんなのだ。

 騎士隊長が調査隊の隊長に任命されているということは、調査隊の隊員の中にもダリアさんの騎士隊に所属する正規の訓練を積んだ騎士たちが数名は混じっているはず。

 あるいは調査隊の全員がダリアさん直属の騎士たちで構成されている可能性もある。

 そもそも、国を脅かすほどの魔物が現れたかもしれないとして派遣されてきた者たちなのだから、騎士隊の隊員か否かに関わらず優秀な者たちであることに変わりはないはずだ。


 危険なルートを通るわけでもなく、戦力も十分。

 これはもう、楽しい楽しいピクニックになること間違いなし。


 今にもスキップしたくなるほどのルンルン気分だ。

 精神は肉体に引っ張られるというのは本当なのか、地球にいた頃は何十年もスキップなんてしていなかったのにこの世界に来てからはたまにスキップをしたくなる時がある。


 個人的には『精神は肉体に――』という理論は脳の大きさか、誕生してからその時までに細胞分裂した回数が影響しているのではないかと思っているのだけれども、どうなんだろうな。

 赤ちゃんの俺と三十六歳の俺ならともかく、十四歳の俺と三十六歳の俺とでそこまで脳の大きさが違うものなのだろうか。

 頭の大きさ的に、そんなに違わないような気もする。


 細胞分裂の回数に関しては、この身体がどのようにして十四歳の肉体になったのかわからない以上は何回分裂したのか計算のしようがないし、そもそもこの身体が細胞分裂をしているという保証もない。

 神様に作り変えてもらった身体だ。

 地球にいた頃の生物の法則が適用されるとは限らない。


 一時期は目線の高さによって思考の成熟度が違うのではないかと考えていたこともあったが、俺より小さくても俺より大人な考えをしているヤツなんていくらでもいると認識してからはその持論は捨てた。


 じゃあ一体何が精神を若返らせるのかと訊かれたら、実際に若返りを体験した俺にもよくはわからないのだが……。

 とにかく、俺が今にも踊りだしてしまいそうなほどにサーシャとのピクニックを楽しみにしていることだけは間違いない。


 この気持ちは異世界に来たことへのワクワクか、恋をするぞというやる気の表れか。


 小学校から中学校へ上がったとき、中学校から高校へ上がったとき、高校から大学に上がったとき、そして大学生から社会人になった時にも、これと似たような気分を味わった。

 新しい服に袖を通すたび、新しい靴に履き替えるたび、そんな気分を味わってきた。

 このワクワク感は新生活への期待や未知への羨望の気持ちに似ている。


 そして、女の子から褒められたり感謝されたりした時の高揚感にも似ている、

 今思うと都合よく雑用を押し付けられていただけのような気もするが、掃除当番を代わったり荷物運びを手伝ったりと、何かをするたびに「佐々木君すごい!」「ありがとう」と言われた時。

 あの時に感じた胸の高鳴りもいま俺の中に混在している。


 地球にいた頃は体験できなかった騎士隊への同行と、女の子とのお出かけ。

 ワクワクと、ドキドキ。


 サーシャが成人するまでは、サーシャとは保護者と被保護者の関係でいたいと思っている。

 だから、これは断じてデートなどではないはずなのだが、それでも、胸のときめきを抑えられない。


 初デートに向かうときの気分というのはこのような気分なのだろうか。

 なんだか、嬉しいような、こそばゆいような、そんな感じだ。

 口がにやにやしてしまうのを止められない。


 これはヤバい。

 嬉しい。楽しい。幸せすぎる。

 人生にはこれほどまでに幸せなことがあったのか。


 ピクニック。

 ああ、ピクニック。

 ピクニック。


 サーシャとのピクニックが楽しみすぎる。

 ビバ、ピクニック!


 などと能天気にルンルン気分で向かった南門。

 そこで待ち構えていた総勢百名の調査隊を見て、俺のピクニック気分は雲散霧消した。


「おお、ヨシト殿、アリア殿、サーシャ殿。今回はよろしく頼む」

「「「「「よろしくお願いします!!!!!」」」」」


 俺たちに気づいて近づいてきたダリアさんと挨拶を交わした直後、一糸乱れぬ呼吸で頭を下げてきたダリアさんを除く九十九人の調査隊員たち。

 硬すぎず、礼を失しすぎず。

 冒険者相手に言うにはちょうどいいのであろう「よろしくお願いします」という言葉。

 俺の耳は、その言葉から九十九人全員の誠意を感じ取っていた。


 正直、この場に来るまでは冒険者である俺たちは調査隊員から見下された目で見られるのだろうと考えていた。

 しかし、この場にいる調査隊員たちは冒険者なんていう馬鹿にされてもおかしくない立場の俺たちに対し一人一人がしっかりと、嘘偽りのない本心からの言葉を投げかけてきてくれている。


 それだけで、この調査隊とこの国への印象はめちゃくちゃ良くなった。

 心証は良好。

 信用は爆上がりだ。


 けれどこれ、完全に軍隊だよなぁ。


 気持ち良すぎて逆に気味が悪いほど綺麗に揃った動きを前に、俺のピクニック気分はどこか彼方へと飛び去っていってしまった。


 正直に言おう。

 物怖じした。


 というか、普通はダリアさんから「皆の者、聞け! この者たちが今回協力してくれる冒険者の――」とかそんな感じの紹介があった後に「よろしくお願いします!」と言われるのではないのだろうか。

 突然すぎて言葉を返すことができなかった。

 今から返そうにも、タイミングを逸してしまった感がある。


 なんかもう、イベント発生とかピクニックだとか、軍隊の恐さの前では割とどうでもいいという感じだ。

 これから二十日間、こいつらとずっと一緒なのか……。


「ヨシトお兄ちゃん?」

「ヨシトさん?」


 ぼーっとしすぎてしまっていたのか、サーシャとアリアの俺を心配するような声が聞こえる。


 ああ、やはり俺の癒しはサーシャだけだな。

 そう思い、サーシャを抱きしめる。


「愛ッ! これも一つの愛の形ですね! やはりヨシトさんとサーシャちゃんは最高の――」


 と、狂喜乱舞の声が聞こえ始めたところでアリアの声はシャットアウト。

 口を開けば愛、愛、愛。

 聞いていて頭が痛くなる。

 話さなければ完璧なんだが、口を開けると本当に害にしかならないやつだなコイツは。


 そんなこんなで、俺とアリアが落ち着くのを待ってから調査隊は出発した。

 もっとテンポよく軽いノリで話を進めたいのですが中々うまくいかないです。

 次回、フェンリル殺しの謎に迫る!(予定)

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