表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/9

若返ったおっさん、アリアと出会う

 ブックマーク登録、ポイント評価ありがとうございます!

「黒髪のあなた、私と愛を語り合いませんか?」


 乳白色の髪を持つ優しそうな雰囲気の女性が俺に向かってそう言ってくる。

 グラマラスな絶世の美女からの誘い、断れるはずもない。


「はい! 喜んで!」


 もちろん、俺は一も二もなくOKした。


 上手くいけばこの美女とデートをしたり恋人になったりできるかもしれない。

 そしてそうなったらその後に待つのは念願の……。


 うおおおおおおおお!

 興奮してきた!


 この美女と懇ろな間柄になるためにはこのファーストコンタクトを失敗するわけにはいかない。

 決して、Gカップ以上はあるその大きな胸に邪な視線を向けたり、その魅力的な腹部のラインや腰のくびれを凝視したりしてはいけない。

 あくまでも紳士的に対応するのだ。


「語り合ってくれますか。よかったです」

「はい、もちろん!」


 俺の返答を聞いて嬉しそうに柔和な笑みを浮かべたその姿はまるで聖母のようだ。


 どうしてそんなに嬉しそうにしているのかわからないが、愛を語り合うっていうのはそういうことだよな。

 俺に一目惚れしたから愛の告白をしてきたとか、そういうことだよな?

 こんな美女に告白されてOKしない男なんているわけないじゃないか。

 もしいるとしたらそいつの感性はおかしい。

 きっと、ゲテモノ好きの特殊性癖者に違いない。


「私の名前はアリアと申します。どうぞお見知りおきください」

「これはどうもご丁寧に。わ……俺はヨシトです。この子はサーシャ。俺の妹みたいなものです」


 俺が紹介すると、隣に座っているサーシャもぺこりと頭を下げる。


「サーシャさんというのですか。可愛らしいですね」


 サーシャにも聖母のような笑みを向けるアリア。

 聖母のような名前をしているだけあって、見る者から警戒心を取り去ってしまうような完璧な笑みだ。


 それにしても、危なかったな。

 危うく、私はヨシトと申します、と言ってしまうところだった。


 この世界では俺くらいの年頃の男は自分のことを「俺」と言うし、あまり丁寧な言葉遣いはしない。

 もし言うとしても「私」ではなく「僕」だろう。

 丁寧な対応をするのは悪いことではないが相手に変な奴だと思われてしまっては逆効果だ。

 敬語くらいならつかっても大丈夫だと思うが、言葉遣いには気をつけなくてはいけない。


「それで、その、愛を語り合うというのは、具体的にどうすればいいんですか?」


 少しきょどってしまった。

 恥ずかしい。


 しかし、こちとら生粋のDTだ。

 異性と愛を語り合ったことなど皆無。

 具体的に何を話せばいいのかなんてわかるはずもない。

 告白されたのも初めてだし、きょどってしまったとしても仕方ない。


「そうですね。では、まず一つ質問をさせてください」

「なんでしょうか?」

「ヨシトさんはサーシャさんを妹のようなものと仰っていましたが、血縁関係はないのですよね?」


 なんだろうか。

 もしかして俺とサーシャが恋仲なのではないかと心配しているのだろうか?

 そんなことはないから安心してくれていいぜ、アリアさん。

 YESロリータNOタッチの精神だ。

 俺は七才児には手を出さない。


「はい。仕事と家を失って困っていたサーシャを俺が保護した形になります」

「まぁ、そうなんですか。私の思った通り、貴方は素晴らしい愛をお持ちのようです」

「いやあ、それほどでも」


 実際、俺は博愛の精神なんて持っていない。

 もし泣いていたのが男であったなら俺は助けなかったかもしれない。

 まぁ、七才の男の子が泣いていたのならソイツがよほど生意気そうな面でもしていない限りは声をかけるくらいはしたが。


「ふふっ、謙遜するなんて面白い方ですね」

「いや、謙遜なんてしてないですよ?」

「では、そういうことにしておきます」


 本当に謙遜なんてしていないのだが、まぁいいか。

 どうせ否定しても信じてくれないだろう。

 俺に都合の良い方向に勘違いしてくれているようだし放置しておくか。


「それで、愛を語り合うというのは結局なにをすればいいのでしょうか?」


 これからデートにも繰り出すのだろうか?

 その場合、サーシャはどうすれば……一緒にいてもらえばいいか。

 アリアさんならサーシャ同伴でもデートしてくれそうな気がする。


「そのままの意味です。サーシャさんを助けたという貴方のその素晴らしい愛について語り合いましょう」

「はい。わかりま……え?」

「まずは、サーシャさんと出会った時のことをお聞かせ願えますか?」


 なんだろう。

 今、俺とアリアさんの間でなにか齟齬があるような気がした。


 アリアさんが「愛について語り合いましょう」と言ったとき、アリアさんの瞳の奥に何か怪しい光が見えたような……。


 もしかして、愛を語り合うっていうのは俺と仲良くなりたいという愛の告白ではなかったのだろうか。

 これはまさか、宗教的な勧誘か?


 最終的には、「神を信じれば救われます」とか「貴方のその素晴らしい愛を少しばかり分けていただけないでしょうか」とか言われて入信させられたり教会への寄進を迫られたりするのではないだろうか。


 ……そうだよな。

 美女に話しかけられてつい浮かれてしまったけど俺が一目惚れなんてされるわけないよな。

 俺の間の抜けた面を見て「いいカモが来た」とでも思って近づいてきたという方がよほど自然だ。


 それにしては、アリアさんからは俺を騙そうとしているような気配を感じられない気もするが……。


「あの、ヨシトさん? どうかされましたか?」


 アリアさんが心配そうに訊いてくる。

 その姿は、とても演技をしているようには見えない。


 俺は人間関係にはあまり自身がない。

 だから、俺が気付いてないだけで、見る人が見ればわかるような演技をアリアさんがしている可能性はある。

 でも、俺にはアリアさんが本心から俺と愛を語り合いたいと思っているように見える。


 そうなると、愛を語り合うという言葉の意味を俺が誤解してしまっているのだろう。

 瞳の奥が怪しく光るという表現は漫画やアニメでよく見た表現だ。

 たしか、キャラクターが気になるモノを目にしたり、好きなものについて語ったりするときの表現だったはず。

 マッドサイエンティストやヤンデレなんかによく見られる表現だな。


 もし、さっきアリアさんの瞳の奥に見えた光が気のせいでないのだとしたら――


「アリアさん。愛って素晴らしいですよね」

「ええ。ええ。そうですよね。愛は素晴らしいものです。やはりヨシトさんもそう思われますか! 私も常々、愛の素晴らしさを実感しているのですがなかなか理解してもらえないことも多くて。どうして皆さんにはわかっていただけないのでしょうか? と思っていたんですよ。でもやっぱりわかる人にはわかりますよね。いいえ、本当は皆さんわかっているはずなんです。ただ、恥ずかしくて口にできないだけだと思うんです。愛を持っていない生物なんてこの世に存在しないのですから。皆さんも心の内では愛の素晴らしさを理解しているのです。愛が素晴らしいという事実は不変。そのようなことは皆理解しているのだからわざわざ口に出す必要はないという考えの方もいるかもしれません。しかし、私は素晴らしいものは素晴らしいと声を大にして言うべきだと思います。世の中には思っているだけでは伝わらないこともあります。実際に口にすることで皆さんと想いを共有するのです。そうすれば今よりももっと幸せな世界になるはずなんです。特に、魔物に対してはもっと愛を持って接するべきだと思います。魔物は倒すべき敵というように語る方もいますが、魔物にだって愛はあります。ならば、愛を持って接すれば魔物とも良き友となれるはずなんです。だから私はもっと――」


 え、なにこれ怖い。


 なんとなくそうなんじゃないかとは思ったが、我が意を得たりといった風に恍惚とした表情で愛についての持論を語り始めたアリアさんを見て確信した。


 この人は――狂信的な愛マニアだ。


 漫画なんかの登場キャラクターでたまに見たことがあったが、まさか実際に目にすることになるとは思っていなかった。

 うっとりとした目で愛の尊さを説いているその姿からはまるでヤンデレと遭遇してしまったかのような恐怖を感じる。


 愛を追い求めている俺としては「愛は素晴らしいもの」という意見には同意できる。

 しかし、アリアさんほど愛を妄信しているわけではない。

 愛を持っていたとしても殺人を犯す人間はいるわけで、ましてや魔物となんて分かり合えるとは思えない。


 アリアさんみたいなキャラが漫画や小説に登場した時は「おかしなキャラが出てきたな」と笑うことができたが、実際に目の当たりにすると笑っていられない。

 怖すぎる。

 狂信的な人間というのはこれほどまでに怖いものなのか。

 同じ言語をつかっているはずなのに話が通じないような不気味さを感じる。


 サーシャは飽きてしまったのかもうすでにアリアさんの方を向いていないが、あまり変な思想をサーシャの前で語らないでいただきたい。

 サーシャがおかしな方向へ成長してしまったらどうするんだ。


 そんなことを考えられるくらいの余裕はあるが、今も恐怖で奥歯がガチガチ鳴っている。

 このままだと歯が欠けてしまうのではないだろうかという勢いで震えてしまっている。


 アリアさんがどうして俺に声をかけてきたのかはわからないが、おそらくサーシャと仲良さそうにしていたからとかそんな理由だろう。

 仲良さそう → 愛がある → 愛について語り合おう。

 みたいな思考回路をしているに違いない。


 この人もアンナさんと同じく残念な人枠だな。

 恋愛対象からは外れてしまう。

 というか怖すぎて近づきたくない。

 残念な人枠というよりも近づきたくない人枠だ。

 思想に目を瞑れば、とかそんなレベルを軽く超越してしまっている。


 ……ルックスは最高なんだけどなぁ。






「――だから私は言い続けるんです。愛は素晴らしいと!」


 やっと語り終えたらしい。

 三十分くらい語っていたのではないだろうか。

 おそらく、サーシャが俺の膝を枕にして寝始めてしまったから語るのをやめたのだろう。

 そうでなければあと一時間くらいは語っていたような気がする。


「なるほど。やはり愛は素晴らしいですね」


 ここは適当に会話して、適当に別れよう。

 今後、教会にさえ近づかなければ滅多に会うこともないだろう。


「ええ、そうですよね。素晴らしいですよね。私、ヨシトさんとは仲良くなれそうな気がします。これからもどうぞよろしくお願いします」


 しまった。

 ここは愛なんて興味ねえよ!

 とでも言っておくべきだったか。

 気に入られてしまったかもしれない。

 俺としては仲良くするのはぜひとも遠慮したいのだが……。


「はい。よろしくお願いします」


 気に入られてしまったものは仕方ない。

 さっき思った通り、教会に近づかなければこの人と会うこともないはずだ。

 教会は俺の生活圏からは外れているし、俺がここに近づかなければいいのだ。


「それでは、サーシャも眠ってしまったようなので今日はもう帰ります。貴重なお話をしていただきありがとうございました」

「貴重なお話だなんてそんな……。あのような話でよろしければ今後いくらでも聞く機会があると思いますよ」


 数十分前は聖母のようだと感じた笑顔も今じゃ悪魔の微笑みのように見える。

 本人にその自覚がないところがさらに怖い。


 しかも、今後いくらでも、というのは今後も俺と会うつもりがあるということなのだろう。

 とりあえず、次に会う約束なんかの話を振られる前にこの場を立ち去らなくては。

 一度でもそんな約束をしてしまったら一生付き纏われるような気がする。


「それでは、失礼します」

「はい。また逢う日までどうかお元気で」


 そう挨拶を交わして教会を出る。


 サーシャを背負って教会を去ることになんとか成功したが、アリアさんとはもう二度と出会いたくないものだな。


 思想が怖いとか一緒にいると精神的に疲れるとか色々と理由はあるが、ああいうキャラクターは厄介事を引き起こす役回りであることが多いからな。

 ここは漫画の世界じゃないが、ああいう性格なら人間関係でトラブルを起こすことも少なくないだろう。

 なんにせよ近づかないのが吉だ。


 さらば、アリアさん。

 あのグラマラスな身体は惜しいが、もう二度と会うことはないだろう。






 宿に戻りサーシャをベッドの上に寝かせたのはいいが、このあとはどうしようか。


 もともとの予定だと、この後はサーシャに仕事を教えることになっていた。

 しかし、肝心のサーシャが寝てしまっている。


 サーシャが起きるまでサーシャの寝顔を眺め続けるというのも悪くはないが、俺の実年齢を考えると流石にキモすぎる。

 俺の行動を咎める者は誰もいないとしてもそれを実行に移すだけの度胸はない。


 他人のいない場所でも人目を気にしたような行動をとってしまうような小心者だったからこそ今まで彼女ができなかったのだ。

 いや、実際にそれが彼女のできなかった理由なのかどうかはわからないが。


 とにかく、人目があろうとなかろうとそんな真似はできない。

 サーシャの寝顔を眺めるとしても、せいぜい十分が限度だろう。


 そもそも、俺は自分が何かの物語の主人公だと妄想しながら生きている。

 そうでもなければこんな説明口調の脳内モノローグなんてしていない。

 漫画か、小説か、アニメか、朗読劇か。

 媒体が何かはわからないが、俺は「もしも自分が物語の主人公であるのならば今この瞬間も俺のことを見ている視聴者か読者がいるはずだ」と思いながら日々行動している。


 もしもこの世界が漫画の中の世界だったら、というやつだな。


 漫画の主人公たちだって多くの場合は自分たちが漫画の中の登場人物だとは気づいていない。

 世界という名の箱庭の外のことは、その世界の中の者からは窺うことができないのだ。

 ならば俺も自分では気づいていないだけで実は何らかの物語の主人公である可能性はある。

 もしも自分が主人公だったら、という妄想をしたことのあるやつも少なくないはずだ。


 というか、もし俺が漫画や小説なんかの主人公どころか登場人物ですらなかったとしても、俺をこの世界に転移させてくれた神様が俺の行動を見ている可能性はあるからな。

 神様なら俺の行動どころか思考まで見ることができるに違いない。

 それならばこういった意識も無駄ではないはずだ。


 それに、人に見られていることを意識すると動きが丁寧になるという話を聞いたこともある。

 常に誰かに見られていると思って行動することは悪いことではないはずだ。


 さて、それはそれとして、この後はどうしようか。


 サーシャがいつ目覚めるかはわからない。

 十秒後に目覚めるかもしれないし、三時間後に目覚めるかもしれない。


 すぐ目覚めてくれるのならいいのだが、そうでないのなら今のうちに冒険者ギルドに行って依頼をこなしてきてしまうというのもアリだ。

 この町にいる冒険者の実力はだいたい把握している。

 さっきギルドで確認した依頼の中には、俺以外の冒険者では達成できないようなものもいくつかあった。

 さらにその中のいくつかは二時間もあればギルドに達成報告まで終えられるような内容だった。


 もし俺の外出中にサーシャが起きたとしてもこの部屋の外には出ないはず。

 この部屋から出ないのであれば危険は少ない。


 書置きでもしておけばさらに心配は減るだろう。

 いや、でもサーシャが文字を読めるかどうかは確認していないな。

 実はサーシャは文字を読めないとかあるかもしれない。


 それに、サーシャはたしか失敗が積み重なったことで店を追い出されたはずだ。

 俺の前では今のところ失敗らしい失敗はしていないが、サーシャは本来ドジっ子かなにかなのだろう。

 うっかり書置きを読まなかったり、うっかりこの部屋から出てしまうということもありえる。


 ……やっぱりサーシャを置いて外出するのはやめるか。


 しかしそうなると何をしようか。


 この世界には一人用のゲームなんてものはない。

 盤上遊戯なんかのゲームは存在するが、すべて対戦を前提としている。


 興味のある本はあらかた読み終えてしまっているし、インターネットなんてものはもちろんない。

 掃除洗濯炊事をする必要もない。


 やりたいことはないし、するべきこともない。


「……」


 特に何も思い浮かばなかったから、サーシャの寝顔を十分ほど鑑賞したあと俺も寝た。


 その後、俺が目を覚ましたのは夕方頃だった。

 その頃にはサーシャも起きていたので、サーシャにメイドの仕事と心得をいくつか教えたあと夕飯を食べてから再び就寝した。






 今朝も美少女メイドに起こしてもらった。


 可愛らしい声と可愛らしい手によって起こされ、迎えるのは爽やかな朝。


 正直に言おう。

 これ以上ないほど最高の気分だ。


 もし今死ぬのだとしてもそれはそれでいいかもしれない。

 そう思えるほどに幸せだ。


 そうか!

 これがリア充という奴か!


 ふっふっふ。

 ついに俺もリア充の仲間入りをしたということだな。


 グッバイ、ぼっち。ハロー、リア充。


 あとは隣に愛し合う女性が一人でもいれば完璧だな。


 よし!

 今日は生涯の伴侶となりえる女性を探しに行くか!


 恋人探しはサーシャとの生活が落ち着くまでしばらくはお預けだと思っていたが、よく考えると恋人探しを中断する必要はない。

 サーシャと信頼関係を築けた今だからこそ言えることなのかもしれないが、サーシャがいたとしても恋人探しを遠慮する必要はどこにもない。

 恋人探しに勇んだとしても何の問題もないだろう。


 しかし、恋人を探すと言っても一体どうすればいいのか。


 この世界に来てからは恋人をつくろうと色々な所に行ってみたが成果はなかった。

 女性のたくさんいる場所にも行ってみたし、女性の方から声をかけてきてくれたこともあったが、人間そう簡単には変われない。

 異世界に来ても、俺は女性とのコミュニケーションが苦手なままだった。

 結局、まともに話すこともできずに出会いを逃してしまったという苦々しい記憶ばかりが残っている。


 俺が普通に話せる女性というと、サーシャのような子どもかアンナさんやアリアさんみたいな恋愛対象から外れてしまった女性だけだ。

 冒険者ギルドの受付嬢とさえ未だにしっかりと話したことはない。

 依頼を受けたり達成報告をしたりという事務的なことなら普通に話せるが、世間話なんかはてんでダメだった。


 高校デビューとか二学期デビューとかしてたやつらは一体どうやってそんなに劇的に自分を変えていたのだろうか。

 一歩を踏み出す勇気が必要だということは重々承知なのだが、その勇気は一体どこから……。


 っていうか、二学期デビューしてたやつらはヤバすぎるな。

 一学期の自分を知っているやつら相手に新しい自分を見せつけるわけだからな。

 どんなメンタルだよ。

 鬼のメンタルじゃないとそんなことできないだろ。


 いや、俺だってサーシャと出会って新たな一歩を踏み出したんだ。

 もう地球にいた頃の俺とは違う。


 俺の肉体年齢は十四歳だが、この世界に来てからはまだ五十日くらいしか経っていない。

 実質、生後二ヶ月の赤ちゃんのようなものだ。


 そう、俺は赤ちゃん。

 精神年齢三十六歳の赤ちゃんだ。

 今の俺は、ばぶーと産声を上げてやっとハイハイができるようになった程度。

 これからどんどん成長していく。


 要するに、俺の異世界生活はまだまだこれからだ。

 異世界デビューをするのは今からでも遅くない。


 ということで、今日から異世界デビュー大作戦を開始する!


 デビューすると決めたからには変化していかなくてはならない。

 とりあえず、ハイハイをしている現状からつかまり立ちができるようになるくらいの変化は必要だ。

 できることなら女性のおっぱいにつかまり立ちしたい。


 そのためには、まず女性と出会わなくてはいけない。


 ということで、冒険者ギルドに行こうと思う。


 ギルドに行けばたくさんの依頼がある。

 依頼主は男性であることが多いが、女性が依頼を出すことも少なくはない。

 女性依頼主が出した依頼を受ければ自然と女性に出会うことができる。


 つまり、ギルドには出会いのチャンスがごろごろと転がっているのだ!


 俺は、がっついているようには見られたくないと思ってしまう質だ。

 恋人を探しに行く、なんてことをサーシャに面と向かって言えるようなメンタルは持ち合わせていない。

 がっつかなかったせいで彼女の一人もできなかったんだとは思うが……。

 まぁ、俺がモテなかった理由は今はどうでもいい。 


 とにかく、サーシャは俺から離れようとしない。

 俺が恋人を探しに行こうとしても、なんとしてでも俺についてこようとするだろう。

 一人で行動していた時でさえロクにナンパもできなかったのに、サーシャがそばにいる状況でナンパなんてできるわけがない。

 よって、俺が見知らぬ女性と会話をしてもおかしくないシチュエーションを作り出す必要があるのだ。

 ギルドの依頼を受けたという名目があれば女性と話しても不自然ではない。

 依頼という事務的な話題があれば俺も女性と普通に話すことができる。

 まさに一石二鳥だ。


 ギルドには依頼はしばらく受けないと伝えたばかりだが、よく考えたらチート能力をつかわなくてもこなせるような依頼なら受けても問題ない。

 掃除をしてくれとか荷物を届けてくれとか、そういう街中での雑用依頼を受ければいい。

 要は、危険な依頼さえ受けなければ、サーシャと行動をともにしながらも仕事をすることは可能なのだ。


「サーシャ、今日も冒険者ギルドに行こうと思う」

「わかりました、旦那さま。すぐにお出かけしますか?」

「そうだな。もう少ししたら出よう」

「かしこまりました」


 朝食を食べ終えたタイミングでサーシャに今日の予定を告げる。


 サーシャは今日は俺のことを「旦那さま」と呼ぶことにしたらしい。

 まだ呼び慣れていないのか、「旦那様」というキリッとした発音ではなく「旦那さま」という可愛らしい発音になっているのが素晴らしい。

 ベリーグッドだ。

 超ベリーグッド、略してチョベリグだ。


 今日のサーシャのメイドドレスは薄いブラウンカラー。

 少しサイズが合っていないようにも見える大きなキャップを頭にかぶっている姿が大変可愛らしい。

 小さな子どもが大人ぶろうとしてちょっと無理をしているように見えるのがとてもいい。

 さすがアンナさんの見立てだな。

 最高の出来に仕上がっている。


 見ていて微笑ましいような、保護欲をそそられるような、そんなサーシャからの「旦那さま」呼びはまさしく至上の喜び。

 もし手元にカメラがあったなら今日は一日中サーシャの撮影会をして過ごすことになっただろう。

 というより、サーシャの可愛さは留まるところを知らないから、毎日が撮影会だな。

 この世界にはカメラのかわりに映像水晶なるものがある。

 希少すぎてまだ手を出せていないが、いつかは手に入れたいものだ。


 それにしても、サーシャのメイド姿は本当に可愛いな。

 美少女メイドと一緒に街中を歩くというのも悪くないかもしれない。

 今日はそのメイド姿のまま冒険者ギルドまでついてきてもらおうか。

 なんて、俺がメイド姿のサーシャと街中を歩く妄想をしているうちに、サーシャはエプロンとキャップを脱いでしまっていた。


 これはサーシャが言いつけをしっかりと守った結果だ。

 外出するときはメイドの仕事をしなくていいと伝えてあるからな。

 俺が冒険者ギルドに行くと言ったから着替えたのだろう。


 美少女メイドと外を歩けないのは少し残念だが、仕方ない。

 今から着替え直せとも言いづらいしな。


「準備できました、ヨシトお兄ちゃん」


 サーシャが笑顔で準備が終了したことを告げてくるが、その頭は少しぼさぼさだ。

 おそらく、キャップを脱いだ時に髪の毛がはねてしまったのだろう。


「サーシャ、ちょっとこっちにおいで」


 手招きすると、とてとてとサーシャが近づいてくる。

 可愛い。


 そんな可愛いサーシャの頭を髪の毛を整えるようにやさしく撫でる。

 俺が撫で始めると気持ちよさそうに顔をほころばせる姿がさらに可愛い。


 サーシャは俺の手に包まれて安心してくれている。

 そんな実感が、俺にも精神的な安らぎを与えてくれる。

 地球にいた頃は誰かから必要とされているなんて実感を得られなかったからな。

 サーシャがなついてくれていることがとても心地よい。


「よし。もう大丈夫だな。じゃあ行こうか!」

「はい!」


 髪を整えた後、サーシャと手を繋いで部屋を出る。

 向かうはもちろん、冒険者ギルドだ!






 サーシャとお手々を繋ぎながらお散歩感覚で冒険者ギルドまでやって来た。

 道中、楽しくおしゃべりなんかもしたりして、とても幸せな気分だった。


 しかし、俺はいま、冒険者ギルドに来てしまったことを物凄く後悔している。


「まさか今日も会えるなんて。これはきっと愛のお導きに違いありません!」


 俺の目の前で愛を叫ぶ美女。

 もとい、狂信者アリアさん。

 昨日、もう二度と会いたくないと思ったばかりの人物が目の前にいる。


 冒険者ギルドに入った瞬間いきなり鉢合わせしたわけだが、どうしてこの人がここにいるのだろうか。


 というか、神のお導きじゃないんだな。愛のお導きってなんだ。


「昨日はお聞きできませんでしたが、ヨシトさんは冒険者なのですか? もしかしてサーシャちゃんも冒険者?」


 俺の困惑なんてよそにそんな質問を投げかけてくるアリアさん。

 昨日よりもくだけた口調で話しかけてくるが、もしかして友達認定でもされてしまっているのだろうか。

 サーシャの呼び方も昨日とは違うし。

 俺としてはできるだけ仲良くしたくないんだが。


「ええ、はい。冒険者をやってます。サーシャは俺についてきただけで冒険者ではないです」

「そうでしたか! ああ、これはそういう運命なのかもしれませんね! やはり愛は偉大です!」


 俺の言葉にこくこくと頷くサーシャと何故かテンションを上げるアリアさん。


 これとかそういう運命とか、何を言っているのかはわからないが早くこの場から立ち去りたい。

 特に、最後の「やはり愛は偉大です!」という言葉に関してはどうしてそういう結論に至ったのか全く不明だし、やはりこの人には近づかない方がいい。

 一緒にいるだけでSAN値がごりごり削られる。


「ヨシトさん」

「はい。なんでしょうか」


 姿勢を正し、真剣な顔を向けてきたアリアさんを見て、思わず言葉の続きを促してしまった。


「私とパーティを組みましょう」


 言葉を促してしまったのが運の尽き。

 アリアさんからその言葉が出てきた時にはすべてが遅かった。


 いつから俺たちの会話を聞いていたのか、俺とアリアさんの間に突如現れたギルド職員に有無を言わさず連れて行かれたギルドマスター室で、これまた口を挟む余地もなくなぜか俺はアリアさんと冒険者パーティを組まされてしまった。


 ギルドマスター曰く、アリアは面倒事ばかり起こすくせにルビーだからね。エメラルドのヨシトがパーティを組んで手綱を握ってくれるならアタシも助かるよ。


 アリアさん曰く、え? 私は聖職者やシスターではなく冒険者ですよ。言ってませんでしたか?


 ギルドマスターと会うのは初めてだったが、まさかギルドマスターが女性だとは思ってもいなかった。

 荒くれ者の多い冒険者をまとめる存在だから、てっきり鍛え上げられた筋肉が自慢のマッスルビルダーみたいな男かと思っていた。


 そして、アリアさんが実は冒険者だったとは……。

 だってこの人、昨日も今日も修道服っぽい見た目の服着てるからな。

 シスターかなにかだと思っちゃうじゃん。


 まぁ、要するに。

 美人のギルマスからのお願いを断り切れず、問題児であるらしいアリアさんの面倒を見ることになってしまった。


 しかも、何故かそのついでにサーシャも冒険者として登録されてしまった。

 自分の冒険者カードを俺に見せつけながら「これでヨシトお兄ちゃんと同じです!」と喜んでいる姿が可愛すぎてつい頭を撫でてしまった。


 冒険者カードは冒険者登録をすると発行される。

 サイズはTCGのカードくらいの大きさ。

 個人認証機能がついていたり膨大な量のデータを記録できたりと、色々と便利な謎技術が組み込まれた不思議なカードだ。

 このカードを持っていることが冒険者であることの証明となる。


 カードはその冒険者が得意な依頼区分ごとに色が違う。

 討伐依頼が得意な冒険者のカードは赤色、採取依頼が得意な冒険者のカードは緑色と言った風に分かれている。

 分かれているというか、達成した依頼の種類や難度、数に応じてカードの色が勝手に変化する。

 ギルマスが言っていた「アリアはルビー」とか「エメラルドのヨシト」とかいうのも俺とアリアさんの冒険者カードの色を表したものだ。


 ルビーレッドの冒険者カードは、危険種と呼ばれる強力な魔物を何匹も倒した者に与えられるカード。

 つまり、アリアさんの実力が高いことを示している。

 たしかこの人、愛を持って接すれば魔物とも良き友となれる、みたいなことを言っていたはずなんだが、しっかりと魔物をぶち殺しているらしい。

 言動が一致してなさすぎて怖いな。


 エメラルドグリーンの冒険者カードは、危険指定地域での採取依頼を何度も達成している者に与えられるカード。

 危険指定地域には強力な魔物が生息していることも多いため、エメラルドのカードを与えられている者も相当な実力者ということになる。


 つまり、カードの色だけを見れば俺も相当強いということになる。

 実際には、使い勝手の悪いチート能力のせいでソロプレイ限定の強さなのだが、ギルマスたちにはそんなことはわからない。

 だから、俺ならアリアさんを御せると思ってしまったのだろう。


 アリアさんはルビーの実力を持っているからな。

 これまではその実力に釣り合うだけの者がいなかったのだろう。

 アリアさん自身、厄介な思想の持ち主であるため、パーティを組みたいというような話題自体なかったのかもしれない。


 しかし今回、アリアさんはエメラルドの実力を持つ俺にパーティを組みましょうと提案してきた。

 それを聞いたギルド職員はパーティを組めば俺がアリアさんを上手く制御してくれるだろうと考えた。

 そして、美人のギルマスに頼まれた俺はそれを断れなかった。


 そんなこんなで俺はアリアさんとパーティを組んでしまった。


 しかも、アリアさんはついさっきまで教会で暮らしていたらしいのだが、何故かもうすでに俺とサーシャの泊まっている宿部屋の隣の部屋に移動してきている。

 隣の部屋に引っ越してきたということはこれから毎日俺たちと一緒にいるつもりなのだろう。


 宿の部屋の中、ベッドの上に腰かけながらサーシャとアリアさんとパーティを組んだことについて考える。

 サーシャは左右に開いた俺の両脚の間にすっぽり収まるようにして座っている。

 胸に伝わってくるサーシャの背中の温度がいい感じにあったかい。


「はぁ……」


 明日からのことを思うと気が重くなり、つい、ため息がこぼれてしまう。


 パーティというのは、仲が良い者同士で組んだり、一人では達成できない目的を達成するために組んだりするものだ。

 しかし、俺はパーティを組むとチート能力をつかえなくなって弱体化してしまうため、パーティを組むメリットがない。

 しかも組んだ相手があのアリアさんだ。

 見た目だけなら最高なアリアさんだが、中身がやばすぎる。

 できることならもう一生近づきたくなかった。


 サーシャとのパーティは大歓迎だが、アリアさんとのパーティはノーサンキューだ。

 とはいっても、もうパーティは組んでしまった。

 ギルマスに対して「任せてください!」と大見得を切ってしまったせいで、今更「パーティを解消させてください」とは言いづらい。


 これからのことを考えると、おそらく精神的な疲労が半端ないことになるんだろうな、という感想しか浮かんでこない。

 一歩間違えれば危険人物に早変わりしてしまうような思想を持ったルビー級の実力者が四六時中近くにいることになるなんて最悪すぎる。

 女性と出会うために冒険者ギルドに行ったのは確かだが、出会った女性がひどすぎるだろ。


「元気をだしてください、旦那さま」

「ありがとう。サーシャ」


 俺の癒しはサーシャだけだな。

 サーシャの頭を撫でてるとそれだけで心が癒される。

 明日からもサーシャがそばにいればなんとか耐えられるだろうか。


 そんなことを考えていると部屋の扉がノックされた。


「ヨシトさん、いらっしゃいますか?」


 俺の気を重くしている元凶が来たようだ。

 気を引き締めるため、サーシャの頭から手を離す。


「いますよ」

「これからの方針について話し合いたいので、部屋に入れていただけないでしょうか」

「わかりました。今、扉を開けます」


 そんなやり取りの後、開けた扉の向こうにいたのは愛と書かれた紙やらハート型の小物やらをたくさん持っているアリアさんだった。


 俺は無言で扉をそっと閉じる。


 直後聞こえてきたのは「え! なんでですか!? いまなんで扉を閉めたんですか!? ヨシトさん? ヨシトさーん!?」というやかましい声。


 チート能力のおかげで音の取捨選択ができるようになった耳でアリアさんの声をミュートした後、俺は再びサーシャの頭を撫で始める。


 俺がアリアさんを部屋に招き入れたのはそれから数時間後のことだった。


 サーシャを撫で続けることでアリアさんの存在をすっかり忘れきっていた俺は、夕飯を買うために部屋から出たところでアリアさんのことを思い出した。

 というか、開けた扉の前にアリアさんがいた。

 どうやらずっと扉の前にいたらしい。

 アリアさんの声をミュートしていたために気付かなかった。


 その後、夕飯を買って戻ってきた俺とサーシャはアリアさんを部屋に入れ、一緒に食事をした。


「いきなり扉を閉められて昼過ぎから夜になるまで放置されるとは思いませんでした。何か気に障ることでもしてしまったのでしょうか?」


 と心底心配そうにしているアリアさんを見てマジかよコイツとか思ったりもしたが、最終的には三人で「これからよろしくお願いします」と言い合ってしっかりとパーティを結成することができたと思う。

 少なくとも、何時間も部屋の外に放置したことに対するわだかまりはなさそうだ。


「それでは明日からよろしくお願いいたします」


 そう言い残し、部屋を出て行ったアリアさんを見送ってから、なんとかやっていけそうだと安堵のため息を吐いた。






 こうして、狂信的な愛マニア・アリアさんが仲間に加わった。

 次回の更新もだいたい一週間後くらいになると思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ