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メイドのいる朝と乳白色の出会い

 日曜までに投稿できませんでした。

 次回こそは日曜までに更新したい!

「……シトさま。おきてください、ヨシトさま」


 身体が揺さぶられる感覚に意識が呼び覚まされる。


「もう朝か」


 そう呟きながら目を開けると、俺の肩に小さな手が乗せられているのが見えた。

 乗せられているのはもちろん、サーシャの両手だ。


「おはようございます。ヨシトさま」


 俺が起きたことを確認したサーシャが一歩退きながら姿勢を正し、お辞儀をしてくる。

 右手の甲に左手のひらを重ね合わせ腰を折り曲げたその姿勢は、昨日俺が教えた通りの姿勢だ。


 服装は黒色のメイド服の上に飾り気の少ない真っ白なエプロン。

 頭の上には小さなキャップがちょこんと乗っかっている。


 うん。よくできている。


「偉いぞ。完璧な作法だ。サーシャは天才だな」

「くすぐったいです、ヨシトさま」


 ベッドの上で上半身を起こし、しっかりと挨拶をすることのできたサーシャの頭を撫でる。

 サーシャは照れくさそうに笑いながらくすぐったいと言うが、俺の手から逃げようとはしない。


 褒められて嬉しそうにしている姿が最高に可愛い。

 まさに至福のひと時だ。


 サーシャの頭に乗っているのが小さいサイズのキャップでよかった。

 もし大きいサイズのキャップをかぶっていたらこのさらさらとした髪の感触は味わえなかっただろう。


 いや、待てよ。

 キャップ越しに撫でる頭の感触というのもそれはそれで乙なものかもしれないな。

 ふむ。今度試してみるか。


 そんなことを考えながら、十秒ほど撫でたところで手を離す。

 名残惜しいが、ここで手を離しておかないと一日中サーシャの頭を撫で続けることになってしまいそうな気がした。

 サーシャの頭を撫でるだけで終わる一日。

 それも悪くはないが今日はやることがあるからな。

 今朝のなでなではここまでだ。


 それにしても、まさか少女メイドに起こしてもらうなんて体験ができるとは思ってもいなかった。

 しかもただの少女メイドじゃない。

 愛くるしい美少女メイドだ!

 メイドになりたての初々しい七才の女の子メイドだ!


 地球にいたら一生ありえなかったな。

 この世界に来たからこそ実現できた夢。


 異世界最高!

 異世界ひゃっほい!


 と叫びながら踊りたい気分だ。


 俺をこの世界へ送ってくれた神様的な存在と異世界へ行く方法をネットに書き込んでくれた誰かにはいくら感謝してもし足りない。

 感謝の念に堪えませんという言葉は今までつかったことがなかったが、まさにそんな表現がしっくりくるほど今の俺はこの世界に来させてくれたことを感謝している。


 ……いや、剣と魔法の世界に来たのに魔法がつかえないとかマジクソだわとか思っちゃっててすいませんでした。

 この世界最高です。

 マジ感謝しています神様的な存在、いや、神様!


 神様に感謝の祈りを捧げた瞬間、俺の腹がぐぅううと鳴った。

 きっと『許してしんぜよう』という神様からの返答に違いない。

 俺の腹を利用して返事をするとは、なんてユーモアあふれる神様なんだ。

 さすが神様! そういうとこも最高です!

 よっ、神界一!


「んんー! よし!」


 腕を上げ身体を伸ばした後、ベッドから出る。


 サーシャが用意したのだろう。

 テーブルの上には、バターロール、サラダ、リンゴが綺麗に盛り付けられた皿が載っている。

 すべて昨日のうちに買っておいたモノだ。


 魔法がかけられた道具――いわゆる魔道具というアイテム。

 その中でも上等な代物である、状態保存の魔法がかけられた万能保存容器という名の魔道具に入れていたため鮮度は昨日買った時のままなはずだ。

 とはいっても、買ってからたった一晩しか経ってないから感覚的には冷蔵庫に入れていたのとそう変わらないか。

 この容器の凄い点は、何十日経っても状態が変わらないことだからな。

 一晩程度ではその効果は実感しづらい。


 そんなことよりも、朝食だ。

 テーブルの上に意識を向け直す。


 サラダは見栄えよく盛り付けられ、リンゴはしっかりと切り分けられている。


「朝食を用意してくれたのか。偉いぞサーシャ」

「は、はい。メイド、ですので」


 褒められて照れたのか、それとも再び撫でられたことで恥ずかしくなったのか、目を左右に動かしながら恥ずかしそうにそう言うサーシャの頭を右手で撫でながら、左手でパンを持って口に入れる。

 ふわふわしていて美味しい。

 いい焼き加減だ。


 撫でていた手を離し、サラダにも手をつけてみる。

 目には見えないが、ドレッシングのようなものがかけられているみたいだ。

 サラダも美味い。


 リンゴもシャキシャキとした歯ごたえと程よい甘みと酸味だったおかげでペロリと平らげることができた。


 食事が終わると、サーシャが話しかけてくる。


「ヨシトさま、今日のごよていはいかがなさいますか?」

「今日の予定か……」


 このあとの予定を知りたいらしい。

 今日の予定は決まっているのだが、顎に手を当て考えるフリをしながら我が家の少女メイドを眺める。


 サーシャには昨日の午後、チャーハンと餃子を食べた後からメイドとして働いてもらっている。

 とはいってもサーシャはメイドのことなんて全く知らなかった。

 だから、俺のわかる範囲の知識、あるいは俺がやってほしいと思うことをいくつか教えた程度だ。


 今はまだ完璧に仕事をこなせないサーシャだが、これからメイドとしてどんどん成長していくことだろう。

 であるならばこそ、今のうちにメイド初心者なサーシャの姿を目に焼き付けておきたい。


 それにしても、かしこまった口調で予定を訊いてくるサーシャは本当に可愛い。

 こてんと首を傾げているところが特にいい。ベリーキュートだ。

 抱きしめちゃいたくなるな。


 だがしかし、ここで抱きしめてはいけない。

 俺は紳士だ。

 ベリーキュートな天使ちゃんを無遠慮に抱きしめるような真似はしない。

 たとえ、内心では『ああ、天使ちゃんマジ天使!』とか思っていても勢いあまって抱きしめてしまうなんてことは絶対にないのだ。


 目の前にいるのが成人したメイドであるならここで抱きしめてそのままベッドインというのもやぶさかではないというかなんというかごにょごにょという感じだが、サーシャはまだ成人していない。


 この世界での成人年齢は十三歳だ。

 ただし、成人してから最初の一年は成人見習いという扱いらしく、厳密には十四歳からが成人として扱われることになる。

 だから俺の肉体年齢も十四歳になっている。


 俺は成人していない女性には手を出さないと決めている。


 サーシャは保護対象であって恋愛対象ではない。

 その線引きはしっかりしておかないといけない。


 というより、少女メイドに抱き着くのは俺的にNGだ。

 何がダメなのかはわからないが、俺の中の何かが少女メイドへ抱き着くことを拒絶している。


 もしサーシャがメイド服を着ていなければ抱きしめて頭を撫でるくらいまではOKだっただろう。


 どんな基準なのかは俺自身よくわかっていないが、おそらくサーシャに公私の別をわきまえさせるためだと思う。


 サーシャはまだ子供だ。

 メイド仕事中とそうでないときとで俺の態度が変わらなかったら仕事をしているという実感を得られないかもしれない。

 あるいは、メイド姿であるにもかかわらず俺に気安く話しかけてきてしまうかもしれない。

 メイドとの気安い関係というのも体験してみたくはあるがそれではサーシャの教育によくない。


 仕事は仕事、プライベートはプライベート。

 その区別ができる大人になってほしい。


 メイド姿の時は「ヨシトさま」と呼ぶように厳命しているのもそのためだ。

 あるいは「ご主人様」や「旦那様」呼びでも可としているが、とにかくサーシャには分別のある大人に成長してほしい。


 また、俺の中には「メイドはこうあるべき!」というような確固たる信念はないが、「メイドはこうあってほしい」という漠然としたイメージはある。

 俺の中での少女メイドは慣れない敬語や仕事にとまどいながらも一生懸命仕事をしているイメージだ。

 だから仕事中は敬語でいてほしいし、一生懸命頑張っている子を抱きしめるなんていう仕事の邪魔になりそうなことはしたくない。


 メイド姿のサーシャに抱き着きたくない理由を言語化しようとしたら多分こんな感じになるだろうか。

 うーん、しかし、大体合っているような、なにか違うような、そんな微妙な感じがする。

 やはり抱き着いてはいけない理由を明確に言語化するのは難しいな。

 なんとなくそうしてはいけない気がする、という感覚的なものだからな。


「うーん」

「ヨシトさま?」


 おっと、いけないいけない。声に出ていたようだ。


「今日はサーシャにメイドの仕事を教えるのと冒険者ギルドに行くという二つの予定があるんだ」

「はい。今日は冒険者ギルドに行くんですね?」

「そうだ。ただ、いつ冒険者ギルドに行くかで悩んでいてね。つい唸り声を上げてしまったみたいだ」


 本当はサーシャを眺めていただけだが、そう言っておこう。


 サーシャは可愛らしく首を傾げながら頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。

 冒険者について詳しく知らないから、どうして俺が冒険者ギルドにいつ行くかで悩んでいる理由がわからないのだろう。


「サーシャは冒険者のことをどのくらい知っているかな?」

「えっと、魔物を倒したり、困っている人を助けたり。乱暴な人が多いから近づいちゃダメで、えっと、それと、あっ! ヨシトさまのお仕事ですっ!」


 自分の両手のひらを見ながら一本一本指を折り曲げつつ、一生懸命、冒険者について知っていることを思い出そうとしているサーシャが可愛すぎる。

 最後に俺の職業を思い出して満面の笑みで嬉しそうに「ヨシトさまのお仕事ですっ!」と言った時にはまた抱きしめたくなってしまった。


 なんだか自制心が試されているような気がする。

 気を引き締めておかないと危ないな。

 つい抱きしめてしまいそうだ。


「その通りだ。よく知っていたな。偉いぞサーシャ」


 そう言いつつ頭を撫でる。

 抱きしめるのはダメでも、頭を撫でるのはオーケーだ。

 というか、気づいたらいつの間にか俺の手がサーシャの頭の上に乗っているという状態だから防ぎようがない。

 完全に無意識の行動だからな。


 七才の女の子の頭を撫でるのが癖になっている三十六歳のおっさんというのはこの世界ではどういう目で見られるのだろうか。

 ほほえましいものを見るような目で見られるのか、それとも日本にいた頃と同じく危ないやつを見るような目で見られるのか。

 いや、今の俺の外見は十四歳の少年なのだが。


 あるいは、この世界では十四歳の少年が年下の女の子の頭を撫でる行為でさえアウトな可能性もある。

 よく考えると、二十一世紀の日本でもその光景は普通にアウトだったような気がする。


 とりあえず、サーシャに俺が悩んでいる理由を教えないといけないな。


「さて、ここでサーシャに問題だ」

「問題、ですか?」

「ああ、問題だ。何問か出題するから、しっかりと考えて答えてくれ」

「は、はいっ。頑張ります!」

「じゃあいくぞ」

「はい!」


 背筋をぴんと伸ばし緊張した面持ちのサーシャに、少し間を空けてからゆっくりな口調で問題を告げる。


「冒険者は冒険者ギルドで依頼を受けてからじゃないと仕事ができない。けど、冒険者ギルドの受付の数は冒険者たちの数よりも少ない。それでは、ここで問題だ。もし、冒険者たちが一斉に依頼を受けようとするとどうなる?」

「えっと、受付の人がこまっちゃうとおもいます」


 自信なさそうに少し俯きながら上目遣いで答えてくるサーシャに対し、鋼の自制心をもって抱き着きたいという衝動を抑え込む。


「そうだな。受付の人が困っちゃうな。じゃあ、冒険者たちはどうだろうか?」


 よし。動揺や興奮を表に出すことなく平然と言うことができた。

 チート能力のおかげで声の抑揚も自由自在になっていて助かったぜ。


「……冒険者さんたちもこまっちゃいます」

「受付の人と冒険者さんたちが困らないためにはどうすればいいかな?」

「えっと…………あっ、並んでもらいます! 冒険者さんたちに列をつくってもらって、すこしずつ受付していきます!」

「そう! その通りだ!」

「えへへへ、お店で働いていたときにそうしていたんです。受付をお店、冒険者さんたちをお客さんだと思ったらわかりました」


 そういえばサーシャは飲食店で働いていたんだったな。

 昨日の夜にそう聞いた覚えがある。

 たしか、家族がいなくなったあと空腹で倒れそうになって、何か食べ物をと思ってダメ元で魔力を食べられないかと試してみたら腹が膨れた上に魔力に自由に味付けができたからその特技を活かして飲食店で働かせてもらえることになったとか言ってったっけか。

 そのお店は一昨日追い出されちゃったわけだけど。


 食べられる魔力とか魔力に味をつけられるとか「へー、そんなこともできるのかー」と思いながら聞いていたが、もしかしたらさっき食べたサラダにかかっていたドレッシング風味の見えない何かはサーシャが味をつけた魔力だったのかもしれないな。


「さすがサーシャだ。サーシャは本当にかしこいなあ」

「あ、ありがとうございます」


 サーシャの頭に自然と手が伸びる。

 いや、ほんと。無意識のうちに頭を撫でてしまうな。

 親バカみたいなものだろうか。

 我が子が可愛すぎてつい頭を撫でちゃうみたいな。


 ところでこれ、外でやったら兵士を呼ばれて捕えられてしまうとかないよな。

 この世界は俺好みに調整されているはずだから少年が少女の頭を撫でても捕まるようなことはないと思うが。

 冒険者ギルドに行った時にでもさりげなく情報収集しておくか。


「でもな、サーシャ。少しずつしか受付できないということはそのあいだ待たされることになる冒険者さんたちも多いということだ。さっきサーシャも言っていた通り、冒険者の中には近づいたらダメな危ないやつもいる。待たされる冒険者が多いということは、そういう危ないやつが冒険者ギルド内にいる可能性が増えちゃうんだ。わかるな?」

「はい。お砂糖と一緒ですね」


 冒険者には危険なやつがいると伝えたら、よくわからない答えを返された。


「お砂糖?」

「はい、お砂糖です! お砂糖はスプーンですくう量がふえると、大きなかたまりが混ざっちゃうこともあるんです! その大きなかたまりが危ない人ってことですよね?」


 なるほど。

 ダマになった砂糖を危険なやつに見立てたのか。

 砂糖を少量掬った時よりも大量に掬った時の方がダマが混入する確率も高まる。

 だから人が多いと危険なやつがいる可能性も高くなると考えたのか。


 わからないことを身近なものに置き換えることでわかりやすく理解するとは、さすがサーシャだ。

 柔軟な思考ができている。


「その通り。しかも、その危ない人はなかなか自分の番が回ってこないことでイライラしているかもしれない」

「イライラ、ですか?」

「ああ、イライラだ。世の中には待たされると怒っちゃう人もいるんだ」

「あ、それなら見たことあります」


 この世界にも短気な人間や自分の思い通りに物事が進まないと気が済まないという人間がいる。

 サーシャは飲食店で働いていた時にそういう人間を見る機会があったみたいだ。

 そのおかげで、すんなりと理解してくれた。


「冒険者は喧嘩に強いやつが多いからな。そんな危険なやつがいるかもしれない場所にサーシャを連れて行きたくないんだ」

「わ、私なら大丈夫です!」


 だから、もし連れて行くとしたらギルド内に冒険者があまりいない時間帯を狙いたい、けど俺には冒険者のいない時間帯がわからない、だから悩んでいる、と言おうとしたところで少し食い気味に大丈夫ですと言われてしまった。


「いや、でも……」

「大丈夫です! 連れて行ってください!」


 サーシャは必死に頼んでくるが、そうはいってもなぁ、という感じだ。


 残念なことに俺は冒険者ギルドが空いている時間帯を知らない。

 依頼を受けるやつが多い朝や、依頼の達成報告をしに来るやつが多い夕方頃に混雑することは知っているが、それ以外の時間は日によって混み具合が違う。


 昨日はこの時間に人が少なかったから今日もそのくらいの時間に行ってみよう。

 そう思って前日訪れた時間と同じくらいの時間に行ってみるとめちゃくちゃ混雑しているということはざらにある。


 結局は、その日の冒険者一人一人の行動を完全に読みでもしない限り、冒険者ギルドが空いている時間を知ることはできないのだ。

 そんなことは不可能だし、冒険者たちは依頼の受注や報告以外にも、情報交換や仲間を募集するためにギルド内に居座っていることもある。


 武器を持った荒くれ者が多い冒険者ギルドにサーシャを連れていくことは躊躇われる。

 こんな可愛い子をあんなところに連れて行くなんて狼の群れに子羊を放り込むようなものだ。

 確実に食い物にされてしまう。


 そうでなくてもこの世界は俺の好みに合わせて改変されている。

 俺の好みとはつまり異世界転移転生系の小説や漫画のような世界だ。

 ということは、女の子を連れて冒険者ギルドに行こうものなら、十中八九、面倒なやつらに目をつけられる。


 しかし、サーシャは意地でも俺についてこようとするからなぁ。


 思い起こされるのは昨夜の記憶だ。

 俺がちょっと夕飯を買いに行こうと思って「留守番頼む」と言ったら「私も行きます!」と笑顔で返してきたサーシャの姿が思い出される。

 その後、「サーシャは疲れてるだろうし休んでていいよ。すぐ帰ってくるから」と返したら、数秒前と全く変わらない表情、声音で「私も行きます!」と返されたからなぁ。


 なんというか、俺と離れるのを怖がっているわけではなくて、ただ純粋に俺と一緒にいたいだけみたいなんだが、それがわかっちゃうせいかどうにも断りにくい。


 たぶん、『ずっと一緒にいる』という約束を額面通り実行しているだけなんだろう。

 トイレの時に同じ個室に入ってくるなんてことはなかったから、完全に額面通りの意味で捉えてるわけではないみたいだが、冒険者ギルドにはついてきたいみたいだ。


 まぁ仕方ないか。

 サーシャも連れて行こう。


「わかった。サーシャも連れていく。ただし、メイド姿だと目立つから、エプロンとキャップは外すこと」

「はい!」


 元気よく返事をしてからいそいそとエプロンとキャップを脱ぎ始めたサーシャを見ながら俺も支度をする。

 なんかもう面倒くさくなってきたし、今すぐ冒険者ギルドに行ってしまおう。


 ギルドが一番混雑するのは日が昇ってから一~二時間のあいだ。

 時計は広場とか人の多く集まる場所にしか存在しないからこの部屋の中で正確な時刻を知る術はないが、窓の外に見える日の高さからして日の出から三時間は経っているだろう。

 運が良ければギルドも空いているはずだ。


「そういえば、サーシャは朝食を食べたのか?」


 黒のワンピースドレス姿になったサーシャにそう問いかける。


「はい。ヨシトお兄ちゃんが起きる前に食べました」

「そうかそうか。偉いぞ~」


 サーシャには、俺より早く目が覚めたときは俺が起きるのを待たずに食べてもいいと伝えてある。

 今日はそれを実践し、その上でメイド服に着替えて俺の朝食の用意をしてから俺を起こしてくれたのだろう。


 あらやだ。この子完璧すぎる。

 メイドになってからまだ十数時間だというのにもうそこまで仕事ができるとは……。


 サーシャが目を覚ましてから俺を起こすまでの姿を妄想するとめちゃ可愛すぎて思わず顔がにやけてしまった。


 これだけ考えられ、気もつかえるのにどうして飲食店をクビになってしまったのだろうか。

 きっと店主が無能だったに違いない。

 そのおかげでサーシャに出会えたのだから文句はないが。


 まぁ、無能店主のことはどうでもいい。


 そんなことよりも、またやってしまった。

 偉い偉いと言いながら、ついつい頭を撫でてしまった。


 本格的に癖になってきているな。

 サーシャも全然拒絶しないから、調子に乗って撫でまくってしまっている。


 今日の俺の呼び方は「ヨシトお兄ちゃん」のようだ。

 サーシャには、俺のことは「ヨシトさん」「お兄ちゃん」「ヨシトお兄ちゃん」の三つのうちから自由な呼び方で呼んでくれと伝えてある。

 もちろん、サーシャの可愛さを堪能できるのであればこの三つ以外の呼び方でも構わないし、その日の気分によって呼び方を変えていいことにしている。


 メイド姿でないときは敬語じゃなくても構わないとも伝えてあるのだが、そちらは追々でいいだろう。

 年下の女の子に敬語で話しかけられるというのもこれはこれでいいものだ。

 しかも、距離を感じるような敬語ではなく、親密さを感じられるような敬語だ。


 サーシャが明るく元気な口調だからというのもあるが、サーシャの俺への信頼が厚いことを知っているために敬語をつかわれても全く距離を感じない。

 地球にいた頃は敬語をつかってくる相手と気安い間柄になれたことはない。

 しかし、ここでは違う。

 たとえ敬語をつかわれていたとしてもサーシャと俺は気安い関係であるし、サーシャとそういった関係になれたのだからサーシャ以外の人ともそういった関係を築いていけるはずだ。

 そう、俺は昨日、人間的に一歩成長したのだ。


「よし、準備もできたみたいだし冒険者ギルドへ行こうか!」

「はい!」


 そんな感じで、俺と手を繋いでてくてくと歩くサーシャを目で愛でながら冒険者ギルドへと向かった。






 冒険者ギルドでの用事はすぐに終わった。


 ギルド内はそこそこ人が少なく、歩きやすかった。


 初めて入る冒険者ギルドに緊張とわくわくが綯い交ぜ(ないまぜ)になったような表情と態度をしているサーシャが手を繋いでいる方とは逆の手で俺の服の裾をちょこんと掴んでいる姿に癒されながら、ギルド内を歩き、受付で用件を伝え、そのまま何事もなくギルドを出た。


 ギルド内で誰かに絡まれるということもなければ、ギルドを出た後に誰かが後ろからこっそりついてきているということもない。

 尾行されているならこの高性能な耳が尾行者の足音を拾ってくれるからな。

 俺たちを追ってくる者はいない。

 使い魔や魔法なんかを使用して尾行されている場合は気付かないかもしれないが、そんなことをするやつは多分いないだろう。

 絡まれないかと心配していたが杞憂だったようで一安心だ。


 俺の用件は「しばらく依頼を受けられない」とギルドに伝えておくことだった。


 俺のチート能力は周囲に人や建築物がなければめちゃくちゃ強い力を発揮する。

 正確には、俺が周囲の被害を気にしなければどこででも最強と言えるほどの威力を発揮できるめちゃつよ能力だ。


 俺はそんな強い能力を活かしてソロで活動してきた。

 冒険者になってからまだ数十日だが、山奥にいる凶暴な魔物の討伐や、危険指定地域と呼ばれる危険地帯にしか存在しない植物や鉱物の採集なんかをソロでやり遂げてきたため、俺の実力はギルドに認められている。

 俺が冒険者となってから、危険指定地域における採取依頼なんかが多く発注されるようにもなったらしい。


 しかし、俺はしばらくサーシャを育てることに専念する。

 というより、サーシャが俺から離れてくれないのでチート能力を使用できなくなってしまった。

 そのため、依頼を受けることもできなくなった。


 俺が依頼を受けることを想定して発注してきている依頼主たちがいるのだから、依頼を受けられなくなるということはしっかりとギルドに伝えなければいけない。

 そう思ってギルドに足を運んだのだが、冒険者はもともと自由業みたいなもんだからか、そのことでギルド側から文句を言われることもなければ誰かに絡まれるということもなかった。


 何かあるかもしれないと警戒していたのがバカらしいくらいにあっさりと用事が済んだため予想よりも時間が余っている。

 このまま宿に戻ってサーシャにメイドのなんたるかを教え込むのもありだが、せっかく外に出たのだからもう少しどこかへ寄っていきたい。


 そうだ。教会にでも行くか。


 今朝、神様的な存在、もとい神様に感謝の祈りを捧げたばかりだが、しっかりとした教会内でも祈りを捧げておこう。

 この世界で祀られている神は架空の存在だと神様から教えられた覚えもあるが、こういうのは気持ちが大事だ。

 それっぽいところで祈っておくことも重要だろう。

 教会の信じる神が実在しないのであれば、教会内で教会が信奉している神とは別の神様に祈りを捧げたとしても何も問題ないだろうしな。


「サーシャ、教会に行くぞ」

「わかりました」


 にこっとこちらを見上げながら笑顔を浮かべているサーシャを見ているとほほえましい気持ちになってくる。

 吸い慣れたはずの町中の空気もなんだか新鮮に感じられる。

 鼻から吸い込んだ空気が胸いっぱいに広がるのがよくわかる。

 心地よい気分だ。

 これがサーシャの得意魔法『エアリフレッシュスマイル』か。

 サーシャは歩くパワースポットだな。


 などと一割方ふざけたことを考えていたらあっという間に教会に辿り着いた。


 俺のイメージが貧困すぎたのか、それともこの世界に存在した教会が元々こんな形だったのか、この世界の教会は日本にあった教会と似たような造りになっている。

 インターネットやチラシ上なんかで見慣れた感じの教会に足を踏み入れ、感謝の祈りを捧げる。


 祈りを捧げ終えて教会を出るため椅子から腰を上げようとしたところで、白い修道服を身に纏った激マブ美女が目に入った。


 なんというか、物凄く情欲を掻き立てられるような外見をしている。


 腰までまっすぐ伸びた乳白色の髪は太陽のような温もりを放ち、修道服を大きく押し上げるはちきれんばかりの爆乳と優しさを体現したかのように少し垂れた目は母性とエロスを感じさせてくれる。

 胸とヒップの大きさに対して、腰の細さもちょうどいい。

 柔和な笑みと包容力溢れるバランスの良い身体が俺の股間にびんびん響く。


 おっと、少し下世話になってしまった。

 自重しなければ。


 白い修道服は地球でも何度か目にしたことがあったが、あれらよりも少し二次元チックな装飾がされている。

 何度かアニメ化もされたとある人気小説に出てくるシスターが着ていたシスター服をもう少し大人しくしたような見た目の修道服だ。


 見た者に気品と清楚な印象を植え付けるその綺麗な白い修道服に浮かび上がる女性特有の柔らかなラインはいやに扇情的だ。

 神聖な教会にこんなエロい人がいていいのだろうか。

 いや、むしろ神聖な教会にいるからこそ、よりエロさが際立っているのかもしれない。

 そう考えるとこの人が教会にいないのはそれこそダメなような気さえしてくる。


 目を離すことのできない激マブ美女は、なぜか俺たちの方へ向かって歩いてきている。

 なんだろうか。

 たまたまこちらの方向へ歩いてきているだけだろうか。

 それとも俺に一目惚れでもしてくれたのだろうか。

 こんな美人が相手なら喜んでオーケーするが、初体験はやっぱり少しずつ愛を深めていってから感情が盛り上がったところで、という感じで迎えたい。

 こんなダイナマイトバディを見せつけられては我慢なんてできそうにないが大丈夫だろうか。 

 いやいや、待て待て。

 焦るな、俺。

 俺が美女に一目惚れされるなんてことあるわけないだろ。

 きっと俺の横を通り過ぎていくに違いない。

 俺に話しかけてくるわけがない!


 そう思うも微かな期待は胸に宿ったままだ。


 声をかけてくるのか、素通りか。

 どっちだと思いながら見守っていると美女が俺の前で立ち止まった。


 よっしゃあああ!

 春がキタああああああ!


 美女が俺の前で立ち止まるというまさかの光景に興奮し、内心で喜びの舞を踊る。


 そして、美女の口が開かれようとする。


 くる! 愛の告白が来る!


「黒髪のあなた、私と愛を語り合いませんか?」


 すべてを包み込むような慈愛に満ちた柔らかな声が耳を素通りし、脳天に直撃する。


 美女の口から紡がれたその言葉に、DT卒業までの道筋が見えた気がした。

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