若返ったおっさん、少女を拾う
投稿2作目です。
不定期更新。週一くらいで更新できたらいいなと考えています。
俺が異世界に来てからどのくらい経っただろうか。
六十日は経っていない。
おそらく四~五十日といったところだろう。
漫画や小説のような異世界チートハーレムを目指して異世界に来たものの、まだ何の成果も上げられていない。
ネットで見つけた異世界への行き方。
姿見の前に立ち、全裸でポージング百二十時間という苦行を乗り越え辿り着いた異世界。
神様的な存在が俺のために俺好みに調整してくれた世界であるはずなのに何故か誰一人として俺に見向きもしてくれない。
しかも、わざわざ剣と魔法の世界を転移先に設定してもらったのに魔法がつかえないというクソ仕様。
魔法の代わりに授かったのは大きな声を出せる能力ただ一つ。
まぁ、これも結構なチート能力ではあったけどいまいち釈然としない。
世界を俺好みに調整してくれたことや年齢を二十二歳も若返らせてくれたことには感謝している。
十四歳の身体は変な関節痛や筋肉痛に苛まれることなく自由に動かすことができる。
大きな声を出せるという一見ショボそうだけどとてつもない力を秘めたチート能力にも文句はない。
けど、話が違うじゃん。
異世界とチートはあるけどハーレムがないじゃん。
そりゃあ俺も男だし、チートでバンバン活躍とかも夢見てはいたよ。
ヒーローみたいなこともしてみたいとか考えてはいたよ。
だけど違うじゃん。
活躍してそのあと何が待っているかって言ったら讃えられたり可愛い女の子とイチャイチャしたりって思うじゃん。
期待しちゃうじゃん。
魔法つかいの称号を授かってから六年以上経過していた身ではあれど、やっぱそういうの夢見ちゃうじゃん。
自分の思考が子供っぽいことなんてわかっている。
童貞をこじらせていることもわかっている。
しかし、これだけは譲れない。
俺はたしかにチートをつかって活躍することを夢見ていた。
だけど本当に夢見ていたのはその活躍によって芽生える可愛い女の子との甘い恋愛だ。
肉体関係を持ちたいという思いもあるにはある。
しかし、単純に童貞を捨てたいわけではないのだ。
恋愛をしたうえで初体験を迎えたいのだ。
そうでもなければ地球にいた頃にとっくにそういう店にでも行っていった。
魔法つかいなんて称号は得ることなく、DTの称号と三十年来の親友になることもなかった。
正直、そういう店に行くのが恥ずかしいという気持ちはあった。
怖いという気持ちもあった。
しかし、うだつが上がらない平社員とはいえ俺も社会人。
独身ゆえにそれなりの貯蓄もあったし先輩や同期なんかからそういう店に行こうと誘われることもあった。
行こうと思えばいくらでも行けた。
だが、俺は行かなかった。
行けなかったのではない。
行かなかったのだ。
俺のプライドがそれを許さなかった。
初めては好きな人と、なんていうロマンチックな想いが胸にあったからだ。
女々しいと笑わば笑え。
しかし、それが俺だ。
女々しかろうと情けなかろうと、決めたことは最後までやり通す。
たまにやり通せなかったこともあったが、初体験への想いだけは捨てきれなかった。
そのせいでこじらせてしまったともいえる。
後悔はしていない。
そういう風に生きてきて、そうなった。
ただそれだけのことだ。
だから、目の前にあるこんな色街になんて足を踏み入れるもんか。
そう思い踵を返した俺は、今日も一人むなしく猛るリビドーを闇へと葬り去った。
くそっ、今朝の目覚めは最悪だ。
隣の部屋に泊まったやつらが一晩中盛ってやがった。
この宿の壁薄すぎんだろ羨ましいゾこんちくしょう。
隣の部屋の音を聞きながら吐き出した昨夜のマイクロメートルボーイたちは随分と活きが良かった。
やはり、生の声というものは大事なのだろう。
仕事をするうえでも顧客の声をしっかりと聞くことは重要だった。
大きな声に耐えられるようにと強化された俺の耳は超高性能だ。
隣の部屋の衣擦れ一つ聞き逃さなかったぜ。へへっ。
自分でも気持ち悪いと思った。
へへっ、ってなんだ。
マジキモイ。
そんなんだから童貞捨てられねえんだよ。
いい歳して恥ずかしくねーのかよオッサン。
というピチピチギャルたちの幻聴が聞こえてきた。
決して過去にそう言われた時の記憶がフラッシュバックしたわけではない。
オッサンになってからはギャルとの接点なんて一切なかった。
そう、なかったはずだ。
だからこれは幻聴だ。
そもそも今の俺の身体は十四歳。
オッサンなんて歳ではないからセーフだ。オールオッケーだ。
よし。
なんとか平静を保つことができた。
この世界に来てから数十日。
俺のピュアな心なら十日もあれば恋に落ちるくらい余裕だろう。
二週間もあれば行くところまで行けるだろうなんて思っていた。
そう思ってこの世界に来てしまったせいで予想以上に溜まってしまっている。
フラストレーションが溜まってしまっている。
俺が相手を受け入れる準備は整っていたが、相手が俺を受け入れる準備なんてまったく整ってなかった。
独りよがりのソロプレイだった。
恋の矢印は異世界に来ても一方通行のままだった。
やはり最初の一手を間違えたのだ。
町に入って最初にすべきことは男友達探しなんかじゃなかったのだ。
まず最初に女の子を探すべきだったのだ。
創作物だと、女の子と仲良くなった後に男友達ができるパターンが少なかったせいでまずは男友達をつくらなくてはと思ってしまった。
俺だって男友達が欲しかった。
気兼ねなく話せる相手が欲しかった。
体験したことの感想を誰かと語り合ったりするのも楽しそうだなと憧れてもいた。
男同士で馬鹿騒ぎしたかった。
けど、やはり女の子を探すべきだったのだ。
神様的な存在は俺の記憶を見て、その嗜好に合わせた世界を用意してくれた。
もし俺がよく読んでいた異世界小説を参考としていたのなら俺がはじめから女の子を探そうとしていれば、しっかりと可愛い女の子に出会えたはずだ。
なんてことはさすがにないか。
神様的な存在は俺の好みに調整しただけで俺の都合の良いように調整したわけではない。
単純に俺の力不足だろう。
俺には男としての魅力が皆無なのだろうか。
昔からそうだった。
女の子とはどう頑張っても友達どまり。
そこから先へ進展したことなんて一度もなかった。
この世界でなら、と思ったけど世界が変わってもダメな奴はダメなのだろうか。
などと悩んだりはしない。
過去は過去。
現在は現在。
過去と現在で違っているのは周囲の環境だけではない。
俺の持つ能力も大きく違っている。
俺がもらった大きな声を出せる力。
これは正真正銘チート能力だ。
この世界には存在しなかった力。
俺しか持っていない能力だ。
この世界に来て最初に降り立ったのは平原だった。
隣を見るとデカい犬がいた。
鋭い牙を剥き出しにしてこちらを睨みつけているクッセぇ化物がいた。
俺は怯えた。逃げた。
記憶にある十四歳だった時の身体よりも速く走れたが化物はもっと速かった。
一瞬で追いつかれそうになり、もうダメだと思いながら、クソ能力だと思っていた大きな声を出せる能力をつかってみた。
具体的には「ワッ!」と叫んでみた。
その一声で、化物は肉片に変わり、周囲の木々は強風に耐えるかのように揺れ、足元を見ると俺を中心に地面がひび割れていた。
率直に言ってやべぇ能力だと思った。
強すぎる。
でも街中じゃつかえないな、と思った。
っていうか仲間つくれないんじゃねこれ、と思った。
それほど強力で、周囲への被害が甚大だった。
その後、その場で何度か能力を試してみて身体が強化されていることにも気づいた。
大きな声に耐えられるように俺の身体は強化されている。
特に、肺、気道、口腔、脳、耳は大きく強化されている。
大声を出しても目が飛び出さないことを考えると目の周辺なんかも大幅に強化されている可能性もある。
まだ十分な検証を行えていないためこの能力と身体に関してはわかっていない点が多い。
わかっているのは、耳に意識を向けると周囲の音の取捨選択や音量調節ができるということ。
思った通りの声を出せること。
強力な能力であること。
周囲の状況を確認してからつかわないとマズい能力であること。
そして、レベルが設定してあり、いまのレベルが一、最大が三であること。
レベル一でも規格外で迷惑な能力なのにレベルが上がるとどうなってしまうのかは想像もつかない。
どうすればレベルが上がるのかもよくわからんし、レベルに関しては気にしないことにしている。
とりあえず、この能力をつかって困ってる女の子を助けようと思うのだが、女の子の近くでこんな能力をつかえば間違いなく女の子は死んでしまう。
かといって、いくら身体能力が向上されているからといっていきなり戦闘なんてできるはずもない。
こちとら生粋のインドアっ子だ。
喧嘩なんてしたこともなければ武術なんかも学校の授業でちょっとやった程度。
あとはテレビで放送されていた格闘技やアニメの戦闘シーンを見たことがあるくらいだ。
ということで襲われてる女の子を颯爽と助けることはできない。
異世界で女の子と恋愛に落ちるシチュエーションの第一候補がこれだったのだがつかえないものはしょうがない。
第二候補の「俺にしか解決できないような悩みを抱えている女の子を助ける」でいこうと思う。
できれば料理やモノづくりなんかの地球の知識をつかって安全に解決できる系の悩みだといいのだが、このさい四の五の言ってられない。
俺が一人で行動でき、周囲に被害が出ても問題ない状況を作り出せるような悩みであるなら戦闘系だったとしても問題なしだ。
この能力なら大抵のモンスターは倒せる気がする。
冒険者ギルドへの登録はもう済んでいる。
なにせ俺の好みに合うように調整された世界だからな。
この世界にどんなものがあって、それをどういう風につかえばいいのかはわかっている。
冒険者ギルドは俺の生活費を稼ぐのに利用し、さらに冒険者という職業が請け負う雑用から戦闘までなんでもござれな依頼にかこつけて女の子と仲良くなってハーレムを目指す。
市民から尊敬の念を受けながら女も手にする。
これが俺のこの世界での目標だ。
さしあたっては女の子が出した依頼を探さなくてはな。
いや、女性であるなら女の子にこだわる必要はないか。
この世界の女性はみんな可愛い、あるいは美しい。
さすがにおばあさんとなると無理だが、おばさんくらいなら余裕でストライクゾーンだ。
ただ、現在の俺は十四歳なので可能ならば俺が死ぬまで一緒にいてくれるような人と一緒になりたい。
そういう意味ではやはり女の子がいいな。
そんな不純な動機を抱え、俺は冒険者ギルドへ足を踏み出した。
目指すはハーレム!
なんとしてでも女の子と甘く楽しいイチャラブ生活を送ってやるぜ!
待ってな一人目の女の子! ってな感じで冒険者ギルドに行ってきたわけだがロクな依頼がなかった。
依頼人の性別が女性だとわかるものはあったがそのすべてが護衛依頼やパーティ募集の依頼なんかの戦闘を想定した依頼だった。
しかもソロプレイ専用技しか攻撃手段のない俺が入るのは不可能なタイプ。
せめてドラゴンの討伐依頼でもあれば一人で行って帰ってこれたんだが。
まぁ、たらればを言ってもしょうがない。
お誂え向きの依頼がなかったってことは俺の運命の相手はまだ近くに現れていないということだろう。
そのうち絶対現れるはずだから気長に待ってればいいさ。
そう考え、いつも泊まっている宿へと続く道を歩いている途中で、ふと思いつくことがあった。
……もしかして、男が出した依頼でも受けた方がいいのではないだろうか。
例えば、工房主のじいさんが出した依頼があったとする。
依頼人はじいさんだが、依頼者のもとに行くと依頼人の娘や孫娘、弟子入りしているかわいい女の子なんかがいるかもしれない。
そう考えると、もし依頼人の男と良好な関係を築くことができれば「ぜひ娘を貴方に」なんて話になる可能性もゼロではないな。
ふむ。
今日はもう一度ギルドに行く気にはなれないが、明日以降はそこのところも考慮して受ける依頼を決めた方がよさそうだな。
なんてバカなことを考えながら歩いていると、道端で泣いている小さな女の子の姿が目に入った。
赤髪のボブヘア。
てっぺんにあるアホ毛がチャーミングな七才くらいの女の子だ。
いくらなんでも年下に手を出す気はないんだが、まぁ将来のためにツバをつけとくってのはありか。
数年後に手を出すなら俺の中の倫理的にはまったく問題ない。
「君、どうしたの?」
地球にいた頃なら事案とか言われていただろうがこの世界にはそんなもの存在しない。
人攫いが職業として認められているくらいだからな。
そこら辺の人攫いは非合法だがお貴族様が認めればなんでも合法となる。
俺は貴族とのつながりなんてないけど神様的な存在とのつながりがあるんだから俺がこの子に声をかけるのももちろん合法だ。
というか俺は人攫いじゃないしな。
「おしごと、クビに、なっちゃ、ひっく、うわぁあああああん!」
おっと、大声で泣き出してしまったか。
まぁいい。事情はわかった。
この子は仕事をクビになってしまって泣いているのだな。
明日からの食事はどうしよう、と。
もしかしたら今日このあとの食事すらないかもしれないな。
それなら。
「よし、お兄さんに任せなさい。とりあえずどこかの店に入って食事でも頼もうか。なにか食べたいものはあるかい? お兄さんが奢ってあげよう!」
「うわああああああああああああああん!」
余計にひどくなった。
どうすりゃいいんだこりゃあ。
あの後、なんとか女の子を泣き止ませてから少し歩いたところにある飲食店に入った。
女の子はなんでもいいと言っていたので、とりあえずスープ、パン、肉、サラダと定食っぽくなるように料理を注文した。
料理が運ばれてくるまでの間に自己紹介くらいは済ませたい。
「俺の名はヨシト。君の名前を教えてくれるかな?」
本名を佐々木善人。
元・三十六歳、童貞だ。
「ヨシト、さん?」
女の子が泣き腫らした目で上目遣いに見上げてくる。
同じ高さの椅子に座っているせいで上目遣いの威力も半減かと思ったがそんなことはなかった。
俺は座高が高い。
少女よりも頭の位置が高いおかげで上目遣いもバッチリ決まっている。
椅子の上で縮こまりながら不安げな瞳でこちらを見上げてくる少女の姿に思わずとくんっと胸が高鳴った。
漫画的表現をするなら「キュ~ンッ!」といった感じだろうか。
ハートが矢で打ち抜かれる絵とともにそんなオノマトペが描かれていることだろう。
いわゆる、キュンときたというやつだ。
「あ、ああ。ヨシトだ。困っている女の子は放っておけないタチでね。こんなところまで連れてきてしまって迷惑だったかい?」
少し声が震えてしまった。
いかんいかん。
保護する対象であるはずの年齢の子に欲情なんてしてしまったら佐々木家の恥だ。
俺はリアルでは小さな女の子をそういう目で見ないと心に決めているんだ。
「あの、その、私……」
俺が鋼の精神を持ってして己の内から湧き上がる劣情を抑えようとしていると、少女が何かを言おうとして思いっきり目を瞑った。
俺に伝えるのを躊躇っているのか、言葉にしようとしたことでさっきまでの感情が呼び起こされまた泣きそうになっているのかはわからない。
しかし、少女は頑張っている。
ならばここは俺も大人の対応をするべきだ。
そう思うと己の内から湧き上がりそうになっていたものがスッと消えていった。
「私、鈍くさくて、気も弱くて、仕事も全然覚えられなくて」
少女の目からは涙がこぼれ、嗚咽する声も漏れている。
それでも少女は自分のことを話してくれる。
「だから、お父さんも、お母さんも、妹も、私を置いてどこか行っちゃったし、でも死にたくなくて、一生懸命お仕事探して」
いきなりヘヴィーな話題が飛び出してきたな。
オジサン、女の子の悩みを解決して惚れてもらおうとは思ったがあんまり重い話はちょっと。
できれば軽いノリで明るく楽しくやっていきたいのだ。
ところで、私を置いて、というのはどういう意味だろうか。
危険のあふれるこんな世界だ。
死んでしまったのだろうか。
それとも本当にこんな小さな子を置いてどこかへ行ってしまったのだろうか。
どこか別の町でもっといい仕事が見つかったとか、冒険者や行商人を生業としていて次の町に移るタイミングで邪魔なこの子を置き去りにしていったとかだろうか。
「でも、お仕事、クビ、クビにっ」
「わかった! 大体事情はわかったからもう話さなくていいよっ!」
少女の顔が大きく歪み、顔を手で覆い隠したのを見てこれはヤバいと思って話を終わらせた。
あそこで止めなければ涙が滂沱として流れていったことだろう。
なんとか涙や声が溢れるまえに止めることができたようだ。
どちらも少しこぼれてしまったがなんとか塞き止められている。
泣かれたら対処に困るからな。
これで一安心だ。
それにしても、途切れ途切れだったが支離滅裂なことは言っていなかった。
頭は悪くないのだろう。
こんな利発そうないい子を置き去りにするなんて到底許せる行為じゃないな。
とはいっても、俺には想像もできないような理由があったのかも知れんし、あまり悪く言うものでもないか。
日本人の価値観からすると許されざる行為だがこの世界ではよくあることなのかもしれない。
とりああえずこの子をどうするかだな。
正直言って、助けてあげたいという気持ちは強い。
神様的な存在からもらったお金もあるし、少しずつだが依頼を達成して稼いでもいる。
この子一人を養っていくくらいの余裕はある。
けど、俺の能力はピーキーだ。
高い攻撃力を有するものの、声に指向性を持たせることができないためどうしても周囲にも被害を与えてしまう。
もしかすると熟練すれば対象にだけ声を届けることもできるかもしれないが、それができるという確信はない。
レベルが上がってしまえばさらに凶悪な能力になってしまう可能性もある。
そうなると、俺が依頼で町の外に出ている間、この子は宿かどこかに置いていくことになる。
置いていかれたことで苦悩しているこの少女を一人、宿の中に残していくことになる。
しかも俺の職業は冒険者。
死んでしまうかもしれない、帰ってこないかもしれないと思いながら俺が帰ってくるまでずっと宿の中で不安な気持ちのまま過ごすことになる。
それは可哀そうだ。
俺に信頼できる知り合いでもいれば俺が外に行っている間この子を預かってもらったり、あるいはこの子をその知り合いに任せて俺はたまに養育費を渡しに行くだけ、という手段もとれるのだが。
残念ながらそんな知り合いはいない。
運ばれてきた料理をおずおずと口にしている少女を見る。
まだ小さい。
小さな女の子だ。
さっき言っていた鈍くさいというのは本当なのだろう。
仕事が遅かったり、何かドジをして店に迷惑を掛けたりしたのかもしれない。
それならば、俺がここで保護しないとこの子はまともに雇ってもらうこともできず餓死するか、危険な目に遭ってしまう可能性が高い。
この世界には人攫いがいるのだ。
そして、契約によって主人への絶対服従を強制される奴隷契約なんてものも存在している。
神様的な存在は俺の意識を汲み取り元々存在していた世界に少し手を加えただけと言っていた。
だから、人攫いや奴隷契約が俺の深層心理を汲み取った結果なのか、元々この世界に存在していた犯罪や制度なのかはわからない。
けれど、俺が無関係だとは言えない。
もしかしたら俺が望んだ結果、この少女に不都合なように世界が書き換えられてしまった可能性がある。
なんて、保護する理由や保護しない理由を色々と考えてみたがもういいか。
最初から腹は決まっている。
俺はこの少女を保護する。
子供の面倒を見たことがないから少し気後れしてしまっただけなのだ。
もし誰かと良い感じの仲に進展したとき、この子がいると何か問題があるかもしれないなんて微塵も考えていない。
そうだ。何も問題はない。
俺はハーレムを目指しているんだ。
一人目くらいはプラトニックな関係から徐々に体を重ね合わせるような関係に、と夢見てはいるが、やり方次第ではこの子がいてもそういう関係を築くことは可能なはず。
経験値ゼロだから上手くできる自信はないけど。
いや、むしろ経験値ゼロだからこそ妄想してきた数々のシチュエーションが役に立つはず!
魔法つかいの知性は高いと相場が決まっている。
ならば地球にいた頃に魔法つかいの称号を授かったこの俺の脳も相当上等なものなはずだ。
この世界では魔法をつかうことはできず肉体年齢も十四歳だが、精神的には魔法つかいのままだ。
いける。
きっとなんとかなる。
正面を見ると、テーブルの上に出された料理はすべて完食されていた。
俺の分も注文していたはずなんだがすべてなくなっている。
余程お腹が空いていたのだろう。
先ほどまでよりも少し元気が出ているように見える。
人間、お腹が空いていると元気が出ないというもんな。
少し幸せそうな顔を浮かべていた少女は俺と目が合うとハッとしたような顔をした後、恥ずかしそうに下を向いてしまった。
何気なく少女の頭を撫でてみる。
あまり良い生活は送れていなかったみたいだからもっとごわごわしているかと思ったが、思っていたよりも手触りがいい。
撫でられたことが恥ずかしいのか、少女がさらに俯く。
小さな子相手ならこのくらいのスキンシップもできるのに少し相手の年齢が上がってしまうと話しかけることすら躊躇してしまう。
それさえなければ俺も魔法つかいになることはなかったのだろうか。
いや、別に魔法つかいになってしまったことを恥じているわけではない。
むしろ誇りに思ってさえいる。
しかし、それとこれとは別だろう。
一般的な男女間における恋愛感情というものへの憧れも確かにあるのだ。
これまでそういった経験がなかったために恋愛というものを神聖視してしまっている節すらある。
だから、俺も恋愛を経験してみたい。
経験してみたいがまずはこの子をなんとかしないといけない。
そういえばこの子の名前はなんだったか。
いや、まだ教えてもらってないな。
というより、俺の質問には何一つ答えてもらっていない気がする。
「落ち着いた?」
声をかけるとこくこくと首を縦に動かす少女。
これは、なんだろう。
ペット的な可愛さを感じる。
小動物的な可愛さというか、守ってあげたくなるような可愛さというか。
なんというかこう、庇護欲をそそられる。
「そう、それはよかった。じゃあ、そろそろ君の名前を教えてくれるかな?」
精一杯の笑顔と優しい声音を心がけて質問する。
俺の声帯は能力に耐えられるよう強化されている。
声を制御する力が上がっているのだからしっかりと思った通りの声が出たはずだ。
「サ、サーシャ、です」
「サーシャちゃんか。可愛い名前だね」
警戒心を抱かせないように話しかける。
間違ってもここでササーシャちゃんっていうのか、なんて勘違いはしない。
もしかしたらサ・サーシャという名前の可能性はあるがとりあえずはサーシャちゃんと言っておけば問題ないだろう。
「年齢は?」
「七才、です」
照れているのか恥ずかしそうに口にするサーシャちゃんマジ可愛い。
保護したい。
いや、保護する方向に話を持っていくんだけどね。
「じゃあそろそろ行こうか」
「行くって、どこに?」
「俺の泊まってる宿だよ。サーシャちゃんさえよければだけど、俺のところで働いてみない?」
「……え?」
「さぁ、宿に行こう。っと、その前にサーシャちゃんのための生活用品を買わないとね」
「え? え?」
まだ困惑しているサーシャちゃんを連れて俺は店を出た。
少女メイド。
なんと心躍る響きだろうか。
そう。俺はサーシャちゃんにメイドとして働いてもらう。
とりあえず働いてさえいれば俺に世話されることを遠慮する必要はなくなる。
仕事が忙しければ辛いことを思い出すことも少なくなるだろう。
俺の身の回りの世話をさせることで俺に依存させていくというゲスい考えもあるが、これはおまけみたいなもんだ。
サーシャちゃんみたいな子が死にそうなのを放っておけなかっただけ。
もし将来、他の男とくっついて俺のもとを離れていくとしてもそれはそれでいい。
そのときは俺も笑顔で送り出してやる。
これでも会社の同僚や後輩の結婚式に何度も出席してきた身だ。
その辺の気持ちの整理はうまくやるさ。
買い物を終え、宿へと帰る。
部屋を二人部屋に変えてもらい、片方のベッドを俺、もう片方のベッドをサーシャちゃんが使用することに決め就寝。
夜の日課はし辛くなったが、これでよかったのだろう。
俺の心は妙に晴れやかだった。