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竜とエルフと異邦人  作者: 瑠璃色はがね
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命あっての物種

 しばらくすると、注文していた料理が運ばれてくる。

 俺はシンプルにミートソースのパスタとサラダ、パンのセット。

 ザックはクリームパスタに同じくサラダとパンのセットだ。


 この料理も異邦人が持ち込んだ文化の一つであり、俺にとっては大変ありがたい食文化である。

 ただちょーっとばかし、味付け濃い目なのが玉に傷。

 どうも異世界の人は味の濃い食事を好む傾向にあるみたいで、日本人の俺としては何を食っても「濃い」と感じてしまう。

 自分で行った事はないけど、友人知人から聞いた話から察するに、欧米や西洋なんかの食事はこんな感じなのだろうな。


 先日食べた「サンド」は俺でも違和感なく食べる事が出来た辺り、食べ方次第ではまだまだ自分好みの食事を探す余地がありそうだ。

 サンドってのは、要するにバーガー系のパンに肉と野菜を挟んだやつだ。

 冒険者の携帯食としてはメジャーな物らしく、お店も武器屋などが並んでいる装備品街に多く見られる。

 両替商として日々街の中で暮らしている俺は滅多にその辺りには行かない為、つい先日までサンドの存在を知る事はなかった。

 今度の休みに、あの辺りもしっかり散策してみたほうがいいかもしれない。


 パスタを食べながらバーガーの事を考えていると、ザックがサラダを突きながらこんな事を言い出した。


「そうそう。今度近場に出来た新しいダンジョン探索に行くんだけどよ、お前も一緒にどうだ?」


 思わず「へぇ、ちょっと行ってみたいな」と答えてしまいそうになるが、その手には乗らない。

 何で気軽にショッピングみたいな感覚でダンジョンなどという危険地帯に人を誘うのか。

 これだから冒険者ってのは油断ならない。

 女性の買い物とザックの誘いには着いていかないのがこの世界で生き抜くための鉄則だ。


「遠慮しとくよ。俺に冒険者は向いてないって」


 この1年、何度もザックに声をかけられては繰り返してきた問答。

 むしろ懲りずに1年も声をかけ続けてくれる彼に少し申し訳無いという気持ちも、無くは無い。

 だが、俺は危険を冒してまで剣と魔法の世界で大冒険がしたいとは思わないのだ。

 手に職が無く、そうしないと生きていけないならば必死になったかもしれないが、今の俺は両替商。

 俺のお仕事は剣を振るう事ではなく、お金を正確に数えて両替するのが勤めなのである。

 金は剣よりも強い!


「んだよぉ。毎日身体鍛えたり素振りとかはして何気にステータスも上がってんだろ? だったらあの頃よりは動けるようになってんじゃねぇのか?」


「俺のはあくまで護身用と趣味みたいなものだよ。正直今でもモンスターと戦える気が全くしない。怖い」


 異世界に来て俺が一番困ったのは、生活面よりも娯楽面だ。

 安定して生活できているのはある意味ラッキーもあったのだが、それよりも何よりも、休日にやる事が無さ過ぎて辛かった。


 ゲームも無いし、漫画もない。本はあるけど、魔術や武術の実用書以外だと歴史書や童話の様な物語がある程度。

 勿論スマホの電波は相変わらず飛ばないし、そのスマホなんてとっくの昔に電池切れして今では部屋のインテリア。

 やれる事と言えば、食べ歩きやウインドウショッピング位の物で、それも数ヶ月もすると見て回るところなど無くなってくる。

 年頃のモテたい盛りな男子高校生としてオシャレな服を探してみたりもしたが、どうやら日本人男性のオシャレとこの世界でのオシャレには致命的な食い違いがある。

 この世界に来た時に着ていた「えんじ色のコート」も、散々周囲の人に「ケバケバしい!」と罵られられたのは良い思い出。

 いわゆる冒険者街はまだ散策する場所もあるのだろうけど、あの辺りをうろついてザックにでも見つかった日には間違いなくダンジョン送りだ。


 結果。俺は筋トレくらいしかやる事が無くなってしまったのである。


 日本に居た頃は別に身体を鍛える理由もなかったので、体育の授業以外で率先して運動などはしていなかったが、これが存外、筋トレしかやる事が無いと段々ハマってくるのだ。

 最初の一週間から、一ヶ月、三ヶ月、半年と経過する事に、自分の体力、筋力、持久力、瞬発力が伸びているのが分かってくる。

 こうなると「次は更に1秒伸ばそう」とか「もう1キロ重い物でやろう」という目標が延々と続いていき、気が付けばライフワークの一つと化していく。

 筋トレが趣味の人が徐々に機材に凝っていったり、いつの間にかジム通いが楽しくなるというのが分かってしまった。

 折角の異世界なのだから、剣の素振りくらいはやり続けてみようと最初は木刀を振っていた。

 だがどうも俺は長物を振り回すセンスがない様で、試しに短剣サイズの木刀にしたらよい感じだった。

 それも暫くして「軽い、鉄の短剣がほしい」と近場の武器屋でなまくらの短剣を購入し、それも軽く感じてきたので先月にはとうとう実用性もある「鋼鉄の短剣」を買ってしまった。


 一応ステータスも「並」から「初級冒険者」程度にはアップしていたのだが、だからと言って冒険に出かけるかと言われれば答えはNOだ。

 これはあくまでも趣味であり、物騒なこの世界で一応自分の身をある程度守れる手段として鍛えているだけにすぎない。

 ヤバくなったら全力で逃げられる様、足腰を重点的に鍛えているのもその為だ。

 実は敏捷性のステータスだけなら今はザックよりも俺の方が高かったりするのだが、そういう事を教えてしまうとまだ冒険に行こう攻撃が始まるので彼には黙っている。

 戦う事を想定していない、俺の剣術ですらない技能でモンスターと相対しても、1年前と同じ無様を晒すのが目に見えているしね。


「まぁ無理にとは言わねぇけど、新しいダンジョンってのは一攫千金のチャンスなんだぞ?」


「それは……分かってはいるけど、でも俺は懲りたんだよ。命あっての物種だ」


 冒険者の言う一攫千金は桁が違う。


 今の両替商の仕事を続けて贅沢な生活をしなければ、来年は小金持ちな生活が出来る程度にはなるだろう。

 だが冒険者が冒険の結果手に入れる発掘品やレアモンスターの素材を売りに出すと、場合によっては俺の推定年収の10倍を超える金額がポンと手に入る事がある。

 この世界で冒険者という職業が危険だと知れ渡っていてもそれなりに人気なのは、そういったアメリカンドリーム的な利点が存在するからだ。


 俺だって男の子だ。確かにその魅力には惹かれるものがあるし、憧れる。

 それでもやはり俺は、剣を手に取って命のやりとりしながら生きていくのには向いていない。

 人間、向き不向きってのがあるんだよ。


「一応クエストシートは渡しておくからよ、もし行く気になったら今週末の朝、ギルド前に来てくれよな」


 パタン。と机の上に1枚の丸められた紙が乗せられる。

 勿論俺がそれを手に取る事も、その場で中身を確認する事も無い。

 それは俺の「絶対に行かない」という意思表示でもある。


 というか、だ。


「ベアトと二人で行けばいいだろうに」


「ベ、ベアトは関係ないだろう!?」


 関係大アリだろう。

 このモヒカン蛮族は、自分がベアトにゾッコンなのが誰にもバレてないと本気で思っているのだろうか。

 むしろこの街でその事を知らないのは、ザック当人だけなのじゃないかというくらいメジャーな話なのに。


「でも誘ってあるんだろ、既に」


「いやまぁアイツは優秀な魔道士だし長年パーティー組んできたからお互いにやりやすいというだけのことであって別に俺はベアト以外と組まないとかそういう話ではないわけでお前絶対何か誤解をして」


「長い。早い。落ち着け」


 お前はクラス中に好きな子がバレた小学生か。

 しどろもどろ、という言葉がここまで体言された人を初めて目にした気がする。

 この分かりやすさで、それなりに知名度のある冒険者だというのが未だに信じられない。

 機密事項とかハニートラップに引っかかってあっさり漏らしそうだよなぁ。


「と、とにかく! 気が向いたらでいいから来い!」


 テーブルに置いたクエストシートの上に、ドガン!と小銭を置いて早足で店を出て行く。

 女の子が照れ隠しに慌てて立ち去っていく様ならまだしも、汚物は消毒だー! とか言い出しそうな大男が耳まで真っ赤にして去っていく後姿は見てて悲しくなってくる。


 だからバレバレなんだと何故自覚しないんだ……ってあのやろう。


 慌てていたのだから仕方が無いとは言わない。

 俺はテーブルの上に置かれた「微妙に金額が足りてない小銭」に目をやりながら、次に会ったらもう少しからかってやろうと決めた。




******




 夕方。仕事を終えて自分の部屋へと戻る帰り道。

 沈み行く太陽を背に歩きながら街道を進む俺の視線の先に、妙な光景が映りこんできた。

 

 というか、面倒事の気配しかしない物を見てしまった。


「お願いです冒険者様! どうか、どうかシスターを助けてください!」


「うるせぇな! こちとら慈善事業でやってんじゃねぇんだ! どうしてもってならギルドに正規の依頼料を払ってクエスト発行しやがれ!」


 うんうん。冒険者だって仕事なんだ。

 見合った報酬のない依頼を安易に受けたりはしないよな。


「でも……でも! 今あるのはこのお金だけなんです……働けるシスターが倒れちゃったからこれだけしかないんです!」


 そうか、それはかなりキツい状況なんだなぁ。


「お前らの事情なんざしらねぇよ。どこの世界に銅貨5枚でダンジョンに採取に行く冒険者が居るってんだ! オラ、邪魔だどけ!」


 もうちょっと言い方があるだろうとは思うけど、でも冒険者さんの言ってる事は間違っちゃいない。

 危険というリスクに対して、銅貨5枚は安すぎると俺ですら思う。


「あうっ!……うっ……グスっ……」


 冒険者に振りほどかれて、手にしていた銅貨を取りこぼしてしまう少女。

 大粒の涙を流しながらも大切なお金である銅貨を拾い集め、両手で握り締めてその場に座り込んでいる。


「あー……馬鹿なこと考えてるぞ俺」


 銅貨5枚でダンジョン探索。

 それも恐らくは、特定の薬草とかの採取をする必要があるのだろう。


 近場の森ならば慣れてさえいれば、モンスターと遭遇する事も無く薬草を集めたりするのは簡単だ。

 俺も両替の仕事をする前は、ギルドの手伝いでそういった雑用を結構こなしていたのでよくわかる。

 それこそ、子供でもちゃんと気をつければやれる仕事の一つが採取だ。

 

 だが冒険者に依頼をしようとしていると言う事は、ダンジョン産の素材、もしくはモンスターから剥ぎ取れる何かが必要なのだろう。

 こうなってくると無力な子供ではどうしようもない。


 でもそれが現実であり、この子にもシスターさんにも申し訳ないが、善意だけで命をかける人間はこの世界にも居ないだろう。

 冒険者として生きている人ならば、尚更だ。


 ゲームや漫画で憧れたファンタジーな異世界も、社会がある以上はお金が大事なのである。

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