両替商の期待の星
交易都市 アウグスタン。
異邦人である初代国王が作った国の中でも、王都の次に大きな街がここアウグスタンだ。
文字通り他国との交易の拠点となっている場所で、様々な種族、民族と、それに伴った品物が行き来する経済活動の活発な場所である。
異世界人かつ都会っ子な俺が今日まで何とかやれているのも、召喚されたのがこの街だった事が相当にデカい。
もし村民50人とかの辺境からスタートさせられていたら、今頃は田舎暮らしに心が折れて引きこもっていた可能性すらある。
俺、虫とか苦手だしね……
そんな街の中にある、小洒落た一件の飲食店。
看板に「ドラゴニックパスタ」と書かれた店のテラス席に、俺とザックが居る。
えんじ色のピーコートを来た異邦人の若造と、白シャツに濃紺のパンツという妙にビジネスマンチックなファッションをしたモヒカン蛮族の二人組。
このアンバランスにも程がある二人組が、店の前のテラス席に居るのは少々問題がありそうな気もするのだけれど、店員に追い返されたりはしなかったので深く考えるのはやめておく事にした。
お店の名前通りパスタをメインとした飲食店なのだが、ドラゴンとパスタになんの関係があるのかは、未だに分かっていない。
多分ノリとかイントネーションで適当につけられた名前なんだろうなぁ。
「リュウトがこっちに来てそろそろ半年か。ずいぶん馴染んだよなぁ」
「だなぁ。俺自身は生きるのに必死であっという間だった」
あれから―――半年が経った。
本当に、あっという間の6ヶ月だった。
本のページを捲ったら半年後の話でしたっていう位の速度で時間が経過した。
今にして思えば、最初に出会ったのがザックとベアトで本当に良かったと心から思う。
見た目山賊とか盗賊みたいなザックと、娼館の女主人みたいなベアト。
どちらも社会の闇に片足突っ込んでそうな外見なのに、実際はとても親切な冒険者だった二人。
俺の事情を察した彼らの案内でギルドマスターの元に連れられ、そこで世界の話、今後の話をしたあの日から、俺の異世界生活がスタートしたわけだが。
当然、最初から順風満帆という訳ではなかった。
まず最初に、この世界で生きていく為の適正を調べるという点で俺は躓いた。
面白いくらいに躓いた。
この世界には先達の異邦人達が残した特殊なシステムというか文明が存在している。
その一つが「ステータス」というシステムだ。
これは、個人が備えている能力、技能などをこの世界風の表記に置き換え、数値化する事が可能なのだが……俺は何ていうか、まぁいわゆるザコだったのよね。
体力=並
知力=並
魔力=皆無
特殊技能=無し
みたいな、平凡すぎる表示が出てきた時の、ザックとベアトの必死のフォローを思い出すと今でもちょっと泣けてくる。
人は優しくされすぎると悲しくなるものなんだよ。
ほら、子供の頃とかに自分が失敗した時、同級生達に励まされると何故か余計に涙が溢れてきたりした事あったろ? まさにあれだ。
それでも一応この世界では戦う為の力があるに越した事は無いと言う事で、重戦士であるザックに付き添ってダンジョンという冒険の代名詞の様な場所にも挑んだわけだよ。
男なら一度は憧れる、鉄の剣を腰に下げて「俺の冒険が始まる!」とかあの時は不覚にもワクワクしていた自分が居た。
結果は惨敗。
初級モンスター、いわゆる入門編となるゴブリン退治で即日死に掛けるという大失態をやらかした俺は、早々に冒険者という職業を諦めた。
出血多量に毒を食らい、むしろよく健康体に戻れたなというくらい酷い有様だった。
どうも俺を冒険者仲間にしたいらしいザックは、槍や短剣、弓や両手剣など様々な武器を試してみるべきだと進めてはくれたが、さすがにそんな気になれるほどの気力は無く、身体を治した後は普通の仕事を探す事にした。
後で分かった事なのだが、俺の初期ステータスはドラクエのレベル1の勇者よりも弱い。
マジで村人その1くらいの力しか無かった。
そんなやつを冒険に連れて行くとか正気かお前! とザックに怒ったのも懐かしい話。
で。勿論普通に仕事を探すのも悪戦苦闘。
平凡だという自覚はあったが、俺そこまで駄目なのかと少し欝になりかけたくらい苦戦。
何か特別な技能があるわけではない事などステータスで分かってしまっているのだから、色々挑戦はしてみたものの、どれもロクな成果は得られなかった。
料理も駄目、裁縫も駄目、鍛冶も駄目、大工も駄目。
鍛冶や大工はまだしも、多少の料理や裁縫は出来た所で「仕事」に出来るかと言われればNOだ。
なによりもまず、この世界の文字を読み書き出来るようになっていなかったのだから、そりゃあ何処にいっても役にはたたないだろうって話で。
仕方なく最初の1ヶ月はギルドの掃除などの雑用をさせてもらいながら文字の勉強をしていたのだが、そんな折、俺に転機が訪れた。
ギルドのカウンターで商人らしき人とお金の話をしていた受付の人が、どうも計算間違いをしているらしい場面に遭遇したのだ。
この世界、中世ファンタジー風な世界に見えて水洗トイレが普及しているなど、妙に文明力があるなという部分を感じる反面、貨幣はコインだけだったり識字率がそれほど高いわけでもなかったりと、随所にみられる文明と一般に普及している知識の幅がとてもアンバランスである。
一応ギルドの窓口に居る様な人は、ちゃんと計算の出来る人が雇用されているのだが、その計算というのがいわゆる足し算、引き算だけの場合が多い。
乗算や除算という概念はあっても、それらを素早く暗算したりできるのは商人や職人などの通貨に特化した一部の職業、後は貴族などの高い地位の人間に限られているのだ。
俺は本当に何気なく、ただ泣きそうな顔をしている受付のお姉さんが可愛そうになったという、それだけの男子高校生らしい分かりやすい理由で、思わず口を挟んでしまった。
安紙とペンを借り「ほら、ここで計算間違えてるんですよ。正しくは金貨●枚になるはずです」という、たったそれだけの10分にも満たないやり取り。
その話は当日の夜にはギルドマスターの耳に入り、仕事を終えて寝ようとしていた俺は再び応接室に呼び出され、彼の前で1時間近くひたすら計算ばかりをやらされた。
その結果、今現在はこの街で「両替商」という中々に悪くない仕事を得る事が出来たのだ。
勿論読み書きが出来る様になるまで必死に文字を覚えたからというのもあるが、ギルドマスターと、あの日カウンターに居た商人さんの紹介もあって今の俺がある。
両替商というのは文字通り両替を行う機関の事で、銀行の隣に併設された建物に存在する。
一応銀行と同じ組織ではあるみたいだが、この世界では預貯金と両替の窓口が別の仕事として仕分けされてる様で、俺が勤めているのは両替しかしない所なのだ。
基本的には小銭を大銭、つまり大量の銅貨や銀貨を、持ち運びやすい金貨に計算して両替するのが主な仕事となる。
実際には金や銀の含有量などを図ったりとやる事は計算以外にも結構あるっちゃあるのだが、その辺りは割愛させてもらうとしよう。
後ほど分かった事だが「ステータス」に技能として表示されるのは「自覚している知識や技能」であるという事。
つまり俺が「別に知識というほどでもない事」と考えている事は、あの中に表示されない仕組みになっているらしい。
要は客観的に「それすごいよ」と言ってもらわないと気が付いてない事は無かった事にされるのだ。それはそれで問題ありすぎだろうと思う。
結果として俺のステータスには「四則演算術」という技能項目が追加されていた。
こうして俺は、何とかこの1年を数学というか算数で乗り切って来たのである。
身体能力とかはシステムの魔法的なアレこれで実際の肉体能力が数値化されるらしいので、身体を鍛えでもしない限りあの「並」が俺のステータスなのは変わらないらしい。
悲しいがこれも現実である。
「今や、両替商の期待の星だからな」
「何処の誰がそんな事言ってたんだよ。そういう変な期待はかけられたくない」
期待の新人と言われて喜んでしまう様なミーハーさは、この一年ですっかり無くなっている。
そんなものは全て日本に置いてきた! って事にしたのだ。
「メアリがこの前話してたぞ」
「……あんちきしょう」
案の定、俺の悪友兼同僚の仕業だった。
決して悪い子ではないのだけれど、お世辞にも性格の良い子とは言えないメアリちゃん。
青とかピンクとか緑とか、アグレッシブな色の髪の人が多いこの世界では数少ない親近感を覚える茶髪の女の子なのだが、それ故にとても勿体無い。
もうちょっとお淑やかだったら俺の恋のストライクゾーンに突入していたんだけどなぁ。
ん? 一度誘われてホイホイとデートに行ったじゃないかって?
その話は忘れてくれ。俺も早めに忘れられるように努力するから。