グッバイSiri
「異邦人に言霊の加護かぁ……わけワカンネェ……」
ふんわりとした感触のソファーに腰掛け、俺は頭を抱えてそんな言葉を漏らしている。
正直頭痛がしてきたし、何だか胃もキリキリとしてきた。
目の前に出された少し妙な味のするお茶を飲む度に、何かミゾオチの辺りがヒリヒリするのだ。
もしかしてお茶のせいか? とも思ったのだけれど、多分これは、多分というか絶対にストレスだろうな。
先ほど俺が迷い込んだ店。
正しくは店ではなく「冒険者ギルド」と呼ばれる施設の1階にある交流酒場と言う場所だった。
冒険者ギルドってのが今ひとつ俺は分かっていないのだが、とりあえずドラクエでいうルイーダの酒場みたいなものだと思っておく事にしよう。
今はその建物の3階にある応接室という所で、俺が今置かれている状況の確認をしている所だ。
蛮族みたいな外見の割に、話してみると只の気のいいオッチャンだったザックに加え、エッチな格好のお姉さんベアトリーチェ、そして俺の対面には「ギルドマスター」という、この建物で一番偉い40代くらいのオジサンが座っている。
「つまりここは間違いなく異世界で、元の世界に帰る方法は良くわかっていない、と……」
「はい。理解が早くて助かります」
「まぁ、うん。受け入れないと前に進めないみたいですしね……」
―――異邦人。
異なる世界からこの世界へと召喚された人の総称であり、その存在は「割と居る」という話だ。
ただ、誰が、何の目的で、誰を、どうして召喚したのかは全く分かっておらず、その辺りは諸説がありすぎて皆諦めているらしい。
やれ魔王が召喚しただの、やれ神の気まぐれだの、やれ竜の使者であるだの、どれも根拠となる情報などこにもない。
俺が普通に「日本語」で話して言葉が通じているのは、異邦人に唯一共通して備わった「言霊の加護」というやつらしく、これによって意思疎通だけならば問題なく行えるという。
しかもこの世界には「共通言語」という多く普及した言語の他にも種族専用の言語がいくつかあるらしいが、言霊の加護があれば自動で全てが翻訳されるという便利な機能が備わっている。
自意識としては日本語しか話せないし話していなくても、勝手に相手の言葉が日本語に、俺の言葉が相手の言葉に切り替わるというマルチリンガルなシステムが異邦人には備わっているというわけだ。
まさにインテル入ってる状態。
日本に居る時にこの能力があったらグローバルな男になれたのになぁ。
そんなわけでSiriさんの出番はもうない。グッバイSiri。
まぁ圏外な上に異世界なのだからどのみち頼りには出来なかったわけだけれど。
とりあえず言葉が通じるなら、自分が今後どうすればいいのかも相談できる。
ってわけで今現在、この面子に囲まれて俺の今後の人生相談が開催されているわけである。
まさか17歳で独り立ちさせられるとは夢にも思ってなかったけどね。
それも異世界で。
「この世界、というかこの街で生きていくには、まず住む場所を見つけて、お金も働いて稼いでいかないとだめですよね?」
平凡な男子高校生に突然の無茶振りがすぎるだろうとは思うのだけれど、泣いたって喚いたって始まらない。
正直泣きたい気持ちはあるけど、そこはグッと堪えるよ。男の子だもの。
「そうなります。昔であれば異邦人の方は言霊の加護を使った通訳という仕事もあったのですが、共通言語が一般化した現在ではその手の就職は難しいでしょう。なのでまずはリュート・サクラさんの適正を調べてお仕事をいくつか斡旋致します。お持ちの技能次第ではありますが、どれにも適さないと判断された場合には……危険が伴いますが、冒険者になるという手段もありますので」
「危険というのは、やっぱりモンスターなんかと戦うからですか?」
「はい。誰でもなれる職業であり、一攫千金の可能性が最も高い仕事ではありますが、反面、死に直面する危険度も同じくらい高い仕事です。最初に申し上げておきますと、憧れだけでは勤まらない仕事ですので堅実に生きていける職があるならそれに越した事は無いのが、この世界です」
やっぱ居るんだなモンスター。
全身真っ黒の鎧というザックの格好を目にしてるから、そういう世界なんだろうと覚悟はしていたけど、冷静になってみればこんなに怖い話はない。
要するにこの世界って街や国を一歩出たらそこは天然のサファリパークってことだ。
リアルモンスターハンター。アドベンチャーワールドどころの話ではない。
日本生まれ日本育ち、海外旅行経験ゼロの俺にとっては想像すら出来ない世界が広がっているわけだ。
格闘技経験があるわけでもない俺にそんな命がけの仕事ができるとも思えないので、俺としては堅実に生きていける職を探す事に全力を注ぎたい。
コンビニとかあるわけないだろうし、只の高校生の俺が異世界で何の仕事につけるのか不安だけど。
「その辺りは僕の居た国と同じですね……何から何まですみません、ありがとうございます。それにしても、突然出てきた異邦人のおれ…僕にずいぶん親切にして頂いてるんですけど、何かそういう法律でもあるんですか?」
よく考えたら皆親切すぎないか? という今更すぎる疑問が浮かんできた。
もしかして俺は今、集団詐欺みたいなのの真っ只中にいるのではないかという不安。
しかしそんな不安は分かりやすい説明一つで、あっさりと取り除かれてしまった。
「そもそもこの国を最初に作った国王様が異邦人でして、この国では異邦人を見つけた場合最低限生きていく為の手伝いをする義務が冒険者ギルドにはあるのです。あぁ後、一人称は別に「俺」でいいですよ。畏まらなくて大丈夫ですからね」
正直半信半疑で耳を傾けてはいたが、この話が本当かどうかを確かめる手段が今の俺にあるわけではないし、変に場を混乱させるのはやめておこう。
王様が異邦人だったなど、後で他の人にでも聞いてみれば確認が取れる。
つまりそんな雑な嘘をつく事はないだろうと考える事にした。
「そう、ですか……あれ?もしかしてぼ―――俺が他の国に召喚されてたら、結構笑えない状況に陥っていたりします?」
「多くの国は同盟と同時に異邦人を救済する法の共有がなされていますが、そうですね、同盟に参加してない好戦的な種族が治める国だった場合、まず牢屋の中とか奴隷身分からスタートしていた可能性もあります」
怖っ! 奴隷身分から異世界生活スタートとか笑い事じゃないぞ。
俺みたいな平々凡々な奴がそんな状況に放り込まれたら即効詰むじゃねぇか。
「誰に召喚されたのか分からないですけど、とりあえず神様辺りにお礼を言っておこうかな……」
サンキューゴッド。
何系統の神様かは知らないけれど、とりあえずありがとう!
「この国でしたら竜に感謝を述べる方がよいかもしれません。神なんていう未確認生命体ではなく実在する崇拝対象ですから」
未確認生命体って、まるで宇宙人扱いだな神様。
今の言葉でわかるのは、ギルドマスターさんは大して信心深くは無い人なんだなと言う事。
そして―――
「ドラゴンがリアルにいるんですか!?」
ドラゴン。
それはファンタジーにおける定番中の定番であり、多くの青少年達をひきつける魅惑の存在。
バハムートをはじめとする龍は、あらゆる空想上の世界で強者として描かれる事が多い。
あ。もしかして玉を7個集めて呼び出したら元の世界に帰れるとかないかな。
そういう話がないか後で色々聞いてみたい。
あったとしてもナメック語だったらどうしよう。
言霊の加護はナメック語も網羅してるのだろうか。
「ハハハっ! やはり異邦人の方はドラゴンに憧れのようなものをお持ちなのですね。簡単には会えませんが実在しますよ。この世界で最強の生物の一角がドラゴン族です」
是非一度この目でみてみたいなぁ。
折角異世界に来たのだから、日本で暮らしていたら絶対に出来ない経験はして帰りたい。
ひとまず、サンキュードラゴン! とだけ祈っておこう。