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紫色に染まる過去と未来3

 子守歌は、四階建ての寮の屋上で寝転がり、夜空を見上げていた。


 後頭部に両手を添えた格好で、何百、何千、何万光年もの距離を隔てたところから、地球へと降り注ぐ、数多もの柔らかな光を見つめていると、水気を吸うことを忘れた硬く乾いた心が、少しだけ柔らかくなったような錯覚を、子守歌は抱くことができた。


 生暖かいコンクリートの熱をシャツ越しに感じながら、風に流れるたなびく雲の間から、零れるような光を放つ星々を望む子守歌。一瞬一瞬、色を微妙に変えるその星々の瞬きは、子守歌にとって世界で一番綺麗なものだと思えた。


 まだ16年しか生きてはいないが、一番美しい存在だと、何故か断言することができた。

 湿気を幾分含んだ風が、寮を取り囲む木々の梢を撫で、子守歌に吹きつける。

 揺れる前髪、揺れる横髪、波打つTシャツにハーフパンツ。


 風の吹く方向へと視線を向けると、屋上を囲む錆びた手すりの向こう側に、レモン島の人工的な光が見えた。蛍光アダプターをつけた、神経細胞内の神経物質を顕微鏡で覗き見ているようで、レモン島に張り巡らされたその黄色い人工的な光に対して、胸に迫る感動をまったく抱けなかった。


 むしろ、そのレモン島に深く根を張った、人工的な光にどこか嫌悪感すら抱く。


 おそらくは、単調で味気ないその人工的な光の向こう側に、大人たちの意思を感じ取り、不快感を抱いてしまうからなのだろう。

 そんなもの抱いてはいけないのに……そんなものを抱くことなど、何一つメリットのないことなのに。

 と思いながら、子守歌は視線をずらし、島を取り囲む、一層深い闇を広げる海へと目を向ける。そして、海上に輝くある人工的な光を目にする。


 それは、ちょうど一週間前まで目にすることができた光。

 島の表面を、網目状に輝かせている緑色の光。

 つまりは、レモン島南西50キロメートルの位置に浮かんでいた、兄弟島であるメロン島の――あの人工的な光を子守歌は目にしたのだ。


 夜の闇に浮かぶ、緑色の光を全身に張り巡らしたその島は、まるで海に浮かぶメロンのように見えた。その島の最も高い位置には、2000年代に初期に建設された東京スカイツリーを模して造られた、名古屋スカイツリーがそびえたっている。


 大地に突き刺さった剣ともメロンの房とも見えるその名古屋スカイツリーは、過去に存在した東京スカイツリーの約二倍の高さを誇り、建設されて100年以上たっているにも関わらず、いまだ、現役で機能している。

 と、ここで、子守歌はある違和感を抱く。


 眼下に広がるレモン島の光、それから、レモン島を取り囲む、一層深い闇を称える海、そして、海に浮かぶメロン島。


 赤い光を一定間隔で明滅させる名古屋スカイツリーの光に、子守歌はゆっくりと手を伸ばし、掴む。

 手を顔の前に持ってゆき、ゆっくりと開くと、赤くぼんやりとした光が、手のひらの上で瞬いていた。名古屋スカイツリーで明滅していた光は消えていた。

 

 その不思議な現象を目にして、子守歌は、今、自分が目にしているすべての光景は夢なのだと理解する。否。それは正しくない。厳密には七日前に見ていた光景を夢の中で回想しているのだ、ということを理解する。


 子守歌の手の上で輝く、淡く滲んだ赤い光は、子守歌の手を離れ、曲線を描きながら空へと昇ってゆく。ゆっくりと、ゆっくりと。やがて、線香花火が地面に落ちたときのように、静かに消えていった。

 

 子守歌が再び、夜空を見上げると、色とりどりの星だけでなく、星雲すらも目にすることができた。

 そのとき、

 流れ星が流れる。

 赤い流れ星。

 それが、星雲を渡る船のように、流れていく。


 目の錯覚なのか、途中、何かに反射するかのように、流れ星は二度ほど、小さく屈折した。

 星雲を渡り切ったときには、

 赤色だった流れ星は、紫色に色を変えていた。

 その色は、アメジストのような、深みある輝きを放っていた。

 

 名古屋スカイツリーの上空に、流れ星の先端がかかってゆく――その直後、

 唐突に、流れ星は鋭角に大きく折れ曲がった。

 かくりと。


 点描ほどの大きさだった流れ星の先端は、次の瞬間には、

 野球ボールほどの大きさになっていた。

 そして――さらに次の瞬間には、


 何千本もの雷を束ねたかのような、光の帯が、

 極太のレーザービームのような、光の帯が、

 圧倒的なエネルギーを蓄えた、紫色の光が、

 メロン島へと伸び、

 メロン島へと到達し、

 メロン島を飲み込んだのだ。

 

 真夜中から、日中へと一瞬で変えてしまうほどの圧倒的な光量が世界を照らしだす。


 夜の闇とともに、光は星の瞬きをも飲み込み、手すりの影が、子守歌の体をすり抜け、後方へと伸びてゆく。風が、木々の梢を震わせ、子守歌の髪を後方へと流した。


 先端が大きく膨らんだ煙が、光源の中心であるメロン島から上空へと伸びてゆく。

 どこまでも、どこまでも。

 やがて、その煙は空のある境界で広がりを見せ、空と地上とを繋ぐ、雲の架け橋を作った。煙はどこまでも広がりを見せ、空のすべてをすっぽりと包んでしまうのではないか、と思えるほどだった。


 鼓膜を突き破るほどの破壊的な轟音が子守歌に届くも、子守歌はメロン島の消えゆく最後の瞬間をぼんやりと見つめていた。


 大人達による裁きの雷。


 その紫色の光は――まだ自分へと下っていない。


 ゆっくりと目を開くと、部屋の窓から零れる陽の光に子守歌は目を細めた。

 ベッドの上で、ファミコンのコントローラーを握ったまま壁にもたれ、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 子守歌は窓際へと行き、外を見つめる。


 寮を取り囲むようにそびえ立つ木々の遥か向こう側に見える灰色の海。そこに浮かんでいた、七日前、いや八日前まで目にすることができたメロン島は、もう目にすることはできない。


 銀色に照り輝く窓枠へと指をかけ、窓を開くと、ひんやりとした、朝のさわやかな風が部屋に入り込んできた。

 その空気の変化を感じ取ったのか、ベッドに突っ伏して眠っていた落葉が、「んん……」とうなりながら目を覚ます。


「子守歌は朝が早いよね。はぁ~あ」欠伸をしながら、落葉は目をこする。「僕はまだ眠いよぉ~、だから、二度寝するね。おやすみなさい」と言い残し、再びベッドに上体をあずけ、すやすやと眠ってしまった。


 張り詰めた日常を忘れさせるほど安らかな、落葉の寝顔を見ていると、夢の残滓によって、どこか魂が切り取られ、震えるほどの恐怖に捉われていた子守歌の顔が自然とほころぶ。


 机に置かれた、フレームに鳩が描かれた置時計のデジタル表示はAM04時40分を示している。


 すでに外では蝉がせわしく鳴き叫び、ブラウン管テレビからはDFⅢの重層的なフィールドミュージックが流れている。

 子守歌はその異質ともいえる音の組み合わせに心を預け、大きく息を吸い、大きく息を吐き出すことで気持ちを整える。


 そして、登校までのあと2時間、もうひと眠りするために、子守歌は落葉に毛布を掛けてあげたのち、ベッドに横になり、静かに目をつぶった。


 ブラウン管テレビに映る勇者は、いまだ、始まりの城から一歩も動いていない。


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