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消えゆく絆と新たな絆-2

 第二グラウンドと第三グラウンドの二つを丸々飲み込んだ、巨大なクレーターを思わせるくぼ地の外縁部に立つ新宿高貴は「今日は実についている」と呟きながら、微笑を浮かべていた。


 新宿の右手には、白色に輝くアルティメットライフルが握られている。従来のライフルよりも銃身が太く、先台下部にもグリップが設置されたそれは、新宿の愛してやまないハンドガンよりも重く、発射するたびに、グリップを握った両腕と右肩に当てた銃床から伝わる衝撃に、毎度圧倒させられる。


 第二グラウンドと第三グラウンドを丸々穿った、このアルティメットライフルと繋がるイオンを通して解き放った三度目の紫色の光の圧倒的な破壊力に、新宿は満足感でいっぱいだった。


「新宿高貴は無意味なことはしない」くぼ地の円周に沿って歩きながら、新宿は呟く。「ふむ、新宿高貴が第一グラウンドに初めて解き放った紫色の光に比べると、今回のは九倍ほど破壊規模が大きかったようだな」


 初めてイオンとの繋がりを身の内に感じ、アルティメットライフルを手にしたのは、秋葉軍団が黒猫をいじめているのを目撃した時だった。


 あの日、先生に呼び出され、帰宅時間が遅くなった新宿は、屋上へと上がり、レモン島全土を見下ろすことで、醜い大人達に従っている自分自身の愚かさを忘れようとした。


 屋上周囲を囲む手すりへと腰を預け、東校を囲む障壁の森の遥か向こう側に見える、灰色に汚れた海から分厚い雲に覆われた空へと視線を移し、眼下の東校を見下ろした。


 下校する東校の生徒は一人、また一人と校門の向こう側へ消え去り、子守歌も消えた。そして、新宿は、子守歌があんぱんを与えた黒猫をいじめる秋葉軍団を目撃する。


 単なる日常の一断面であり、日常の一コマであるその光景に何も感じることなく見下ろす新宿は、秋葉軍団を見つめ、何も言うことが出来ず、ただ茫然と立ち尽くすイオンを目に入れる。


 その時だった。身の内に、震えるほど熱い塊を感じたのは。


 その掻き毟りたくなるほど熱の塊が、第三訓練島でストックしつつも、ずっと消えていた『イオン』という武器なのだ、とすぐに直感した。


 新宿は、バグによって消え、初めて身の内に現れたその熱い塊へと手を伸ばす。


 次の瞬間、新宿の両手には白色の神々しい輝きを放つアルティメットライフルが握られていた。

 ハンドガンをこよなく愛し、7つの武器を収納できる、新宿の真なる力『ストック』の6つまでもハンドガンに当てる新宿にとって、小回りが利きにくく、扱いにくいライフルは嫌いな武器の一つであったものの、何故か、両手に握ったアルティメットライフルは抱きしめたくなるほど愛しく感じられた。


 うっとりするほど滑らかな外面、光が零れ落ちるほど艶やかな白、ハンドガンのように手になじむ感覚が何よりも新宿をうっとりさせた。


 気が付くと、銃床を右肩に押し当て、アルティメットライフルの前後に設置された二つのグリップを握りしめた新宿は、スコープを通して、秋葉軍団に狙いをつけていた。


 屋上から直線距離で50メートルの位置に立つ、秋葉の後頭部がレティクルの中心にくる。右手人差し指にかけたトリガーを絞るだけで、秋葉を殺すことが出来た。


 生々しい呼吸音だけが、その時の新宿のすべてであり、身の内に突如現れたアルティメットライフルで誰かを殺したいという殺人衝動と葛藤すること数秒、新宿は突如、秋葉の後頭部から第一グラウンド中心部へと狙いを変え、トリガーを絞った。


 銃声はなかった。しかし、銃口は跳ね上がり、銃床を通して右肩へとかかったすさまじいまでの衝撃に、新宿は両足で踏ん張りきれず、尻餅をついてしまった。


 あまりのアルティメットライフルの凄まじさに、新宿は声を出して笑った。それから、学生服に付着した砂を払い落としながら立ち上がり、第一グラウンドを見下ろすと、何一つ変化のない第一グラウンドがそこにはあった。


 白色土で覆われた第一グラウンドの中心にアルティメットライフルの照準を定めたのにも関わらず、その場所には銃弾が穿ったであろう穴一つとして見受けられなかった。


 新宿は、アルティメットライフルの銃口が曲がっており、照準がずれてしまったのかと思った。身長180センチ、体重70キログラムの自分をあまりの衝撃のために吹き飛ばすほどの威力を示したにもかかわらず、第一グラウンドに傷一つとして負わすことが出来なかったことから、その可能性が考えられた。


 神々しき輝きを放つ、新宿の心の琴線を震わせたアルティメットライフルが武器としての欠点を抱えていると思った瞬間、アルティメットライフルが突如色あせたものに見えた。


 雨がポツリポツリと降り始め、屋上のコンクリートにシミを描いてゆく。


 そして、新宿は肩を落とし、校舎へと入ろうとした次の瞬間、世界は紫色に染まり、空を覆っていた雲を切り裂き、圧倒的な熱量を持ったあの紫色の光が第一グラウンドへと裁きを落としたのだ。


 強風が夏服をはためかせ、降り始めた雨が突如として止み、紫色の光が消し去った雲間から斜めに射し込む太陽に光が、新宿へと注いだ。


 霧にも似た、舞い上がった粉塵に全身が汚されようとも、笑いが零れ出て止まらなかった。


 アルティメットライフルは何一つとして欠陥はなかった。


 ただ、何故、自分の胸の内に突如として、アルティメットライフルの燃え上がるような叫びが去来したのか、といった疑問はあった。


 紫色の光、第三訓練島、イオンを中心として意識を失っていた西校の生徒6人、現在逃げるように校門を出てゆく秋葉とその仲間達、アスファルトに折れるように倒れているイオン。それらの関係性から、ある一つの可能性に新宿はたどり着く。


 そして、その可能性を確かめるために、あの対馬海岸でイオンの心を乱すために黒猫に銃弾を放ったのだ。


「仮説と検証……三度目のアルティメットライフルの使用によって、新宿高貴はアルティメットライフルをより深く理解することが出来た」


 新宿は、自分のすぐ脇を、糸に操られたマリオネットのように、宙に浮かびながらついてくるイオンに語り掛ける。


 緑色の触手を思わせる光の帯を体周囲に揺らめかせながら、明後日の方向を仰ぎ、瞬き一つすることなく不気味な笑顔を浮かべるその女にどこか気持ち悪さを新宿は感じながらも、その女がアルティメットライフルなのだと思うと、少しだけ好感が抱けた。


「さて、我々はこれから、我々を始末しようとたくらんでいる子守歌を処理しようと思う」聞こえていないと知りつつも、宙に浮かぶイオンへと新宿は語り掛ける。「奴がお前に近づき、お前に気を奪われた一瞬、新宿高貴は第四グラウンドに5か所設置した、ストックに蓄えられていた、我が親愛なる武器達を一斉に奴へと放つ」


 思えば、今日の数学の授業時に、たまたま自分の席から子守歌を見たのが、セブン抹殺計画を決行する後押しとなった。


 教室から見下ろすことが出来る、校門へと続く道を重い足取りで歩いている子守歌を見た当初、殺したはずの人間が蘇った亡霊めいた恐怖を感じざるを得なかった。


 しかし、その思いは数時間後には氷解し、むしろ子守歌が生きていたという事実は微笑ましいことなのだ、と思うようになった。


 ――子守歌はセブンと面会をしたことがある――


 セブン抹殺計画を決行しようにも、阻んでいた障害は、現在のセブンの情報を何一つとして手に入れられなかったことだった。奴が能力者収容施設のどの区画のどれほど地下に収容されているのかは定かではなかった。


 確かにアルティメットライフルの力を用いれば、収容施設丸ごと消し去ることなど容易だろう。だが、もしセブンを消し去ることが出来なかったとしたら、と考えると足踏みをせざるを得なかった。


 そこに、そんな自分を叱咤激励するように、殺したと思っていた、セブンの現在の確かな情報を持つ子守歌が現れたのだ。


「幸運の女神は我々に微笑んでいるよ」新宿はイオンに言う。「ふふ、幸運の女神のようには、君は見えないけど、もしかしたら幸運の女神なのかもしれないな」


 宙に浮かびながら、どこを見ているのかもわからないイオンの右目は赤色に輝いていた。その右目からは赤色の涙が流れ落ち、先ほど放った三度目の紫色の光の反動から、身に着けている純白のワンピースには所々血の斑点が滲んでいる。


「悪かったとは思っているよ。痛かっただろ? でも、紫色の光を放つことは必要なことだったんだ」


 三度目の紫色の光を第二グラウンドへと落としたのは、子守歌をおびき出す以外にも理由があった。過去に一度、第一グラウンドに紫色の光を落としたことがあり、その傷跡は今も残っている。


 新宿はアルティメットライフルのグリップ上部に設置されたノズルを触る。安全ロックでもなく不自然に設置されたそのノズルの機能が威力調節機能だとわかってはいたものの、具体的にノズル1度につき、どれほどの威力が増大されるかまではわからなかった。


 故に、その検証実験を、第一グラウンドに連なる形で存在する第二グラウンドに紫色の光を落とすことで、新宿は確かめようとしたのだ。


「実験は成功したよ、イオン。新宿高貴は君の痛みのおかげで、このアルティメットライフルの性能をより深く理解することが出来た。感謝するよ」


 イオンの体を愛撫するかのように、新宿はアルティメットライフルを優しく撫で上げる。


 今回の実験では、3度分だけノズルをまわし、紫色の光を第二グラウンドへと落とした。


 ノズル1度で解き放った紫色の光は、直径200メートルの第一グラウンドを丸々飲み込むほどの破壊力を示した。


 大方の予想はあった。


 ノズルを3度回すということは、第一グラウンドへと放った時と比べ、三倍ノズルを回すことになる。そこから、ありえないだろうと思いつつも。最も合理的かつ美しいY=a2Xの計算式を新宿は夢想した。


 そして、その夢想は現実のものになる。否、すでに現実として存在していたのだ。


 第二グラウンドに解き放った紫色の光は、連なる形で存在する第一グラウンドだけでなく、第三グラウンドをも飲み込んだ。その規模は直径600メートル。


 その紫色の光によってもたらされた、東校の四分の一を巨大なクレーターが如きくぼ地へと変えてしまうほどの破壊力を目に入れた時、自分が夢想したY=a2X(Yは破壊規模、aはノズルの度数、Xはノズルが1度の時に示した破壊規模を意味する)の最も美しい計算式によって支配されていたアルティメットライフルがより愛しく感じられた。


 さらにアルティメットライフルを支配するその計算式はあることも示していた。


 ノズルは180度存在する。ならば、その破壊規模はレモン島一つをゆうに消し去ることができるものだ、と新宿ははっきりと理解したのだ。


「くくく、先生が東校のこの悲惨な有様を目にしたらなんと思うだろうな」


 大人達が恐怖に震える姿を想像することはこの上なく、新宿にとって気持ちが良いことだった。


 アルティメットライルの威力検証実験の成功。さらに、レモン島表層部を覆っている土層下に存在する金属層を今回の実験で、15メートルほど消し去ったことから、ノズル一度につき5メートルずつ、レモン島地下部に影響を与えることが出来る、といったデーターをも新宿は手に入れた。


 後は、子守歌からセブンが能力者収容施設の地下何メートルに収容されているのかについての情報を手にすることが出来れば、かつて命までも捧げようと思い、心から忠誠を誓ったセブンを、そして、自らの過去の過ちを、このアルティメットライフルによって消し去ることが出来るのだ。


「さあ、この新宿高貴がセブンとなり、世界に新たな秩序をもたらす序曲を共に奏でようではないか、イオン」


 新宿は第四グラウンドに脚を踏み入れた。このグラウンドは各種障害物が乱雑に設置され、あらゆる環境での戦闘適用能力向上を目的とした造りとなっている。


 倒壊した家屋、ピラミッド型のジャングルジム、濁った水が溜まった噴水、枯れた広葉樹、所々穴が開いたフェンス、錆びたドラム缶、地面に電線を落としている電信柱、弾痕とひび割れが目立つコンクリート壁といった物々がゴミ然と第四グラウンドに散らばり、それが訓練での武器となり障害物となり壁となる。


 イオンは今、三つのグラウンドを飲み込んだ、紫色の光によって作られた巨大なくぼ地外周部に浮かんでいる。それを仰ぎ見るような形で、倒れた滑り台の陰に隠れた新宿はストックから取り出したハンドガンを構える。


 フロントサイトとリアサイトの中心を、50メートルほど離れた場所に浮かぶイオンの眉間に合わせる。


 今、新宿の目には、6丁のハンドガンの照準が見えていた。前もってストックから取り出しておいた5丁のハンドガンの照準すべて、イオンの頭部に狙いをつけている。新宿の目に重なるように見えるその光景は、イオンの側頭部に照準を合わせているものもあれば、後頭部に照準を合わせているものもある。はたまた、イオンの赤色に輝く瞳へと照準を合わせているものもある。


 新宿の真なる力である『ストック』は武器を新宿自身に取り込み、出し入れを自由にするだけでなく、切り離された手を動かすように、自分の一部として遠隔操作することも可能だった。


 しかし、


「バグが異常なのだ」と新宿は呟く。


 『バグ』によって消え、『バグ』によって再び現れたアルティメットライフルはそのストックによる遠隔操作能力を有していなかった。


 その確かな理由はわからないが、恐らくは完全なる一体化できていないためなのだろう、と新宿は分析していた。


 空にある何かと、イオンを介して間接的に一体化するがために、イオンという障害物が邪魔となり、不完全な一体化しかできない。故に、手動で扱うしかないアルティメットライフルのその不完全さには、苛立ちを覚えるが、その問題すら、今まであらゆる問題を乗り越えてきたように時間が解決してくれる、と新宿は思っていた。


「さあ、奴が来た」


 武器一つとして持たず、新宿高貴に狙われていることすら頭の片隅にもない愚かな女――子守歌は校門をくぐり、イオンのもとへと歩いてゆく。


 校門から校舎へと一定間隔で明かりを落とす照明の下を通り、右へと曲がった子守歌はグラウンドへと下る階段を下りている。重そうな足取りでゆっくりと歩く子守歌を、照準越しに目にしていた新宿は、どのように子守歌を無力化しようと思案していた。


 イオン周囲に配置された5丁のハンドガンの照準すべて、子守歌へと狙いを定めていた。


 くぼ地外周部を歩く子守歌の目はイオンへと注がれていた。


 イオンと子守歌の距離は、およそ30メートル。


 微かな音すらたてまいと、呼吸音すらぎりぎりまで絞り、第四グラウンドにある数多もの障害物の一つである倒れた滑り台の隙間から、子守歌が完璧に、イオンに意識を集中させるある瞬間を、新宿は待ち続けていた。すでに新宿は子守歌をどのように無力化させるかについての最後の考察を終え、後は6つのトリガーを同時に絞るその時を待ち望んでいた。


 20メートル……10メートル……そして5メートルにまで子守歌がイオンに近づいたその瞬間、子守歌は立ち止まり、イオンを仰ぎながら小さく呟いた。


「イオン……」


 それは子守歌の髪や白衣を微かに揺らす程度の風にさえ、かき消されるほどの小さな声だった。だが、新宿の耳にはエコーで増大されたかのように、はっきりと聞こえていた。


 その子守歌の声は、新宿にとって徒競走のピストルの合図同様だった。


 6つのトリガーは同時に絞られ、


 銃声が轟く。


 銃声が同時に6つ轟く。


 新宿の目には、6つの火花が同時に闇の中で煌めいていた。その煌めきから放たれた6発の過熱した弾丸は、赤色の軌跡を描きながら、子守歌へと伸びてゆく。


 銃声に気が付き、襲い来る銃弾を子守歌は視認しようとしたが、すでに時遅く、まず一発目の銃弾が、子守歌の右わき腹に吸い込まれた。次に右胸、次に左太もも、次に……。


 次々と子守歌に吸い込まれる銃弾の勢いに、子守歌の体は何度となく跳ね、そして、6発の銃弾をすべてその身に受けた子守歌は両ひざをつき、なすすべなく、顔から地面へと倒れた。


「けけけけけけけ」


 新宿は、腹の底からこぼれ出る卑猥な笑いを抑えることが出来なかった。


 まさかこれほどまでにうまくいくとは思ってはいなかった。


 滑り台の隙間から這い出た新宿は、ゆったりとした足取りで子守歌へと近づいてゆく。右手に握ったハンドガンの照準は、子守歌が反撃に出た場合に備え、頭部に狙いを定めていた。


「いやあ~、今日は最高についているよ」


 左手に握ったアルティメットライフルは、右手に握ったハンドガンに比べ、かなりの重量だったが、その不愉快な重みすら自分に運を向けた一要素なのだと思えるほど、新宿の気分は高揚していた。


「お前はバカだよ、子守歌ぁ~」新宿の声は興奮のあまり震えていた。「まざまざと、この新宿高貴に殺されるために、この場に現れたのだからなあ」


「新……宿……何故、お前が……」


 子守歌は地面に伏せていた顔をわずかに上げ、新宿を見据える。砂に汚れ、痛みに歪める子守歌の顔を見て、実に無残な姿だ、と新宿は思った。


「カァ~~~~~~!」新宿は前髪を掻き上げる。「これは参った。子守歌様ともあろうお方が、全くこの新宿高貴の影に気が付くことなく行動していたとはな。は、は、は、ならば、新宿高貴はまさかこれほどまでに愚かなお前を警戒して、身を隠していたと思うと、恥ずかしくなるなぁ」


「ぐっ……」子守歌は撃たれた銃弾の痛みに顔を歪めたようだった。俯せで倒れた子守歌の右太ももからは血が流れ出ており、右脚を覆っている包帯を赤く染め上げてゆく。「教え……てくれ、何故、お前がイオンと共に……いる……んだ」


 新宿は、歯茎をむき出しにして、顔に幾筋もの皺を刻んだ、歪んだ笑みを浮かべる。


 蠢く無数の蟻を無慈悲にプチップチッと踏みつぶすように、自分の前で這いつくばり、必死に生きようと手を伸ばし助けを乞う人間を殺すことが何よりも気持ちがいいことだ、と新宿は認識していた。


 そして、その最高の快感を得るための我慢を、新宿は自らに強いる。


「いいだろう。教えてやろう。新宿高貴がイオンを手に入れたのはただの偶然だった。いや、自らの真なる力がもたらした必然だったのだ」


 新宿高貴は子守歌にイオンを『ストック』に加えた、第三訓練島での出来事を語り始める。


 たまたま、目にした第三訓練島での紫色の光。イオンと共に倒れ、湖岸に浮かぶ、西校の生徒6人。そして、ストックとして蓄えることのできる武器を選別する、自らの真なる力の『武器探知』にその時、偶然にもひっかかったイオン。


 そのどれ一つ欠けても、左手に握っているこのアルティメットライフルは手に入らなかったであろうし、世界を支配しようと行動を起こすまでに至らなかっただろう。


「ならば、新宿……お前は武器探知に引っかかったイオンを武器として取り込んだのか?」


 真なる力を第三者に知られることは何一つメリットがないことである、というのはコピードール共通の認識であるが、新宿は死にゆく子守歌への最後のはなむけとして、自らの真なる力すらも惜しげもなく晒した。


「ああ、だが、どうやらイオンが武器と認識されるのは、空にある何かとイオンが繋がっている時だけらしい」新宿は厚い雲に覆われた空をチラリと見る。その雲の向こう側にある無数の星々と共に浮かぶ、アルティメットライフルを具現化させている何かとは、イオンが負の感情に支配された時しか繋がれない。「新宿高貴にもわからないことはあるのだよ。何故、武器としてイオン自身が取り込まれなかったのか。何故、これほどまでの圧倒的な力を持つイオンはその力を利用しないのか。何故、感情を宿さない操り人形の如き姿にイオンが変わった時だけ、その圧倒的な力が発現するのか……謎ばかりだ。しかし、そんな謎などはどうでもいいのだよ。今、この新宿高貴はアルティメットライフルを介して、空にある何かと繋がっている。その事実だけあれば十分ではないか」


 まるで演説するかのように、新宿は声の限り叫んだ。その叫び声は夜の闇に木霊し、やがて消えた。


 500メートル全力疾走した後のように、興奮のあまり新宿は肩で息をしていたが、妙に清々しい気分だった。


「ならば何故、お前は……その力をセブンのために振るおうとする」


「セブン?」


 新宿は子守歌の口からセブンという名を聞き、一瞬、子守歌が何を言っているのかわからなくなった。だが、次の瞬間、すべてを理解する。そして、あまりのおかしさに、笑いが止まらなくなった。


「げへへへへへへへへへへへへ、がへへへへへへへへへへ、でへへへへへへへへへへ、セブンとは、ぐへへへへ、あのセブン……あのセブンのことを言っているのか?」


 子守歌は何も答えなかった。新宿にとってその沈黙は十分すぎる答えだった。


「子守歌……お前はおかしすぎるよ」笑い過ぎて、子守歌の頭部に照準を定めたハンドガンが小刻みに震えていた。「お前は、この新宿高貴がいつまでも、お前程度に捕えられたウジ虫以下の害虫に、従っているとでも思ったのか?」


「お前は……セブンの……セブンの残党ではないのか?」


「ああ……」新宿は冷めた目で子守歌を見下ろす。蟻を踏み潰すように、トリガーを絞れば、プチッと今すぐに潰せるこの女を殺すのを、新宿は今一度グッと我慢する。最高の瞬間のために。「確かに、新宿高貴は過去にセブンの残党ではあった。奴に心酔し、命すら捧げてもいいと思ったこともあった。だが、その過去は間違いだった、と今では認識している」


 過去の過ちを認め、過去を消し去る行動を起こすことが出来る人間こそが、すべてを支配する王たる資質がある、と新宿は思う。


「奴の掲げる『夢の国』は実に魅力的だった。大人達を抹殺し、コピードールだけの理想郷を作るといったその夢は、閉塞感に打ちのめされ、将来に絶望していた当時の新宿高貴の心を捕えるには十分すぎるほど魅力的なものだった。だが」新宿はガリッと奥歯を噛みしめる。「子守歌! お前程度に捕えられ、レモン島地下深くに収容され、何もできない男に新宿高貴が夢見た世界を実現できると言えるのか!?」


 子守歌は無機質な目で新宿を見据えていた。何を考えているのかわからない、その殺戮者の目をあと少しで葬り去れると思うと、新宿はぞくぞくした。


「だから、この新宿高貴は過去の自らの過ちを消し去り、新たなセブンとなり、世界に、またコピードールすべてに希望の光を再び灯すために立ち上がろうとしているのだ」


「素晴らしい……演説だな」


 無感動に述べる子守歌。


「ああ、だから、力を貸しておくれ」新宿は甘い声を出す。「この新宿高貴がセブンとなるトリガーを引くために、子守歌、お前が知っている情報、つまりはセブンが能力者収容施設の地下何メートルに閉じ込められているのかを教えてほしいんだ」


「何を……するつもりだ」


 ここまで、話をして察することのできない子守歌に新宿は苛立ちを覚える。


「イオンと共にセブンを消し去る」


 わずかな沈黙が流れた。


 新宿は子守歌の答えがイエスかノーかの二択だと思っていた。だが、子守歌は予想外の言葉を述べた。


「ありがとう」


 一瞬、何を言われたのか新宿は分からなかった。バカにされた、と新宿は思った。


「あ・り・が・と・う……だと?」


「ああ、ありがとうだ」


 そう呟く子守歌は両手で地面を押し、上体を起こしてゆく。膝を引き、ゆっくりと立ち上がろうとする。


「お前、この期に及んで、この新宿高貴に逆らうつもりか!?」


「ああ……私は私の信じる道を突き進む。だが、多くのわだかまりや、多くの謎が新宿、お前と話していて全て解けたよ。その感謝の言葉としての『ありがとう』だ」


「ふざけるな! このクソ女がぁ~~~~~~!」


 バカにされた怒りのあまり、新宿は6丁のハンドガンのトリガーを同時に絞った。


 6つの火花ははじけ、新宿が子守歌の額めがけて放った弾丸と同様に、子守歌の四方八方から5発の弾丸が伸びてゆく。


 武器一つ持たず、構えることなくただ立ち尽くす子守歌を、新宿は確実に始末した、と思い歓喜の笑みを浮かべた。だが、次の瞬間、


 新宿が放った6発の弾丸は、子守歌に命中することなくはじき落とされた。


「何!?」


 何が起こったのか新宿にはよくわからなかった。


 新宿が放った6発の弾丸が子守歌に命中する刹那、突如として現れた白銀の軌跡によって弾丸がはじき落とされたのだ。


「何を驚いている?」


「なんだと!」と新宿が叫ぶと同時に、先ほどまで子守歌が持ってはいなかったある物を目にする。


 それは子守歌の右手に握られた、いや、子守歌の白衣の右袖から伸びた、刃渡り二メートルほどの不格好な太刀だった。



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