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壊れてしまった自分-1

 セブンとなった自分にとっての最大の誤算は、従僕と化したイオンが予想以上の力を発揮したことだった。


 右手にグリップを握った、ホワイトメタリックカラーのライフルを左手で優しく撫でる。

 滑らかな側面に走らせた指先は、フレームから先台へと移行し、やがて先台下部に設置されたもう一つのグリップへとたどり着いた。銃床を右肩に押し当て、もう一つのグリップを左手できつく握った自分はライフルを構える。


 スコープを覗き込むと、レティクルごしに見える美しい星空を背景に、緑色の光を全身にまとう少女が、ゆっくりと地上へと下降しているところだった。


 少女の下降に合わせ、銃口も下げてゆく。レティクルの中心は少女の額を捉えていた。しかし、右手人差し指にかけたトリガーは絞られることなく、やがて、自分の従僕と化したイオンは、砂浜に足先をつけると、重力に抗うことなく、肩から砂の上に倒れ込んだ。


 スコープから顔を離し、ゆっくりとした足取りで、自分はイオンのもとへと歩いて行く。

 両手に握りしめた、重さをほとんど感じない、異形のライフルに今は敬意すら払っていた。

 栄養分が乏しい砂浜に生える雑草を踏みつけ、柔く、また不快感すら抱かせる砂の踏み心地すらも、今は楽しめる気分だった。


 途中、自分が撃ち抜いた、黒猫のそばを通り過ぎた。体を小刻みに震わせて、虫の息といった感じだったが、大嫌いな小動物の最後の命の灯を踏み潰すことなく、素通りできるほどの寛大さを今は持ち合わせていたことに、自分の変化を感じた。


 両手で握りしめたライフルが自分の何かを変えた。

 『ストック』と『バグ』。いや、『ストック』したがために偶然発生した『バグ』によって、自分は大人たちをも超越する力を手に入れたのだ。


 自分の足元で、横向きに倒れているイオンを見下ろす。海風が運ぶ砂で、露出した肌は汚れ、白色だったワンピースは、裂けた皮膚から滲み出た血で色を変えている。正直、無残な姿だ、と思った。

 しかし反面、あれほどまでに圧倒的な真なる力を用いながらも、この程度の代償ならば安すぎる、とも思った。


 くの字型に倒れるイオンの背後へと視線を向ける。その視線の先には漂着物がゴミのように、数分前まで山積していたのだが、今では、直径100メートルほどの巨大なクレーターの如き大穴が開いている。波が寄せては引くたびに、その大穴へと海水が流れ込み、砂浜の形状を少しずつ変えていっている。


 口内は苦みを伴った唾液が溢れ、気持ち悪さを感じたので、即座に唾を吐き捨てた。緊張感を伴った恐怖感に胸の奥を締め付けられ、それを消し去ろうと、左手でライフルの側面を何度も何度も撫でた。

 三往復、四往復と艶やかなライフル側面を大きく撫で、五往復目に引き金上部に存在する円形のツマミに指先が触れた。


 安全装置とは違う、金庫のダイヤルに似た形状をしたそのツマミの機能が何なのかについて予想はしていた。しかし、180度回転させることができるそのツマミを、ただ数度回しただけでこれほどまでの威力を発揮するとは予想すらしていなかった。もしも自分が不用意にもツマミを数十度回してしまっていたのなら、従僕から数百メートル離れた、旧時代の遺物の影に隠れていた自分をも紫色の光が巻き込んでいたかもしれない。いや、たった数度回した今回の実験ですら、もしかしたら、自分をも巻き込んでいたのかもしれない。


 紫色の光によって作られた大穴内部に、渦を巻くように溜まってゆく海水を見つめながら、らしくもなく憎き子守歌に感謝をした。

「東校の生徒は仲間だったな。仲間である自分(セブン)を救ってくれてありがとう。感謝をするよ、子守歌」

 紫色の光に両の手を伸ばし受け止めた子守歌への感謝の言葉を言った自分がおかしくて、つい笑ってしまった。


 大穴へと流れ込む海水の音と、海風の音に混じり、自分の笑い声が夜の闇に木霊する。

 正直、おかしすぎて、おなかが痛くなった。

 うまくいきすぎて、笑いが止まらなかった。


 過去二度、イオンが解き放った紫色の光から、発動条件の大方は予想できていた。

 ――負の感情の爆発――。


 怒り、悲しみ、憎しみなどの負の感情がある臨界点を超えたとき、安全装置のように制御がかかっているイオンの隠された真なる力が突如発動するのだと、自分は仮説を立てていた。


 仮説には検証を、検証には実験が必要とされる。


 そのための機会を自分は探していた。イオンの動向を逐一追跡し、しかるべき機会、しかるべき場所で、三度目のイオンが解き放つ紫色の光、自分が解き放つ二度目の紫色の光が求められた。

 それがまさに数分前に到来したのだ。


 躊躇はしなかった。


 自分の心を引き付けてやまないハンドガンで、黒猫を撃ち抜き、イオンの心へと負の感情というドス黒い液体を流し込む。それによって、イオンは、イオン自身ですら気がついていない、島一つをゆうに消し去ることのできるほど圧倒的な真なる力を発動させた。


 その瞬間、自分は胸の奥に熱い『バグ』を感じた。

 イオンの真なる力の発動に伴い、自分は再び胸の奥に、掻き毟りたくなるほど熱い『バグ』を感じることができた。


 七つの武器を収納できる、自分の真なる力――『ストック』。その『ストック』の一つに収納されながらも、消えてしまっていた『イオン』という武器の脈打つ鼓動を胸の奥に感じたのだ。


 そして、自分は『バグ』によって消え去っていたライフルを『ストック』から取り出し、照準を憎き子守歌に合わせ、躊躇なくトリガーを絞った。


 イオンの破壊的な真なる力と繋がる、この愛すべきライフルによって狙われた子守歌は、空からの降り注いだ裁きの光によって、安々と葬り去られた。


 今、自分は身震いするほどの確信を得ている。

 この『アルティメットライフル』あれば、大人たちの世界を消し去ることができると。


 両腕で抱きしめたアルティメットライフルから白く淡い光が零れ出す。銃口から銃身へとその光は広がってゆく。

 イオンと空に存在する何かとの繋がり薄れ、最強の武器であるこのアルティメットライフルもまた消えゆこうとしている。


 ライフルから零れる淡い光は、やがて、銃床にまで達し、次の瞬間、自分の両腕から砂が零れ落ちるかのように、光が流れ落ちた。アルティメットライフルは再び自分のもとから去っていってしまった。

 美しくも神々しい白のフォルムをしたアルティメットライフルの感触を確かめるように、両手を何度か握りしめ、自分は空へと視線を移す。


 無数の星が輝くこの空に、イオンの真なる力と関係する何かが存在している。それが何なのかは自分にはわからない。ただ、遥か上空から見下ろし、すべてを射程圏内に入れた空に存在する何かがアルティメットライフルなのだと思うと、美しいと感じたことのない星空に、少しだけ好感が持てた自分がいた。


 視線を足元に倒れたイオンへと移す。相変わらず身動き一つしない。

 儚く、また脆く、骨と皮しかなそうなほどやせ細ったこの少女をこのまま放っておくことも、お気に入りのハンドガンで今すぐに殺すこともできた。


 しかし、自分はどちらも選択をしなかった。


 空に存在する何かと、自分のアルティメットライフルを繋げる架け橋として存在しているこの少女(イオン)は、今の自分にとっては大切な存在だ。

 だから、生かす。


 セブンとなった自分は、少女を両腕で抱きかかえた。

 アルティメットライフルに比べ、今抱きかかえている少女は、なんと汚らしく、また不格好で、重いのだろうか、と思いながら自分は歩き出す。


「さてどうしようか」砂浜の勾配を上り終えた自分は背後に振り向きながら呟く。大穴には海水がすでに満たされており、対馬海岸の形状は変わり果てていた。「セブンは二人も必要ない。ならば、子守歌程度に捕えられた偽りのセブンは処分されるべきはず。それなら……」


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