その本の(恋愛)
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がたんごとん、電車が揺れる。
斜め前に座る君が、はらりと頁をめくった。
一昨日、運よく正面に座れた時に背表紙は確認済み。
タイトルも作者名も分かった。
昨日、図書館で全部読んだから、どんな話なのかは分かってる。
横から見る頁の厚さで、どの辺りをを読んでるかも。
伏せた瞼の端に、きらり水滴が光る。
ああ、そうそう、そこ悲しいよね。僕も泣いたから、よく分かる。
本当はいつか語り合いたい。
誰の登場シーンが格好良くて、どの国が最後まで踏ん張って、どんなに胸が熱くなったか。
いつか。いや、今か?
今ならそっとハンカチを取り出して、さり気なく……
……とか考えてる間に、気付けば扉が閉まって見慣れた駅名の看板が後ろに遠ざかる。
正面にいたはずの君もいつの間にかいないし。
ああ、もうちょい早く決心できれば良いのに。
あのお話の英雄のような勇気が欲しい。
英雄なんかとは程遠い僕は、ため息をつきつつ電車を降り、とぼとぼ折り返しのホームに向かうのだった。
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2018/02/06(水)(初出) ジャンル:恋愛