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あの頃すごく(ヒューマンドラマ)
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年甲斐もなく食べ歩きなんてしなきゃ良かった。
あの頃すごく憧れてたの。
下品ね、って吐き捨てたお義母様に合わせて頷いた。
本当はわたくしも、クレープを食べながら派手な街を歩きたかったの。
何度も謝ってハンケチで拭っても、クリーム塗れのシャツにはシミがついたまま。
他人様のお召し物になんてことを。
泣きそうな気持ちで顔も上げられなかった。
「大丈夫、洗えば落ちるからさ」
優しい声が、頭上から降り注ぐ。
見下ろす温かな視線と目が合った。
クレープを食べて見たかった。
流行りのミニスカートをはいて、街を歩きたかった。
結婚前に、こんな男の子と逢引だってしてみたかったわ。
どきん、と胸が高鳴りかける。
微笑んだまま彼は、私の手をそっと振りほどいた。
「今度から足元には気を付けてね、お婆ちゃん」
何よりも、悪意のないことが辛かった。
はらり、額から銀色の髪が一筋、ほつれて目の前にかかる。
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2018/01/29(火) ジャンル:ヒューマンドラマ