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ナミダ忘れて異世界舞踏  作者: 岩崎月高
第一章『会うは世界の始め』
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第一章7『人形』

「あれが神の使いか……?」


「うん。たぶんそうだよー」


「たぶん?」


「だって実際見るのは初めてだもん」


 内緒話をするような小さな声。沈んで行く太陽の光から隠れるように、俺とさつきは家の陰から顔だけ出していた。ドラマとかでよく見るあれだ。

 もちろん、敵に気付かれないために。『神の使い』とかいう人形。そんな大層な名前なので、恐ろしい化物を想像していたのだけれど。


「なんかかわいいな」


「だねー」


 二頭身くらいのゆるキャラみたいなのがいた。顔から足の先まで黒い。だが全体的に少し赤みがかかっているようだ。

 人形というよりはぬいぐるみっぽい。不自然に大きい顔には、マルとバツだけで簡易的に作られたような表情。

 なんかかわいい。


「けどこいつが、さっきのやつをやったんだよな」


「うん、間違いないねー。凄く匂うしー」


「……その能力めっちゃ役立つけどめっちゃ怖いな…………」


 さつきは血の匂いを遠くから判断できるらしい。意味のわからない能力だ。怖い。

 だけど今回は、それのおかげでここに来ることができた。でも怖い。


「……まあ、行くか」


「がんばってねー」


「やばくなったら助けてくれよ?」


「うん。さっきの魔法ですっごく疲れてて、もう眠いんだけどねー。がんばってねー」


「すっごく不安だ!」


 まあとにかく行くしかない。とりあえず話ができるかどうか。

 隠れていた家の陰から離れて、少しずつ距離を詰める。広い道の真ん中に一人というか、一匹というか、どちらにせよ、立ち尽くしている生物に近づいていく。


 土を踏む音に気づいたのか、人形が振り返った。そして


「ぐっ!」


 人形は、ぶらりと垂れていた小さい両腕を俺に向け、何も声を発することなく、突如その小さな掌から炎を放ってきた。魔法だ。

 人の頭程の火の玉が、まるで思いっきり投げられたように飛んでくる。


 ジリっ、と高温の物質が通りすぎた。ギリギリでかわしたが、顔の横を掠った。熱い。熱が確かに伝わってくる。

 ちらりと振り返ると、火の玉がさつきにあっさりと消火されるのが見えた。何をしたのかは、はっきりとは見えなかったけど。 


 とにかく目の前の脅威に集中しなくては。さっきのはドッジボールみたいな大きさで速さで。だからこそかわせたが。


「それなら顔面は反則だ! っ!」


 躊躇なく次々に攻撃は続く。またも顔面に飛んできた炎をかわせば、次は肩、腹と狙いを変えて。

 これではかわし続けることは不可能だ。たとえプロボクサーであろうとも、無限に絶え間なくぶちこまれては。

 第一、俺にボクシング経験はないし。


「っあ!」


 足を狙われ態勢を崩したところで、左肩に直撃。浴衣が燃える。一瞬で火柱が建つ。痛い! 熱い!

 あまりの衝撃に背中から倒れた。

 これでは会話どころではない!


「さつき!」


「情けないなー。まあいいけど」


 倒れた目線の先、後方から砂煙を巻き上げてさつきが跳ぶ。地面すれすれを、身体を地面と平行にして、文字通り飛ぶように。

 そして強い風を引き連れて、俺の横で着地した。金の髪が舞う。


「じゃあ私がやっちゃうよー」


 俺の燃えていた左肩は、さつきが触れて。ただそれだけで炎は嘘のように消えた。

 顔を覗きこんでくるさつきは、笑いながら声を放つと。俺の前へと、人形の方へと歩んで、ふわりと地面からほんの少しだけ浮かんだ。


「行くよー! 蓮の花!」


 広げた彼女の両手から、手のひらサイズの薄いピンク色の花がいくつも出現して、空に漂っていく。

 おそらく彼女が言った通り、蓮の花みたいなものなんだろう。空に浮かんでいる時点で、本物の花ではないのは明らかだが。つまりもちろんこれも魔法なんだろうけど。

 

「それで勝てるのかよ!」


 バトルでは頼れ無さそうだ。鑑賞用には良さそうだけど。


「今はこれしか出せないんだもん、しょーがないじゃーん」


「後ろ見るな前、前!」


「でも大丈夫!」


 さつきは敵に背を向けたまま、不適に笑う。そこに当然飛んでくる火の玉。同時に六つ、上や下、横からと命を奪いにくる凶弾が、加速しながらさつきに直撃!

 ……する前に爆発した。


「な!」


「この程度の攻撃なら、私が本気を出せなくたって負けるわけないよー」


「フラグ建てすぎだ……」


 でも本当に大丈夫かもしれない。そう安心してしまってもいいくらい、さつきは次元が違うようだ。

 先程現れた花が、自動操縦のように自ら火の玉へとぶつかっていき、炎だけを消し去っていた。

 浮かんでいる花が六つ、くるくると回っている。


「これも水魔法の一種でねー。花から水が出るんだよー。ほら、超かわいくない?」


「……その萌えポイントはよくわかんないけど、頼もしいな。だから、早く頼むよ」


「はーい」


 くるりとさつきが回って、人形を見つめる。

 攻撃を当てても防がれても、何の反応もなく、ただずっとこちらを捉えている、不気味な人形。

 早く行動不能にした方が良さそうだ。


「でもなー、負ける要素がないのもつまらないんだけどー。ま、いっか。えい!」


 突きだされた右手に呼応するように、花が回転。ドリルのような回転音が鳴り響く。嘘みたいな光景だが、もう慣れたものだ。

 そうして花から高圧なのだろう、勢いよく水が噴出された。先程から変わることなく続いている火炎と衝突。相殺。互いに消失。

 

 そんな喧騒の中、ふわふわと漂いながら、ゆっくりとさつきは距離を詰めていく。さつきの右手が青白く光っている。


「ふっふっふ。私があなたに本当の攻撃を教えてあげようー」


「おい、殺すなよ!」


「分かってるってー」


 慌てて声をかけたが、ちゃんと冷静ではあるようだ。殺さない程度にしてもらわなければ、話を聞けない。

 話せるかも怪しいんだけど、まだ可能性はあるはずだ。


「とう!」


 振りかざした右手。人形へと、風を裂いて襲いかかる。きっと俺なんかが喰らったら、骨が折れるどころでは済まないだろう手刀。

 頭部へと突き刺さるように思われたそれは、しかし思わぬ形で止まった。


「いったーい!」


 巨大な人形、さっきまでいなかったはずの俺の倍はありそうなくらい大きな人形。そんな化け物が地面から出てきて、突如さつきに覆い被さった。

 それはまるで、今までいた人形の影から伸びてきたみたいな登場のしかたで。

 悪夢で、心臓が潰されるような嫌な瞬間で。時が止まったようだった。


 さつきの腕が握り潰された。


「さつき!」


 三メートルはあるだろう巨大な人形の、巨大な手。それが、さつきの振り下ろした右腕を握り潰した。

 硬い物が砕けるような轟音。見れば、さつきの腕がありえない方向に折られて、ぷらりと力なく垂れていた。


 それでもさつきは笑っている。


「ふふふふ。面白いなー。ちょっとびっくりしたよっ!」


 さつきは左手の指を複雑に動かす。それだけで六つの蓮の花が、激しく回転しながら人形に襲いかかった。

 

「喰らえ!」


「…………」 


 効いてない……!

 花は確かに直撃した。まるでチェーンソーみたいなもののはずだ。体が千切れてもおかしくなさそうなのに。

 傷一つ、ついていないようだった。あのさつきの攻撃なのに。


「っ! さつき!」


「いやー負けちゃったねー…っ」


 折られた右腕を握られて、さつきは抵抗できずに持ち上げられる。笑顔で俺を見つめていた。

 そんなさつきの腹にめり込む拳。たった一発、だけど大砲のように強烈な一撃であるのには間違いない。

 色々な物を吐き出して、さつきは動かなくなった。


「やめろぉぉ!」


 何もできないで、見てるだけの自分の中で何かが弾けた。土を蹴る。走る。

 人を殴ったこともないけれど、とにかく夢中で訳もわからず、拳を突きだした。



 …………ポス。



 情けない音。いくら殴っても何も変わらなかった。化け物の足に、いくら俺が攻撃したところで、何も変わらない。変わるはずがない。

 力なんてないことは分かっていた。どうせ無理なんだって分かっていたけど。

 本当に、こんなところでも望みが叶わないなんて思いたくなかった……!


 せっかく助けて助かった命なのに……


 何もできない俺はここにいないように、目の前で悪夢が続く。

 さつきが気絶したまま地面に思いっきり叩きつけられて、顔から血を流して、そして……


 そして、やっぱり動けないまま壁に投げられ、ぐちゃりと倒れた。


「ああああああああああああ!」


 殴って殴って殴って殴って殴って。

 蹴って蹴って蹴って蹴って蹴って。


 だけど何をやっても、どうしたって何一つ変わらなくて。

 叫んだって、足掻いたって、もがいたって暗い現実が塞いでいて。


「………………?」


「っあぁぁあ!」 


 暴れていた俺は軽く指だけで摘ままれて、体が浮かぶ。そして持ち上げられた俺の、指が、腕が、足が。遊ばれるように一本ずつ折られていく。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 ………………あぁ、俺はここで死ぬんだ。せっかくさつきに逢えたのに。やっとここから上手くいくんだって思えたのに。


 天国に行ったら、みんなに会えるかな…………


「そこまでよ」


 遠くなる意識の中、冷たい風のような声がした。


 永遠に続くかと思われた、新しく増え続ける痛みが消える。すでに刻まれた痛みはそのままだけど。

 でも、まだ死んでいない。


 見たこともない、黒髪の少女に抱き抱えられて、俺は命を繋ぎ止めていた。

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