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ナミダ忘れて異世界舞踏  作者: 岩崎月高
第一章『会うは世界の始め』
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第一章2『美少女に会いに行こう』

「なんすか、イセカイショウカンって」


「え、分かんないの? 異世界人なのに?」


 何も知らないといった表情で、赤髪の男はそう口にした。

 もしかしたら『異世界人は異世界を考えるか』とは一種の哲学なのかもしれない。新しい哲学、発見しちゃった。

 いや、そもそもこの世界からしたら、俺が異世界人側なのか。よく分からないな。

 あぁ、やばい。世界がゲシュタルト崩壊しそう。


「いやでも俺、実際に来ちゃったじゃん」


 空想は空想ではなくなった。妄想に逃避したら現実になってしまった。らしい。自分が小説の主人公なのかと疑ってしまうくらいの奇跡だ。


「俺が主人公な訳、ないけどな」


「何さっきから、ぼそぼそ言ってるんすか?」


 置いてけぼりにされていた、赤髪の男が口を開く。


「ああ、わりぃ……って、あれ? 人数減ってね?」


「まあ他に楽しそうなことでもあったんじゃないすか? 皆、いい加減飽きてきたんすよ」


「……結構厳しいな、異世界」


 気づけば、目の前にいるのは赤髪の男、一人だけだ。薄情な人たちである。まあ、突如現れた不審者の話を聞くだけ、優しいと言えるか。


「まあいいや。せっかくの異世界だし、なんか楽しもうかな」


 まだ異世界という確固たる証拠を見ていないのも気がかり。魔法とか、あるんだったら早く見てみたい。そして何より


「早く美少女に会いてぇな」


 異世界に来て、絡んだのはチャラい男ばかり。がっかりを通り越してうんざり、うんざりを過ぎ去ってがっかりだ。

 異世界と言えば、すなわち美少女。どんな異世界であろうと変わらない、不変の事実がそこにある。

 もはや、異世界の存在意義が美少女であり、美少女による美少女のための美……


「かわいい娘に会いたいんすか?」


「ん、ああ。そりゃもちろん。きっと、かわいい娘に会うために、俺は召喚されたんだからな」


「ふーん。まあ、それなら心当たりがありますよ!」


 呟きに反応した男は、どや顔でサムズアップ。「その笑顔百円!」とでも言いながら、殴りたくなるいい笑顔だ。

 だが、美少女となると途端に有能化するのは、どういうことだろう? てきぱきと動き始める。


「なんかツテがあるのか!?」


「そりゃあこの国なら一人しかいませんからね」


「えっ! 美少女一人しかいないのか?」


 夢のハーレムが一瞬で崩壊。一人しかいないとか、それはもはや異世界じゃないぞ……。

 いやその前に、出逢った美少女と必ず良い関係になれるとは限らない。敵になってしまうことだってあるのだ。攻略は困難を極めることもある。だから、多いに越したことはない。

 持ち合わせの知識(アニメやラノベからの知識のみだが)で、ここまでを一瞬で考えた。


「いやいや、そういうことじゃないっすよ。すぐに会えるのが一人だけってことっす」


「あ、そうなんだ。なんだよ。でもなぁ、すぐ会えるってのもなんかやだなぁ」


 すぐ会えるアイドル、すぐ会える美少女。とても軽そうだ。一人だけってのがまた、印象が悪い。遊び慣れでもしているのか。


「いいじゃないすか、すぐ会えるの。でも会えると言っても個別で会う訳じゃないっすよ」


「ん? どういうこと?」


「その娘は踊り子なんすよ。だから彼女のショーを見に行こうってことっす」


「なんだよ、それを早く言え」


 踊り子とは、踊る人のことだ。赤髪によると、その子は踊りが上手いこともあるが、圧倒的なかわいさによって人気を確立しているらしい。

 というかこいつ、さっきから説明するのが遅くないか? 俺が早とちりしてる訳ではないと思う。


「本当、めちゃくちゃかわいいんですよ! いやーヤバいっすね。やばい」


 よっぽど思い入れがあるのか、元はかなり細い目を、大きく見開いて、大量の唾を吐き出しながら熱弁する。

 そんな大量の唾も、暑苦しい言葉も視線も、俺一人だけが浴びていた。


「……落ち着け」


「そう! ケツなんてもちもちですよ! 見たことないっすけど!」


「お前はどんな耳してんだよ!」


 落ち着けを、もちケツに聞き間違えたようだ。きっと耳が亜空間にでも繋がっているのだろう。


「いや、ほんと、十五歳とは思えないぐらい見事なスタイルでしてね! ふひひ、ぐへ」


「……十五歳は犯罪だろ。異世界には警察とかいないのか? というか、リアルでそんな気持ち悪い笑い方するやつは初めて見たぞ」


 警察はいないなら、衛兵とか。和の風が吹くこの世界なら、奉行の方が似合うだろうか。

 もしいるのなら、よだれを垂らしている、この赤髪の変態を早く捕まえるべきである。きっといつか、遠くない未来、大変なことをやらかす。


「まあ、分かった。その娘のショーを見てみよう。イベントフラグは逃さない方が良さそうだ」


「よし、来た! じゃあ早速、イキましょう!」


「……なんで、『行き』が片仮名になってるんだとか、つっこまないからな。そんなことより聞きたいことがある」


「なんすか?」


 明らかに一回溜めを作ったこいつは、本格的に危険なやつだ。だがまあ、こいつがいなかったら、何も分からず、途方に暮れていたのも事実ではある。


「名前、聞いてなかった。教えてくれ」


「俺すか? 別に名乗るようなもんじゃねぇ。赤石(あかいし)っす。赤の赤に、石の石っす」


「思いっきり名乗ってんじゃねぇか」


 『名乗るもんじゃねぇ』を異世界で口にする者に出会うとは。そして、赤石の漢字の説明は、逆に分かりづらさを呼んでいる。説明がないほうがいい。

 だが気になるのはそこではない。やはり日本人風な名前だということだ。もう一々驚きはしないが、異世界感がなさ過ぎる。皆無に近い。

 

「で、そっちも名乗ってくださいよ。気になります」


「そうか? そんなに言うなら教えてやっても、いいぞ?」


「じゃあ、いいっす」


「いいのかよ!?」


 調子に乗りすぎたようだ。先程実感した、世界を跨いでも変わらない人の厳しさ。

 厳密に言えば、厳しさの質というか色というか、なんとも言えない違いがあるんだけど。それはどうやら赤石も例外ではないらしい。


「わりぃって。俺は夢望(ユメノゾミ)だ。夢の夢に、望むの望」


「分かりづらいっすね」 


「お前が言ったんだよね!?」


「それに言いづらい」


「それはそう思うけど、確かに自覚はあるけれど、そんなに素直に言っちゃうの!? 歯に衣着せろよ! 着せてあげろ!」


 十七年という期間が長いか短いかは分からないが、それだけの時間を、夢望という名字で生きてきたのだ。

 良くない点も、勿論分かっている。決して噛むような言葉ではないが、言うと口が疲れるのだ。

 だから大抵の人は名前で呼ぶか、夢や望など、あだ名のような感じで、俺を呼んでいた。


「ユメボウでいいすか?」 


「なぜ望だけ音読み!? 卑猥な響きな気がするからやめろ!」


 初めての呼ばれ方だった。いや、音読みをされたこと自体は、あることにはある。あんまり、いい思い出ではない。

 だが、ユメボウも中々嫌だ。かなり嫌だ。英語にすると、ドリームスティック。卑猥さは減ったが、完全に魔法少女のそれだ。やっぱり駄目だ。


「もういいから名前で呼んでくれ。勇気(ユウキ)だ。ただのユウキでいい」


「分かりました、ユウキさん! 了解っす、ユウキさん!」


 漢字を伝えることは諦めた。別に漢字など知らなくても、何一つ問題はないのだからいいだろう。


「やっと普通になったな。じゃあ行こう」


「了解っす! こっちっすよ」


 手を、くいっくいっと動かす赤石。挑発するときに使うそれ。だが、人懐っこい笑顔を常に浮かべている赤石のこと。そんなつもりはないのだろう。


「ああ、でももうひとついいか」


「なんすか? うんこすか?」


「何でもかんでもストレートに言うな! まあでも実際、それもあるんだが」


 こんな他愛のない会話のやり取りしかしていないが、召喚されてから三十分は経っている。

 朝起きたばかりの俺はまだ、いつもの習慣、洗顔やトイレなどの用事を済ませていない。そしてもう一つ。


「腹へったんだよ」


 確かな腹の虫が、存在をアピールするように、獰猛に鳴いていた。


 * *  *


「いやー意外、意外」 


「何がすか?」


「コンビニあるんだなーと思ってな」


「まあ、コンビニはどこにだってありますよ。どこにだってあるからコンビニっす」


 おにぎりを頬張りながら、俺と赤石は細い道を歩いている。二人で横に並んでいるだけで、人が通る隙間が無くなってしまうほどに狭い道だ。

 赤石の話では、これが近道ということ。住宅が密集しているので、狭いのはしょうがないと。

 まあ、別に不便ということはない。人にはほとんど会わないし。


 召喚された地点から、ほんの少し、カップラーメンができるぐらいの時間を歩いた先に、コンビニはあった。

 コンビニまでの道には、やはり浴衣姿で、色とりどりの髪の人々と、木造の建物が並んで。

 そう言えば、多色過ぎるくらいの髪色にも関わらず、黒髪は自分の他には誰もいない。そんなことは、異世界ならありそうなんだけど。


 コンビニと言っても、本場日本のものとは当然異なる。木造建築で、見た目は駄菓子屋に近い。

 看板にでかでかと、『コンビニ!』と書かれていなければ、分からなかった。『コンビニ?』とでも書いた方が似合ってるとは思うけど。


 置いてあるものも食品が中心、いや食品しかない。だが食品だけなせいか、おかしいくらい品数は豊富だった。

 おにぎり、梅干し、明太子、卵、野菜……。漬け物や刺身まである(何の刺身か、何の漬け物かは不明)。

 そして、電球ではない、何か光る石が、食品の保存や店内照明の役割を果たしていた。

 トイレがあったのも、良かった。和式トイレだったが。


 そんな訳で二人、おにぎりを食べながら歩いているのだ。


「けっこうおいしいな、これ。海苔がパリパリで、米もちゃんとしてるし、梅干しもおいしい」


「誰に解説してるんすか?」


「食レポと言え。異世界でこんなの食べれるとは思わなかったから、感動してんだよ」


「ら抜き言葉」


「異世界でも注意されるの!?」


「あ、着きましたよ」 


「無視!?」


 見れば、正面に人だかりができている。広場のような場所、木が何本か生え、小鳥が鳴いて。

 ここがショー会場らしい。だけどまだ、ショーは始まってはいないようだ。主役が来ていない。


「ショーて言うからなんか、ステージでもあるのかと……」


「プロだったらそうなんすけどね」


「プロじゃないのか?」


「十五歳は年齢違反っすからね」


「やっぱりお前は捕まらなきゃ駄目じゃないだろうか」


 年齢違反な女の子を見に来るのは大丈夫なのだろうか。だが、それを言えばここにいる老若男女、いや比率的には老若男男男女も含まれてしまう。

 俺も含めて三十人程同時逮捕になるのだし、この世界では大丈夫なのだろう。異世界の常識を、早いところ覚えた方が良さそうだ。

 そんなことを考えていると、いきなり隣の変態(あかいし)が叫びだした。


「あ、あー! さつきちゃーん!」


「あ、なんなんだ!? いきなりおま……」 


 火がついたように盛り上がった観衆。歓喜の声が上がり、騒動が起こったような拍手喝采。

 人々の見上げる木の上に、少女がいた。思わずその美しさに、声を失ってしまう程の、美少女が。


「みんなーお待たせー!」


 肩までの短さの金髪と、踊るためだろうか、下半身の部分がチャイナドレスのように切れ込みが入った桃色の浴衣が、ふわりと風に乗って広がる。そして軽やかに着地。

 着地する瞬間、細長い白い脚の先に一際白いものが、見えた。


「さつきちゃんでーす!」


 上半身も切られた浴衣は、ノースリーブのように、肩も腋も丸出しにしている。ここまでいけば浴衣と言っていいのか微妙だが、とにかく美しい身体を見ることができれば、何でもありって感じだ。

 強調された胸と、綺麗な青い瞳。あどけなさが残るが、それ故の完璧なかわいさ。そのため


「さつきちゃーん! うおー!」


 一瞬で、俺がファンになってしまったのも、しょうがないとは思う。


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