第一章1『おはよう異世界』
……意識が徐々にはっきりしてくる。朝か。閉じた目蓋の上から光を感じて、目を開けた。
「んー、いい朝だぁ……って、うぇっ!」
「あ、起きた」
「ふぇっ!」
大きく伸びをして、ゆっくりと目を開けたそこには見知らぬ人々、見知らぬ景色。
何が、起きてるんだ……!? 動揺して二回も変な声が出てしまった。
「だ、誰だよ、お前ら! 何事!?」
かごめかごめでもするように、目を輝かせる大勢の人に囲まれていた。
異様な光景。さらに不思議なことに、全員が浴衣着用。そして、髪がめちゃくちゃカラフル。
赤、青、黄は当然のように。緑、紫、ピンク、オレンジ、茶なんてのもいる。いや、茶は普通か。
どうやらここは大きな道の真ん中らしい。道に沿うように木造の背の低い建物が並んでいる。
よく俺はこんな場所で寝ていられたものだ、と思う。しかも直立して。
……ところで、さっきから騒々しく、声が飛び交っているのだが。何がなんだか分からない、全く聞き取れない。
「ちょっ待て! 一回落ち着け!」
すっ、と一瞬で静まった。優等生だ、ありがたい。
そして距離を取っていく。さっきまで隙間もない程に詰められていたから、それもありがたい。
だが、多くの人は散っていって戻ってこない。もう興味をなくしたのか、ぞろぞろといなくなってしまった。
それはそれで悲しいんだけど……
でも一応、十人は残ってくれた。全員男だけど……
「えーと、ありがとう。ちょっと質問していいか?」
「いいっすよー。何でも聞いてくれっす」
「わー、めちゃフレンドリー」
初対面なのに、何故だろう? やけに馴れ馴れしい。だが、どこかで会った記憶はない。
このようなパリピたちとは、違う世界を生きている自信がある。こんな、色とりどりに髪を染めたやつらとは。
「何言ってんすか、別に普通っすよ?」
「そうだそうだ!」
「仲良しはいいことじゃん」
「そうだそうだ!」
「……ああもう! 分かった、分かった。普通でいいから一度に喋るな! 先頭の赤いの以外は喋るな! 分かんなくなる」
「…………」
「返事はしろよ!」
「うぃ!」
右端一番前の赤髪、赤い浴衣の、いかにも目に悪そうな色の若い男を指定。若いと言っても、高校生の自分よりは歳上だろうけど。
しかし、歳上だとしても凄く素直で、下から物を言うのだと分かったから。
俺は、上から物を言ってやることにしたのだ。
「まず、ここはどこだ?」
「そんなことも知らないっすか?」
……煽っているのだろうか? 下から物を言うとはなんだったのか。
純粋な瞳だが、かなり苛々させる顔、聞き方。小さな子供が生意気を言っているよう。
「起きたら、いつの間にかいた場所なんて知るかよ!」
「なんもわかんないんすか?」
「ああ! ん、待てよ。知らないで来たとしたら最高にやばいか」
事の不自然さ、危険度に俺は気づいた。顎に手を当て考える。
……ない頭でいくら考えても分からなかった。
「ああ、わかんねぇ! ここどこ!? 東京だと助かるけど」
「合ってる合ってる。正に、正真正銘、絶体絶命、東京っす」
「ああ違うよな、東京はこんな場所じゃない……って、はぁ?」
四字熟語の使い方がおかしいがどうでもいい。
東京だと助かるとは言ったが、そんなはずはない。東京はもっと違うはずだ。
「東京つぅか、江戸だろこれ!? でかい建物どころか金属すら見当たらねぇぞ! それにお前らみたいなヤンキー、絶対東京にはいねぇよ!」
「ん? 何言ってんすか?」
「え、何が?」
「いやだから、エロとかキンニクとか、いきなり何言ってるかわかんねぇす」
「……え? あー、いや、江戸とエロを聞き間違えるのはまだ分かるけど、金属と筋肉は間違えないだろ。江戸、金属。分かる?」
聞き間違えで、奇跡的に、危険な組み合わせができあがってしまっている。エロ筋肉など、断じて俺は、言っていない。
だから、ちゃんと聞けば分かるだろうと思ったのだけど。
「いや、わかんねぇっす」
「おいおい、大丈夫か? ……いや、待てよ」
何も分からないのか、と思ったがどうもおかしい。よく見れば全員が、不思議なものを見るような目をしている。
そうか、おかしいのは俺なんだ。
「俺は、どうやってここに来た?」
「そうっすよ! それが一番聞きたいっす! さっきのどうやったんすか?」
「さっきのって?」
「あれっすよ。何かよくわかんない光に包まれて、急に現れたじゃないすか!」
「何! どういうことだ!? もっと詳しく!」
「もわぁって感じで、美味しそうでした」
「そんなこと聞いてねぇよ!?」
男の肩をつかみ、ぐらぐら揺らすと、検討違いの事を口にした。だが、それくらい説明のつかないことだったらしい。
全員が頷いていることからも、間違いないようだ。
「じゃあなんだ。俺は、正体不明の、謎が謎を呼ぶ不可思議現象によって誘われたって言うのか……?」
「そうなんすね!」
凄く目を輝かせてる。
短くため息を吐いた。
「……お前って馬鹿だよな?」
「はい。馬鹿っす。BAKAボーイっす」
なんだこいつ……。
「まあでも、いい馬鹿だな」
「どうもっす」
ふむ、どうやらこいつとは友達になれそうだ。
とにかく笑っているしノリがいい。気分が良い。
「よし、もう一度質問し直すぞ」
「どうぞ?」
「俺は光で包まれて、ここに現れた。だけど俺は寝てたし、何が起きたか分からん。オッケー?」
「分かんないことは分かったっす」
「そうだな。で、色々知らなきゃいけない」
しゃがんで視線を男たちに合わせる。十人各々の瞳には、それはそれは濁りなく、凛々しいとは言えない自分の姿が映っていた。
……寝起きだからかっこよくないんだ。
質問を続けよう。
「まず、お前らの髪って人工? それとも自然?」
「うん? 自然っすよ。染めるやつなんて、めったにいないじゃないすか」
「よく今ので意味がわかったな……意外と馬鹿じゃないのか?」
「それほどでもないっすよ」
「褒めてねぇよ。じゃあ、その浴衣は? なんでみんな浴衣なんだ?」
「それはそっちもじゃないすか」
「ああ、そうなんだよ。正直不気味だ」
浴衣を着ているのは場にいる全員だ。当然のように俺も、藍色の浴衣を着ていた。
「全く身に覚えがない」
「じゃあなんすか? 寝ながら着替えさせてもらったんすか? ママにやってもらったんすか?」
「おい、急に俺を煽るな。そんな歳じゃないし、俺に母親はいないから」
「あ、そうなんすね。」
「もっと驚けよ。結構衝撃的なカミングアウトだっただろ?」
「いや、別に」
本当に、全くたいしたことのない普通のことだというように、男はしれっと返した。
それを言えば、大抵何かしらのリアクションがあるのだが、拍子抜けもいいところだった。
驚きも、哀れみも、下手にマズイ話に突っ込んでしまった申し訳なさなども、無論皆無。
「意外な反応だな。つまらない」
まあ別に、かわいそうなどと言って欲しい訳ではないのだ。何年経ったって、実感すら湧いてはいないのだから。
「でも、うん、それはいい。で、さっきの質問の続き。なんでその服なんだ?」
「裸が見たいんすか?」
「どう解釈したらそうなる。じゃなくて、祭りとかあんのか、ってことだよ」
浴衣と言ったら祭りか、旅館くらいだと思う。あんまり他では着ることはないイメージ。
「祭りは最近やってないっすねぇ。でも、楽しいことは毎日あるんで、毎日祭りみたいなもんっす」
「そりゃあいいな。どんな祭りが好きだ?」
「血祭りっす」
「いやいや、上手いこと言ったみたいな顔すんなよ」
にんまりと笑っていた男に、突っかかる。だが男は特に気に止めない。むしろ余計笑っているようにも見えた。
「面白い反応っすね」
「こっちは面白くないぞ」
「ふーん。まあいいっす。自分、あとは、浴衣捲り祭りとか大好きっす」
「そ、そんなのがあるのか!?」
「やっぱり知らないんすか? 色々知らなすぎて、うけるー」
「おい、いきなりうざいギャルみたいな話し方やめろ。キャラがぶれる」
一応もう一度言っておこう。俺が現在話をしているのは、赤い髪赤い浴衣の、見た目が完全に、ヤンキー、もしくはコスプレイヤーであると。
そんなのが加えてカラフルヤンキー九人、総勢十人だと。
「で、何をするんだ? その浴衣捲り祭りとかいう祭りは」
「その名の通り、行く人来る人、全ての人の浴衣を捲る祭りっすよ」
「なんだその狂気の祭りは」
服を捲り合うとは、中々狂っている。第一、浴衣とはそんなに簡単に捲ることができるのか。問題点は大量に存在しそうだ。
長く、ため息を吐いた。
「人の巡り会い、捲り合いってか」
「上手いっすね」
「上手くねぇ。てか全ての人って何、男も捲られるの?」
「やりたい人がやりたいようにやるだけなんで」
「うーん、良いような悪いような。微妙だな」
乙女に浴衣をめくられて、きゃっきゃっきゃっきゃっと恥じらうおっさん。想像したら分かる、酷い光景だ。
さらに加えて言うならば、おっさんがおっさんを追いかけ回し、そしてそれを眺めるおっさんもいて…………最悪だ!
「ああ、忘れろ! なんだ今の地獄絵図は!」
「どうしたんすか!? めくまつ、行きたくなったんすか?」
「行きたくならねぇよ。しかも、そのラノベのタイトルみたいな略し方はなんだよ……タイトル詐欺する気だろ」
「なんのことだが、やっぱりわかんねぇす」
頭に、たまたま、全くの偶然で悲惨な光景が浮かんだだけだ。実際はきっと、楽園のような祭りなんだ……
まあ百聞は一見にしかず。いつか行ってみよう。一応ボディーガードでも雇ってから。
一息置いて、辺りを見る。なんとなく、状況が分かってきていた。頭の中で一つの仮説が組み立てられる。
「普通の日の浴衣もカラフルな髪も、ヤバイ祭りも、異常が日常ってことだな」
自分の考えは、信じられない。信じられないが、信じられないことだらけの中では、むしろまともに、筋が通っているように感じられた。
「これはつまり、異世界召喚、だ」
夢でもゲームでもないリアルな世界。ただ普通でない世界、自分が知っている世界ではないと、はっきりと感じたから。
確信を持って、俺はそう言った。