プロローグ『カナシイ時は身一つ』
そこは、地獄だった。
赤と黒と灰色。
たった三色で彩られた、地獄だった。
「なんだよ、これ……」
「おおー! 凄いね、ユウキ!」
道に沿うように並ぶ家々が、烈火に包まれ、黒い煙を絶えることなく吐き出している。
肌をチリチリと焼くような熱と、視界に飛び込んでくる赤い光。
凄絶な光景に、思わず足を止めた。
すると、絡むようにねっとりとした嫌な音が足元からして、思わず目を向けた。……やっぱり向けなければ良かったかもしれない。
それは、血だった。地面を隙間なく覆い尽くす、真っ赤な血だった。比喩でもなんでもなく、血の海が広がっていた。
「…………」
絶望。自分の顔が、恐怖に歪んでいくのが分かる。言葉を発することすらできない。
だが俺の隣にいる少女、白海さつきは、対照的な笑顔で、軽やかに血溜まりに足を踏み入れた。
「るん、らん、らん」
大きな道を二人占め。そんなことをしているのが、自分と、はしゃいでいる、めちゃくちゃかわいい女の子。
なんて、言葉だけなら最高なのに。
実際は最高どころか、最悪。というか地獄だ。天国とは程遠い。
炎と煙と血。灰色の雲の下、あちらこちらに転がる死体から、目を背けているのが現実だ。
何故こうなったか。分からない。
さつきに連れられて。来てみればこんな状況だった。
悲劇が起きたのだということしか、分からない。
だが彼女は、これは喜劇だとでも言うように、鼻歌交じりで踊っている。
金髪の髪が弾み、チャイナ服のように加工されたピンクの浴衣から見える、白い腕と白い脚。
美しい。ただただ美しかった。
跳ねる血の飛沫も、びちゃびちゃと鳴る汚い音も、彼女を照らす赤い光も、彼女の前では演出に過ぎなかった。
全てが彼女のためにあるのではないかと錯覚してしまった。
楽しくてしょうがないといった、天真爛漫、純粋無垢な笑顔。さつきのそんな笑顔に、一瞬目を奪われる。
猟奇的で、狂気的な光景なのに、一瞬心を奪われていた。
「どうしたの、ユウキー?」
さつきの踊りと、圧倒的なその美しさは、全ての人を魅了する。魅了してしまう。
けれど、そんなことを言っている場合じゃない!
「……っ! どうしたはお前だ馬鹿野郎! 何やってんだよ!?」
「見て分からないの? 踊ってるんだよー」
くるりくるりと、さつきは回る。
「そんな場合じゃねぇだろ!」
「……ん? そんな場合じゃない?」
ぴたりと彼女は動きを止めて。叫んだ。
「何言ってるの。血で死体で大火事で! こんなところで踊れるなんて初体験、最高だよ! すっごく、気持ちいいからさー、ユウキも一緒に踊ろうよ!」
壊れた人形のようなその笑顔から、俺は、目を離すことが出来なかった。