第三十話
グレース家の固有魔法、”呪い”。
たとえば騎士団の士長以上、たとえばAランク冒険者、そういった地位につく際に必ず通る儀式、”祝福”。
この”祝福”受けたものはグレースの血を持つものを殺すことはできない”呪い”にかかる。
カーマインやゲイルといった、ある程度の地位についていた者はポートを直接殺すことはできない。
だから、クーデターの際にはグレイス一族は一般人や一般兵に殺させた。
唯一殺せなかったのがポートであり、それはクーデターに最後まで抵抗した騎士の決死の防衛を突破できたのがゲイルだけだったからだ。
これらのことをポートは知らなかったが、どうやら自分を殺せない、ということは理解していた。
利き腕を切り飛ばされた以上、勝つことは難しいだろう。
だが、金縛りさえ解ければ勝てないまでも魔石使いの力を使って逃げられる可能性はある。
「さて、おしゃべりはこのくらいにしましょうかしらぁ。ゲイル、そこの二人の始末頼んだわよん」
カーマインはそう命令すると、火属性効果の切れたポートの剣を無造作にポートの右足の甲に突き刺し、剣先ごとポートの足を持ち上げると、肩に担いだ。
「どうするんだ?」
「殺せないから捨ててくるのよん」
カーマインは壮絶な笑みを浮かべると、転移門へと歩いていく。
カーマインが歩くたびに、その振動によって右足から来る絶え間ない激痛がポートを苦しめた。
ついにカーマインが転移門に入り、ポートは肩に担がれたまま転移した。
(ここは?)
体は動かないが目に映るのは一面の平原だった。
たった今出たばかりの転移門もまた平原の中に存在しており、すぐ横に崖が見えた。
その底から聞こえる水音から、かなりの激流があるようだ。
ポートの心の問いが聞こえたわけではないだろうが、カーマインがポートに話しかけた。
「ここは第六十四階層。イスカーダンジョン最下層よん」
そして、カーマインはポートを無造作に放り出した。
「さあ、そろそろ金縛りも解ける頃ね。頑張って生きて帰って来てね。待ってるわよん」
カーマインはしゃがんでポートの目の前で手を振ると、転移門へと消えていった。
「くそっ!」
カーマインが消えて一分ほどで唐突に金縛りが解けたポートは、左手でチョーカーを乱暴に引き剥がすと、それを崖下に投げ込んだ。
そして、白い魔石を取り出すと、右足に刺さっていた剣を引き抜き構造修飾言語を用いて治癒する。
魔石を用いて更新すれば、それは簡単だ。
だが、更新では切り落とされた右腕は戻らない。
ダンジョンマスターが敵に回っているとはいえ、転移門の仕組みまでは変更できないはず。
歩けるようになったポートは転移門へと歩を進めた。
しかし、転移門は動作しなかった。
「転移門ルールか!」
ポートは以前にミーシャから受けた説明を思い出した。
転移門は自ら到達した階層でない場合、一緒に転移した者に触れた状態でないと転移できない。
カーマインに触れた状態でないと転移できないのだ。
別階層の転移門に行けば帰れるが、ポートが居るのは六十四階層目。
四階層遡って六十階層まで自力で辿りつかなければならないのだ。
実は転移できないのは別の理由もあるのだが、ポートはまだそのことに気づいていなかった。
転移門の横には支柱のように建つ扉があった。
表も裏も扉、それはただの板のようにも見え、どこかに繋がっているようには見えないが、おそらくこれを潜れば階段があり、一つ下の階層に行けるのだろう。
しかし、その扉はポートがその表裏をどれだけ押し引きしようとまったく開かなかった。
完全な手詰まりであってもポートはまだ諦めていなかった。
なんとしてでも生き残る、生きて帰る、その強い意志は残っていた。
背中に悪寒を感じたのは、ポートが扉の前で思案していたときだった。
振り返ってみれば、平原の遥か先に黒い点のようなものが見えた。
それだけの距離が離れているにも関わらず、圧倒的な存在を感じたのだ。
「なぜ…………」
その圧倒的な力は間違いない、HGSGSウルフ。
「…………まさか!」
ポートは気づいた、気づいてしまった。
この第六十四階層の異常さを。
なぜ転移門の横の扉が開かないのか。
そして、なぜ、階層ボスであるはずのHGSGSウルフが自分に向かって平原を疾走しているのか。
「この平原全体がボス部屋なのかっ!」
ポートの予想は正しかった。
第六十四階層、それはエリア全体がボス部屋なのだ。
階層ボスを倒すまで扉は開かず、転移門も使えない。
カーマインが転移できたのは第三十六階層で示してみせたダンジョンマスターとしての権限だった。
「あれをやるしかないか」
ポートは切り札を切る。
カーマインが気づかなかったために無事だった左腕。
そこから取り出したのは五つの魔石。
透明な第五級魔石、同じく透明な第三級魔石が二つ、赤い第五級魔石、緑の第五級魔石。
片手しか使えないため、それらを草むらに置くと、ポートは構造修飾言語を唱える。
「魔石よ、その真の力を用いて表を創り給え」
透明な第三級魔石が砕け、その魔力が赤い第五級魔石と透明な第五級魔石を結び、赤い魔石が透明な魔石に吸い込まれた。
「魔石よ、その真の力を用いて表を創り給え」
ポートが再度同じ構造修飾言語を唱えると、緑の魔石も透明な魔石に吸い込まれる。
第三級魔石二つを犠牲にして、緑の魔石と赤い魔石が、透明な魔石の中で融合する。




