第一話
新連載開始です。
まだ最後まで書いてないですが、ストックはそれなりにあるのでしばらくは毎日更新です。
「はっ、はっ」
そんな息遣いが聞こえた。
イゾン帝国バナグラの森。
鬱蒼と生い茂る木々は、その森の持つ魔瘴気により真っすぐとはならず、奇妙にねじ曲がり、日中であっても薄暗く、見通しも効かない。
危険な魔物も現れることがある、その森に立ち入る者は冒険者ですらそうはいない。
そんなバナグラの森の獣道を女は走っていた。
恐らくそれなりの地位の文官なのだろう、本来は上等であったはずのその服は木々に当たって裂かれ、切られ、千々に乱れ、道なき森を走る故か、そのサンダルを履いた足だけでなく体中擦り傷で血が滲んでいるが、それでも足を止めることはない。
痛くないわけはない。
もちろん激痛が彼女を襲っていた。
だが、涙は見せない。
泣いてしまえば視界が防がれる。
視界が防がれればアレからは逃がれられない。
いや、視界が布施がられていなくても逃れられるわけがないことはわかっていたが、少しでも可能性を繋ぎたかった。
だから彼女は迷わず立ち塞がる藪に飛び込んだ。
茨のそれにより自分の顔も体も引き裂け血に染まっても両手に抱いているものだけはこれ以上傷つけないように庇いながら。
彼女が両手で抱えているのは白い布に包まれた赤子であった。
産まれて十日も経っていないであろうその赤子はぐったりとしており、よく見ればその黒い右目には矢が刺さっており、白い顔と青髪をその血と涙で濡らしていた。
彼女の目的は、この森に住むという、とある人物だった。
なにせバナグラの森に住むくらいだ、たとえ皇帝であろうと彼ならば易々とは手出しできないだろう。
ただ、彼がこの子を受け入れてくれるかは女にもわからなかった。
それでも、女には他に手立てがなく、それに賭けるしかなかったのだ。
「あっ」
もはや限界は超えていた女が木株に足を取られ、転倒した。
それでも両腕で赤子を守ったのは流石と言うべきか。
「追い駆けっこはおしまいだな」
後ろから女を追いかけていた男が語り掛ける。
息を切らせる女に対して、軽鎧を身にまとっているにも関わらず、今まで走ってきたのが信じられないくらい平然としていることから、この男がそれなりの手立てであることが伺えた。
「ゲイル様、どうか、この子だけは、この子だけは!」
転んだ弾みに足をひねったのか、立つこともままならない女には懇願することしかできない。
「駄目だな。その子が生きていたら必ず国の禍になる」
ゲイルと呼ばれた男は頭を下げ懇願する女に無造作に近づいていく。
と、女は突然男に飛びかかった。
その手には恐らく自害用だろう、飾りのついた短剣が握られており、その刃が湿っていることから致死性の毒が塗られていることが伺えた。