episode9
「さて、いるだろうか」
着いた場所は裏庭にある、大樹の下の雑草が生い茂る場所だった。そこに予想通り彼はいた。本を顔の上に乗せ寝転んでいた。
「九条君?」
突然声かけられたことに驚いたのか飛び起きた。またその行動に千歳は驚いた。
「ち、ちぃちゃん?」
目をパチクリさせながら澪は千歳を見ていた。目線を合わせる為に、澪の横に座った。
「もう終わらせよう」
「え?」
「真理亜……結城さんと話をしてくれない?」
澪は真理亜の名前が出たことに顔を顰めた。そして、空を仰いだ。
「でも、話なんて……」
「彼女は納得してないから、澪君と仲良くする人を嫌うのよ。きっと言葉が足りなかったんだと思う。もう一度良く放してほしい。それが良い結果になろうと、悪い結果になろうと構わないから」
澪は苦い顔をしていた。そして再び寝転んだ。
「真理亜だって人間なんだもの。話して通じないことはないわ。だから、もう一度話してほしい。真理亜も岸田さんも救えるのは九条君しかいないわ。私がどんなに足掻いたって何も変わらないの」
千歳は澪から目をそらさず言いきると、澪は本を自分の顔に乗せた。視線から逃げようとしているように見えた。
「俺だって何とかしたい……だけど、君ほど強い人間じゃないんだ。いつも正しい行動なんて出来やしない。君がやる訳じゃないんだ、放っておいてくれないか」
千歳はその言葉に少し怒りながらも、澪の顔の上に乗っている本を除けて澪と目を合わせた。澪の目は冷たいものだった。
「逃げないで。真理亜もそれを望んでいない。きっと、九条君から話してくれることを望んでいる。逃げていたって何も変わらないんだよ……。岸田さんを巻き込んでしまったのは、九条君の無責任さからなんだよ?」
「うるさい!」
澪のいつもからは想像できない鋭い目付きで睨まれた。その瞬間ハッと我に返り、申し訳なさそうに呟いた。
「ごめん……ちぃちゃんは悪くないのに……」
「いや、良いよ。仕方ない」
千歳は少し悲しそうにブンブンと顔を振った。澪は、起き上って、千歳の顔をじっと見た。そして、小さく笑った。
「情けねぇ、守るとか言った奴がこのザマはねぇな。行ってくるよ」
千歳の頭の上にポンと手を乗せると、立ちあがって手を振りながらその場を去った。千歳はその様子をぼーっとしながら見ていた。
「教室戻ろうかな」
千歳はのんびり教室へと戻って行った。教室に着くと、ちゃんと澪は話してくれているようで、二人の姿がなかった。教室の中もざわめいていたから、きっとその考えで間違いないだろう。そんなことを考えていたら、由美に服を引っ張られた。
「一体何をしたの?九条君の様子も穏やかな感じだったし……」
「んー、ただ、話して見てくれないか?と頼んだだけかな」
千歳は少し考えてから言うと、由美は唖然としていた。
「ほへぇ、凄いのねぇ。九条君、真理亜様と話したがらなかったのにね」
「だろうね。凄く渋っていたもの」
千歳は笑いながら言った。由美の表情は予想以上にキラキラしていて驚いてしまった。
「すごいね!柏原さん只者じゃないね!」
「いや、只の一般人。少し浮かれ気味の」
千歳はクスっと笑ってから、自分の席に着いた。席に着くと、後ろからツンツンとつつかれた。振り向いてみると、嬉しそうな顔している李音がいた。
「ちゃんと説得出来たんだな」
「説得っていうか、突然やる気出しちゃったって感じだったけど」
「でも結果的には話してくれることになったんだから良いじゃないか」
「そうだね!」
二人は嬉しそうに話していた。それから、今日の授業についての話とかしていたら、SHRの始まる数分前に二人は戻ってきた。真理亜は複雑な表情をしていて、澪は清々しい顔をしていた。
「もう終わったよ。ごめんね、俺のせいで」
澪が日菜子に謝ると、日菜子はブンブンと頭を振った。
「謝らないで、気にしないで!私嫌なことも多かったけど、九条君に救われていたから」
日菜子が笑って言った。すると、澪の後ろからこっそりと顔を出す真理亜の姿が見えた。
「ご、ごめんね。本当にごめんなさいっ」
真理亜はそれだけ言うと、自分の席について机に伏せてしまった。日菜子は驚いたようにその様子を見ていた。
「あはは、言い逃げされちゃった。私もう怒ってないのに……。だってちゃんと謝ってくれたもの」
その三人の様子を見ていた千歳と李音はぼーっと眺めながら呟いた。
「良い子だねぇ」
「うんうん。僕だったら一週間は無視するな。うん」
「私もあんなにあっさり許せないなぁ。やっぱりあの子良い子なんだねぇ」
二人はしみじみと日菜子について言いあっていた。すると、先生が来たようで澪は自分の席に戻った。それから、いつも通り授業を受けて、いつも通り昼を迎えた。今までは嫌々李音と昼食をとっていたが、今は普通に楽しく話しながら過ごしている。やはり見方次第だな、と感じた。
「うん、これで一段落ついたって所かな」
「そうだねぇ。これから普通の高校生活かぁ」
李音は購買で買った焼きそばをモグモグ食べていたら、ふと、千歳の弁当に目がいった。
「ちぃちゃんのお母さん相変わらず料理上手みたいだね」
「そうだねぇ。私は料理下手なんだけどなぁ」
千歳は苦笑しながらお弁当を食べていた。
「まぁ、練習すれば上手くなるんじゃない?」
「むぅ。やっぱり練習した方がいいかなぁ」
千歳は親というハードルが高いせいか、やる気が出ない様子だった。練習することに対して渋っているように見えた。そんな感じで他愛もない話を色々した。あの兄の件から、千歳は李音と一気に仲良くなった。ピアノ好き同士であることから、作曲家の話題や、最近有名なピアニストの話題や。共通する話題が多いため、話が途切れることはなかった。お陰で昼休みが非常に早く感じた。こうして、閉ざされていた扉は解き放たれたのだ。