episode8
「何々?」
「そんなに恥ずかしいことか?ただ、ちぃちゃんを見守って、時には助けてあげて欲しい。紫苑さんの代わりに傍にいて、安心できる存在になってくれ、って条件だっただろう?」
李音は平然とした顔で言いきると、紫苑は顔を赤くしながら、テーブルに顔を伏せた。
「だから、ちぃちゃんの近くにいつもいたんだ」
「え、只のストーカーかと思っていたのに、そんなことが……」
千歳が真顔で言うと、李音はため息をついた。
「僕そんな風に見られていたの。いや、確かに言い方悪かったとは思っているけどさ」
李音が唇を尖らせながら拗ねたように言った。千歳はそんな李音を見て思わず笑ってしまった。その様子が可愛らしく見えたからだ。
「あ、そういえば、嫌がらせが不完全燃焼な感じだったのってもしかして……」
「あぁ、それも僕。あと、ちぃちゃんの泣き顔が見たいっていうのは、吐きだしてもらいたかったんだ。直接的な言い方したって、ちぃちゃん遠慮しちゃうかなって思ってそんな言い方したんだ」
それを聞いて長年の疑問が解決された。何故いつも李音がいるのか、それは見守るためだった。そんな理由だったとは思ってなかったので吃驚してしまった。何より、そんな陰ながらとは言え、支えてくれようとした人を悪く思っていた自分が恥ずかしくなった。
「うぅ……なんかごめんなさい。良い人とは思わなかった」
「いいんだ、僕も良いやり方でやっていた訳じゃないからね。」
李音は苦笑しながら言った。そんな空気を変えるように、紫苑が真顔で言った。
「でも、俺は家に帰るつもりはない。これは俺のケジメだ。それだけは曲げられない」
紫苑の揺るがない眼差しを見て、本気だということを感じた。そんな姿を見て複雑な心境になるけれど、きっと変わることのない決意に文句言う気にはならなかった。
「分かったよ」
千歳は笑顔で言った。紫苑の顔も少し笑ったように見えた。
「ところで、どうする?アイツは」
李音のその言葉で、現実に戻された気がした。泣いた原因は真理亜のせいだったことを思い出した。千歳は笑って言った。
「怖いものなどない、今の私ならぶつかれる。でも、九条君のことを解決しなきゃ意味ないと思うのよね。そうじゃないと真理亜と同じことをしてしまうかもしれない」
「そうだな。ただ、忘れないでね。僕はちぃちゃんの味方だ。一人じゃないんだ。一人で全部背負わなくたって良いんだよ」
李音のその声色を心地よいと思った。優しい言葉に潜む強さも魅力的だった。ちょっと前ならそう感じることはなかっただろう。全て見方次第で変わってしまうんだ、と改めて思った。そんなことを考えていたら、今まで煩いくらいに響いていた雨音は少しずつ消えていった。
「晴れたね」
「ちぃちゃんに迷いはなくなったからだよ」
「またキザな台詞を簡単に言い放つんだから。このキザ野郎め」
「え、今のキザ?そんなことないでしょ!」
「あぁ、もう駄目だ。手遅れだ。鳥肌立つほど臭いよ、本当に」
千歳がはぁっと深いため息をつきながら言うと、その光景を見ていた紫苑が笑いながら言った。
「そんな戯れも幸せだろう?」
「そうだね」
千歳はふふっと笑って言った。それから、千歳は家に帰って行った。少し明日からが楽しみになった。枷が外されたかのように、軽い気分だった。大げさかもしれないが、真の自由を得た気がした。
翌日学校へ行くといつも通り嫌がらせを受けていた。今までと比べて酷く冷静に捉えられているのが分かった。
「うん。いつも通り」
千歳はいつも通りに席をつこうとしたら、自分の机の上に座っている真理亜の姿が見えた。
「うん、邪魔」
千歳は簡潔に言うが、真理亜は無視して、友達と話を続けていた。何だこいつは、と思いつつ窓から外を見た。そんな時、後ろの席で寝ていた李音にツンツンとつつかれた。そして、外へ出ようと手で合図された。
「どうしたの?」
「澪を説得して、真理亜に話すように言うんだ。僕は真理亜に喧嘩売るようなことになってもちぃちゃんを守ろう」
李音はにっこり笑って言った。
「だから、すっきりさせておいで」
「うん!」
千歳は笑って言った。そして、いつだったか、澪がよくいる場所を聞いたので、そこに行ってみることにした。