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第13話 燃えるコロセアム

「おねえさん!」


 フミトが悲鳴を上げた。

 ドラゴンに焼かれたしい沙のカードがフラッシュバックした。

 胃の中のものが逆流しそうになる。


 後方へ宙を飛ぶさくらの瞳が黄金色に光った。

 斬り飛ばされた右脚がびゅんとさくらを追尾して、太腿の切断面に合体した。

 切り口が瞳同様黄金色に光ると、さくらは両脚で着地した。

 脚が完全復活していた。

 さくらの自動回復アビリティだ。

 ただしHP回復分MPが消費される。大ダメージから回復した場合、MP不足で行動できなくなるおそれがある。


 しい沙は自己回復が出来ないが、斬られた左手を右手で支え後方へと駆けた。

 べるが救急救命スキルを使った。

 さくらのように完全ではないが、左手は一応つながり、三角巾で胸に固定された。

 何とか一安心。


 ってまったく一安心じゃない!

 ニャル=ミカゲが腕を水平に伸ばしたまま迫ってくるぞ!

 あれはミカゲの得意な戦闘スタイル。すると次は…


 ニャル=ミカゲが宙を舞った!

 ひねりを加えつつ空中で前転し勢いをつけて二刀流をデパガたちに叩き込む!


 だが、デパガたちもそれは読んでいた。伊達に何戦もパーティ組んでるわけじゃないぞ。

 しい沙が巨大なまな板を召喚した。

 素材はイチョウだ。適度な柔らかさが包丁を優しく受け止め、腕の負担が少ない。しかもヒノキ同様の抗菌効果があるとされる高級品だ。

 さくらが同じく巨大なまな板を召喚した。

 こちらは合成ゴム(エラストマー)製だ。適度な弾力があるのに加え、傷がつかず水を吸わないので衛生的だと近年人気の素材だ。

 巨大な二枚のまな板が、ニャル=ミカゲの二刀流を受け止めた!


 かーん。

 ぼーん。


 素材の違いで高低差のある音が響いたが、まな板は斬れなかった。というより刃先を弾きかえした!

 そこへすかさず、べるがハキハキとした口調で号令をかけた。


「六大用語!姿勢を正して!いかおしょうしょうおありがとう!」


 謎の言葉にニャル=ミカゲは突如気を付けの姿勢になり、つづけて微妙に異なる角度のお辞儀を繰り返しはじめた。


 いかおしょうしょうおありがとう、とは、


 い 『いらっしゃいませ』 30度のお辞儀。

 か 『かしこまりました』 15度のお辞儀。

 お 『おそれいりますが』 15度のお辞儀。

 しょうしょう 『少々お待ちくださいませ』 15度のお辞儀。

 お 『お待たせいたしました』 15度のお辞儀。

 ありがとう 『ありがとうございました、またどうぞお越しくださいませ』 45度のお辞儀。


 という百貨店の六大用語を覚えやすくまとめたものである。

 百貨店によって多少言い回しが異なったり、少し増えて七大用語としているところもあるが、基本はこれだ。

 開店前の朝礼で毎日繰り返すので、デパガは誰でも暗唱できるし、勝手に体が動いてしまう。


「角度が浅い!もう一度!いかおしょうしょうおありがとう!」

「タイミングが遅い!もう一度!いかおしょうしょうおありがとう!」

「膝が開いてる!もう一度!いかおしょうしょうおありがとう!」


 入社研修をはじめ各種の研修時には六大用語を教育係から徹底指導される。

 役職者研修などでも例外はなく、全員が綺麗に揃うまで繰り返される。

 こうして、デパガの美しい姿勢ときれいなお辞儀は保たれているのである。


 何十回目の繰り返しか、ニャル=ミカゲは明らかにバテてきていた。

 膝と腰の姿勢が乱れてふらついている。


「それでデパートガールといえるの!六大用語10セット追加!」


 どひー!


 こりゃたまらんといわんばかりに、ニャルは肉片に分かれミカゲを胎内から押出し逃げはじめた。

 ミカゲの制服は溶けて素っ裸になっていた。意識がないままずり落ちてくる。

 小ぶりな胸と案外濃密な股間が一瞬あらわになる。


「救急救命!」


 べるが叫ぶと、ミカゲはパジャマにくるまれ、べるに受け止められた。同時にHPが回復し、すぐに目を覚ました。


「大丈夫?」

「ありがとう!でもしばらくお辞儀の練習はいいわ」


 べるは笑った。


 肉片ニャルが逃げようとする前方にみねが仮囲いを立てた。

 退路を断たれた肉片の群れに対し、さくらが備長炭ミサイル、しい沙が無数の竹串を飛ばす。

 竹串は肉片を何枚か重ねて貫き、いつの間にか用意されたバーベキューコンロに着地した。

 コンロの中ではもちろん備長炭が赤々と燃えている。

 ジュージューとおいしげな音を立て、ニャルの串焼きが焼きあがっていく。


「ぐおー!」


 肉片が吠えた。

 がたがたがたっとコンロの上で跳ね、爆発した。

 仮囲いやコンロは吹っ飛んだが、デパガたちは2枚のまな板の陰に隠れて爆風を逃れていた。


「ぶしゅー!ぶしゅー!」


 どうもニャルを本気で怒らせたようだ。

 最初感じた氷のような重く不気味なプレッシャーではなく、燃えさかるような憤怒のエネルギーが充満した。

 ニャルは再度合体し、黒い巨大な形状に変化した。

 焼けて黒くなったわけではない。艶のある黒い岩石で彫られた像の姿だ。

 エジプト王のような頭飾りを付けた4つ脚の怪物。

 スフィンクスだ!


「うらんにひゃくさんじゅうご…

 えねるぎーいーこーる…

 しつりょうとこうそくどのじじょうのせき…」


 スフィンクスがぶつぶつとつぶやきはじめた。

 スフィンクスは知恵の神。

 そしてニャルラトテップの力は…第二次世界大戦を終わらせたとも言われる。

 フミトははっとした。


 閃光がコロセアムを覆った。


 洞窟の天井を突き抜けて、巨大なきのこ雲が屹立した。

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