プロローグ:異世界召喚なんて、もういいですから(挿し絵あり)
この物語はフィクションです。一部実在の人物名、団体名、地名、または施設等が登場しますが、作品の性質・構成上やむを得ないものであり、現実のそれらとは無関係です。また各種解説につきましても事実に基づいたフィクションです。
水島フミト。23歳。
ひきこもり歴10年。中学からの筋金入りである。カーテンを閉め切った部屋で今日もネットだ。
オンラインではいい年して厨二病全開、荒らし寸前の長文注意な面倒くさいキャラだが、リアルで誰かと口をきいたのは、はて何年前であろうか。
インドア生活に浸かりすぎて小太りぼさぼさロン毛、無精髭伸び放題というさえない風体だが、もともとはそれなりに整った容姿で、幼稚園や小学校の頃は成績もよかったはずなのだが、
それがなぜひきこもってしまったのかというと、そのあたり本人もすでに記憶があいまいだ。
今となってはひきこもりを完全にこじらせてしまって、部屋から出て行こうという気力すらない。
共働きの両親がいない昼間に風呂トイレを済ますぐらいである。彼の部屋の汚れ方の描写は割愛するが、まあ、ご想像のとおりの惨状である。
21時が近づいた。最近のお気に入り『ヴィシュヴァ・オンライン(ヴィシュ・オン)』のギルド戦の開始時刻である。
ひっきーのフミトはお定まりながらネトゲ廃人でもある。怒涛のやりこみでトップランカーに名を連ねている。
『ヴィシュ・オン』ではキャラレベルがすでに900を超え、所属ギルドではもちろん戦闘力1位だ。
各属性のLR装備も最大強化完了済みである。
ただし金なしひっきーゆえにクエスト報酬からの覚醒進化ばかりだから、課金ガチャLRに比べるとスペック落ちするが。
その点はフミトも認めるところで、そのコンプレックスから課金者に対してはかなり攻撃的である。
フミトの所属ギルド『真・鬼子母神クルセイダース』自体『ヴィシュ・オン』ベストエイトを争うトップギルドであるから、課金者も多い。よってフミトはそのアバター性能は評価されつつも、ギルドでは疎まれる存在であった。
ギルド戦で前衛での壁役になってくれればいいや。絡みはやめとこ。
ギルメンからの評価はそんなところが関の山であった。
唯一、団長のユウナを除いては。
21時1分。フミトはギルド戦エリアにログインした。もちろん21時前から待機していたのだが、必死にみられるのが嫌でわざと遅れてログインするのが常だ。
そんなカモフラージュをしたところで、ひっきーで廃ゲーマーなのはすでにバレバレなのだが。
24人のギルメンのうちユウナ含め13人がすでにログインしていた。相手は『草薙バスターズ3世』。鬼子母神同様トップギルドの一翼だ。マッチング常連である。
極大ステータスダウンスキル(デバフ)持ちが何人かいて、中盤での逆転が彼らの必勝パターンだ。デバフ後のコンボ技で一気にダメージを叩き込んでくる。
敵の戦術は分かっているのだが、デバフ対策をしっかり取らないと対処できない。
しかも今日は序盤から劣勢であった。
草薙のほうが参戦者が多く、攻撃・応援ともコンボ数で押されていた。
フミトのログインに気づいたユウナから作戦指示が飛ぶ。
「ふみふみ前衛お願い!」
「われは孤高の存在。至高にして唯一。何人もわれに触れることあたわず。ゆえに絶対。ゆえに最強。わが前に味方なく、わが後に敵なし。では、推して参る!」
全体ステータスアップスキル(バフ)『天装全覇』で自分を含め全員の防御を上げつつ前衛とスイッチ。
「ふみふみパッシブ変更、闇」
「ほう、ダークサイドに堕ちるか。ならば全身全霊を持って受け入れよう。邪悪なる眷属ども、わが命に従え。絶望に染まれ、世界よ!ダークフレイム・アポカリプス!!!」
草薙が強化属性を光臨円舞(光属性)に切り替えたので、こちらは暗黒驚機(闇属性)に変更しカウンターを当てる。
そもそも厨二くさい設定のゲームだから雰囲気に合ってないわけではないのだが、ゲーム中にかくもながながとチャット入力している奴はさすがにいない。
ちなみに公式の暗黒驚機にダークフレイム・アポカリプスと読み仮名をあてているのはフミトの俺設定である。
「あっちゃん、レオン☆はあと、ふみふみでデバフコンボよろしく。」
「ふふふ、わが魂の昂まりを感じる…。第1の鍵が開く、おおお。そして第2の鍵。よくやったぞ…。今、顕現する!すべてはこの圧倒的な力の前にひれ伏すのだーーーー!!!」
あっちゃんのデバフスキル『瘴気沈降』、レオン☆はあとの『腐朽冥搾』の発動を確認して『虚空断裂』を打つ。
4倍スキルの3コンボで64倍ヒット。一気に相手のステータスが下がる。相手の常套手段のデバフ連携を先制した。
「今よ、ふみふみ残してスイッチ」
「雑兵ども、下がるがよい。わが覇軍の力、いまだ健在。大いなる技は大いなる王のもとにあるべし。王たらぬ者ならば技に頼らず、機を見、数をもって成すべし。これ世界の理なり。ゆえにわれは進軍する。わが絶対の旗の下に依るべし」
フミト以外は課金スキル中心の構成なので、効果が大きい分行動ポイントの消費も大きく後衛にスイッチしてTPを回復する必要がある。
フミトは通常スキルを手間と時間(と運)をかけて成長進化させたため、効果に比してTP消費が少なく長時間前衛で戦えるメリットがある。
大技に頼りすぎはダメ、コンボをもっと重ねるべきだ、というまっとうな意見をフミトは述べているのだが、ここまで表現がこじれると素直に聞くものはほぼいない。
後半、人数でも鬼子母神が盛り返し、いったん優勢に転じるとあとはほぼ一本調子の力押しで草薙を撃破した。
「やった♡ ありがとうみんな(*^^)v」
戦闘ログとリザルトが表示されると、戦闘の緊張から解放されユウナを中心にギルド掲示板やパーソナルメッセージが賑わいだす。
フミトのPMは
「攻撃1位おめでとう!」
「攻撃1位おめでとう!」
「攻撃1位おめでとう!」
…
リザルト既読時の自動応答がずらりと並んでいた。
絡むとうざいが無視しても文句言われそうなので、無難にデフォルトメッセージですませる。ギルメンの面倒なキャラ対策スキルのなせる業である。
「ふみふみナイスコンボだったね♡さすが最強、頼りになるぅ♡明日もよろしくね♡♡」
ユウナだけが手打ちのメッセージだった。
「ふっ。われの言に偽りなし。わが降臨によりこの勝利は始まる前にすでに確定していた。それが宇宙を統べる因果だ。はははははっ」
(ふふふ、もっと褒めてくれ…)
思えば、フミトは決戦後のユウナのPM目当てにこのギルドに留まっているのだった。
ユウナはリーダーとして優秀だ。フミトだけではなく、各メンバーに対してもまめにPMやギルド掲示板でフォローしチームワークを保っている。
おそらくリアルではかなり社会経験を積んでいよう。アバターどおりの性別かどうかは正直不明だが、フミトは女性だと信じていた。
なんともいえない包み込むような優しさがメッセージの端々に感じられる。あえていえば母性ともいえる感覚がある。
そうだ、この感じは昔、あの時に感じた…
フミトは『ヴィシュ・オン』をログアウトした。22時30分から『創世のドラグーン・ネクストステージ(ドラネク)』のギルド戦だ。
『ヴィシュ・オン』以前からプレイしている老舗オンゲーのリニューアルバージョンだが、若干萌え風味にしたのが裏目に出て古参組が離れてしまい、最近は新規イベントも少なくフミトも潮時かなあと思いつつも惰性で続けていた。
PCの『ドラネク』アイコンをクリックしようとしたとき、インスタントメッセージ(IM)がデスクトップにポップした。
『大いなる光の戦士たちよ、約束の刻は来た。彼方より厄難が迫りくる。崩壊する世界を救うため、集えエクスアーカディアの陽のもとに! <続きはwebで>』
(ポップアップブロックつかえねー!にしてもなんだこの昭和なコピー。レトロゲー狙ってるのか滑ってるぞおい)
昭和にオンゲはないかと自己ツッコミしつつ、IMをクリックしてみた。
ウィルス?とも思ったが、感染したところで困るようなローカルデータなどない。ネ廃ひっきーなめるな。
『おお、わが呼び掛けに応えたは水島フミトか、只今より貴公はエクスアーカディアの勇者、光の戦士となる!いや、なったのだ!!!』
アカウント情報を自動取得するのか、なかなか凝ったログインメッセージだな。あれでもオレ本名どこかに登録したっけ?
ふみふみとか1st3rdマンとかフーミックワールドとかハンドルネームだけじゃなかったっけ?やばいな記憶にないぞやっちまったのか?
『光の戦士召喚!』
突如モニター画面が虹色に輝き、まぶしさに包まれながらフミトの意識は消えた。
目が開いた。
虹色の輝きはもはやなかった。
それどころか、PCも汚部屋もなかった。
そこは石造りの大きな空間だった。左右には高い石柱が並び、アーチを描く屋根を支えていた。
柱にも屋根にも細かい装飾が施され、天井には明かり取りを兼ねたステンドグラスがはめ込まれていた。
大聖堂。
ゲームでいえばそんなイメージの場所だ。行ったことはないが、リアル西欧の教会もこんな感じだろう。
フミトはその中央で寝かされていた。上半身を起こすと、床に直接ではなく大理石でできた舞台というかベッド状の台の上に寝かされていることがわかった。
(ええっと、もしかしてこれ最近アニメとかでよくあるあの展開…?)
背後に温かいなにかを感じた。
振り向くと、光の粒子が集まっていた。そしてすぐ人の形になり、間もなく実体化した。
(あれっ?ユウナ?)
そこに現れた人影―女性はユウナの顔かたちをしていた。
PCの3Dアバターと違って、本物の、リアルな人間であったが、この人を模してユウナのゲームキャラが作られたとしか思えない似姿だった。
北欧系の彫りの深い顔立ちにウエーブロングの銀髪。グリーンとグレーの中間のように見える神秘的な瞳。透明感のあるきめ細やかな肌。うっすら朱の乗った頬。そこだけ妙に艶めかしいつやつやした唇。
コスチュームは『ヴィシュ・オン』では見たことのない、西洋とも東洋ともつかない、ただ高貴さは感じられる薄衣のドレス、手には複雑な装飾の杖というスタイルだったが。
ひとことで言って超絶美女。
体の線も薄衣越しにばっちりわかるが、相当、いやかなりグレイトフルなスタイルである。出るとこは出て、くびれるとこは見事にきゅっとしまっている。
(うーむ、レベルたけーな! しかし、この展開においてはナビ子ちゃんなのかパーティーメンバーなのか? そこが問題だ)
「刻と理の異なる遥かな世界よりの転現にて、戸惑われるのも無理はない。水島フミトどの。しかし現世は邪悪なる存在に浸食され、やがて終焉の時を迎えようとしている。森羅万象が混沌に還する前に運命を切り開き使命を果たさなければならぬ。この世界を救済せよ、勇者たる光の戦士よ!」
(おい、いきなり解説語りだしたよやっぱナビ子かこの人。しかしどっかで聞いたことのあるヤな口調だなー、んでなにこのテンプレなストーリー)
「ああしかし、エクスアーカディアの神々よ。これもまた試練なのか。このような年端もいかぬ幼子があの邪神どもと闘う光の戦士であろうとは。導きとはいえ、あまりにも過酷、あまりにも残酷…
しかしこのアリューナ、いかな試練に立ち向かおうと、いかな汚名を蒙り受けようと、かならずや使命を果たし大いなるわれらが神々のもとに現世を取り戻すことをここに誓言!申し上げるっ。ううっ」
(ユウナじゃなくてアリューナか。しかし年端もいかぬってそりゃ俺ひきニートだけどあんたより年上だぞ見た目だけかもしんねーけどさあ実は女神さまで数千年生きてますって設定かもしれないけどーーーってあれ?)
そう、先ほどからなにか違和感を感じていたのだ。ユウナならぬアリューナがやけに大きく見えるって…
「なんじゃこりゃー!!」
思わず声が出てしまった。
手や足、体が小さくなっていた。幼い子供のように。
顔もだった。
アリューナがどこからか出してきた手鏡を見て確認した。小学生の自分だ。間違いない。小2あたりか。
ふむしかしこれは…。
かわいい。
もともと小学生の頃はたまに女の子に間違われるくらい小顔で目の大きな容姿の整った少年だった。
体型は当時に戻っているのに、髪の毛だけはなぜか長いままなので、一見黒髪ストレートヘア美少女に見える。ベージュ色のシンプルな服を着せられていた。これがこの世界の初期装備なのか?
「なんで俺子供になってんの?どゆこと?子供で勇者って無理ゲーじゃね?ゲームマスターばかなの?」
「エクスアーカディアの神々にげーむますたーなる御方はおられないが、水島フミトどのの姿かたちはフミトどの自身の願いによるものだ。わが姿かたちも同様にフミトどの自身がかくあるべしと望んだもの。召喚の刹那にフミトどのが想起したものが固定され今ここにある」
「はあ?まあたしかに『ヴィシュ・オン』ログアウト直後だったからあんたの姿がユウナそっくりなのはわかるが、そのしゃべり方はなんなんだよ。やけに厨二臭くてまわりくどくてわかりにくい残念なやつだなそんなの望んでないぞ…ってあれ?」
(…あ、これって『ヴィシュ・オン』の俺だ…。カコイイと思ってたのに他人からみたらこんなウザかったのか…うぐぐぅ)
「これもまたフミトどのの選択である。エクスアーカディアの神々の御業に誤りはない。この語り、この口調にもなんらかの意味があるのだ。そう、それが現世の理、世界を統べる法、万物理論である!」
「あーもーことわりことわりいいよくどいよお断りしたいくらいだよって大喜利やってどうすんだよ。わかった俺が悪かっためちゃ残念だけど。きっとこの世界が日本語化されてるのも神の御業なんだろなあ。でもなんで俺が子供なのよ。そこわかんねーよ。てかこの姿で何をするのよどー考えてもステータス不利だろ邪神討伐クエストなんぞ」
「それは大丈夫だ。なぜならフミトどのは神々に選ばれし勇者、光の戦士、大いなる守護の騎士。邪神を打ち破る能力はすでにその身に宿しておられる」
「勇者か光の戦士か守護騎士かどれかに統一してくれホント。それはさておき小2だぜ剣も持てないよこの姿だと。てか元の姿でもチャンバラなんて無理ゲーだけど」
「なにか勘違いしておられるようだが、あの邪神どもを剣では倒すことはかなわぬ。それどころか魔法も効かぬ。それが出来るのなら、わが王国が誇る精鋭、王立騎士団や魔道師団が壊滅することはない。三軍に敵なしと謳われたわが騎士団、大地を割り森を焼く超絶魔法を誇るわが魔道師団もあの恐るべき邪神どもには…」
「はいはい長い長い。剣も魔法も効かないのかそらヤバいな!で、どうすんだ」
「それは…」
「それは?」
「わからぬ」
フミトはずっこけた。
「しかし、その能力がすでにフミトどのに備わっているのは確定的に明らか。わが神々がフミトどのをあえて選び現世に遣わされたという事実がその証左だ。さらにいえば、ここにフミトどのが存在し、私がこの姿でここにあるということがそのあかしでもある。なぜならこの現世はフミトどのの世界とは異なりイマジネーションの力によって存在しているからだ。私はフミトどのの召喚以前から神々の遣いとしてあったが、それは実体を持たぬ一種の力場のようなものであった。フミトどのの召喚とともにこの姿に固定されたのである。フミトどのの意志の力によって」
「じゃあ、俺が子供に戻ったのも、俺自身がそれを望んだから…ということか」
「そう、そのお姿こそフミトどのの望み。そしてその姿こそがフミトどのの力の依代。この現世、エクスアーカディアでのフミトどのの実在…。フミトどの自身がイマジネーションの力で作り上げたもう一人の自分であらせられる」
「えーと、ということはもともとの世界にいた本来の俺はどうなっているんだ?」
「神々ならともかく、私はフミトどのの世界に対してはメッセージを届けるのが精いっぱいで、フミトどののようにかの世界からの接触により召喚の扉が開かぬ限り詳細は不明にして無知だ…しかしおそらくは、かの世界のフミトどのはそのままかわりなく存在しているものと思われる」
「まさにこの世界の俺は複製されたアバターなわけか…なるほど。しかしなんで子供のなのかわからんなあ」
「召喚の瞬間に何か想いうかべられたことがあるのではないか?」
(うーむ…?)
そういえば。
召喚直前、ユウナに母性を感じたときに思い出したことがある。
あれはまだ幼かった頃、母に連れられて駅前の百貨店に買い物に行った時のことだ。
そうだ、たしかにあれは小学2年生の時だった!
あれか!
あのせいか!
しかしでも、あれがこの小学生化の原因なら…
フミトは頭を抱えた。
(いかん、このクエスト、クリアできるイメージがわかん!)