ストレス発散レストラン
最近私が行きつけにしているレストランがある。
知る人ぞ知るその名も「ストレス発散レストラン」。
まだまだ知名度は高くないが、今までにない画期的なサービスにより最近注目を集めはじめている。
今日もそのレストランへやってきた。
「いらっしゃいませ。何名様で御利用ですか?」
画期的なサービスと言ったが店側が何か特別な事をするわけではない。
店員の応対は至って普通。
私は大きく息を吸うと、
「お一人様でぇ!!」
と力一杯叫んだ。
「喫煙席と禁煙席がございますが」
「禁煙席でぇ!!」
気持ちがいい。
このレストランは客にストレスを発散してもらう事をテーマに営業している。
だから普通のレストランならば迷惑行為になる大声も咎められることはないのだ。
「かしこまりました。お席の方へご案内いたします」
店員に案内されて席へと向かう。
その途中、
「ナイスお一人様!!」
他の客から声が上がる。
店員からではない。
「こちらの席でよろしいですか?」
「はい!!」
案内された席につく。
ウェイトレスが水とおしぼりを私の目の前に置くと、
「ご注文が決まりましたらそちらのボタンを叩いてお呼びください」
と言って店の奥へと戻っていった。
入店前から何を頼むか決めていたので、その場ですぐに注文をしてもよかったのだが敢えてそうしなかった。
その理由はテーブルの端にガッチリと固定された直径15センチメートルほどの頑丈なボタン。
このボタンを叩きたいがために一度店員を見送ったのだ。
「ダアァァァッ!!」
握りしめた拳を上から思い切り叩きつける。
ここで計測された衝撃ポイントは会計時に発行されるレシートで確認することが可能だ。
今日は前回来店した時よりも強めに叩けた気がする。
帰りが楽しみだ。
「ご注文お決まりでしょうか」
「店長こだわりのグラタンとぉ!!ドリンクバァ!!ひとぉつ!!」
食事のメニューは至って普通。
その辺のファミレスのものと変わらない。
しばらく待って注文した料理が運ばれてきた。
食事中でも構わず大声で叫んでもいいのだが、そこはまぁ叫ばないのも客の自由だ。
最近足繁く通うようになったとはいえ、まだ数えるほどしか来ていない私は大声で叫ぶのにまだ少し抵抗がある。
来店時や注文時はともかく食事中の感想などは多少のアドリブ力が必要になるからだ。
そんな私とは対照的に思う存分サービスを満喫している客がいる。
私の入店時にナイスお一人様と声かけてくれた彼だ。
「うまぁあああああい!!」
「ナイス味付け!!」
「歯に挟まったあああああ!!」
などと自由気ままに叫んでいる。
どうやらこの店の常連のようで、いつ来ても居るものだから通い始めたばかりの私でさえ彼の顔を覚えてしまっている。
ん?何やら店の入り口が騒がしい。
いや騒がしいのは当たり前なのだが、何かいつもと様子が違う。
「15名様ご案内でーす」
団体客だ。
この店に通うようになって一ヶ月。
これほどまでの団体客を見るのは初めてだ。
団体客だと何か違いはあるのだろうか。
「団体キタ!!」
「祭だ!!祭だああああ!!」
「団体!団体!団体!」
「ナイス団体!!」
店中から歓声があがる。
団体客を迎える掛け声が鳴り止まない。
この盛り上がり方は尋常ではない。
「ご注文はお決まりでしょうか」
団体客のついた席で店員が注文を取り始めた。
「チーズインハンバーグ!!200グラムで!!」
「チーズインハンバーグ200グラムがおひとつ」
「サイコロステーキ!!!200グラム!!!」
「ソースは醤油味と塩味の二種類ございますがいかがいたしますか?」
「塩で!!!」
「サイコロステーキ200グラム塩ソースがおひとつ」
その後も一人ずつ注文していく。
うん?
一人注文するごとに客の声が大きくなっていっている気がする。
次の注文が最後の15人目か。
「ィイイイフアンアアアウウウウウウ!!アンアウウアムウウウウ!!」
間違いない。
これは魂の叫びだ。
しかし何を注文しているのか私にはさっぱりわからない。
「ビーフハンバーグ300グラムがおひとつ」
それでもウェイトレスは慣れた様子で難なく聞き取り、そのまま注文を取り終えて厨房へと戻っていった。
その後は注文した料理が来る度に全員で料理名を斉唱したり、全力で雑談したりなど、団体客は持てるポテンシャルを余すこと無く発揮し、私はそれに感動せざるをえなかった。
さて食事も終わった事だしそろそろ出るとしよう。
今まで恥ずかしくてあまり大声を出す事の出来なかった私だったが、今回は団体客のおかげで私の声など埋もれてかき消されてしまうため、いつもより思い切り叫ぶことができた。
会計のために伝票を持ってレジへと向かう。
団体客が来てから20分は経っているはずだが彼らの熱は冷めるどころか上昇する一方だ。
盛り上がるのは構わないのだが店員とのやり取りもかき消されてしまうため、身振り手振りで会計せざるを得ず、少々苦労した。
店を出てから、ふと思い出してレシートを見る。
124点。
呼び出しボタンを叩いた時の点数だ。
100点を越えると次回来店時に割引サービスを受ける事ができる。
大満足だ。
また近いうちに来るとしよう。
一週間後。
私は高ぶる気持ちを押さえながら道を歩いている。
ストレス発散レストランへと向かっているのだ。
認めよう。
私はもうハマってしまっている。
仕事が忙しくて一週間も間が空いてしまったが片時も忘れたことはなかった。
今まで生きてきた人生の中で最大の楽しみかもしれない。
さぁ今日は仕事でたまった一週間分のストレスを思い切り発散するぞ!
などと考えているうちに目的のレストランに到着した。
はずだったのだが。
ない。
そこにあるはずのレストランがない。
道を間違えたか。
いやそんなはずはない。
道路をはさんで向かいの眼鏡屋もその隣の電気屋も覚えている。
一週間前にはここには確かにあのレストランがあったはずだ。
潰れてしまったのだろうか。
しかし一週間前にあれだけ繁盛していた店がこれほど急になくなってしまうとも思えない。
その時一人の老人が通りがかった。
もしかしたら何か知っているかもしれない。
私は尋ねてみることにした。
「すみません、ここにレストランがあったと思うんですが」
「ああ、あのレストランね」
やはりこの場所で間違いない。
「何かあったんでしょうか」
「あー何か店員と客が揉めたらしくてね。店員が客を刺しちまったらしい」
「そんな……」
まさかニコニコ笑顔で明るい接客のあのウェイトレスが?
「わしは入ったことないから知らんが、まぁあんな大声で毎日毎日怒鳴られちゃね。ストレスが溜まってたんじゃないかの」
大声で叫び続ける客の一方で落ち着いた丁寧な対応を求められる店員。
そのストレスは大きなものだったのかもしれない。
「あんた、この店の常連だったのかい?」
「あ、いえ、私は……失礼します」
私は逃げるようにその場を立ち去った。
レストランがあった場所を離れてから数時間。
私はあてもなく辺りをぶらついていた。
外はもう真っ暗だ。
私の心も真っ暗だ。
せっかく見つけた心のオアシスが。
これから先、私はどうやってストレスを解消していけばいいのだろう。
一般的なストレス解消法で満足できるだろうか。
こんなことならばストレス発散レストランなど最初から知らないほうがよかった。
ああ私は一体どうしたら……。
ん……道の真ん中に何か……あれは人か?
近づいて見てみると若い女性が倒れている。
「大丈夫ですか?」
声をかけてみるも反応がない。
息はしている。
どうやら気を失っているだけのようだ。
「ん……」
気がついた女性がゆっくりと目をあける。
「大丈夫ですか?」
「ここは?……そうだ私変な人に襲われて」
「それは大変だ。近くの交番まで送っていきましょう」
女性を連れて交番まで歩いていく。
ほどなくして交番にたどりついた。
「それでは私はこれで」
「ああすみません、あなたからもお話を伺いたいので少々お時間いただけませんか」
交番の警察官が私を呼び止めた。
どうやら私からも事情聴取しなければならないらしい。
仕方がないので女性への事情聴取が終わるまでしばらく待つことにした。
交番の隅に置かれていた長椅子に腰掛ける。
警察官は机を挟んで女性の向かい側に座って事情聴取を始めた。
「いきなり後ろから男が近づいてきて大声で何かを叫んだと。その男が何を叫んだか覚えていますか?」
「なんだかわけのわからないことを……確か『ナイスお一人様』って言っていた気がします」
「えっ」
思わず口から漏れてしまった。
「何か?」
警察官が不思議そうな顔でこちらを見ている。
「いえ何でも」
「そうですか。まぁ確かに『ナイスお一人様』なんて聞いたらそんな反応になっちゃいますよね。実は最近、4日くらい前からですかね。似たようなセリフを叫んで逃げる変質者が出没してるんですよ。おっと失礼」
警察官は一瞬笑いを浮かべたがすぐに襟を正して女性への聴取を再開した。
その間、私は思い出していた。
ナイスお一人様。
忘れるわけがない。
あのレストランに入るたびにかけられた言葉だ。
その言葉を聞くたびに「さぁ来たぞ」という実感がわいてきたものだ。
その言葉を私にかけてくれた常連客。
顔もハッキリと思い出せる。
警察官にこの事を伝えるべきか。
しかしなんだかまるで仲間を売るような……。
いや待て。
あの人が犯人とは限らないじゃないか。
ナイスお一人様だなんて、あの人以外にも叫ぶ人は……いないか……。
いや、もしかしたらあの人に罪を着せるために誰かが……。
その可能性は無くも無いがあのレストランが潰れた時期と変質者が出始めた時期を考えるとやはり……。
ストレスを発散する場所をなくしてしまった常連客が変質者になってしまったと考えるのが自然だろう。
その後、女性の聴取が終わり私の番が来たが、女性を発見した時の状況を簡単に聞かれただけですぐに終わった。
結局あの常連客については何も話さずに自宅へと帰ってきてしまった。
その晩、私は眠れぬ夜を過ごした。
次の日。
今日は日曜日。
あの常連客の事が気になってなかなか眠れず、結局起きたのは昼過ぎだ。
だが特に何かする予定もない。
ぶらりと外へ散歩に出た私はいつのまにかレストランのあった場所へとやってきてしまった。
しかし何度来た所で、何時間眺めたところでレストランが復活するわけでもない。
失意のまま帰ろうとしたその時、道の向こうから暗い表情をした男が歩いてきた。
「あ、あなたは!」
その顔を見て思わず声をあげてしまった。
間違いない。
あの常連客だ。
「ん……あぁ、あんたか」
向こうもこちらの事を覚えてくれていたらしい。
私達はそれから近くの公園へと場所を移した。
適当なベンチに腰をかけて話を聞く。
「あのレストランへは毎日通ってたんですか?」
「ああ」
「店員が客を刺したって聞きましたけど」
「そうだよ」
「もしかしてあなたもその場にいたとか?」
「ああ」
「ほんとですか!ど、どんな状況だったんですか?」
常連客の男は一瞬めんどくさそうな表情を浮かべてからしぶしぶ話し始めた。
「冷やかしだよ」
「冷やかし?」
「俺やあんたみたいなわかってる客ばっかりだったらいいんだが、噂や口コミで店の知名度があがるとやっぱりな」
「なるほど……」
「大声にもマナーってもんがある。あいつらそれをわかっちゃいねぇんだ。そして刺された奴。あいつは特にひどかった」
「そんなにですか」
「ああ。これでもかというくらいウェイトレスを煽る煽る。その煽り方がまた悪質でな。あの愛想のいいウェイトレスが無言でひっこんじまった」
「ひどいですね」
「そんでウェイトレスが戻ってきたと思ったら手に持った包丁でブスッ!よ」
「そうだったんですか……」
「そうなる前に俺らがなんとかしてやればよかったんだがな……後悔先に立たずってやつよ」
男は遠い目をして空を眺めている。
私はさらにあの事について聞いてみる。
「あの、間違っていたら申し訳ないんですが」
「俺だよ」
「え?まだ何も」
「最近ここらで出るっていう変質者のことだろ?俺だよ」
「やっぱりあなたでしたか」
「ああ、どうやら俺はもうダメらしい」
「そんな……」
「発作みたいなもんでよ。自分じゃ止められねぇんだ」
「時間が経てば良くなるんじゃ」
「俺も最初はそう思ったんだがな。逆よ。時間が経てば経つほどひどくなっていきやがる」
「どうしようもないんですか」
「ああ。どうしようもねぇな」
「病院にかかるとか」
「頭のか?無理無理。こいつを治せる病院なんてねぇよ」
「それじゃあ私もいつか……」
「いや、あんたは大丈夫だろう。通ったのはせいぜい7,8回ってとこだろ?」
「はい……そのくらいです」
「じゃあ大丈夫だ。あんたは俺みたいになることはねぇよ」
「そうですか」
男には気の毒だったが正直ほっとした。
「じゃあ俺はそろそろ行くわ」
「あ、ありがとうございました」
「別に礼を言われるようなこたぁしてねぇよ」
男は寂しげに笑うとゆっくり立ち上がって公園を去っていく。
私も遅れて立ち上がり、その背中が見えなくなるまで見送った。
「安心したら腹が減ったな」
どこか適当なファミレスにでも入ろう。
あのレストランじゃないのは残念だが仕方ない。
さっきまで会っていた男のような中毒者にならずに済んだのだから、あのレストランがなくなったのはむしろラッキーだったかもしれない。
私は近場でファミレスを見つけて入った。
「何名様で御利用ですか?」
「……一人で」
お一人様でぇ!!!と叫びたくなる衝動に襲われたがなんとか我慢できた。
あの男の言う通り私はまだ大丈夫だったらしい。
ほっと胸をなでおろす。
ファミレスは日曜日の夕食時ということもあって混雑している。
家族連れに囲まれて少し失敗したなと思いつつ待合席に座って待つ。
その時だ。
「ィイイイフアンアアアウウウウウウ!!アンアウウアムウウウウ!!」
客席の方から唐突に叫び声が聞こえてきた。
間違いない。
これはあのレストランで聞いた団体客の魂の叫びだ。
あのレストランの被害者はさっき会ったあの常連客の男だけではなかったのだ。
店内がざわめく。
当たり前だ。
ここは何の変哲もない普通のファミレスなのだから。
あのレストランならば賞賛にさえ値する行為なのだが。
魂の叫びをあげた男はほどなくして到着した警察官に連行されていった。
彼は更生できるのだろうか。
あの常連客と同じように一生あのままなのだろうか。
私も一歩間違えていたらああなっていたかもしれない……。
そう考えると恐ろしくてたまらなかった。
そんな事を考えているうちにいつのまにか時間が過ぎ、私の名前が呼ばれて現実へと引き戻される。
「お席のほうへご案内いたします」
店員に連れられて店内の通路を歩く。
ナイスお一人様という声はどこからも聞こえない。
声をかけてくれる彼はもういない。
「こちらの席でよろしいでしょうか?」
店員に案内されて席につく。
「ご注文が決まりましたらそちらのボタンを――」
「ダァアアアアッ!!」
気づくと私の拳は呼び出しボタンへと勢いよく振り下ろされていた。
その拳とヒビの入った呼び出しボタンを見ながら私は呆然とする。
全然大丈夫ではなかった。
私も手遅れだったのだ。
店中の視線を集めながら私は力なく椅子にもたれかかった。




