取引現場
入社してから二週間が過ぎたが、一向にヒーローぽっい仕事は回って来なかった。
怪人が出たと言う連絡があっても、他のヒーロー達が解決する。
一方で雑務課の仕事と言ったら、近所のボランティアやパトロール。
今日も、朝から公園のゴミ拾いをして来たばかりで溜息を付く。
「はぁ~」
「どうした、部長?」
「どうしたじゃないですよ、私が入ってからずっとボランティア活動しかしてないですよ!」
「それで?」
「それでじゃないでしょ!白牙さん!もっと、ひーろーぽっい仕事したいです!
それに怪人だって、頻繁に現れてるじゃないですか!どうして、ここに回って来ないんですか!は~」
自分のデスクで再び、盛大に溜息を付く。
ちなみに「部長」と言うのは自分のあだ名見たいなものである。
それより、一番の不満はヒーローの会社に入ったのに何もヒーローぽっい事をしていない事だ。
確かに自分には特別な超能力もないし変身も出来ないが、一回も怪人退治に出れないのが不思議なのだ。
そんな事を頭の中をぐるぐる考えていると電話が突然鳴り響く。
「は~い、もしもし」
『白牙、私だ。直ぐに来てくれ』
「はいは~い」
電話を直ぐに切り、目付きが急に鋭くなる。
「だ、誰だったんですか?」
「行くぞ」
立ち上がるその姿は雰囲気が急に変わり、何時と違い早く歩いて行く。
その進む先にはエレベーターの扉が一枚ある。
二人で乗り込む。その雰囲気は雑務室に流れている良い加減なモノではなく、緊張で満ちていた。
「あの~、行き先はどこなんですか?」
「部長には言って無いな、社長室だ」
「え?このエレベーターって、社長室に直通なんですか?!」
「そうだ、さっきも緊急な連絡が入ってな」
その声色は何時ものとは別物で、一緒にいる自分も緊張してしまう。
「着いたぞ」
エレベーターが目的地に着いた音が鳴り停止する。
扉が開き、落ち着いている雰囲気と清潔な雰囲気が広がる廊下が姿を現れる。
その雰囲気に気負けして、足が少し竦む。
前の会社でも社長室何て一回も入った事が無く、聞いただけで緊張してしまう。
「何してんだ?行くぞ」
「は、はい!」
呆けていると、それを戒めるかの様な声で足が前進する。
二人で歩くこの廊下の雰囲気は慣れそうに無い。
それに何故、こんなにぴりぴりしているのか未だに話してくれない。
「ここだ」
二回扉をノックして、扉を開ける。
「雑務課白牙一狼と加藤努です。失礼します」
「入ってくれ」
社長室にはどんな人物が待っているのか想像する。
大体の社長は頭がはげていて、肥満気味の腹を抱えているのが王道の社長。
最後に付け加えるなら、すけべで女が大好物だ。
「え?!あなたが社長だったんですか?!」
「初めましてじゃないか…。加藤君」
「清掃のおじさんじゃ…」
「はっはは!普段は清掃のおじさんをしているんだよ。
あそこにいると社員達の顔を一番近くで見れるからね、それに最近は腹が出て来たからね」
その言葉に唖然とした。前の会社の上司達は大概、威張り、下の者を見下し、面倒事は全て部下に押し付ける。
そんな連中ばかりだったが、この社長は真逆の人間だ。
「それでミスター、今回の仕事は?」
「そうだな、本題に入ろう。以前から追っていた、怪人クラブA市統括幹部ドラゴンが今日の夜に密入組織との取引が港の倉庫であると言う情報が入った。
それを君達に押さえて欲しい。それが今回の仕事だ」
「了解」
「それと一狼、加藤君も同行させてくれ」
「そのつもりです。それでは失礼します」
「し、失礼します」
社長室から出た後、直ぐに現場に向かう。すると警察と思われる二人組みが既に張り込みが開始されていた。
時刻はまだ午前10前だと言うのに、この場の雰囲気はピリピリしている。
例えるなら会議前の十分前だ、あの雰囲気は今でも忘れられない。
部下達と不安で押し潰されそうになり、胃が痛くなった事を覚えている。
今それと似た雰囲気が自分の肌に触る、はっきり言って気分は良くない。
だが、不謹慎かもしれないが若干わくわくしている。
「あ、ぶんさん。ちーす」
「なんだよ、白かよ。びっくりさせなんよ」
「白さん、ご苦労様です!」
「ぶんさん達も張り込みか?」
「あぁ、やっと連中の尻尾を掴む事が出来る事がかもしれねぇ。ん?見ねぇ顔だな、新人か?」
「は、初めまして!四月から白牙課長の元でお世話になっております!加藤努です!」
「一瞬こいつの上司かと思ったぜ、その歳で新人って大変だな!」
A市県警の刑事課所属鈴木文代通称ぶんさん。
その隣に居る、新米刑事の田中。
ぶんさんは刑事暦三十年のベテランである。
白牙との出会いはとある事件がきっかけで知り合い、数年の付き合いである。
何かあると、現場で顔を合わせる。
「ぶんさん、工作員と思われる男が二人倉庫に入って行きました。どうしますか?」
「早まるな。まだ踏み込む時じゃない、現行犯であいつらをしょっぴくぞ」
正に刑事ドラマを目の前で見ているかの様な気持ちになるがこれは現実なのだが、実感が無い。
浮き足立っている証拠なのだろう。そんな自分を戒めるかのように口を閉じる。
すると、スーツ姿の人間が倉庫の前で連絡を取っている様に見える。
先ほどの下っ端では無いと遠目で解る。
時刻はまだ昼前だ。犯罪組織の取引は普通、夜に行われるではないのか。
「田中、本部に連絡しろ。何時でも突入出来る様にってな」
「はい!解りました、でもこれからどうするんですか?」
「場所を変えて、張り込む。おい白、行くぞ。あんたは田中と一緒に居てくれ」
「解りました」
何時の間にか、刑事さんに指示されていた。
それより、思う事は最近の犯罪組織は朝から行動する健康な人達何だと頭の中で考えていた。