実戦訓練
「部長!行くぞ!」
二メートル近い巨体が突進して来る。その視界に映る映像は、錯覚が入り倍近くの大きさに見えてしまう。
その迫力で立ちすくみ、動けないのが情けない。
「う…」
気がついたら、マットの上で天上を見ていた。
「大丈夫か?」
顔を覗きこまれ、我に返る。
「あ、はい…。よいしょ」
立ち上がり体勢を直し、再び構える。
「部長、もっと腰を落とせ」
「こうですか?」
「そうだ。相手にタックルを決める時は腰を落として、重心を前に置く事で力も加わる。
それと、重要な事は恐怖心を失くす事だ。立ち向かう事を恐れたら、駄目だ」
「は、はぁ…」
良い事を言っているのだが、今の自分には理解出来ない。
だが、今大事な事は少しでも戦闘になれる事だ。少しでも相川さんの役に立ちたいと言う気持ちもある。
それに、事件も解決したい。
「部長!気合を入れて、かかって来い!遠慮はいらん!」
「は、はい!」
勢いに任せて、巨漢に身体を叩き込む。
「良くなってきたじゃねぇか…」
今出せる、精一杯をぶつけるが平気な顔をしている。
「あ、ありがとうございます」
褒められて、素直に返事をしてしまう。
「じゃ~、これはどうかな!」
「え?!」
身体が急に宙に浮き、投げ飛ばされる。
その時身体が本能的に体勢を立て直し、何も無かったかのように着地する。
「おっ!部長!そんな動きが出来るかよ!最初から言ってくれよ!」
「え…?これはち、違うんです?!無意識でやったんです!意識的にやったんじゃ…」
「何だって?」
突然の出来事に頭がついて行かないが、一拍空いて我に帰る。
「もしかしたら、白牙さんの血を輸血したのが原因かもしれません」
「それって、ドラゴンの時か?」
「そうですね。あの怪人に襲われそうになった刑事さんを庇って、反対にやられましたけどね。
それで気がついた時には、ベットの上でしたよ」
「それって、漫画の主人公見たいでかっこいいじゃねぇか!あっははは!」
「痛いですって…」
二人はスポーツドリンクを飲みながら休憩をしていた。
「それで何か身体に異常はあったのか?」
「いえ…。異常って言うか、急に目が良くなったり、鼻が良く効くようになったりですかね」
「あっははは!良いじゃねぇか!何も無いよりは!これで部長も能力を得たわけだ!休憩は終わりだ!」
ドラゴンの事件以来、身体が十年くらい若返ったような感覚を覚える。
それは身体の中で流れている血の恩恵なのかは、今は解らないが害がないので気にしてはいない。
余計な事だが、若返って良い男になった気がする。
「良し!休憩、終わりだ!特訓の続きだ!」
「は、はい!」
この日は夕方まで、マッスルさんとずっと戦闘に慣れる為の訓練をずっとしていた。
「いてて…」
「大丈夫か、部長?」
「わりと平気ですね、腰が痛いだけで」
「そうか」
二人は何時もの風景と違った道を歩いている。
「白牙さん、どこに向かってるんですか?」
「パトロールついでに飯でも食おうと思ってな」
「え?」
確かに微かに煮干の香りが鼻を刺激する。もしかすると、これはラーメン。
二人の歩を進めるとのれんが現れ、「ほいほい軒」と書いてある。
この名前のセンスは疑うものがあるが、ひとまず店の中に入る事にする。
「いっらしゃいませ!何だ、白ちゃんかよ…」
「何だとは何だ、失礼な店長だな!とりあえず…」
「ちょっと待ってろ、先にビールな」
二人が座った、カウンター席のテーブルにビンビールとお絞りが出て来る。
そのお絞りで汚れた、顔を拭く。
「部長、おっさんくさいな…」
「何言ってるんですか、私はもう四十ですよ。良いおじさんですよ」
「まぁ、飲めよ」
「あ、良いんですか?」
「あぁ、今日は俺の奢りだ!」
「はい、お待ち!ギョーザと野菜炒めね!」
出て来た料理に箸を運び、口の中に頬張る。
「このギョーザ、美味しいですね!」
「当たり前だろ!内の料理はどこにも負けねぇ!」
「でも、名前が馬鹿ぽっいけどな」
店構えは少し汚いし、店内は汚れているが料理は最高だ。
「うん?」
「どうした、部長?」
「いや、あそこの…」
「あの子か?最近、良く来てくれるようになったんだ。たぶん、学生だろ」
テーブル席に一人で座り、ラーメンを啜る。
その光景は気にする事はないが、その少年の姿が少し気になった。
どうも、普通の少年には見えない。それに、微かに血の臭いがする。
「おい、部長」
「は、はい」
「料理が冷めるから早く食べるぞ」
この言葉に意味があるとはこの時は解らなかった。




