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株式会社ヒーロー  作者: ボサボサ
おじさんヒーロー誕生
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面接

二千某年、とある商社。

「突然、呼び出して悪いね加藤君。まぁ、座って」

珍しく人事部の部長からの呼び出しを受け、部長室に足を運んだ。

「それでお話とはなんでしょうか?部長?」

ここまで来るまでに頭の中で妄想をしていた、この会社に入社して約二十年になる。

大学を卒業して、この会社一筋でやって来た。

営業部に配属され、この歳で思うように出世が出来ずに悩んでいた。

今の役職は課長で、自分の同期はとっくに部長や次長の席に座っている者をいる。

自分は課長。周りの人は気にするなと言ってくれたが、やはり男として上に行きたいと思うのは当然だ。

「…、君に頼みたい事があるんだが…」

少しの間が気になるが、期待を込めて踵を返す。

「はい!なんでしょう!」

やっと、自分の努力が認められると確信した。

「今、我が社が経営不振なのは君も知っているよね?」

全く想像していない言葉が耳に入る。一瞬、目の前が真っ暗になる。

「え…、それって?」

衝撃が強すぎて身体も口も動かない、これが硬直と言う奴か。

「各部署から一人か二人、依願退職と形で希望を出して貰ってる所なんだよ」

それはつまり、サラリーマンが一番恐れている「リストラ」だ。

「今なら、退職金も出せる。決断するなら早くしてくれ、それか部署の誰かを推薦して貰えないだろうか?

営業部で頼めるのは君しかいないんだよ、解ってくれるね?」

この時、人事部の部長が世界を滅ぼす悪魔に見えた。


私の選択肢は二つ、自分が犠牲になり退職金を得る。

もう一つは誰かを適当に選び、退職してもらう。

こんな不況でそんな事は出来ないが家庭もある。一人娘が最近、高校生になったばかりでこれから金が掛かる時期だと言うのに。

色んな事が頭をぐるぐると螺旋に回り、負の連鎖が止まらない。

気づけば、リストラ宣告を受けた翌日に返事をしたいた。

「すまない、加藤君。君のような人材を失って、私は悲しいよ。だが、これは会社の判断だ。解ってくれるね」


烏が鳴く夕暮れ、ずるずると重くなった足を引きずり帰り道を歩く。

すると、警報が鳴り響く。

『怪人が出現しています!危険ですので、直ちに近くの建物に避難してください!繰り返します…」

この放送が耳には入って来なかった、これが放心状態と言う奴なのだろうか。

「あれ~、おじさん何してるの~」

後ろから声が聞こえて来て、思わず後ろを振り向いてしまった。

そこには人とは呼べない異形の者が立っていた。

そう怪人だ。

「あ、そうか…。怪人警報が出てたのか、全く聞こえなかった」

その怪人はSF映画に出て来そうな、化け物だった。

不思議と恐怖は感じなかった、もう死んでも良いと本気で思っている。

会社に僅かな退職金を握らされ、リストラされて先が真っ暗で生きる意味が無くなった。

もう良いや。

「待て!そこまでだ!とうっ!」

「げっ!ヒーロー!」

なんとそこに正義の味方が現れ、絶望の淵に立たされていた私を助けてくれた。

そして、あっと言う間に怪人はヒーローによって御用となった。

「危ない所をありがとうごさいました…」

「本当ですよ、警報が聞こえなかったんです?次から気をつけて下さい。それとこれを」

特撮に出て来るスーツヒーローは名刺を渡して来た。

「それでは!何かあったら連絡を!」

颯爽と現れ、スマートに消えて行く。その姿はまるでテレビに出て来るヒーローだ、子供の頃を思い出し胸が熱くなる。

その余韻が残ったまま、住宅ローンが十五年残ったマイホームに帰宅する。


「ただいまー。優子いるかー?」

この家は十年前。愛娘の真紀が五歳の頃、思い切ってローンで買った。

「今日は早かったのね…」

自慢の妻で優子。二十年前に結婚して現在に至るが最近、夫婦の仲は冷え込んでいる。

だが、今でも愛していると言えばちょっと恥ずかしいが出会った当初と変わらない。

これははっきりと言える。


現在は夕方の六時。現在、妻は夕飯り仕度をしてるそのエプロン姿は今でも眩しい。

スーツを脱ぎジャージに着替え、煙草を吸いながら新聞の文章を読む。

「なぁ、優子…。ちょっと、話があるんだけど?」

「何?」

その態度はどことなく冷たい、二十年も一緒にいれば多少冷たくなっても仕方ないと自分を納得させる。

席に座り、正面に座る。

「言い難いんだけど。会社、リストラされた…」

「そう…」

「え?もっと、驚かないの?」

以外の反応は薄い。正確には興味が無いと言った状態だ。

「次いでだから、私からも話があるの」

リビングにある、小物入れから一枚の用紙が姿を表す。

「え…、これって?」

「見れば解るでしょ?私と別れて下さい」

その時、娘の真紀が学校から帰って来た。

「ただいまー」

重たい空気が二人の間に流れる。

「お帰りなさい。真紀」

娘が帰って来た事により、一旦離婚話が切り上げられる。


その日の夕食は味がしなかった。

会社をリストラされた事もあるが一番は長年連れ添った女房から、離婚を迫られるのは精神的に辛い。

離婚をする時は体力を使うとテレビで言っていた事を思い出す。

あの時はそんな事は無縁だと思っていたし、絶対に一緒の墓に入ると思っていた。

はっきり言って、気分が悪い。

「ごちそうさま」

ほとんど、残してしまった。災難な事が一日二回あれば食欲も失くす。

今時リストラと離婚は珍しくないが、いざ自分が直面するとしんどい。

「あら、もう良いの?」

「お父さん、具合でも悪いの?」

何も知らない娘が心配してくれるが、口を強がる。

「大丈夫だよ、ただ疲れているから。今日はもう、寝るよ」

重たい身体を引きずり、寝室に向かう。

精神的に疲れているのか、ベットに入った瞬間に意識が無くなる。


翌朝、会社の支度をする時間に目が覚めリビングに行く為に階段を下りる。

「おは…」

何時ものように扉を開けると、そこには静寂が広がっていた。

何時もなら優子が朝食の支度していて。真紀が朝のワイドショウで占いを見ている。

何時ものなら三人で朝食を食べている。何時ものなら優子が見送ってくれる。

失ってしまった。

テーブルに目を向けると、一枚の紙と結婚指輪が空しく置かれていた。


テーブルに着き、離婚届の前に座る。さっきは気づかなかったが、一枚のメモ用紙が置かれていた。

『あなたとの夫婦生活に嫌気が指しました、私は新しい人生を送ります。それと真紀は私が引き取ります』

そのメモの内容は余りにも、簡素な内容だ。込み上げて来た怒りではなく、涙が離婚届に零れ落ちる。

この時の感情は自分は何の為に働いて来たのか解らなかった。

下げたくも無い頭を下げ、上司と部下の間に入り不器用ながら仕事を自分なりにこなして来たつもりだ。

家族も蔑ろにした事は一度もなかった。それが二枚の紙で終わってしまう。

この小さな幸せが自分の自慢だった、決して給料も高い方ではなかったが必死でこの約二十年頑張って来た。

この状況を一言で言うなら、絶望だ。

『必要なのは君の勇気と行動力だけだ!君も平和を守る事を仕事にして見ないか?

その一歩が君の未来を変える!株式会社ヒーローは何時でも君を待っている!』

たまたま付けたテレビで昨日助けてもらったヒーローが所属する会社のCMが流れる。

自然とその映像に釘付けになっていた。

何を思ったか、いつの間にか何十年ぶりに履歴書を書き、面接をする為に会社に電話をする。

『お電話ありがとうございます!株式会社ヒーローでございます!』

「あ、あのテレビを見たんですけど、面接って何時から受け付けているんでしょうか?」

『はい、ありがとうごさいます!面接でしたら、何時でも受け付けております!今日でも大丈夫ですよ』

「じゃ、今日お願いします!」

『お名前を伺っても宜しいでしょうか?』

「加藤努です」

『加藤様ですね!ではよろしくお願いします!』

「はい!お願いいたします!それでは失礼します!」

こんなに緊張したのは就職活動していた、大学時代以来だ。


株式会社ヒーローは日本が誇る一流会社の一つで国内で数社を抱える。

二人に一人の割合で生まれる超能力者が占めるこの世界で警察や軍隊が耐用出来ない事件を解決するのがこのヒーロー達が所属する株式ヒーロー。

主に怪人と呼ばれる者達に対抗するのが仕事である。

他にもボランティア活動、地域貢献、芸能活動、公共事業の補助、災害派遣なども行っている。

このA市にある支店も数多くのヒーロー達が所属している。

「やっぱりでかいな…」

勢いだけで来てしまったが、もう後には引けない。

ビルの中に足を踏み入れる。すると一人の体格の良いおじさん清掃員にぶつかる。

「失礼!大丈夫ですか!?」

慌てて、モップを拾い上げる。

「これはこれは失礼…。おや?見かけない顔だね?」

モップを清掃員に渡し、恥ずかしいそうに言葉を口にする。

「これから、面接なんですよ。こんな、歳でお恥ずかしい」

「そんな事はありませんよ。頑張って下さいね」

「それでは失礼します」

過ぎ去る背中をおじさんはしばらく、眺めて呟いた。

「良い人材が来たな」


受付にたどり着き、口を開く。

「面接の予約をしている、加藤ですが…」

「はい、お待ちしておりました。加藤さまですね!面接会場は二階になりますので宜しくおねがいします」

「解りました」

二階に向かう為に階段を使う事にする。

すれ違う人々が皆、何故か輝いて見える。

そんな事をしている内に面接室に辿り着いた。

「ここか?時間は合ってるから、入っても大丈夫だよな…。失礼します」

ドアをノックする。

「どうぞ、お入り下さい」

「あの~、ここが面接会場だって聞いたんてすけど?」

「そうですよ、加藤さんですよね?お座り下さい。わざわざ、ご足労お疲れ様です」

「は、はい!失礼します!」

そこにいたには自分より歳が上だと思われる、おじさんだった。

「それでは履歴書を拝見します」

鞄の中から、書類の入っている封筒を渡す。

「お願いします」

「確かに、それではまずは軽く自己紹介をお願いします」

「加藤努、年齢四十歳です。先日リストラにされました」

「それ全然、軽くないですよ…」

「はい、すいません」

「それで志望動機は?」

「はい!先日帰りに怪人に襲われた所を貴社に所属するヒーローに助けて貰い。

大変感動を覚え、私もその仲間入りをしたいと思い応募させてさせて頂きました!」

「そうですか。私もね、ヒーローに憧れてこの会社に入ったんでよ。若い時はそれなりにぶいぶい言わせてたんですよ。

この歳でヒーローに憧れるか…、ありきたりだけど悪い事じゃ無い。それではこの辺で終わりにしますか」

「え?もうですか?」

「はい、十分にあなたの熱意は伝わりましたから。結果は後で連絡します」

「ありがとうございます!それでは失礼します!」

面接会場から、出るその姿を見て一言人事課のおじさんはつぷやく。

「いや~、なんいだろ!普通!年考えろよ!」


そして、三日後。

誰もいない、自宅の電話のベルがなる。

「もしも…」

『もしも、加藤努様の自宅でお間違いないでしょうか?』

「はい、そうですが」

『お世話になっています、株式会社ヒーローでございます!面接の結果をお伝えします。

おめでとうございます!採用が決まりました!説明がございますので今日はご予定は大丈夫でしょうか?」

「は、はい!」

『指定の時間に当社に起こし下さい。それでは失礼します』

電話を切り、まず口にしたのは。

「やったーーーーー!」

こんなに喜んだのは娘が生まれた時以来だ。

これからの生活に胸を膨らませる。


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