2
小説家と少女、遭遇の場面です。
私は今仕事スペースである書斎より場所移して、客間にいる。
私と彼女の間にはコーヒーから立ち昇る湯気が見えた。
「あの、あの。ほかはどうでしょうか!」
「えーと……もう少し主人公の心情を出して」
「はい!わかりました!」
甲高い声が耳を劈く。
もう何度言葉を遮られただろう、小さくため息をついた。こんな感じのやり取りも何回したかわからない。
自分の手の中にあるのはパソコンとプリンターで作成された明朝体で印刷されている原稿用紙、それがおよそ50枚ほどホチキスで留められている。ちらりと紙の上から視線を覗かす。
そこに映るのは先ほどの声の持ち主の少女だ、こちらの視線には気付かず携帯電話を操作している。
彼女は結城美帆乃、ペンネームではなく本名らしいそれは名前を無理くりに2つ繋げたみたいだと思った。ショートボブの黒髪に赤縁の眼鏡。服装は近郊にある某高校の制服で紺色を基調としたスカートにジャケットに黒のハイソックスを合わせていた。また自己流に着こなしているのか、ジャケットの下からは体型の割にはだぶっとした灰色のカーディガンがはみ出していた。
服装はきちんとしているとは言えない、人に会うのであればジャケットのボタンぐらい留めるものだろう。『今時の浮ついた学生』と見た目はそんなイメージで、そして中身も同様であろう。いくら感想や指摘されたことをメモに取るとしても携帯電話を使用するのはいかがなものか。
正直持ち込まれた原稿も衝撃、ともいえる印象は受けなかった。無理やり感想を捻りだすともいうのも難儀なことである。
そんな自分の苦労もつゆ知らず、彼女は携帯片手に自分の小説の細かな設定などを話始めていた。その内容も泡の様にすぐ頭から消えていったが。
「佐々木センセに見てもらえて本当に感動ものです!」
「あー、それはありがとう」
「もぅ、照れないでくださいね!私、結婚しちゃいたいぐらいホントにホントにセンセのこと尊敬してるんですぅ」
「……ははは。お世辞でも嬉しいよ」
自分でも面白いぐらい。今時の勢いにおざなりな返事しか出なかった。
彼女とは確か20歳は離れている。親子程の歳の差をこれでもかと味わった気がした。
自身の空笑いがまだ部屋に残っている中、彼女はあっと言わんばかりに口元に手を当てた。そして急におろおろしだす。
「そ、そいえば佐々木センセ結婚してましたっけ……今お家に奥さんいらっしゃるのにこんな発言。マジやばですよねぇ」
「悠子なら今外に出ているよ。気にすることはない」
むしろその言葉づかいを何とかするのが先だと思うのだが。私は笑顔の裏でそう付け加えた。
そんな私の言葉とは裏腹に、彼女はきょとんと私を見つめ返す。そうして首を傾げた。
「そうなんですかぁ?もしかして、私をお家にあげてくれたの家政婦さんか何かです?てっきり奥さんかと……」
ああと合点がゆく。
「いくら売れっ子作家でもまだまだ駆け出し、家政婦を雇う余裕などないさ。もちろん、先の女性は妻だよ。あのあと仕事の関係ですぐに出かけたんだ」
「はー……そうだったんですか」
彼女は携帯を閉じ、無機質な音が響いた。
これ以上少女と話しても何も進展しないだろう。そう思った私もほぼ同時に手にしていた原稿用紙を机の上に置いた。
そろそろ帰るよう促そう。そう行動に移そうとした時だ。
「実は私もう次回作も考えちゃってるんですよぅ」
「次回作、ねぇ」
彼女の自信に満ちた宣言に興味はそれほど湧かなかった。先の作品を見、実力は大体わかっている。今私が世話になっている出版社コンテストで2次選考に通るか通らないかその程度だ。是が非でも読みたいという衝動はない。
「次回作のヒント、尊敬する佐々木センセにだけ教えちゃいますね」
そんなことに気づく様子はない彼女はまだ帰る気は無いらしい。
「ミステリーを得意なセンセに一つ謎かけしてもいいです?」
「謎かけ?」
「駄目ですぅ?」
「かまわないが……、期待にこたえられるかはまた別だがいいのかい」
「大丈夫ですよぅ、佐々木センセにとって簡単な問題ですから。ではお言葉に甘えていきますね♪」
彼女は楽しげに一呼吸置いた。
「小説家と似ているものってなんだか知ってますか?」
結城美帆乃ちゃんの喋り方が一番難しい……。
次回もこんなスピードで投稿できたらいいのですが、土日に予定が入っているので難しいかもです。