パトリオット
小銭入れと札入れが分離した財布を買ってしまったのは失敗だった。いちいち双方の入り口を開いて中身を確認し、お伺いをたてなければならない。
優菜は小銭入れを閉じて千円札を取り出すと、それを自動販売機に吸い込ませた。角が少し丸まっていてうまくいかずに、一度失敗して二度目の成功。
カップにおちるホットコーヒーを確認しながら、じゃらじゃらとおちてきた小銭を財布にしまう。膨らんだ財布を脇に抱えて、やっとありつけたコーヒーで喉を潤す。
安っぽいビニール素材の黒い長椅子は、長年の重労働にくたびれて、座り心地が悪かった。この事務所には休憩スペースがここにしかないので、諦めてここに座るしかない。制服のタイトなスカートを手でなおして、コーヒーをすする。
「お疲れさん。優菜ちゃんも、休憩か。俺ツイてるな、ラッキー」
ずっと座っていたことでできる横皺だらけのスーツ姿の男は、ポケットに手を突っ込むと無造作にいれた小銭を取り出しへらへらと笑いながら甘いココアを買っている。
お疲れ様です、と愛想を欠如させた返事をして男に背を向けた。
社長息子といえば、その単語だけで誰彼かまわずに好かれそうなイメージがあるけれど、この男はとことん嫌われている。男は冷たくされていることに気づきもせずに優菜の隣に座り胸焼けがしそうなほどの甘い湯気にふうふうと息を吹きかけた。
「三崎専務、私は先に戻りますね」
三崎は、なんでぇ? とアホみたいな声をだして優菜の肩に手を回した。
ばっかじゃないの! と罵倒したくなる気持ちを押さえてコーヒーがカップからこぼれないように姿勢をたてなおす。
「せっかく二人になれたんだから……ゆっくりお茶しようよ」
間延びしたばかみたいな喋り方をして女に甘え上手な自分を演出しているのだろうか。優菜は全身から湧き上がる嫌悪感を爆発させないことだけに神経を集中させた。
「ね?」
三崎の手が無遠慮に優菜の制服を弄る。今時こんな露骨なセクハラをしてくること自体が珍しく、それが三崎のセンスの悪さを余計に際立たせている。
「やめてください」
「なんで? 俺とデキれば次期社長夫人だよ」
口説き文句さえもセンスがない。それなのにも関わらず三崎はその厭らしい顔を優菜に近づけてきた。二十代だというのに品がなく焼いた肌が老けてみえる。拒絶されているのにニタニタと笑うところが嫌悪感をさらに助長させる。
「このままホテルいこっか? 残業代だすからさぁ」
「行きません!」
この男はまだ働きはじめて半年だ。半年で専務の役職につき勝手気ままな毎日を送っているんだろう。半年の間、社内でいい噂は一切耳に入ってこないけれど、ここまでバカな男が社長息子だと思うと自分が身を置いている会社の先行きが不安になった。
「や! やめてっ!」
ストッキングをはいた太ももを撫でる手に寒気がする。その手はふざけながらスカートの中にまで侵入を試みる。
「嫌がったふりして、本当は感じてんじゃねーの?」
耳にかかる吐息に吐き気がする。
「あっ!」
カップの中のコーヒーが揺れて、不便な財布がリノリウムの床に落っこちた。
「専務! 本気で怒りますよ!」
「いいよ、怒っても、どうせ親父が全部もみけすよ。経理課の未紗ちゃん……なんで辞めたか知ってる?」
「さ……最低……あっ!」
つい本気の防衛本能から両手で抵抗してしまいコーヒーを床にぶちまけてしまった。
「おい! ふざけんな! 俺のアルマーニが汚れた」
三崎は、酷い悪態で優菜を睨みつける。器が小さな男は、横皺だらけの高級スーツについた小さな染みを指差す。
「体で弁償しろ」
「そんな……」
もとは全部三崎のせいだろう。嫌がる相手に無理矢理せまったことも、全部悪いのは三崎自身だ。
それにコーヒーの海に浮かんだ優菜の財布は、もっと悲惨なことになっている。
泣き出したい気持ちで下唇を噛み締めた優菜に、大丈夫ですか? と別の男の声がした。
振り返ると、その男は薄いブルーのユニホームを着て、同色のキャップ帽をかぶり、モップとバケツを持って立ちすくんでいた。そのユニホームはこのビルが契約している清掃業者だ。彼らは、この残業時間帯にビルの中と事務所内を毎日清掃してくれている。
「ちょうどよかった、おまえここ片付けとけ」
三崎は専務らしくぞんざいな態度で清掃員に顎で指示をだした。
それから「覚えとけよ」と優菜に人差し指を突きつけてスーツの染みをこすりながら、その場を去った。
「あーあ、この財布酷いね。早く中身取り出したほうがいいですよ」
キャップ帽の下には、三崎と同じ年くらいの端正な青年の顔が見えた。掘りが深く、整った顔立ちをしている。
清掃員は、腰に巻いていた汚いタオルで財布を摘まみあげると、はい、と言ってそれを長椅子の上に放り投げた。
「これプラダ?」
優菜は、「うん、自分で買ったものじゃないけど」と答えてコーヒー臭いそれに顔をしかめた。
「もしかして、プレゼントでしたか?」
プレゼントというか、その財布は手切れ金みたいなものだった。優菜が欲しがったがま口のついた財布を突然買ってくれた彼は、その日以降連絡がとれなくなった。薄々感づいていた。彼には家庭があって、自分が遊びだったということに……そして、欲しかったがま口の財布は凄く使い辛いことも知った。
中の小銭とカード類、お札を取り出す。さすがは高級ブランド、中は無事だった。
「これ、処分してもらえます?」
清掃員は、は? と首を傾げたが、すぐに「わかりました」と返事をして透明のビニール袋に財布を投げ入れた。
そして手際よく床に広がったコーヒーをモップで綺麗にしていく。
残業に戻ろうとした優菜の背中に、清掃員は言った。
「この会社のOLってプラダの財布捨てられるくらい儲かるんですか?」
「ごめん、だからそれ自分で買ったものじゃないの。別れた彼からのプレゼント。その財布、私みたいだもの。もういいかな、と思って」
清掃員は、なるほど、と頷くと掃除を終えて背筋をしゃんと伸ばした。キャップの奥の眼差しが柔らかく微笑んだ。
「処分しときます」
「ありがとう」
デスクに戻ると残業を切り上げた同僚たちが次々と帰って行くところだ。
「優菜先輩も早く帰りましょう。外、冷えてきましたよ」
後輩の遥香に、もうちょっとだけ、と答えて膝掛けを太ももにのせた。
「経費削減だからって残業中の暖房禁止は虐待に近いですよね」
「そうね、本当酷い話。そうだ、遥香。清掃員に新しく若い男の人がいたんだけど知ってる?」
「え、若い男の人ですか? あの派遣清掃員っていつもオジサンばかりですよね。しかも定年退職したオジサンがバイトしてるって話ですよ」
「オジサンじゃないよ、全然若いもん」
優菜もそんな噂を聞いている。だから、違和感があった。
「でも、ほら世の中不況で就職難だから若い人がそういう仕事に就くことがあると思います。うちの会社もわからないですよ……経営厳しそうですし……」
遥香が声を潜めた。経営の危機は口にしなくても社員なら誰でも薄々と感づいている。
「まだ残っているのかね? そんなに無理しちゃいけないよ」
遥香と残業していると三崎社長が姿を見せたので優菜は膝掛けを床に落としてしまう。
社長が直々に社員と接することは少なく、なぜ自分たちが声をかけられたのかもわからずに「お疲れ様です」と直立姿勢で頭を下げた。
スーツの前ボタンが悲鳴をあげているかのようなずんぐりとした体系の社長は、「お疲れ様、はやく帰りなさい」と諭すように言うと部屋の照明を落とした。
社長にここまで言われて残業を続けることは不可能だ。遥香も優菜も、「はい帰ります」と頭を下げた。
「うわ、びっくりした。いきなり社長が来たから……」
「本当驚きましたね」
明日の会議までに仕上げておきたい書類があったのに……と優菜は意気消沈して、会社を出た。
外は冷たい風がふいている。街を彩るクリスマスイルミネーションがあちこちで点灯している。赤や黄色の定番カラーから、最近はブルーやピンクなど多彩になっている。
とにかく数で勝負とばかりに、ぶら下げられた電球を重そうに抱えた木がただじっと黒子のように寒さに耐えている。遠くから見ると綺麗でも近くで見ると、あまり迫力がない。これならば単色でもセンスよく光っているほうが好きだな、と優菜は白いため息を吐き出した。
「ねえ、優菜先輩! 見て」
会社を出てからまだ五分も歩いていない。並んで駅へと歩いていた遥香に肩を叩かれて振り返る。
「サイレンの音が聞こえるね。会社の方だ……なんだろう? 見に行ってみる?」
遥香が頷いたので、二人は方向転換して来た道を戻っていく。
火事だろうか、消防車が優菜たちを追い抜いていく。その後ろには救急車にパトカーまでが我先にと走り抜けていく。
「火事か、事件か、事故かな? すごい騒ぎですね、明日の新聞に載りますかね? 先輩」
遥香がまるで他人事のようにわくわくとした口調でそう言ったのを優菜は何故か嫌な気持ちになって眉をしかめた。
単色は単色でも赤一色は味気ない。黒山の人集りに、赤い光が回転している。
「先輩……う、うちの会社から……」
「遥香、行こう」
優菜たちの会社は一階から三階まで小さな建物だ。他のテナントは入っていない。三階の窓から黒い煙が立ち上がり、正面玄関には黄色と黒のテープが引かれているところだ。
「すみません! この会社の社員です! 何かありましたか?」
紺色の制服を着た警官は優菜たちを煩わしそうに睨みつける。そうだ、と社員証を見せると、相手は「しばらくお待ちください」と無機質に答えただけだ。
「先輩、火事みたいですね。三階のあの部屋って総務部……!」
外からでは断定できないが、優菜も同じ部屋を予想した。自分たちの管轄ではないけど、会社の重要な役割を担う部署だ。メインサーバーとして置いてあるパソコンなどもあり、あの部屋は社員が帰ると厳重に鍵がかけられる。
白衣を着た救急隊員が担架をかついで正面玄関へと入っていった。
「先輩……、社長がまだ中にいましたよね……」
遥香の顔色がだんだんと優れなくなっていく。さっきまでは他人事のように野次馬の一員でいれた。だけど、自分たちの勤める会社での火事、それも怪我人がいる様子に二人は自然と手を握りあっていた。
「社長に……それにあの清掃員」
野次馬たちは、黒い煙を指差し、口々に勝手な憶測を語りはじめていた。そして手にしたスマートフォンでムービーや写真を次々と撮影していく。赤いライトに入り混じり、白いフラッシュが次々とたかれていく光景は異様だった。そんなものを撮影して、一体何に使うというのだろう。
ビルに大々的に掲げられた三崎商事という看板にフラッシュが反射してチカチカと光るのが無性に腹立たしくなっていた優菜に、黄色と黒いテープの向こう側からスーツ姿の男が近づいてきた。
「君たち、ここの社員だって?」
「はい、そうです」
会社の規則で首から下げたカードフォルダー
に社員証をいれて持ち歩かなければならない。優菜と遥香が社員証を出すと、その男は、「どうぞ」と人差し指と中指でテープを摘まみあげて手招きをした。
「怪我人がいるんですかっ?」
横からの優菜の問いかけに、その男は驚いたように目を見開いた。男の年齢は四十代後半くらいだろうか、騒然としたこの場で判断するのは難しい。
「なに、たいした怪我じゃないよ。社長さんが少し煙を吸ったかもしれないから、現場の刑事が救急隊員を呼んだだけの話」
「刑事ですか?」
どうして刑事がそんなに早く現場にいたんだろう? と違和感から首を傾げた優菜は、その男に案内されてビルから少し離れた場所に停まっているパトカーの前で待つように言われた。
「まだ完全に鎮火していないんだ。安全が確認できたら建物内を少しだけ一緒にまわってもらいたい。協力してもらえるかな?」
「え……あの……」
「ああ、ごめん。私は警視庁警部補の向井というものです」
警視庁警部補。何故、そんな肩書きを持つ人物が、ただの火事現場にいるのだろう? 優樹菜と遥香は目を見合わせて押し黙った。
「君たちの会社、実は脱税容疑がかかっていてね。それも組織ぐるみのかなり悪質なものだ。うちのパトリオットが今夜証拠を押さえてきた途端、この騒ぎだ。まったくアイツはいつも騒ぎをデカくする……おっと、喋りすぎだ」
独り言なのか、わざとなのか、わからずに混乱する二人と向井のもとにブルーのユニホームを着た男が走ってきた。
「向井さん、おつかれでーす」
「おつかれでーすじゃないぞ! 大槻っ! なんでこんな騒ぎになった!」
「だーから! 俺はあのバカ息子が犯人じゃないって最初から言ったじゃないですかっ! 主犯の社長ノーマークにするからっすよ!」
大槻と呼ばれた清掃員はブルーのキャップ帽を外すと、くしゃくしゃに丸めてズボンの後ろポケットに適当に突っ込んだ。
「パトリオットが勝手に独自捜査するな!」
「してなかったら、証拠全部隠滅されてました!」
大槻は、「ほら!」と言ってビニール袋に入った半分焼け焦げたノートパソコンを向井に手渡す。
「データベースに傷はない。修復は余裕ですよ」
ブイサインをして白い歯をにっと見せた大槻は、そこではじめて優菜と遥香の存在に気がついた。
「あ、プラダOL。ちょうどよかったこっち来て」
戸惑う優菜を、大槻は「はやく、すぐ終わるから」と急かす。一緒について行こうとした遥香に、君はそっちのほう協力してやって、と指示をだすと三崎商事の正面玄関へと消えていく。その背中を優菜が追った。
「ぱ……パトリオットってなんのことですか?」
「パトリオットは、ただの作戦上の呼び名だよ。警察でよく使うんだ。地対空ミサイルパトリオットって聞いたことないか? ミサイルが着地点に到達する前に空で撃ち落とすアレ」
優菜が、ああ……と弱々しい返事をすると大槻は大きく頷いた。
「パトリオットは、姿を変えて犯人と直接接触し撃ち落とす」
大槻が右手をすぼめて一気に開いた。爆発を意味するのだろうか、と優菜は首を傾げた。
「警察の方なんですか?」
「ああ、一応ね。でも、この派遣清掃会社にもちゃんと所属してるよ。時給八百五十円で」
これ以上なにかを聞かされても自分には理解できないような気がして曖昧に頷いた。
正面玄関奥の階段からは、大声をあげている社長が両側の男たちに取り押さえられながら歩いてくる。
「私はやってない! 息子だ! うちのバカ息子が勤めてからおかしくなったんだぁ!」
「はいはい、署でゆっくり聞くからな」
両手はコーヒーの染み付いた汚いタオルで隠されている。
社長は喚きながら優菜には気がつかずに連れて行かれてしまった。
階段の脇には小さな待合室があり大槻はそこに入っていった。優菜もそれに続くと後ろでドアが閉められた。
なんだろう、事件への協力というからてっきり現場をみせられて何かなくなったものがないかとかそういうことを訊ねられるのかと思った……優菜は、両手を胸の前で握りしめた。これからどうなるんだろう、会社は? 私たち社員は? やりかけの仕事だってある。社長や社長息子は最低でも尊敬できる上司もいた。
「そんな身構えないで、まあ座ってよ。これは捜査ってよりも、個人的な相談なんだ」
「相談……ですか?」
清掃員として接してた時もそうだった。優菜は、誰にも話していない別れたあの男の話を彼に打ち明けてしまった。この大槻は、どこか何かを打ち明けさせる雰囲気を持っている。また話してしまった後悔をさせない。
「この三崎商事の社長、それから上層部の人間はさっき全員逮捕された。会社ぐるみの隠蔽脱税その他諸々。
今、それぞれ張り込みしていた刑事から連絡があったとこ」
「ぜ、全員ですか……?」
明日から会社は、どうなってしまうの……? 仕事は? お給料は? 優菜は、大槻をじっと見つめた。
「君たち社員はこれから辛いことがたくさんあると思う……残念だけど、そこまでは俺たちは救えない」
大槻は心底残念そうな表情をみせた。
「で、そこで君に相談なんだけど……実はこの会社で一人だけ逮捕されなかった上層部の人間がいるんだ。重要参考人だけど、俺はあいつは事件に関与してないとみてる」
「誰ですか?」
「三崎専務、社長息子だ」
優菜は、複雑な思いだった。彼が逮捕されなかったことを喜ぶ気持ちもない。彼がいて何か自分たちに有益なことをしてくれるとは思えない。
「あのバカ息子は……ああ口が悪くてごめん」
「大丈夫、みんなそう思ってます」
優菜が表情を崩すと大槻は安心して話を続けた。
「じゃあ、あのバカ息子だけど、あいつの素行の悪さを社長は利用して色んな悪事をさも息子がやったように見せかけていたんだ。警察すら欺こうとしていた。それで俺がパトリオットとしてここに送り出されたわけなんだけど……さっきは社長を見張っていたんだ。俺が命令通りにあのバカ息子だけを見張っていたら君が嫌な思いをすることがなかったかもしれない。ごめん」
何を謝ることがあるんだろう。何に対して? 大槻が悪いことなど何もないのに優菜は言葉に詰まった。
「あれは……つまり馬鹿息子が君にしたことだけど、立派な犯罪だ。できればアイツはそっちの件で礼状とって引っ張りたいんだけど……そこで相談。君が嫌だと言ったら無理強いはしない。見逃す気はないから、違う協力者を見つけるけど、君が協力してくれるなら、君にはこれ以上嫌な思いをさせないって俺が約束する。証言はしてもらわないとならないけどね。時間も少し割いてもらうけど」
正義とかそんな青臭いもの今まで格好悪いものとしてみてきた。それなのに、どうしてこの大槻という刑事はこんなに清々しいんだろう。
ドアの向こう側では、騒がしく色んな人が忙しそうに動きまわっている。
この小さな待合室だけは、とてもゆっくりとした別の時間が流れているみたいだ。
「ありがとうございます」
ブルーのユニホームを着た清掃員の仮面を被った若い刑事に深く頭を下げた。
「協力します。それに、他にも苦しめられた女子社員がいるみたいです。それで辞めた子の無念も晴らしたい」
「そうか、ありがとう。こっちこそ、ありがとうだね」
大槻が白い歯をみせて笑うと、優菜は胸いっぱいに嬉しさが募る。あの品がなく肌を焼いた男の話をしなければならないのかと思うと胸焼けもするけど、大槻が喜んでくれたことのほうがそれを上回った。
「この会社、女子社員のレベル高いからなぁ。気持ちはわかるんだけど、犯罪は犯罪だから……でも、君のおかげで気がついたんだよ」
「何をですか?」
「あんな風にしか女を口説けない男に、あれだけ大掛かりな脱税はできないってこと。犯罪者が賢いとは言わないが、犯罪者は頭がいい」
何を言いたいか半分しか理解できなかったけれど優菜は頷いた。頷いて、少し後悔した。こんな風に相手に合わせてしまうから、不倫なんて馬鹿な事をしてしまうんだ。
「あ、でも大槻さん」
「なに?」
「大槻さんの派遣清掃員はちょっと無理がありますよ。そこの清掃会社、年齢層高いし、それにあんなふうにきびきびと動きながら掃除しているなんておかしいな、と思ってたんです。いつもは、もっとこう……やる気のないかんじ」
大槻が、まいったな、と頭を抱えた。
「君の観察力すごいね。いい調書がとれそうだ」
だけど、こんな自分でも何かの役にたてると思うと嬉しかった。
外では、騒ぎを聞きつけた社員や関係者が押し寄せてそれを制圧する警察官とで押し問答が繰り広げられている。
野次馬たちは、少しずつ解散していて、何人かはさきほど撮影した動画や画像をマスコミに提供したようだ。
パトリオット
THE END
2012 11 西島美尋