純潔? 不貞? 『聖女は神の花嫁』なんて、そんな設定わたし知りませんわ! 「え? 私も知らないんだが(神様)」
大聖堂の広間は、熱気と異様な緊張感に包まれていた。
年に一度の『神聖降臨祭』の夜。
天井のステンドグラスからは清らかな月光が差し込み、煌びやかな衣装を纏った王族や高位貴族たちが、杯を片手に会話を弾ませている……はずだった。
しかし現在、宴の中央で繰り広げられているのは、華やかなパーティーなどではなく、私が聖女に相応しくないとの告発だった。
「——皆様! 今こそ、この女の不浄極まりない正体を明かす時ですわ!」
凛とした声が広間に響き渡る。
公爵令嬢のエレノア様だ。純白のドレスに身を包んだ彼女はまるで正義の女神気取りで、中央に立つ私——聖女コレットを指差していた。
彼女の隣には、王国の第一王子であり、彼女の婚約者でもあるジュリアン殿下が、蔑みの視線を私に向けて立っている。
「コレット!
平民の生まれでありながら聖女として国に迎え入れてやれば、まさか神殿の神聖な夜を、己の鬱散した欲望を満たす『男漁り』の場に変えていたとはな!」
「殿下の仰る通りですわ!」
エレノア様がパチンと指を鳴らすと、控えていた魔導技師たちが巨大な魔導投影機を起動させた。
宙に浮かび上がった光の映像には——さっきまで私が神殿の裏庭で若い神官の手を握り、甘い言葉で弄んでいた一部始終が鮮明に映し出されていた。
『コレット様、もう夜が待ちきれません……』
『ふふ、ダメよ。そんなに焦っちゃ……』
広間にどっとざわめきが広がる。貴族たちの顔が不快感と引かれ様に歪んでいくのが分かった。
「まあ、なんて破廉恥な……!」
「神に召された身でありながら、本当にあのような男漁りを……! 不浄極まりない!」
手のひらを返したように浴びせられる罵詈雑言。
そう、私が神殿に入って以来、周囲はずっと疑問を抱いていたのだ。「なぜ、何一つ聖女らしい慎みを持たない男たらしの女が聖女なのか」と。
ジュリアン殿下とエレノア様はその疑問を解き明かすべく、私を徹底的に監視し、言い逃れのできない決定的な証拠を何十件も丹念に収集してこの日に備えていた。私の「男にだらしない本性」を完璧に暴き、聖女の座から排除するために。
ジュリアン殿下は誇らしげに胸を張り、冷酷な声で宣した。
「コレット!
教義において、聖女とは神に娶られる『神の花嫁』!
聖女は神の愛を受け入れるべき存在だ!
その身体を他の男どもに弄らせるなど、神に対する最大級の冒涜であり不貞! お前にはもはや、聖女を名乗る資格などない!」
「そうですわ、不浄な偽聖女コレット!」
エレノア様が口元を扇子で隠し、勝ち誇った笑みを浮かべて一歩前へ出た。
「私こそが幼少期よりすべての欲望を断ち、男の手にまったく触れられずに育った清廉潔白なる『純潔の乙女』。神様が本当にお愛しになるのは、不浄なあなたではなく清らかな私に決まっていますわ!」
エレノア様の手には、私の男漁りの『証言録』が握られていた。これを公開して、私の聖女の資格を剥奪し、地下牢へと幽閉するつもりらしい。
だが——王子や取り巻き貴族たちに囲まれた私は、欠伸を噛み殺すのに必死だった。
貴族たちは、私が恐怖に慄き泣き叫ぶのを楽しみに待っているようだった。だけど私から見れば、彼らが大真面目に語る「純潔の乙女」なる教義と男漁りへの批判は、つまらなくてたまらない寝言でしかない。
「……くすっ」
「な、何がおかしい! 不貞を働いた不浄な平民め!」
ジュリアン殿下が顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。私は首を少し傾げ、哀れみの視線をエレノア様と殿下に向けた。
「あのう、殿下。そしてエレノア様。皆様、本気でそんなバカげた教義を信じていらっしゃいますの?」
「バカげた教義だと……!?」
「神様が聖女を女として愛する? 聖女は神の花嫁?
……ふふ、人間の身勝手な妄想も、ここまでくると痛々しいですわね。教義を都合よく解釈して神様を自分たちの尺度に閉じ込めるなんて、それこそ神への不敬ですわ」
「な、なにいっ……!? 神への信仰までバカにする気か!?」
「エレノア様、そしてジュリアン殿下。
あなた方は『純潔』だの『乙女』だのと誇らしげに語っていらっしゃいますけれど……神様が本当にそんな人間のちっぽけな道徳をお求めになると本気でお思いですの? 」
「ふ……不貞を正当化する気か……!?」
「正当化ではなく事実を申し上げておりますのよ。私はこの命と情動を、ただ全力で謳歌しているだけ。この首筋に現れる聖女の紋章が何のために刻まれたのか、その本当の意味をあなた方は理解していらっしゃらないのですね。
……皆様、そんなに私の振る舞いに腹がお立ちなら、今夜降臨される神様に直接問いかけてみたらどうですの?
『なぜこんな不浄な女を選んだのですか』と」
私の言葉に、ジュリアン殿下が正気を疑うような顔で叫んだ。
「狂ったか、コレット! 自分の罪の重さに精神を病んだようだな! ええい、問答無用! 神よ! この不浄な偽聖女に、神聖なる天罰を下し給えーーーっ!!」
ジュリアン殿下が手を掲げ、神への祈りを捧げる。
その瞬間——大聖堂の天井がピキピキと音を立て、激しく発光し始めた。
※
ズドォォォォン!!
大聖堂を破裂させるほどの眩い後光とともに、人間の理解を超絶した圧倒的な神威——『神の巨大な手』が、砕け散った天井から降臨した。
光り輝く神の手の出現に、広場にいた貴族たちは一斉に平伏し、涙を流して恐れおののく。
ジュリアン殿下とエレノア様は感極まった表情で一歩前へ出ると、神の手に向かって深く頭を下げ、声高らかに称え始めた。
「おお……偉大なる神よ! 我らが祈りに応え、姿を現してくださり感謝いたします!」
ジュリアン殿下が胸に手を当て、至高の敬意を込めて訴えかける。
「我らは代々、貴方様の教えを厳格に守り、厳粛なる神殿の秩序を維持してまいりました!
特にこの公爵令嬢エレノアは、幼少より一切の不浄を排し、異性の手すら触れずに己を捧げた、まさに教義通りの『純潔なる乙女』にございます!」
「神様……!」
エレノア様もまた、可憐な表情で手を組み、神を見上げて訴えた。
「私どもはずっと疑問でなりませんでした。なぜ、神聖なる神託において、目の前にいるコレットのような平民で、あろうことか夜な夜な男たちを漁るような不浄な女が『聖女』に選ばれたのかを!
彼女は聖女でありながら、神殿の神官や騎士たちを次々と誘惑し、その身体を弄ばせるような不徳の限りを尽くしております!
これは神様に対する明白な裏切りであり、秩序の破壊です!」
「左様でございます!」
ジュリアン殿下が『証言録』と魔導投影機の映像を掲げ、勝ち誇ったように神へ告発する。
「ここに、この女が男たちを弄んでいた動かぬ証拠がございます!
神よ、どうか教えを守り抜いてきた我ら正統なる信徒の訴えをお聞き届けください!
この不浄な偽聖女を裁き、真に清らかなエレノアこそを真の聖女としてお認めくださいませ!」
完璧な論理と動かぬ証拠。
自分たちがどれほど正しく、コレットがどれほど聖女に相応しくないか。
二人は神の承認と天罰を確信し、胸を張って神の答えを待った。
※
しかし——降臨した神の手は、どこか奇妙な間を置いて静止していた。
『…………は?』
大聖堂全体に、困惑と理解不能に満ちた神の概念が重く響き渡る。
神はジュリアン殿下やエレノア様、そして彼らの掲げる証拠とやらを、まるで理解の及ばない羽虫の羽音でも聞くかのように一瞥した。
『……お前たちは、一体何を言っているのだ?』
「え……?」
ジュリアン殿下が呆然と声を漏らす。神の手は二人など完全に無視し、壇上に立つ私のもとへとしなやかに伸びると、その大きな掌で私の頭を『よしよし』と慈しむように撫で回し始めた。
『よしよし、今日も元気に外でおもちゃを追い回して遊んでいたのだね。偉いぞ』
頭の中に直接響く親バカ全開の、神の温かな意思。
極上の癒やしと神力が全身に満ち渡り、私は「ふにゃあ……」と思わず心地よさに目を細めた。
「な……ッ!? なぜ、神の奇跡が……なぜ不貞の女に……!?」
「か、神様!? お戯れはおやめください!
私は男の手すら触れずに生きてきた清廉潔白な乙女ですのよ!?
どうして男漁りをするような不浄な女を撫でておられるのですか!
彼女は男たちと不潔な戯れを——」
パニックに陥ったエレノア様が凄まじく声をあげる。
すると、私の頭を撫でていた神の手がぴたりと止まった。神から発せられる空気が、一瞬で冷ややかに冷え込む。
『……不浄? 不潔? 花嫁……? お前たち人間は、先ほどから何をトンチキな勘違いをしているのだ?』
神の呆れ果てた声が大聖堂を震わせる。
『神が聖女を異性として愛する?
聖女が「神の花嫁」だの「純潔」だの……正気か?
犬や猫に「俺の妻になれ」と求める人間がいるか? お前たちの作った勝手な教義など、我が知るか。あまりにもピントの外れた妄想で我が聖女を縛ろうとするな』
「あ……あ……」
『このコレットを「聖女」として選んだのは、一番愛くるしく、元気に動き回る愛おしい人間だったからだ。
一生男に触れず大人しくしているだと?
ふん、ただ一度も外で遊んだことがない、最高につまらん退屈な猫ではないか』
「つ……つまらない……!?」
衝撃の評価にエレノア様が白目をむいて崩れ落ちる。
神にとって、彼女が必死に守ってきた純潔など、ただの「退屈なペット」の評価でしかなかった。
『我が愛猫が外でおもちゃを追いかけて遊ぶのは、元気が良くて実に微笑ましいこと。それを不貞だの不浄だのと騒ぎ、ストレスを与え、あろうことか檻に入れようとした不躾な害虫どもめ』
「ひ……ひいいいっ!?」
次の瞬間、神の手がまるで愛猫に害をなす害虫を払い落とすように、凶悪な速度で振り抜かれた。
——ドガァァァァン!!
大聖堂を衝撃波が駆け抜ける。
「ぎゃああああああっ!?」
「いやぁぁぁぁぁっ!?」
ジュリアン殿下とエレノア様、そして二人にへつらっていた貴族たちは、一瞬で吹き飛ばされて壁へと豪快に叩きつけられた。
神の手は私をそっと持ち上げると、そのまま神聖な光に包まれた膝元(神域)へと優しく抱き上げる。
神の腕の中で心地よく丸くなりながら、私は呆然とこちらを見上げる殿下とエレノア様を見下ろし、心底あわれっぽく微笑んであげた。
「ですから言いましたでしょう?
そんなバカげた教義なんて、神様には関係ありませんのよ。……さようなら、つまらない王子様」
大聖堂が大混乱に陥る中、聖女と神様は人間たちを置き去りにして、光の中へと消えていった。
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