第5章:終焉のプロット、あるいは神の失墜
1. 偽りの「終止符」と、舞台裏の静寂
都内、汐留。超高層ビルの最上階に位置する「スカイ・グランド・ホール」。
今宵、ここで行われるのは、明智凛の最新刊『断罪のコンチェルト』の重版記念、そして一連の連続殺人事件の「解決」を祝う、皮肉なほどに華やかなチャリティ・トークショーであった。
世間は、九条医師の逮捕という「偽りの解決」に酔いしれていた。
会場には、各界の著名人やドレスアップしたファンが詰めかけ、シャンパンの泡が弾ける音が軽やかに響いている。しかし、その華やかさの裏側で、ホールの至る所には、私服姿の本多刑事や徳川警部、そして屈強な機動捜査隊員たちが、息を潜めて配置されていた。
「……浅井さん。心臓が、口から飛び出しそうよ」
霧子が、ネイビーのイブニングドレスの裾を強く握りしめ、浅井に囁いた。彼女の広い視野は、天井の巨大な音響機材、壁面の可動式パネル、そして招待客の中に混じった刑事たちの「不自然なほど動かない視線」をすべて捉えていた。
「大丈夫だ、霧子さん。僕たちは今、犯人が望む『最高の読者』を演じているに過ぎない」
浅井は、タキシードのポケットに入った「ある物」の感触を確かめ、鏡のように冷徹な瞳で会場を俯瞰した。
「犯人は、僕たちがこの場所で『事故』に遭うことを期待して招待状を送ってきた。……なら、その脚本通りに舞台に上がってやろう。主役がいない舞台ほど、作者を苛立たせるものはないからな」
浅井のIQ125の頭脳は、すでにホールの構造を完璧に解体していた。
犯人が仕掛けたであろう、光と気圧、そして「音」を利用した第4の罠。そのトリガーがどこにあるのか。彼はあえてそれを「踏み抜く」ふりをしながら、逆転の回路を形成しつつあった。
2. 女神の降臨と、偽りの驚愕
午後7時。会場の照明がゆっくりと落ち、青白いスポットライトがステージを射抜いた。
割れんばかりの拍手の中、純白のシルクドレスを纏った明智凛が登場した。その姿は、混沌とした現世を鎮める女神そのものであり、誰の目にも、彼女が冷酷な殺人者であるなどという疑念は1ミリも存在しなかった。
「皆様、本日はようこそ。……ようやく、この街に平穏が戻ってきました。一人の歪んだ復讐者(九条)の暴走は止まり、物語は正しい結末を迎えようとしています」
凛の声がホールに響き渡る。その慈愛に満ちた微笑みが、浅井と霧子の座る最前列に向けられた。
凛は、二人がそこにいるのを見つけると、驚いたように、しかし嬉しそうに目を見開いた。
「あら……! 探偵さんと、素敵なCAさん。まさか、お二人も来てくださるなんて」
浅井は、椅子から立ち上がる際、わざとらしく体を震わせ、動揺した表情を顔に張り付かせた。
「……明智先生。驚きました。先生のようなお忙しい方が、僕たちのような野次馬を覚えていてくださるなんて」
「忘れるはずがないわ。あなたたちは、この『現実の物語』において、最も優れた観測者だったんですもの。……どうぞ、壇上へ。皆様に、この事件解決の立役者の一人として、お顔を見せていただきたいわ」
凛の誘いに、霧子が浅井の腕を強く掴む。それが「合図」だった。
二人は、会場全体を包む「崇拝」と「好奇」の視線を浴びながら、犯人が用意した処刑台——もとい、栄光のステージへと一歩ずつ階段を上っていった。
3. 探偵の「称賛」と、知性の挑発
壇上で凛と並び立つ浅井。その距離、わずか50センチ。
凛からは、沈丁花の香りが微かに漂っていた。それは死者を悼む花。
「先生。実は……僕たちはどうしても、先生に報告したいことがあったんです」
浅井は、憧れの作家を仰ぎ見る読者のような、心酔した眼差しで凛を見つめた。
「九条が逮捕されましたが、僕はまだ、あの三つの事件の『美しさ』が頭から離れないんです。あれは、ただの犯罪じゃない。完璧な秩序に基づいた、最高の物理学的芸術でした」
「あら、浅井さん。物騒な言い方ね」
凛は扇子で口元を隠し、優雅に笑った。
「でも、わかりますわ。私も作家として、あの現場の『完成度』には、どこか畏怖さえ感じていたのですから。……それで? あなたはその芸術を、どう解釈したのかしら?」
浅井は、待っていましたとばかりに、懐からタブレットを取り出し、これまで解明してきた三つのトリックを、会場の大型スクリーンに映し出した。
「先生、聞いてください。第1の事件、箱根。あれは黄金比の家具による『低周波音の収束』です。第2の事件、横浜。あれは形状記憶合金と氷の楔による『物理的連鎖』。そして第3の事件。九条の専門分野と思われていた凍結遺体は、実はナノ粒子と外部電波による『遠隔吸熱反応』だった……!」
浅井の説明が熱を帯びるにつれ、会場の観客たちからは驚愕の溜息が漏れ、隠れている刑事たちの間には、言葉にできない緊張が走った。
「先生、どう思われますか? 僕は、犯人が九条だとは思えないんです。これほどの『統合された美学』を操れるのは……先生のように、物語を支配し、神の視点で世界を調律できる知性だけだ」
浅井はあえて、凛を犯人と呼ぶのではなく、「自分にこのトリックの評価をしてほしい」と、弟子が師匠に教えを乞うような姿勢をとった。
「僕は、自分の推理に自信が持てないんです。どうか、先生のその圧倒的な知性で、僕の推理を補完していただけませんか? このトリックを、さらに完璧にするための『助言』をいただきたい。……先生なら、犯人が何を考えていたか、手に取るようにわかるはずだ」
凛の瞳が、深淵のような暗さを帯びた。
彼女は困ったように眉を下げ、慈悲深い微笑みを保ったまま、ゆっくりと口を開いた。
「……光栄だわ、浅井さん。一読者であるあなたが、そこまで私の感性を信頼してくださるなんて。……ええ、わかりました。もし私がその『犯人』だったとしたら。そして、その美しい計画に、あと一つだけ『署名』を加えるとしたら……」
凛は浅井のタブレットを指先でなぞった。その指は、横浜の事件現場の「空調設定温度」の箇所で止まった。
「……あなたの推理は99点。でも、第2の事件について一つだけ、見落としているわ。……形状記憶合金の糸を戻すのに、ドライヤーのような粗雑な熱源は必要ないのよ。ホールのスポットライト。その『特定の波長』が、レンズ状の結露に反射した瞬間に生じる微熱……それだけで十分なの。そうすることで、音すらも完全に消し去ることができる……。……あら、いけない。私としたことが、小説のネタを話しすぎてしまったかしら?」
凛の口から漏れた、**「結露によるレンズ効果」という言葉。
それは、警察の鑑識結果にも、浅井の実験データにもまだ存在しない、「犯行の瞬間に、現場にいた者だけが確信できる物理現象」**だった。
浅井の背筋に、戦慄と歓喜が同時に走った。
獲物は、自ら用意した美しい「脚注」の中に、その正体を滑り込ませたのだ。
「……先生、ありがとうございます。素晴らしい助言です。……レンズ効果、ですか。なるほど、これこそが『静寂の中に降り積もる真実』の正体だったんですね」
二人の視線がぶつかり、火花が散る。
会場の空気が、凍りつくような緊張感に支配された。
4. 奏でられなかったレクイエム
「……レンズ効果、ですか。なるほど、これこそが『静寂の中に降り積もる真実』の正体だったんですね」
浅井の言葉がホールに静かに波及する。明智凛は一瞬、自らの口から出た「助言」の重みに気づいたかのように目を細めたが、すぐに陶器のような微笑みを取り戻した。
「ええ。作家の想像力というものは、時に物理法則さえも物語の駒にしてしまうの。……でも浅井さん、あなたの推理ごっこに付き合うのも、そろそろ退屈になってきたわ。皆様、貴重なお時間をこのような空想話で奪ってしまってごめんなさいね」
凛が優雅に会釈をし、話を切り上げようとしたその時。
浅井の声が、先ほどよりも一段低いトーンで彼女を繋ぎ止めた。
「空想、ですか。……では先生、もう一つだけ、あなたの豊かな想像力で『補完』していただきたい物語があるんです」
浅井はタブレットを操作し、スクリーンにある一枚の写真を映し出した。それは、5年前に自ら命を絶った天才ピアニスト、瀬尾遥の遺影だった。会場内の熱気が、一瞬にして冷え込んでいく。
「……誰かしら、この方は。本日の趣旨とは関係ないようだけれど」
凛の声に、わずかな刺が混じる。
「瀬尾遥。5年前、不当な汚名を着せられ、この街の片隅で音を失った若者です。……先生、この物語の『犯人』は、なぜこれほどまでに残酷で、かつ美しいトリックにこだわったのでしょうか。ただの復讐なら、包丁一本で済むはずだ。なのに、あえて音や、熱や、物理法則を操った。……それは、この瀬尾遥という人間が、かつて愛した『世界の調律』を、犯人もまた愛していたからではないでしょうか?」
「……何が言いたいの?」
凛の口調が、明らかに強くなった。彼女は手にしていた扇子を、パチンと音を立てて閉じた。
「犯人は、被害者たちを憎んでいたのではない。彼らが瀬尾遥から奪った『完璧な秩序』を、自分自身の手で、より完璧な形で塗り替えたかった。……犯人にとって、この一連の殺人は復讐ではなく、**『奪われた楽譜の書き直し』**だったのではないか。先生、作家としてどう思われますか?」
5. 崩れゆく「女神」の韻律
凛は、壇上でゆっくりと浅井に歩み寄った。彼女の放つオーラが、慈愛から威圧へと変貌していく。
「浅井さん、あなたは少し……いえ、かなり物語にのめり込みすぎているわ。現実と虚構の区別がつかなくなるのは、読者として最も未熟なこと。瀬尾遥? そんな過去の遺物の名前を出して、私に何を期待しているの? 私は作家であって、カウンセラーではないのよ」
「いいえ、先生は知っているはずだ。この復讐劇の『真の作者』が、どれほどの絶望を持って筆を執ったかを。……霧子さん、あれを」
浅井の合図で、霧子が客席から立ち上がり、一通の手紙を掲げた。上条検事から託された、瀬尾遥が死の直前に、唯一の理解者に宛てた「届かなかった手紙」の写しだ。
「先生、ここに記されているのは、遥さんが最後に信じた『美しき友人』への感謝です。……『あなたが私の物語を完成させてくれるなら、私は喜んで静寂に身を投げます』。……犯人は、この言葉を呪いのように抱えて生きてきたのではないですか? 自分の人生を捨て、他人の復讐のために知性を磨き、神に成り代わろうとした……。それは、あまりにも醜く、そして寂しい病だとは思いませんか!」
「……黙りなさい」
凛の声が、地を這うような低音へと変わった。もはや微笑みはどこにもない。
「病? 私が……いえ、その犯人が病んでいるというの? 醜いのは、あの日、遥を裏切ったあいつらよ! 金と権力で、世界で最も純粋な音を汚した、あの俗物どもよ! 私はただ……その物語を、あるべき場所に調律しただけ……!」
凛はハッと息を呑み、言葉を止めた。
会場全体が、息を止めて彼女を見つめていた。警察官たちが、いつでも飛び出せるよう足に力を込める。
「……調律、しましたね。今、先生」
浅井が、静かに、しかし残酷に告げた。
「私が……? 違うわ、私はただ、犯人の心理を仮定して……!」
「いいえ、あなたの口調、その眼光。それは批評家のそれじゃない。自らの作品を誇る『創造主』の顔だ。……先生、残念ですよ。あなたはもっと完璧な方だと思っていた。だが、あなたは『自分自身の美学』という、最も通俗的な感情に負けてしまった」
6. 絶望のプロット、再開
凛の肩が、激しく上下した。彼女は数秒間、浅井を殺さんばかりの目で見つめていたが、やがて、狂気を孕んだ高い笑い声を上げ始めた。
「……ふふ、ふふふふ! あはははは! ……素晴らしいわ、浅井さん。ええ、認めましょう。あなたの言う通り、現実の物語には、いつだって余計な『誤植』が混ざり込むものね。……まさか、あなたのような名もなき旅人が、私の最高傑作の邪魔をすることになるなんて」
凛は、ドレスのポケットから小さなリモコンを取り出した。
「でも、忘れないで。私は作者なのよ。結末は、私が決める」
会場の天井にある巨大なシャンデリアが、不気味な音を立てて揺れ始めた。
「浅井さん。第4のトリック……『光と気圧の罠』、あなたが予想していたものは、もう発動しているの。このホールの空調は、今この瞬間、私の合図一つで、内部の気圧を急激に上昇させるわ。……窓のないこの空間で、気圧の壁がぶつかり合った時、何が起きるか、IQ125のあなたならわかるわよね?」
「……鼓膜の破壊、そして肺胞の破裂。……先生、観客を巻き添えにするつもりか!」
浅井が叫ぶ。徳川警部たちが、一斉に壇上へと駆け上がろうとした。
「動かないで! スイッチを切れば、すべてが終わるわ。
7. 神の指先、物理の審判
「私の物語に『未完』の二文字はないの。さようなら、名探偵さん」
狂気を孕んだ明智凛の宣言とともに、彼女の指がリモコンのスイッチを深く押し込んだ。
その瞬間、会場内の巨大な空調システムが、これまでの低音とは一線を画す、地響きのような駆動音を上げ始めた。
凛の指が、スイッチにかけられた。彼女の顔には、すべてを無に帰す、破滅的で美しい微笑みが浮かんでいた。
しかし、浅井の顔に浮かんだのは、恐怖ではなく、微かな「憐憫」だった。
「……いいえ、先生。未完なのは、あなたの認識の方だ。……霧子さん、今だ!」
「徳川警部、全員伏せろ! 衝撃が来る!」
本多刑事が叫ぶ。
密閉された「スカイ・グランド・ホール」の気圧が、異常な速度で上昇を開始する。耳の奥を刺すような違和感が広がり、観客たちが次々と耳を押さえてうずくまった。急激な加圧は、人間の鼓膜を食い破り、さらには肺を内側から圧迫する死の暴力へと変わるはずだった。
しかし。
「……え?」
凛の唇から、困惑の吐息が漏れた。
加圧のピークに達するはずの数秒が経過しても、ホールに「破壊」は訪れなかった。
それどころか、ホールの四隅に設置された大型の装飾パネルが、不気味な規則性を持って振動し始め、そこから**「プツッ、プツッ」**という、空気が細かく弾けるような、妙に軽快な音が響き渡ったのだ。
「……何をしたの? なぜ、気圧が上がらないの!?」
凛が狂ったようにリモコンを連打する。だが、計器が示す気圧計の針は、危険水域の手前でぴたりと止まり、むしろ細かく上下に振動していた。
「先生、あなたの計算は完璧でした。このホールの密閉性と空調能力なら、確かに45秒で致死レベルの気圧差を作れる。……でも、それはこの空間が『静止』していればの話だ」
浅井は、耳栓を外し、悠然と凛に向かって歩き出した。
「霧子さんが起動したのは、超指向性スピーカーを用いた、特定の周波数の『位相反転波』だ。……先生、あなたは物理で殺そうとしたが、僕は物理で『打ち消した』んだよ」
8. 浅井拓海の「逆転数式」
「位相反転……? 音波で、気圧を……?」
凛の声が震える。
「気圧の急上昇は、空気分子の密度の疎密波(縦波)として伝わる。ならば、その波と真逆の位相を持つ音波を、ホールの構造に合わせて正確にぶつければ、干渉によって圧力の波は相殺される。……IQ125の僕が、昨夜一晩かけてこのホールの音響特性から導き出した『打ち消しの数式』だ」
浅井は、霧子が持っている発信機を指し示した。
「さらに、霧子さんが事前に会場の天窓のパッキン数箇所に、ごく僅かな『遊び』を作っておいてくれた。……そこから、過剰な圧力だけが、まるでフルートの指穴から抜ける音のように、リズミカルに外部へ排出されている。……今、このホールは巨大な『楽器』となって、あなたの殺意を無害な旋律へと変えて放散しているんですよ」
「そんな……そんなデタラメな計算が、現実になるはずがないわ! 私は、完璧に設計したのよ! 誰にも邪魔できない、美しき終焉を!」
「現実は、あなたの原稿用紙ほど行儀よくはない」
浅井は冷徹に言い放った。
「あなたが神の視点で見下ろしていた物理法則は、僕にとっては旅の道具に過ぎない。……先生、あなたの負けだ。気圧も、光も、そしてあなたが積み上げた死者の山も、もうあなたの筆には従わない」
9. 暴かれた「執念」の正体
その時、ホールの巨大スクリーンが切り替わった。
そこには、浅井が仕掛けていたもう一つの「演出」が表示されていた。
それは、5年前に死んだ瀬尾遥が愛用していたピアノの、修復された鍵盤の写真。そして、その横に置かれた、一通の診断書だった。
「……それは何?」
凛の瞳が、恐怖に大きく見開かれる。
「遥さんの当時のカルテを、上条検事を通じて再調査しました。……先生、あなたは遥さんのために復讐したと言った。だが、真実は違う。……遥さんの指を動かなくさせた原因の半分は、氷室のミスじゃない。あなたが遥さんに日常的に飲ませていた、過剰なまでの『精神安定剤』による副作用、遅発性ジスキネジアだったんだ」
会場に、今日一番の戦慄が走った。
「あなたは、遥さんを誰にも渡したくなかった。自分の隣で、自分だけのためにピアノを弾き続ける人形にしたかった。だから、彼女の精神を蝕み、依存させた。……彼女を追い詰めたのは、あの三人の俗物だけじゃない。『親友』という仮面を被って、彼女の自由を奪い続けた、あなた自身の歪んだ執念だ!」
「違う……違うわ! 私は遥を愛していた! 彼女を完璧な存在にしたかっただけよ!」
凛が叫び、壇上に崩れ落ちた。その純白のドレスが、まるで血を流しているかのように、影の中に沈んでいく。
「あなたは復讐のために彼らを殺したんじゃない。……自分の『罪の証拠』を知っている人間を消し、同時にその罪を、彼ら三人の邪悪な隠蔽工作という物語の中に永遠に封じ込めたかっただけだ。……明智凛。あなたの物語は、最初から最後まで、自分を守るための『嘘』で塗り固められていたんだよ」
浅井の言葉が、最後の一撃となって凛の心を粉砕した。
リモコンが彼女の手から滑り落ち、舞台に乾いた音を立てて転がった。
「……ああ……遥……」
凛は虚空を掴むように手を伸ばしたが、そこにはもう、彼女が思い描いた「完璧な秩序」などは存在しなかった。
徳川警部が、重い足取りで壇上へと上がった。
「……明智凛。連続殺人の容疑で、同行願おう」
女神の仮面は、もはや跡形もなく消え去っていた。そこにいたのは、自分の書き上げた虚構の檻の中で、一人孤独に震える、執念深い一人の作家に過ぎなかった。
浅井の叫びと共に、霧子が会場の最後方で、ある装置を起動させた。
それは、浅井が事前に仕掛けておいた、もう一つの「プロット」だった。




