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王家の壁になりました

作者: とんぼ

息抜き短編です。




私が殺された日は、最近ハマっている作品の、一番の推しキャラ、その初フィギュアが発売された日だった。

発売といっても一番くじのA賞(一等賞)だ。コンビニとかで1回700円だかでくじが引けて、その景品としてA賞からF賞ぐらいまであるやつ。

どの作品でもだが、最近の一番くじはファイルとかコースターだけではなくクオリティの高いフィギュアが多くて大変嬉しい。

仕事帰りに『ひとまず10回』と、A賞になっている推しキャラのフィギュアを目当てに引いて惨敗したけれど、明日も10回引くので問題ない。

誰が言ったか『出れば実質無料。回せば出る』である。


(被ってるグッズあるし、家に帰ったら交換探してみようかな)


家から一番近いコンビニは商店街の中にあり、帰宅時ともなれば一番人が多くなる時間帯だ。

疲れた背中を丸めて歩くサラリーマン、子どもをチャイルドシートに乗せて大荷物を腕に引っ提げたまま走り抜ける自転車ママ。これから塾に行くのか、重そうに膨らんだ鞄を下げた高校生3人組。八百屋のおっちゃんの景気の良い掛け声に、肉屋さんから漂ってくる揚げたてコロッケに匂い。

コンビニから家へ向かう途中にはパチンコ店があって、何色にも光るランプに彩られた店内からなんとも表現しにくい玉が弾かれる音。

いつも通りの道のりを、明日の楽しみに埋め尽くされてルンルン気分で歩いていると背後から『きゃー!』と女性の悲鳴が聞こえた。


(誰か倒れたのか・・・な?)


何事かと振り返った瞬間、腹部に感じた熱に首を傾げ、次いでやってくる痛みと、見下ろした視線の下にナイフ。

ものの見事に私のスーツを貫いてブッ刺さっているナイフに、『これってもしや』と全身から血の気が引く。


「どけや、おばさん!」


ナイフを持っている誰かは若い…若いか?いや、若いとは思うけど不潔感が強くて40に見える、血走った目をした、推定20代後半の男。

見たことがない男は随分くたびれた格好をしており、口から唾を飛ばしながら『どけ』を繰り返している。

『どけ』たって、お前が握ってるナイフを手放せば良いのでは?という気持ちは言葉にならず、全身へ行き渡る命の危険信号に震えるしかできない。

どんどん鋭くなる痛み。熱くなって寒くなってを繰り返す体。震える手でお腹に手を当てると赤い血でぬるつき、ぽたりと赤い雫がこぼれ落ちた。

その落ちていく先は、一番くじで手に入れた景品が入った袋の中。よりにもよって一番の推しキャラがプリントされたハンドタオルの上。

色々限界状態に陥っていた私は、堪忍袋の緒が切れた、という状態になったのだろう。


「『副船長』に何してくれとんじゃワレえ!!!!!!!!!!!!!!!!」

「うぐふっ」


日々通勤電車に揉まれ、目的の駅より先に降ろされまいと吊り革に掴まり続けて鍛えられた腕と脚が。

古いビルにありがちな狭い上にスピードが遅いエレベーターに乗り損ない、7階にあるオフィスまでの登り階段で鍛えられた肺活量が。

土壇場で全力を発揮したせいで目の前の男を鼓膜が破れるほど怒鳴りつけた上に、鼻っ柱を殴りつけ、股間目掛けて踵を落としていた。

ここでブチギレなければ大量出血しなかったんじゃないかな、と思うほど物理的に血の気が引いて落ち着いた私はものの見事にぶっ倒れ、救急車に運び込まれる段階で変な声を聞いた。


【天晴れ!その生き様に免じて生まれ変わり先を選んで良いぞ!】


誰だこのハイテンションじいさん。

いくら死にかけって言ったって見ず知らずのじいさんが走馬灯に出てくる覚えがなさすぎる。

偉そうな言葉に一瞬カチンときたものの、色々考える余裕なんてやっぱりなくて。

指先から冷えていく感覚とあまりの非現実感に、つい口癖のような願望が。ああでも初対面の人にこれ言うのはちょっと照れるな、ちょっとだけオブラートに包もう、そうしよう。


(推しの)壁に生まれたかった…


【壁?壁か?本当に壁で良いのか?】


良い…(推しの)壁に生まれたかった…


【妙な人間じゃのう。まあ良い。じゃ、魂の行く先を壁にしておこうの】


ありがとう…神様っぽいじいさん…


【ぽいて。わし、神じゃよ】


へー…


ッピーーーー、とドラマでよく聞く心電図が0になる音が耳元に響き、ようわからん男の手によって人生が終わったことを理解した。


◾️


(…確かに思ったよ、『壁に生まれたかった』って。確かに思ったさ)


死ぬ前の私は誰がどう表現しようと『アニメ・漫画オタク』というやつだった。

グッズ集めは元より、アニメはリアルタイムでの鑑賞もしたし、サブスクで好きなところを見直して世界観を考察するのも好き。

BなLも嗜めば、原作では描写されていない男女カップルの未来に想いを馳せたりもした。

ただ、仲の良いオタク友達たちと私が唯一違った点があった。


好きなキャラと、自分に置き換えたキャラクターが恋愛だったり友情だったりを育む『夢』あるいは『夢小説』という二次創作がある。

もちろん私も嗜んでいたのだけれど、友達たちは推しキャラとの恋愛を際どいところまで作り込んで楽しむ傾向が強かったのに対し、私は『自分が作った、自分とは全く違うキャラ』との二次創作を楽しむ傾向があった。

要するに、ストーリーに影響しない程度にオリジナルキャラを登場させ、推したちの日常生活を想像してニヤニヤしていたのである。

そんな私を知っていた友達たちは『推しに認知されたくない系オタク』と表現した。

『推しとワンナイトも無理?そういうキャラじゃん?』と聞かれたけれど『推しがワンナイトする女が私なんぞなわけなくない?私が峰不⚪︎子ならまだしもよ』と真面目に返事をしたら謝られた。

いやそうじゃない。私のオタ活はともかく、である。


つまり私は『推しがいる部屋の壁』になりたかったわけであって『見ず知らずの異世界の、見知らぬ人たちが住む、やたら豪華なゴシック調の建物の壁』になりたかったわけじゃないのだ


(なんで本当に壁になってるかね!?てか壁に魂が宿るって何!?生き物!?壁って生き物なの!?だとしたら推しのいる世界の壁にしてよ!)


なんて叫んだって、壁に口なんてないんだから声も出ないし『叫んでいるつもり』なだけだ。

感覚的には転げて暴れ回っているんだけれども、天井も床もある廊下…廊下か?たぶん廊下。その廊下の壁に固定されているもんだから実際に暴れ回ってなどいない。

目もないはずなんだけれど、そこは『壁に目あり』のことわざ通り、私が宿っている壁の近くでは何が起きているかよく分かる。

決まった周期で掃除してくれるメイドさんたちありがとう。

あ、今日も来てくれたんだ?そっちの端っこに蜘蛛の巣あります、取って取って。


(違う!!!!!)


新たな生が壁なことに物申したいのに誰に言って良いやら分からない。

なんなら死んだ時の精神年齢と記憶を引き継いでいるっぽいのがこの苦悩の始まりか。

自分の頭を壁に打ち付けて記憶をなくしたくとも、打ち付ける頭もなければ打ち付けるべき壁は私自身である。なんのこっちゃ。


「殿下ー!だめですよ、絵の具がついたまま筆を振り回しちゃ、ああっ…!」


壁に生まれ直して早3ヶ月。

今日もまた豪華なお屋敷、もとい、どこかの国のお城の壁に落書きを始めた幼い王子様に、絵の具攻撃を受けた私であった。

メイドさーん、こっちですー、ここもお願いしますー。なんかスライムを投げつけられたようで気持ち悪いですーお願いしますー。


「めー?」

「めっ、ですよ、レイン殿下!」


(今日も美人さんだねえ、王子様)


歳は3歳。

小さな体に負担がかからないよう作られているけれど、あまり発展していないらしい時代のせいか、どこか大人の服をそのまま小さくしたような王子様姿の男の子は『レイン』というらしい。

くるっと毛先がカールした短い金髪と、顔からこぼれ落ちそうなまん丸の水色の瞳。

左右均等に配置された、ビスクドールのような造形の男の子は絵本から出てきたかのような完璧さだ。

きっとあと5年もすれば同じ年ごろの女の子たちから憧れの的になるだろう。

どこからともなく現れたメイドさんたちの手によって綺麗にしてもらいながら、乳母らしき女の人からお叱りを受けている王子様は、ひよこのように口を尖らせて筆を握りしめている。

しっかり筋肉がついて、綺麗系よりガテン系の大人な男性がタイプの私には『ザ・ショタ』は範囲外だけれども、見ているだけなら大変眼福であり、正直身動きが取れない私には、王子様の生活を眺めるのだけが唯一の娯楽だ。


(おお、今日はマナーの先生が来るんだね。3歳なのにすごいなあ)


応援うちわが欲しい。キンブレが欲しい。イメージカラーは何色かな、黄色かな、水色かな。

ちょうど王子様の部屋の真ん前にいるらしい私は、ずっと王子様の成長を見守っている。

部屋に訪れるのはほとんど大人だけれど、たまに同い年ぐらいの男の子と女の子が静々と出たり入ったりしているので、友人関係も問題なさそうだ。まあ、実在する王族なので前世のような保育園みたいな仲良しさではないかもしれないけども。


おや王子様、さっきの女の子タイプですか?るんるん気分でお見送りからご帰宅ですね。

あら王子様、そんなに分厚い本で何を勉強し…昆虫図鑑。なるほど男の子。お願いだから捕まえてきた虫はちゃんと管理してくださいね?間違っても私の顔()に脱走させないでくださいね?頼んだよマジで。

あっらー!今日ってば王子様のお誕生日なんです?えー!おめかししてるー!かわいー!あ、花火の音がする!久しぶりに見たいんだが!


おっと…誰かが部屋の前に立っ…あー!メイドさん!確か新しく入ったメイドさん!その手にある禍々しい紫の石は何だてめえ!おいこっち見ろ!だめだめだめ、王子様、今帰ってきちゃだめ!危ないから!この世界に魔法あるか知らないけどあの石は危ないから!壁の直感だけど信じて!って聞こえないんだったー!

ほらもー部屋の中でドサッて音した、ドサッて落とした!!お医者さーーーーん!こっちですーーー!ついでにお巡りさんいないですかねーーーー!現場保存して指紋取って犯人探してーーー!

あっ、なんか王様と王妃様っぽい人たちきた。すんごい美男美女、そりゃあんな王子様生まれるわ。

…王子様生きてる?倒れた日から一歩も部屋から出てこないんだけど。運び出されたところは見たことないから亡くなってはいない…ないよね?大丈夫だよね?


めっきり人が来なくなった部屋の近くはどうにも味気ない。

少し前まで穏やかで、希望に満ち溢れた空気が漂っていたお城の中はどんより暗く、色んな役職の人がポソポソと小さく話す声しか聞こえない。

こうなった理由は王子様が4歳の誕生日に倒れてからベッドから起き上がれなくなったらしいから。

驚いたことに、あっという間に5年経っていた。


(今9歳かあ…どんな男の子になったのかなあ…)


友人らしい子どもたちの訪れもなく、定期的にお医者さんとメイドさんがやってきて、本当にたまに両親が来るだけの部屋の中、病気か何かわからないが9歳の子どもがたった1人きりで過ごすのは寂しいのではないかと思う。

壁に生まれたと言うなら壁の中ぐらい動かせてくれたら良いのに。

グヌグヌと呻き声にならない呻き声を出していると、いきなり視界が変わった。


今まで見ていた歴史と伝統を感じさせる長い長い廊下と、歴史的な出来事を絵に落とし込まれた絵画や花瓶が並ぶお向かいさん()ではなく、誰かの好みで専用に誂えられているのがわかる部屋へ。

全てが小さい家具のような気がしたのは、この部屋の中からした咳の声で分かった。


(なんでだか移動できた…強く思えば移動できるとか?それもっと早く知りたかったよ神様…。王子様痩せたね…だめだよ、子どもはもっと丸々してないと)


骨と皮だけ、と言うことはないけども、ちょっと力をこめたら折れそうな雰囲気を醸し出している男の子が、輝くようだった金髪をくすませて苦しそうに背を丸めている。

広すぎるベッドの上に小さな体が一つ。水差しにはたっぷり水があるけれど、それを支えて飲ませてくれる人はいない。


()には手も足もない。壁から壁へ移動できるみたいだけど、壁から出れることはないから動けない。

声は届かず、文字も書けず、誰かのために何をできるわけでもない。


(自己満足だとしても傍によっちゃうよね〜)


自嘲気味に苦笑いしながら、そうっと王子様の姿がもっと見える位置へ移動してみる。

咳が止まらない姿に、人間の姿であったなら眉が八の字に下がっていただろう。

薬を飲む時間になってお医者さんが来たけれど、処方が終わったらさっさと出て行った。なんの声かけもなく、『ご安心ください』の一言もなく。

たった5年しか経っていないのに、あんまりな扱いだ。

そう思った時、さみしい、と王子様の声がした。

喉の奥でえづくような音もしたので慌てたけれど、泣いているだけだったので一安心する。泣いている理由が『寂しい』なんだからちっとも良くはないんだけども、病気が悪化したとかじゃなくて良かった。

泣き疲れて眠ってしまった王子様を眺めながら、せめて声が出せたらなあ、とどうにかできないものかと試行錯誤することにした。


王子様の部屋へ移動できるようになって十日後、壁だってやればできた。壁なのにできた。

とはいえ、ほんのちょっとだけだが。


「さみしい…」


コン


「誰?」


コンコンコン


「…………入っていいよ?」


コココンコン


赤ちゃんの一歩より小さい気がする『できること』…ノック。

誰だホラーな展開にありがちなラップ音とか言ったの!違うから!これしかできなかったの!確かに誰もいないのに壁が叩かれた音がしたら『出たあ!』ってなるけど、違うから!これはただのノックだから!自分の体の中叩いてんのかな?それとも外側かな?とは思うけど、できたんだから良いの!これはノックです!深くは考えない!だって私は壁だから!

呼びかけても辺りを見渡しても誰も現れない状況に、かなり王子様が怖がってしまってかなり申し訳なく思ったけれども『寂しい』と口にした時に根気強くノックをしていれば、危ない存在じゃないことが分かってくれたようで話しかけてくれるようになった。

『はい』か『いいえ』で答えられる話し方をしてくれるあたりものすごく賢い子じゃないだろうか。9歳とは思えない気遣い。さすが王子様。

奇妙な会話が続いていくうちに暗い表情の中で時折、子どもらしい笑顔を見せてくれるようになってまず一安心。

病は気から。先に心が折れてしまったら元も子もないので、引き続きメンタルケアに励もうと思う。


声を出したり手を伸ばしたりは相変わらずできないままだったけれど、王子様の10歳の誕生日になる頃には私の移動範囲がぐんと広がっていた。

なんせ王子様が寝ている間は探検タイムなので、今ではお城のほとんどの壁に移動できている。

一番行きたくないのがキッチンだ。油汚れがひどい壁になるので、何週間もお風呂に入っていないような感覚になる。

一度行ったきり遠巻きにしている場所No.1。

探検タイムがほとんど夜なのもあって人が少なく情報が集まりにくかったが、ようやく王子様がひとりぼっちになっている理由がなんとなく分かった。

王子様、一人息子じゃなくて『弟』だった。つまりお兄さんがいる。いわゆる第二王子というやつ。

二番目だろうと王子は王子。もっと周りに人がいて良いはずなのになぜいないのか、というと、現在進行形で原因不明の感染病が国内に広まっており、対応が後手に回ってあっちこっちが焼け石に水状態っぽいから。

原因不明の感染病、というのもあって王子様に人を近づけにくいのだろう。ただでさえ弱ってる時に追加で病気もらったら死んじゃうもんね。


(原因不明かあ…大体が手洗いうがいで予防できるけど、もうやってるんだよねえ)


この異世界、不思議なことに『菌』の概念がすでにあり、ばっちり研究されちゃってるもんだから衛生はしっかりしているのだ。

おまるじゃなくてトイレがきちんと別に作られているっぽいので、上下水道も完備済みの様子。

そんな世界で『原因不明』なのだから、本気で打つ手がないのだろう。対処療法になっているのかもしれない。

なんて思った私がバカでした。異世界の治療法舐めてたよ。


「偉大なる我らがアステア神よ。慈悲深き試練の神よ。どうか我らの行く道を示し、癒しの手を伸ばしたまえ」


(まさかの!!!お祈り!!!なんで効果があるのか分からんけど!!!お祈り!!!)


菌の概念があるのに治療法がお祈り。何このファンタジー。壁に魂が宿った時点で魔法あるのかなと思ってたけどまさかのまさかだった。

異世界すごいなあ、と久しぶりに感心した。

薬ではなく、今日はお祈り治療を受けた王子様はちょっとだけ顔色が良い。

このまま繰り返していけば完治するだろうとの祈祷師さんの話を聞いてほっとした。

誰もいなくなった王子様の部屋の中、すっきりしたような表情で天井を見上げた王子様はいつものように話しかけてくる。


「ウォール・ヴァレット、いる?」


コン(いるよ)


ウォール・ヴァレット。王子様が私につけてくれた名前だ。なんとなく男に思われてる気がしなくはないけど、せっかくつけてくれたんだからありがたく受け取った。


「あのね、僕に呪いがかけられていたんだって」


ゴン!?(何!?)


「ふふ、変な音。びっくりしたよね。でもね、もう大丈夫なんだって。お隣の国の、アステア神聖国から来た神官様が呪いを解いてくれるんだって。母上がそう言ってたんだ」


体が治ったら外に出て、あれをするのだ、これをするのだ、と夢いっぱいの男の子は安心したからか、いつになく穏やかな顔で眠りに落ちていく。

その寝顔をしばらく眺めてからそっと離れ、日課となったお城の見回りをする。

熱烈な密会現場を見つけてしまった時はどうしようかと思ったが、金庫番が金貨をくすねようとしていた時にはあちこち叩きまくってやったので、スカッとしたのだ。

これで家賃代わりになろう。

王子様が元気になったら、ウォール・ヴァレットは離れようと思っている。


(王子様が壁と話してる、なんて噂されたら違う病気に見られるもんね)


壁である私に、幸せな景色はそっと眺めるぐらいがちょうど良いのだ。


◾️


来訪していたアステア神聖国が王子様に呪いをかけたのだと理解した時には、黒装束の男たちが護衛に抱えられながら逃げている王子様を取り囲んでいる瞬間だった。


(ああ…!!私が誘惑に負けなければ…!!)


起きていられる時間が伸びた王子様が話したそうにしているから、ついつい居座ってしまった結果、夜の見回り時間が減ってしまったのだ。

いや、短い見回り中にも出来たことはいっぱいある。

第一王子の寝室に忍び込もうとした輩を追っ払ったし、危険を知らせたし。

王様方の私室にあの紫の石を持って入ろうとした輩をビビらせたし。

全部壁のドラミングなのでその他大勢まで怖がらせてしまったのが申し訳ないけど。


『城内に幽霊が出る』と噂が立ちながらも短い見回り期間中に得た情報で、王子様の呪いも、国内の感染病もなんとか神聖国の自作自演というのがわかった。

まさか物理的に壁に目と耳があるとは思っていない神官たちがペラペラ話してくれたのだ。

他国に恩を売って自国に有利に融通してもらう。いずれは国ごと奪ってやる。

そう囁いていた神官たちにブチギレた。


(私の王子様に何してくれてやがる…!)


補足しておくが、私の、と言っちゃいるが恋愛の話ではなく、もちろん友情の方だ。

なんなら今世の『推し』と言っても良い。

頑張って欲しいし幸せになって欲しいし、何より生きていて欲しい。

そういう『推し』に手を出した輩を怖がらせたい気持ちは山々だったが、立ち上がった神官の言葉に王子様の元へ駆けつけたのだ。


そろそろ襲撃の時間だな


他国に恩を売る。王子への襲撃。立ち上がった他国の神官。また自作自演?

言葉にならない計画は、それでも道筋を示して『まずい』ことだけを知らせてくる。

たとえ襲撃が命を狙ったものでなくとも、ただでさえ弱った体に負荷をかけたらどうなるか分からない。まだ呪いが解けていないのに。


奇しくも、私が城の幽霊扱いされた結果、王子様に護衛がついていたので真っ先に襲撃された私室からは逃げ出せたよう。

が、あまりに多い黒装束に二の足を踏んでいるのが見てわかる。


(動け私!!!今こそ動かなきゃ!!!)


何度、手足があればと思っただろう。

何度、人間であればと思っただろう。

そうしたら王子様の遊び相手にだってなれたし、もっと好きなもの嫌いなものを話せた。


(たとえ壁でも、魂が宿ったなら動きなさいよ!!!)


五本指の手足が動く想像をした。長い腕と細かい作業ができるような5本指。

そして壁の中から人間の自分を押し出す、そんなイメージ。

強く思えば願いが叶うなら。そんな願いを込めて前へ、前へ。

結論を言うと、成功は、した。


長く続く廊下から迫り出した私の体は『壁』

護衛と、王子様の前へ立ちはだかった私は見たまま『壁』

迫り出したついでに王子様の後方を囲む黒装束を押し潰した。

あっ、今なら言葉話せるんじゃない?と思って定番の決め台詞を言うべく口を開くイメージをして。


(私に任せて先に行け!!!)


やったぁ!かっこよく決まったのでは?推しを守るべく壁になれるなんて恐悦至極…ん?待て、私、いま何か違うこと言ったな?思ってたのと違う音出たな?


「ぬ〜り〜か〜べ〜ぇ〜!!!」


今私『ぬりかべ』って言った?


「まさか…ウォール・ヴァレット…?君なのか…?」

「殿下、これは一体…」

「っ、大丈夫だ!ヴァレットは味方だ!」

「し、しかし、「ヴァレットは先に行けと言っている!」っ、すまない、ヴァレット殿!この恩は必ず!」


どうやって壁に恩を返すっちゅうんじゃい。

そんなツッコミは置いておいて、私と本来の壁の間にできた隙間へ体を滑り込ませて逃げた王子様たちを見送った私は、びっくりに染まっている。

黒装束たちが突然現れた私に慄いているのは分かるけども、私だって物申したい。


(ぬりかべって、!ぬりかべって…!!!)


嫌いか好きかで言ったら好きだけども、それは自分自身じゃないからであって。

四つん這いになって絶望したいけど現実を知っている私は『一旦保留』とし、やっぱり同じことを叫びながら黒装束の上へ飛び上がり、押し潰した。


「ぬ〜り〜か〜べ〜え!!!!!」


あーーーーーーやっぱりこれしか言えないんですねーーーーーーー泣


◾️


アステア神聖国の襲撃を受けた、トワル王国王家には、1つの言い伝えがある。

王子の前にしか現れない『壁の妖精』がおり、誠実に、かつ正直に接していれば必ず守ってくれる、と。

その妖精は普段は城のあちこちに住み、悪事を暴いたり、王子の支えになってくれる。

命の危機が迫った時には『壁の妖精』が姿を現し、剣も魔法も効かない体で王子を守護する、と。


最初に『壁の妖精』と会話をした王子が『ウォール・ヴァレット』と呼んだことから、王家にはその名前で親しまれているが、実際に壁が動く様を見た臣下たちからはその鳴き声からこう名付けられた。


王家の守護妖精・ぬりかべ、と


ちなみに最近の『ぬりかべ』は騎士団長が『推し』になったそうで、もっぱら騎士棟の壁に住んでいるらしい。


なぜ会話ができないのにそれが分かるのか?それはもちろん、最初の王子がウォール・ヴァレットともっと話したくて『コン』と『ココン』からなる暗号を編み出したからである。

おかげでウォール・ヴァレットが何かを叫びたい時になった時はコンコンうるさいと騎士団の中ではブーイングの嵐だった。



ヴァレットって従僕の意味があるそうです

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