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第8「夏祭り」

 ◆


 7月、期末テストが終わり、夏休みが目前に迫っていた。


「坂登君、夏休みどうする?」


 美香が春斗に聞く。


 二人は相変わらず図書室にいた。


 もはやここが二人の定位置になっている。


「別に。勉強」


「それだけ?」


「それだけ」


 美香は少し寂しそうな顔をした。


「私ね、夏祭り行きたいんだ」


「……で?」


「一緒に行かない?」


 春斗の動きが止まった。


 それって、デートの誘いじゃないか。


「なんで俺と」


「だって、他に誰と行くの?」


 美香の真っ直ぐな言葉に、春斗は返答に困った。


 確かに、美香に他の友達はあまりいない。


 去年のいじめ騒動以降、クラスメイトとは普通に接しているが、親しい友人と呼べる存在はいなかった。


 そして春斗も──


「……面倒くさい」


「じゃあ、面倒くさくない範囲で付き合って」


 美香の粘り強さに、春斗は根負けした。


「……分かったよ」


「本当? やった!」


 美香の弾けるような笑顔を見て、春斗は顔を背けた。


 頬が熱い。


 ──なんで俺、こんなに……


 夏祭りの当日。


 春斗は約束の場所で美香を待っていた。


 普段の制服姿しか知らない美香が、浴衣でやってくるかもしれない。


 そう思うと、なぜか緊張した。


「お待たせ!」


 振り返ると、予想通り浴衣姿の美香がいた。


 薄い青色の浴衣に、紫陽花の模様。


 髪も普段とは違ってアップにしている。


「……なんで浴衣」


「夏祭りだもん。変?」


「別に」


 春斗はぶっきらぼうに答えたが、内心では動揺していた。


 ──可愛い……


 そんな感想を抱いた自分に驚く。


 ──いつから俺は、こんなことを考えるようになったんだ


 そんな事を思う春斗。


 祭りの会場は多くの人で賑わっていた。


「わあ、すごい人!」


 美香がはしゃぐ。


 春斗は人混みが苦手だったが、美香の楽しそうな様子を見ていると、不思議と苛立ちは感じなかった。


「何か食べる?」


「うん! たこ焼き食べたい!」


 二人は屋台を回り、たこ焼きや焼きそばを買った。


 美香は本当に楽しそうで、春斗もつられて口元が緩む。


「坂登君、笑ってる」


「笑ってない」


「笑ってるよ。可愛い」


「は?」


 美香の爆弾発言に、春斗は固まった。


「男に可愛いとか言うな」


「でも、可愛いもん」


 美香は悪戯っぽく笑う。


 春斗はげんなりして何も言い返せなかった。


 なぜげんなりしたのか。


 自分が可愛いなどとは断じて思っていなかったが、笑った美香が可愛くてならなかったから──ではない。


 そう思った自分が余りにも情けない──からでもない。


 可愛いものは素直に可愛いでいいのに、そう思う事自体が情けないと思う自分の性根にげんなりしたのだ。


 この期に及んでなお、といった所である。


 ともかくもそうして夜が更けて、花火の時間になった。


 二人は少し離れた場所から、打ち上げ花火を見上げていた。


「きれい……」


 美香が呟く。


 春斗は花火よりも、花火に照らされる美香の横顔を見ていた。


 ──俺、何なんだよ


 自分でも分からない感情に戸惑う春斗。


 そんな時、美香が口を開いた。


「坂登君、私ね……」


 だが、その言葉は花火の音にかき消された。


「え?」


「ううん、なんでもない」


 美香は微笑んだ。


 その笑顔を見て、春斗は再び「可愛い」と思ってしまうのだった。

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