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下足番

作者: 網笠せい

 大正時代の有名なポンチ絵に、「暗くてお靴が見つからないわ」「どうだ明るくなったろう」なんて、お札に火をつける成金の様子が描かれたものがあります。まあなんとも現代の我々からすれば「けしからん」なんて話になるんでしょうが……。

 その頃は料亭なんかに行きましても下足番という仕事がありまして、お客様の靴を取り違えないように靴の預かり管理をしておりました。


「お客様、お靴をお預かりします」

「お靴ったって、お前、下駄だよ? まあそんな細かいこたぁいいや。よろしく頼むよ」

「はい。かしこまりました」


 ある料亭の下足番に、お客様が下駄を預けます。料亭ですから、そりゃあさまざまなお客様がいる。芸者を呼んで飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎをするお客様もいれば、会合、相談事、おおっぴらにはできない密談なんかをしてるお客様もいる。一通りそうやって過ごしたお客様方に、玄関でサッと靴をお出しするのが下足番の仕事なんでございます。


「おや、下駄の歯がぐらつかない。お前、整えてくれたのかい」

「はい。小石を噛んでおりましたので退けました」

「鼻緒も具合がいいね」

「ありがとうございます。下駄の裏の留め金がぐらついておりましたので、少々手を入れました」

「いい仕事をしたねぇ。下足番と言えど手を抜かない。見上げたもんだ」


 常日頃からそうやって下足番が仕事をしておりますと、だんだんと評判になってくるものです。あの料亭の下足番は仕事がていねいだ、泥はねや砂ぼこりなんかも磨いてくれる、来た時よりも靴がピカピカになった、なんて話が出てきます。

 これを聞きつけて、ある小金持ちの男が料亭を訪ねました。


「お客様、お靴をお預かりします」

「お前さん、この洋靴は舶来物の上等なやつだからね。気をつけて扱っておくれよ」

「はい。かしこまりました」

「くれぐれも傷なんてつけるんじゃあないよ」


 男の自慢の靴ですが、まあこれが汚い。泥はねや砂ぼこりはもちろん、雨に濡れたのをそのまま放っておいたもんだから、牛革独特の臭いと蒸れた足の臭いがまざってとんでもないことになっている。

 どうやらお金を儲けて上等な品を買ったはいいものの、扱い方がわからなかったようなんでございますな。奥方に任せようにも、こっちも知らない。それで困り果てて、評判の下足番を頼った……というわけです。


 さて、ひとしきり料亭で楽しんだあと、帰るとなったら楽しみなのは靴の仕上がりです。この男ときたら靴が気になって、食事をしてもそわそわして尻が落ち着かなかった。玄関前で、サッと小金持ちご自慢の靴が出て参ります……。


「うむ。評判通りのいい仕事だ。砂ぼこりを落としたんだね」

「はい。獣のやわらかい毛を束ねたもので、やさしく払い除けました」

「泥はねも取れている」

「少し湿らせたやわらかい布で拭きました」

「うーん、心なしか臭いもマシになった気がする」

「丸めた紙に炭を包んで、お靴に入れておりました」


 まんまと下足番から手入れの仕方を聞き出した男は、しめしめとほくそ笑んで料亭を出ます。下足番も珍しく、料亭の外までお見送りをしに行きました。男が人力車に乗り込もうとしたときです。下足番がおそるおそる声をかけました。


「お客様、お靴の手入れの時間が足りず、大変申し訳ございませんでした。次からは靴磨きにお出しになられた方がよろしいかと存じます」

「ええ? それじゃあ金がかかるじゃないか」

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