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王女と過ごす最後の授業


階段教室の左手に開いた大きな窓から、花火の大きな発破音が聞こえてきた。教室で静かに授業を受けていた生徒たちは、みな板書の手を休め、一斉に窓の外を振り返った。

五階の高さにあるこの教室の窓と、小高い丘の上に立っている王城との間には、遮るものは何もなかった。窓から目を凝らせば、王城の高い尖塔の窓の一つ一つまで見える。今、あの場所では、勇者クロードが、世界各国の国賓たちから魔王討伐の偉業を祝福されているのだろう。

それは、この教室にいる生徒たちにとっても、とても誇らしいことだった。なぜならクロードは、彼らの学友だったからだ。彼らはクロードとともに、二年の間、肩を並べて学びあったのだ。

クロードは、国一番の剣技を持ちながら、奢るところのまったくない、気さくな人間だった。この魔法学校の男子も貴族の師弟として激しい英才教育を受けてきたが、クロードとの模擬戦では毎回のようにコテンパンにされていた。

クロードは、彼らと同じ若さで戦争に行き、そして大悪魔を打ち倒した。それがどれほどの偉業だろうか。そして、どれほどの勇気を必要としたことだろうか……クラスメイトたちは、窓の方を眺めながら、みんなそのようなことを考えていた……。


彼らが暮らすここローラント王国は、アストレア大陸においてもっとも古い国家であり、また大天使ザビエルが没した、聖者にゆかりある地でもあった。

そんなローラント王国の首都であるここローゼンハイムには、100万人を越える人々が住んでいた。この都市は、国家最大の軍事拠点・商業拠点であると同時に、世界でも有数の魔法都市でもあった。

ローラント王国の開祖であり、叡智王と崇められた魔術王ロキの偉業を称えるため、そしてその魔術の探求の成果を後世の人間が広く学ぶために、ここローゼンハイムには数多くの魔法学校が建立された。魔法学校の特徴は、はた目にすぐに分かる。赤い円錐の屋根をもつ、背の高い建物がそれだ。その真っ赤な尖塔は、石灰岩から作られた海辺の白い町並みと、強いコントラストをなしていた。

魔法学校では、貴族の子弟だけではなく、下層階級の人間からも広く生徒を募り、身分の別け隔てなく魔術の探求に勤しんでいた。”魔術を学ぶものに貴賤なし、ただ真理の探求のみがある。”それが、ここローゼンハイムの、魔術界のモットーだった。

そんなローゼンハイムの中でもとりわけ優れた生徒達が通う、ローラント最高峰の魔術師候補生のための学び舎が、ここ国家第一魔法学校だ。この学校に通う生徒は、国に一つの可能性を見出されてここに集められた。それは、無限に至る力、すなわち永久機関を発現する可能性である。

今、これからこの教室で、年に一度の進級試験が行われるところであった。

 

【イエレン】─「では、いまから試験を始めます。セーラさん、前へ」


静かな広い講義室に、年かさの女性の高い声が響いた。彼女の名前はイエレンと言った。彼女はウェーブした豊かな白髪の上に黒い三角帽をかぶり、緑の翡翠をてっぺんに嵌め込んだ茶色い樫の杖を握っていた。それは、魔法使いと聞いて誰しもが頭に思い浮かべるような、いかにも保守的な魔術師の装いだ。彼女は、この魔法学校に長年勤めている著名な教師だった。


【セーラ 】─「はい!」


凛とした声とともに、セーラと呼ばれた女生徒がすくっと立ち上がった。彼女が立ち上がった拍子に、つややかに波打った金の長髪が揺れた。フリルで縁取られた青いスカートの下には、黒いタイツに包まれた細い足首が覗き、純白のブラウスの上には、スカートと揃いの青いケープを羽織っていた。茶色いローファーをこつこつと床に響かせながら、彼女は教卓の前に進みでた。

彼女は、ロードランにおいて最高峰の魔術師の家系である『ザハード家』の出身だった。彼女は、その家柄に恥じず、座学も魔法も最高の成績を収めていた。そして、その美しい容姿は、男子も女子をも虜にした。彼女の一挙手一投足は、常に全校生徒の注目の的であった。

彼女は教卓の前に立った。教卓の上には、真鍮の杯に立てられた、火のついた蝋燭が静かに灯っていた。


【イエレン】─「では改めて試験の内容を説明します。これから行う魔法、『夜の太陽を浮かべる魔法』の根幹は、再帰性能力の発現にあります。炎は、熱の力によって空気の対流を起こし、熱い炎が上空へと昇ると同時に、冷たい空気が下から入り込む。この循環において、新しく取り込まれた空気中に存在しているマナを燃料として、炎は燃え続ける。この過程を自らが繰り返すことで、炎はその形を保ち続けるのです。


改めて言うまでもありませんが、再帰性能力とは、ある魔法に使い手の意志とは離れた自己倍加能力を付与することです。それは、魔法が永久機関へと至る過程の、最初の一歩なのです。


永久機関、いうまでもなくそれはすべての魔術師の目標であり、人類の夢でもあります。したがってこの魔法は、学術探究の測りとしてはふさわしいと言えるでしょう。


通常、再帰性能力で付与する自己倍加係数というものは1以上のものです。そうすれば、炎は空気が存在する限り際限なく拡大を続け、理論上は地上を飲み込むほど大きくなる可能性も秘めています。


しかし、今回の試験ではそのようなことはいたしません。そもそもそんなことをすると皆さんは死んでしまいますし、そのようなことをできる力もない。


今この試験で重要なのは、炎の大きさや温度ではなく、再帰性能力の発現にあるのです。言い換えれば、炎の大きさや明るさが問題なのではなく、使い手がマナを注入することをやめた後、炎がどれほどの時間その形を保ち続けるか、それこそが問題なのです。ではセーラさん」


階段教室にずらりと並んだ生徒たちが見守る中、セーラは両手を蝋燭の脇に添えた。

静かに揺らいでいた蝋燭の炎は、彼女の両手の間でピタリと動きを止めた。空気の対流が止まり、炎はガラスのビー玉のように丸くなった。その真紅の光は、どこか砂嵐が吹き荒れた夜の赤い月を思わせた。

生徒たちは、セーラのの一挙手一投足を、固唾を呑んでそれを見守った。

 

【セーラ 】─「―――――光が消えた暗黒の日 自らを灯す羊飼い 寒空に燃ゆる最後の薪 人の子に捧ぐ供物の火……」


セーラが呪文を唱えると、炎は蝋燭を離れて空中に浮かび上がり、そして大きく膨れ上がる。球体は輝きを増し、嵐のように対流する。

イレインは腕組みをしながら、うんうんとうなずいた。彼女は心のなかで思った。まったくセーラは期待を裏切らない、良くできた生徒だと。


【セーラ 】─「―――――夜空に昇る星の灯籠 叢雲を裂く赤い鳳凰 地上を照らす不滅の炎 夜の太陽を浮かべる魔法……」

【女の奇声】─「Σ(|| ゜Д゜)んぎゃあああああああああああ!!!」


突然、女生徒の奇声が教室中に響き渡った。セーラの集中が途切れ、火球はぽんと弾け飛んだ。

顔をこわばらせて固まっているセーラを見て、イエレンは、深く深くため息を付いた。そして、顔を上げて教室の最後尾の席を睨みつけた。見ると、黒い長髪をおさげにした、大きな丸い黒縁眼鏡の女が、慌てて口を塞いでいた。

彼女の名前はドアンナといった。口を覆っている手の甲は不健康なほど白く、唇は赤く爪は長い。目にまでかかる長い前髪の奥には、うぐいす色の色素の薄い大きな瞳を持っていた。彼女もまたセーラと同じく、高貴なる出自を持っていた。彼女は「白杖」と呼ばれる、国家最高の賢者の娘であった。

彼女は、遊ぶ金欲しさに、しょっちゅう授業中に内職をしていた。本来、学生の身分では禁止されている冒険者ギルドの依頼を受け、季節外れの花や果実を咲かせる仕事を請け負っているのだ。

案の定、今も彼女は膝の上に植木鉢を抱えていた。大方、なにか魔法操作をしくじり、植木鉢の中身を台無しにしてしまったのだろう。


【イエレン】─「ヽ(#`Д´)ノドアンナ!!!」

【ドアンナ】─「あっ、はっ、はいヾ(゜ロ゜*)ツ!うわっ(;゜Д゜)!」


イエレンは、ドアンナを大声で怒鳴りつけた。ドアンナと呼ばれた少女は、びっくりして声を上げた。その拍子に、彼女は再び魔力操作を誤ってしまった。

マナを強く込めすぎてしまったガーベラは、鉢の栄養を吸い付くすと、爆発的に成長を始めた。ガーベラの黄色い花弁が植木鉢から溢れ出し、あっというまに机のまわりを埋めた。それでも花は成長を止めず、その蔓はドアンナの腕を絡め取ると、今度は彼女の体をぐるぐる巻きにして締め上げた。

 

【ドアンナ】─「ぎゃーーー!(꒪ཀ꒪)ぐるじぃぃいい」


ドアンナがそう叫ぶと、教室中が笑いの渦に包まれた。

イエレンはつかつかと足音を立てながら教室の後ろまで歩くと、出席簿でドアンナの頭をバコンと叩いた。


【イエレン】─「ドアンナさん、あなたは内職なんてしている余裕がおありなのですか?あなたの成績は、ただでさえ落第すれすれなんですよ?」


イエレンの言葉を聞いて、彼女の両隣の生徒はニヤニヤと笑った。イエレンは目ざとくそれを見つけると、ふたりも叱りつけた。


【イエレン】─「アンナさんにレイセンさんも。あなた達も人のことを笑っている場合じゃありませんよ!友達なら彼女を注意しないと。そんなだから、あなたたちはまとめて三馬鹿と呼ばれてるんじゃありませんか?」

 

急に教室中に名指しされ、アンナはびくりとして固まった。レイセンは、顔を真赤にしながら、へなへなと身を縮こまらせた。その様子を見て、クラス中に静かな笑いが広がった。


そんな中、試験をぶち壊しにされたセーラが、つかつかと足音を立てながら教室を横切ってきた。彼女はイレインの脇を通り過ぎると、ドアンナの真横に仁王立ちになり、腕を組んで彼女を見下ろした。


【セーラ 】─「(ಠ_ಠ)……ドアンナさん?」


そばでにらみつけるセーラに、ドアンナはそっぽを向いて答えた。


【ドアンナ】─「(  ̄^ ̄)……何よ」


つっけんどんなドアンナの返事に、セーラは怒りを爆発させた。


【セーラ 】─「ヾ(`ヘ´)ノ゛んむむむむ(♯▼皿▼)ノノノっっきぃぃいいいいいいいい!!!」


セーラは突然大声で奇声を上げると、丸めた拳でドアンナをぽかぽかぽかと叩きだした。


【ドアンナ】─「痛っ!痛っ!先生、このひとを止めてください!(;´Д`)」


ドアンナが頭をかばいながら懇願したが、イエレンは冷たく言い放った。


【イレイン】─「いいえ止めません。セーラさんが怒るのも無理のないことです」

【ドアンナ】─「そんなあ(; ̄Д ̄)」


イエレンは教卓の方を指でさしながら、言った。


【イレイン】─「なんならいい機会ですから、ドアンナさん。あなた今から試験をやってみせなさい」

【ドアンナ】─「げ」


ドアンナは、そろりそろりと立ち上がり、のろのろと教卓の前まで進み出た。彼女が教卓の前に立ち、教室中を仰ぎ見ると、男も女もひとり残らず、にやつきながら彼女を眺めていた。

彼女は最後列の自分の席を見た。すると、アンナは頬杖を付きながら、そしてレイセンは白い歯を見せながら、彼女ににまにまとした視線を送ってきた。あの野郎ども、覚えてろよ、と彼女はそう思った。

ドアンナは、一つ肩で息をついた。そして、蝋燭の炎に手をかざした。灯火の放射熱が肌を焼き、手のひらに玉の汗が浮かび上がった。しかし、彼女はためらうことなく、両手で炎を包み込んだ。そして、彼女は目を閉じ、その両手にマナを込めた。

途端、教室の中を、マナの衝撃波が通り過ぎた。

慣れているとはいえ、幾人かの生徒は、ドアンナのマナに身体を貫かれ、おもわずおののいた。最前列に座る生徒などは、直接彼女のマナに晒されて、心臓の鼓動が高まり、胸に手を当てたほどだ。

それは、急激なマナの高ぶりが生み出す、疎密波の壁だった。この莫大な力こそ、座学も実技も最下層のドアンナが、特待生としてこの学校に通っている理由なのだ。

クラスメートたちは6年間に渡り、彼女の扱う膨大なマナを嫌というほど見てきた。いや、むしろそれは、見せつけられてきたという方が正しい。

魔法使いの卵たちは、いまや口を閉ざし静まり返っていた。これから起こるだろうマナの奇跡を、皆が予感し、期待し、そして憧憬した。

静まり返った教室の様に、ドアンナは気づかない。むしろ彼女の極端な集中の様が教室にさらなる静寂を産んだ。みな、なるべく音を立てないようにと、呼吸の音すら小さくした。

ドアンナは深い息を吸い込み、呪文の詠唱を始めた。


【ドアンナ】─「―――――光が消えた暗黒の日 寒空に燃ゆる最後の薪 自らを灯す羊飼い 人の子に捧ぐ供物の火……」


その声は次第に力強さを増し、まるで彼女の言葉に応じるかのように、蝋燭の炎も強さを増していった。炎は球体となり、空中に浮かび上がると、輝きを増しながら激しく荒れ狂った。その姿は、まるで望遠鏡で見る惑星の嵐のようだった。

火球はさらに膨れ上がり、教室全体を熱し始めた。しかし、ドアンナは目を瞑ったまま呪文を続けているため、周囲の変化に気付かない。彼女の並外れた集中力が、今や裏目に出ていた。


「わー!!!」

「ドアンナ、やめて!」


クラスメイトたちは恐怖に駆られ、叫び声を上げた。しかし、その叫びはドアンナの耳には届かなかった。彼女はただ、魔法の詠唱を続けた。


【ドアンナ】─「―――――夜空に昇る星の灯籠 叢雲を裂く赤い鳳凰 地上を照らす不滅の炎 夜の太陽を浮かべる魔法!」


詠唱が終わると同時に、火球は瞬間的に膨れ上がり、爆発的に広がった。火球は天井に届くほど大きくなり、ドアンナ自身もまた炎の渦に包まれた。


【ドアンナ】─「あっち!!!」


あまりの熱さに、ドアンナはとうとう目を開けた。そして、自分を包む炎が視界に入った瞬間、彼女の集中は一気に途切れた。


【ドアンナ】─「 Σ(`゜Д゜´//)なんじゃこりゃあ!!!」


彼女がそう叫んだ瞬間、マナは暴走し、火球は爆発した。赤い爆風が教室を駆け抜け、窓ガラスは砕け散った。爆発の衝撃が去った後も、教室はしばらく静寂に包まれていた。

クラスメイトたちは、机の下からそろそろと這い出した。ドアンナは、教卓の上で黒焦げになっていた。彼女の顔も眼鏡もすすだらけになり、長く美しかった彼女の黒髪は、炎に焦げてちりちりに縮れていた。

イエレンは深いため息をつき、ドアンナに歩み寄った。彼はドアンナの肩に手を置き、優しく声をかけた。


【イレイン】─「……(=_=)補修!」

【ドアンナ】─「ひん(;▽;)」


ついに誰かが吹き出し、教室におおきな笑い声が響き渡った。その声の大きさは、隣の教室の教師が、ドアを開いて様子を見に来るほどだった。

ドアンナは席に戻され、試験は再開された。そして、ひとり、またひとりと合格し、ついには全員が合格した……ドアンナ以外の全員は。結局、ドアンナはただ一人、補修のために放課後に残るよう言い渡された。


【イレイン】─「さて、今日で今学期の授業は終わりですが、最後にひとつ、大事なお話あります」


教室は静まり返った。先生がこれから何を話すか、みなわかっていたからだ。


【イレイン】─「今日は、王女殿下がみなさんと一緒に受ける、最後の授業になります。王女殿下、こちらへ」


教室の、最後列右端に座っていた生徒が、席から立ち上がった。彼女の、赤く豊かなウェーブした髪が、窓から差す日の光に照らされて輝いた。彼女は、教壇の前に立つと、三角帽を脱いだ。

やがて、彼女の頭上に、黄色く輝く天使の光輪が現れた。アマンダは、ゆっくりと話し始めた。


【アマンダ】─「みなさん、今日まで私と共に授業を受けてくれて、本当にありがとうございます。みなさんと過ごした六年間は、私にとって、とてもとても幸福なひとときでした」


アマンダは、声を震わせて涙ぐんだ。クラスメートたちは、優しい笑顔で彼女を見守りながら、続きの言葉を待った。


【アマンダ】─「みんなのことは私の誇りです。私は、これからどんな困難が待ち受けていようとも、そのときはみんなのことを思い出して、決して諦めることなく、戦い抜くつもりです。みんなも、この学校を卒業した暁には、夢の実現に向けて力強く進んでいってください。みんなの未来が素晴らしいものであることを心から願っています。」


アマンダは、生徒たち一人ひとりに目を合わせながら、そう言った。生徒たちの何人かは、アマンダの言葉を聞いて、涙を流した。彼女は、最後にイエレンに向き直り、言った。


【アマンダ】─「先生、今日まで本当に、ありがとうございました」


イエレンは、目に浮かぶ涙を拭った。

ひとり、またひとりと拍手を始め、やがて教室中に、万雷の拍手が鳴り響いた。そんな中、ドアンナが立ち上がると、アマンダの前へと進み出た。

彼女は、その両手に、薄葉紙に包んだ目一杯のガーベラを抱えていた。ガーベラの花言葉は、神秘、そして希望なのだ。

ドアンナは、アマンダのそば立ち、言った。 


【ドアンナ】─「アマンダ、おめでとう」

【アマンダ】─「ありがとう」


アマンダは、両手いっぱいの花束を受け取った。それは、あまりの量が多くて、アマンダの顔が埋もれてしまうほどだった。


【アマンダ】─「……多いよ( ̄▽ ̄)」


花束越しにアマンダノくぐもった声が聞こえた。


教室は、再び笑いに包まれた。こうして、終業式の日、王女の最後の授業の日は、幕を閉じた。

た。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


こうして授業が終わり、皆が教室から退出する中、ドアンナも教室の扉を潜ろうとしたところ、むんずと襟首を掴まれた。振り返ると、イエレンが眉間にシワを寄せて立っていた。

【イレイン】─「ドアンナさん、どこへいくつもりですか」

【ドアンナ】─「にゃはは」


そうして、彼女はイエレンに首根っこを掴まれたまま、教壇の前に引きずられていった。彼女ははなしてはなしてと抵抗するも、イエレンは頑として手を離さない。彼女はとうとう諦め、なされるがまま教卓の前に放り出された。

彼女は頭をかきながら、やれやれと立ち上がり教室を振り返ると、そこにはアマンダも含めて、女子たち全員が立っていた。


【ドアンナ】─「お前ら、どうして……」

【レイセン】─「一人で居残りはかわいそうだからね。合格するまでここで待つよ」

【ドアンナ】─「(´;ω;`)ぽまいら!」


ドアンナは、感動に滝のような涙を流した。

彼女は涙を拭うと、教卓の前に立ち、改めて蝋燭の炎に手を掲げた。


【イレイン】─「いいですか、ドアンナさん。あなたは太陽にひたすら大きくなれと命じた。その結果、表面積が膨張し、意図せざる大きさの自己倍加能力を付与してしまった。ここまではわかっていますね?」

【ドアンナ】─「はい」

【イレイン】─「では、今度は熱に自己倍加能力を与えてみなさい」

【ドアンナ】─「わかりました」


ドアンナは、大きく深呼吸すると、あらためて己のマナに集中した。

なにか空気が変わったことを、教室中の皆が感じ取った。


【ドアンナ】─「―――――光が消えた暗黒の日 自らを灯す羊飼い 寒空に散る最後の薪 人の子に捧ぐ供物の火……」


ドアンナがそう唱えると、空気が揺れ、蝋燭の炎は、可燃性ガスに煽られたかのように、勢いを増す。

やがて、宙に浮かび上がった蝋燭の光は、あまりにも激しい熱の対流に球形を保てず、脈動する心臓のように不定形な膨張と収縮を繰り返した。

ドアンナは目を見開いて、友人たちを見た。アマンダが、手を胸の前に組んで、祈っていた。

アマンダ、見ていてね。やり遂げて見せる。


【ドアンナ】─「―――――夜空に昇る星の灯籠 叢雲を裂く赤い鳳凰 地上を照らす不滅の炎 夜の太陽を浮かべる魔法!」


彼女の手のひらの中で、炎は赤から黄色へと変化した。それは、炎の温度が上がっている証拠だ。彼女がされに力を込めると、炎は小さくなる同時に輝きを増し、色も白熱の白い輝きとなった。

やがて炎はビーズのような小ささにな、それと同時に青い輝きを放ち始める。その温度は、一万度を超えるだろう。これは、地球上のあらゆる物質を溶かすほどの温度だ。

ドアンナがさらに力を込めると、そこから非線形な状態変化が一気に進行した。

炎は一瞬のうちに電離状態となり、プラズマとなったのだ。超高温の紫色の雲が、瞬く間に教室中に広がった。


【ドアンナ】─「(゜ω゜;)あ、やべ」


ドアンナはそういった。次の瞬間火球はコントロールを失い爆発し、教室の窓ガラスは粉々に吹き飛んだ



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



【ドアンナ】─「いや~まいったまいった」


ドアンナは、すすだらけの顔で、頭をボリボリとかきながら、校庭を横切って歩いてきた。

二度に渡り教室を吹き飛ばしたドアンナは、とうとう学長に呼び出された。そして、こっぴどく絞られたのだ。

彼女も流石にこたえたのか、ニヤつきながら歩いてくるその顔も、どこか引きつっていた。

校門の前で彼女を待っていたのは、三馬鹿の二人、アンナとレイセンだった。レイセンが言った。


【レイセン】─「あんた、あんなざまでよく学者になりたいとか思えるよね……」

【ドアンナ】─「なははは」

【アンナ 】─「ほら、これで顔拭いて」


アンナがぬらしたハンカチを差し出すと、ドアンナはメガネをはずして顔を拭った。

相変わらず、この女子は、メガネを取ると美人だ。透き通るように白い肌と、大きなうぐいす色の目、そいsて黒く長いまつげ。この子は、男子から好意的な目線を向けられていることとを、果たして知っているのだろうか。


【ドアンナ】─「ありがとう。じゃあ早速、街に乗り出すぞ!おおー!」


ドアンナはそう言って、拳を高く突き上げた。二人は、やれやれと首を振りながらも、どこか楽しげに彼女のあとに付いていった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



祭りももう三日目だというのに、相変わらず街は騒がしかった。

道路には色とりどりの屋台が立ち並び、人々は食べ歩きや買い物を楽しんでいた。

ドアンナの鼻に、なにやら甘い匂いが漂ってきた。彼女は、匂いにつられてフラフラと通りの脇へとそれた。


【ドアンナ】─「(☆∀☆)クレープ欲しい!」


 ドアンナが、クレープ屋の行列を指さして言った。


【ドアンナ】─「(⊙ꇴ⊙)クレープ欲しい!」

【レイセン】─「( ̄Д)……じゃあ買えば?」


レイセンがそう答えた。彼女は、ドアンナとつるんでいるクラスの三馬鹿トリオの一人で、先ほどイレインといっしょに叱られた生徒だ。

彼女は、亜人だった。細く柔らかい金色の髪の間から、ピンとたった狐耳が突き出していた。膨らんだローブの裾からは、金色に輝く狐尾が覗いていた。

彼女は、はるか東方の瑞穂の国から来た。ローラントが瑞穂と国交を結んだ際、数多くの金色の国礼に混じって、漆の棺に入れられて彼女が送られてきたのだ……つまり、彼女は愛玩品の一つだった。しかし、王は彼女を自由にした。そして、彼女は、普通の少年少女と同じ様に学校に通い、魔法使いの道を歩んだ。


【ドアンナ】─「(≧∇≦)買えない」

【レイセン】─「( ̄Д)なんで?」

【ドアンナ】─「(^o^)o お金がないから!」

【レイセン】─「( ̄Д)なんでお金がないんですか?」

【ドアンナ】─「( ゜∀ ゜)それは、貧乏人だからです!」

【レイセン】─「( ̄Д ̄) 奇遇ですね。わたしも貧乏ですのでお金がありません」

【アンナ 】─「ははは、まったくもう。(ノ´ー`)しょうがないわね~」


薄紫色のショートボブをした女の子が、笑いながら財布を出し、列に並んだ。そして、三人分のクレープを買った。

彼女の名前はアンナと言った。彼女もまた、三馬鹿トリオのうちの一人だった。彼女はたった一つの魔法しか使えず、学校では、常に落第未満の成績しか得ることはできなかった。

それでも彼女は進級し、そして卒業するだろう。なぜなら彼女は、特別だからだ。彼女は、王女の護衛の一人だった。

彼女の魔法は禁忌のベールに包まれていた。本来学校などには通う人間ではないのだが、どういったわけか、国王の意向でこうして彼女たちと同じ学校にいるのだった。


【ドアンナ】─「ԅ(¯ิ∀¯ิԅ)アンナ様ぁ~ぐへへへ」

【レイセン】─「(´◉౪◉`)あじゃっすあじゃっす」


 しかし、彼女はこうしてドアンナたちと肩を並べ、王女とともに魔術を学び、そして共に遊んだ。あるいはそれは、王たちの実験なのかもしれない。しかし、それでも、彼女がドアンナとレイセンとの、無二の親友であるという事実は揺らがなかった。

 アンナはクレープをドアンナとレイセンに手渡した。ドアンナは、クレープにぱくりと噛み付いた。


【ドアンナ】─「( ‘༥‘ )ŧ‹”ŧ‹”」

【レイセン】─「(๑°༥°๑)ŧ‹”ŧ‹”」

【アンナ 】─「( ˘ω₍˘ )ŧ‹”ŧ‹”」

【ドアンナ】─「(○`~´○)ゴックン」

【レイセン】─「('-'*)……」

【ドアンナ】─「(・ω・ )……」

【アンナ 】─「( ・ω・)……」

【レイセン】─「(゜ε゜ )ブッ!!」

【ドアンナ】─「( ´∀`)アハハハ!じゃあ、そろそろ行こっか」


 大声で笑い転げる女学生に、通りを行き交う人々はちらりと怪訝な視線を向けた。三人は、そんなことはちらりとも気にせず、再び道を歩き出した。



 道は、進めど進めど人々の雑踏でいっぱいだった。大通りでは、あちらこちらで様々な出し物が行われていた。

 高い柱の庇に、エルフの吟遊詩人が腰掛け、リュートを奏でながら歌を歌っていた。目を閉じ、金の長い髪を揺らしながら歌う歌人を、若い女の子が恍惚とした表情で見上げていた。

 その先の広場では、人々が旅のサーカスを取り囲んでいた。太った大道芸人が口から火を吹くと、人々が歓声を上げ、逆さに置いたシルクハットにコインを投げ入れた。


【レイセン】─「(゜∀゜ )あたしもあれならできる!」


 レイセンは突然そう叫ぶと、演者たちの輪に入ろうとした。ドアンナたちは、あわててその手をひっつかんだ。


【アンナ 】─「(^。^;)こらこらこら」

【レイセン】─「( ̄▽ ̄)別に冗談だっつーの」

【ドアンナ】─「(´▽`;)お前ふざけんじゃねーぞ」


 彼女達がその場を離れ、道を進むと、人だかりから歓声が上がっていた。中を覗いてみると、東方から来た踊り子たちが、ほとんど半裸の格好で踊っていた。汗を振り払いながら踊る踊り子たちに、男たちの目は釘付けになっていた。際どい衣装からは乳房がこぼれ、下着の暗い場所から女性器の膨らみが覗いていた。こんな格好は、祭りの今しか許されないだろう。

 レイセンがなにかにに気づいたらしく、二人を指でつつくと、ある人物を指さした。


【レイセン】─「( *´ノェ`)あのさあ、あの黒い服のおっさん見てみ?」 

【ドアンナ】─「うん?」

【レイセン】─「(*´ノo`)すげー勃起してる」

【ドアンナ】─「何を言っとるんじゃアホーっ(´▽`;)どこ見とんねん」


三人は、高い笑い声を響かせながらその場を離れた。

道の先の広場は、さらに混んできた。彼女たちは、体を半身にしながら、人をかき分けて進んだ。やがて彼女たちが広場中央の噴水にたどり着くと、そこには待ち人たちが待っていた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



セーラが腰に手を当てて仁王立ちになりながら、ドアンナたちに向かって叫んだ。


【セーラ 】─「(#゜Д゜)遅いですわよ!」

【ドアンナ】─「ごめんごめん。クレープ屋に並んでたら遅れたわ」

【 レイ 】─「お前のんきに街歩きなんかやってるけどさ、補修あるんじゃないのかよ」


長い藤色の髪をツーテールにまとめたツリ目の女が言った。彼女の名前は、レイと言った。彼女は丈の短いスカートに、高いハイヒールを履いていた。彼女もまたアンナと同じく、王女の護衛の一人だった。


【ミランダ】「まあまあ。こんな日ぐらい先生も何も言いませんよ。ね?」


ミランダが言った。彼女は神官だった。腰まで伸ばしたクリーム色の髪に、真っ白なガウンを羽織っていた。彼女はセーラの友人であり、いつも一緒に行動していた。


【ドアンナ】─「いや、土下座で先生に泣きついたら、赦してくれた」

【ヒルダ 】─「Σ(´∀`;)なさけな!」


 薄緑色の、嵩の多いウェーブした髪の女の子が答えた。彼女はヒルダと言い、二年飛び級でドアンナたちと学んでいた。彼女は、セーラの通り巻きとして、いつも後ろに引っ付いていた。


【ドアンナ】─「いいんだよ、情けなくたって。結局補修はなくなったんだから。ペトラちゃんもそう思うだろ」

【ペトラ 】─「正直ださいです(ᓀ‸ᓂ)」

【ドアンナ】─「ι(´Д`υ)はあ。あいかわらず冷たい女だねえ。姉貴とは大違いだよ」


赤い癖っ毛をした小さな少女が答えた。彼女の名はペトラと言い、王女の妹だった。彼女はアマンダとちがって愛想がなく、いつもドアンナに対してはつっけんどんな態度で接してきた。


【ペトラ】─「じゃあみんな揃ったようですので、いきましょう」


ペトラがそう言うと、皆一同にうなずいた。そして彼女たちは、王城へと向かった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



【ドアンナ】─「ここか」


ペトラの案内で、彼女たちは林の奥深くにやってきた。そこは、赤いレンガ造りの城塔の裏手の、蔦の茂った湿った場所だった。そこには、クラスメートの女子全員が、ドアンナたちを待っていた。

彼女らの頭上遥か高い場所に、城壁の細い窓が見えた。


【ペトラ 】─「ここです」ペトラが返事をした。「あの真上の窓です」


彼女たちがしばらく待ったところ、女の子が窓から顔を出して合図を送ってきた。

ドアンナは皆を振り返ってうなずき、肩の力を抜いて仁王立ちになった。そして杖を握り、魔法の呪文を唱えだした。


【ドアンナ】─「―――――青い空の夏は終わり 白い雪の長い眠り 春の風に花の息吹 生い茂る森の緑」


それは、ドアンナの持つ魔法の一つ。魔法の効果は詩の唄う通り、植物を生い茂らせる魔法だ。

地面が揺れ、かさかさと枯れ葉がこすれる音が響いた。突如、地面がこぶのように盛り上がると、そこから青い芝生を突き破って、数多の蔦が天に向かって爆発的に伸び始めた。その様子は、まるで緑の蔦の噴水のようだった。


【ドアンナ】─「さあ、みんなつかまって!」


ドアンナは、蔦のうち一本を掴んだ。蔦はドアンナの手に巻き付き、彼女の体をあっという間に三階の高さまで運んだ。

彼女は、窓から部屋の中に飛び移った。しかし、着地すると同時に、彼女は大理石の床に足をすべらせてしまった。


【ドアンナ】─「おおっと」

【ケイト 】─「ドアンナ、危ない!」


ドアンナの体を、女の子がひしと抱き寄せた。その少女は、竜の巫女だった。彼女のエメラルドクリーンのサラサラしたショートヘアが、ドアンナの頬をくすぐった。


【ドアンナ】─「ケイト!」


ドアンナはそう言うと、彼女を抱き返した。そして、そのまま腰に手を伸ばし、彼女の尻尾をむんずと掴み取った。


【ドアンナ】─「( ՞ਊ ՞)ケイトのしっぽおおおおおおおお」

【ケイト 】─「( ;´Д`)やーめーてー」


ケイトはドアンナを引き離すと、そのまま尻尾でドアンナの頬をぶった。


【ドアンナ】─「( ゜∀゜):∵ぐへえ」


ドアンナは奇声をあげて、今度こそ床に尻もちをついた。


二人がそんな馬鹿なことを屋ている間に、クラスメートたちはみんな三階の廊下に上がってきていた。


【ケイト 】─「こっちよ、ついてきて」


ケイトはそういうと、みなを案内した。そして廊下の窓から外を指さした。

そこからは、王城の中庭と、バルコニーが見えた。今からあの場所で、王とアマンダ、そしてクロードが演説をするのだ。


【ドアンナ】─「特等席ね」


ドアンナが言った。そうしてしばらく待っていると、王とアマンダが、バルコニーに姿を現した。


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