はじまり
英雄たちの戦いを間近に目にしていた天使が、きみにこの物語を綴った。
◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇
それは、ある暑い夏の日の出来事だった。その日、ロードラン国の王城の庭園に、一万を越える人々が集まっていた。というのもその日、国王の娘セレスティアと、剣士ローウェンの婚姻式が執り行われていたのだ。
木漏れ日が降り注ぐ庭園で、二人は誓いのキスを交わした。集まった国民たちは万雷の拍手を送り、父王もまた涙を浮かべ、娘の幸せを喜んでいた。
ふと、セレスティアは何かを感じ、空を見上げた。すると突如、空が割れ、まぶしい光が地上に向かって降り注いだ。そして、そのまばゆい光の雨の中を、なにか巨大な翼を持つ鳥のようなものが、ゆっくりと降りて来た。
(イラスト 011 01)
それは、天使のなかでももっとも位が高いとされる、熾天使だった。その姿は見るに恐ろしい。熾天使には、六枚の翼があり、その体の中心には、巨大な瞳が埋まっている。そのからだは城よりも大きく、広げた翼は雲よりも高くあった。
天使がその大きな瞳で地上を睥睨すると、人々は恐れおののき、地面にひれ伏した。
天使は語り始めた。静寂に沈む大地に、天使の声が響き渡る。
【 天使 】─「セレスティアよ、なにも案ずることはない。我は熾天使セラフィムなり。いま私は神の言葉を伝えるため、ここにいる」
セレスティアが顔を上げると、天使は続けた。
【 天使 】─「セレスティアよ、聞け。汝はその胎内に神の御子を宿した。その御子は、救い主をこの世界に復活させるものなり」
突然の託宣に、民衆のあいだにどよめきが広がった。王は、椅子を蹴って立ち上がり、口を開けて呆然とした。セレスティアは、おもわず指で腹を擦った。このお腹の中に、すでに子種が宿っている……?それは、想像だにしない言葉だった。彼女は指の腹を腹部に押し当て、何かのぬくもりを感じ取ろうとした。
【 天使 】─「人々よ、聞け。ここよりはるか北の人しれぬ大地にて、この世界に新たなる悪魔が生まれ落ちた。その悪魔は、やがてこの世界を滅ぼすものなり」
天使がそう語ると、人々の間に再度どよめきが走った。
【 天使 】─「私はその悪魔の名はここで語ることはできない。ひとたび私がその名を口にすれば、その恐怖を糧に、悪魔はより強大な力を得てしまうだろう。」
天使は続けた。
【 天使 】─「悪魔はまだ荒れた大地を彷徨っている。彼はまだ、人とも悪魔とも出会っていない。しかしもし人が彼に出逢えば、その人は闇に染まり、悪魔が出逢えば、その悪魔は強大な力を得るだろう。やがて彼は闇の軍団を組織し、世界を覆い尽くす。そうなる前に、我々はこの悪魔を探し出し、殺さなければならない」
天使は続けた。
【 天使 】─「しかし人が直視するには、その悪魔の纏う闇はあまりにも暗い。その闇は救い主の光によってしか払うことはできない。我々はこの世界を救うため、まず救い主を復活させなければならない」
天使は続けた。
【 天使 】─「セレスティアよ、聞け。この世界の東の果て、エルドラドと呼ばれる場所において、救い主はお眠りになられた。まことに救い主は、世界中に神の教えを伝え、人々を癒やした。そして、その旅の途上において、傷つき、ひとときのあいだお眠りになられたのだ。今や御方の傷は癒え、ふたたび世界に神の教えを広めんと、復活の時を待っている。」
天使は続けた。
【 天使 】─「神は五人の使徒を地上に遣わすであろう。一人は、皇の宝剣に選ばれし勇者。一人は、消された歴史を生き抜いた覇者。一人は、無限の叡智を得た賢者。一人は、闇に生まれ光となった聖者。一人は、世界の終わりを見た預言者。汝の子は、彼らとともに、世界を旅する。そしていつの日か、救い主のもとへとたどりつき、この世界を悪魔の手から救い出すだろう。」
セレスティアは頷いた。今や突然の邂逅の驚きは過ぎ去り、彼女は自らの子に託される使命を、一つとして漏らすことなく脳裏に刻もうとした。
【 天使 】─「ではセレスティアよ、そなたに今から三つの魔法を授ける。これらの魔法は、神に選ばれた者にしか扱うことはできない。いまから私に従い詠唱を繰り返すのだ。準備はよいか?」
セレスティアが頷いたのを見ると、天使は、魔法の詠唱を諳んじた。
【 天使 】─「―――――――躯を穿つ咎人の槍 鏑を伝う贖いの血 盲を開く晴れの光 洗礼の奇跡」
セレスティアは、天使に続いて呪文を繰り返した。
【セレスティア】─「―――――――躯を穿つ咎人の槍 鏑を伝う贖いの血 盲を開く晴れの光 洗礼の奇跡」
【 天使 】─「よかろう。この魔法は、清めの魔法である。人にかけられた呪いを解き、身中の毒を消し去る魔法だ。では、2つ目の魔法を教える」
天使はそう言い、再び呪文を唱えた。
【 天使 】─「―――――――荒野の夜の四十日 行方も知れぬ放浪の旅 風に聞こえる魔の誘い 堕天使が来た試練の日
打ち払われた偶像の石 夜霧に消えた幻想の国 はねつけられた星頂き 真実を語る神の口」
【セレスティア】─「―――――――荒野の夜の四十日 行方も知れぬ放浪の旅 風に聞こえる魔の誘い 堕天使が来た試練の日
打ち払われた偶像の石 夜霧に消えた幻想の国 はねつけられた星頂き 真実を語る神の口」
【 天使 】─「この魔法は、闇を打ち払う魔法だ。闇の魔法をかき消し、悪魔の肉体を穿つ光の呪文だ。では3つ目の魔法を授ける」
天使は言うと、続けた。
【 天使 】─「―――――――孤独に進む茨の道 背中に担ぐ神籬の木 石畳を擦る朱い裸足 丘の頂のどくろの地
輩を結う鉄の鎖 同胞を打つ罪過の楔 大地を覆う夜の帷 光が消えた十字架の死
視界を塞ぐ漆黒の闇 歩き疲れた迷える羊 わずかに晴れた薄暗がり 地平に見えた朝の兆し
開け放たれた岩の棺 解き放たれた稀人の火 世界を照らし映す光 復活の日」
セレスティアは、呪文を復唱した。
【セレスティア】─「―――――――孤独に進む茨の道 背中に担ぐ神籬の木 石畳を擦る朱い裸足 丘の頂のどくろの地
輩を結う鉄の鎖 同胞を打つ罪過の楔 大地を覆う夜の帷 光が消えた十字架の死
視界を塞ぐ漆黒の闇 歩き疲れた迷える羊 わずかに晴れた薄暗がり 地平に見えた朝の兆し
開け放たれた岩の棺 解き放たれた稀人の火 世界を照らし映す光 復活の日」
【 天使 】─「よかろう。この魔法は、癒やしの魔法である。あらゆる身体の傷を閉ざし、焼けただれた肌を癒やす。そしてこの魔法こそが、救い主をこの世界に目覚めさせる魔法でもあるのだ」
セレスティアが聞き届けたのを見ると、天使は言った。
【 天使 】─「これで、私はすべて語った。」
【セレスティア─】「天使様、東にあるというエルドラドという国は、一体どこにあるのでしょうか」
セレスティアは間髪入れず尋ねた。天使は、セレスティアが生まれたときから、彼女のことを見ていた。普段の彼女は物怖じしない性格で、大胆な物言いで時折王をどぎまぎさせてきたのだ。ようやくこの娘は、いつもの調子に戻ったらしい。天使は、しかし固い口調で答えた。
【 天使 】─「それは話すことはできない」
【セレスティア】─「なぜですか!エルドラドの場所がわからなければ、救い主様を探すことができないではありませんか。」
【 天使 】─「東へ行け!東へ行けば、きっと待ち人に会えるだろう……」
【セレスティア】─「言っている意味が、よくわかりません!」
天使は言葉を返さなかった。すべてを語り終えた天使は、天上へと帰っていった。
この出来事は、やがて世界中に伝えられた。
人々には、果たしてエルドラドがどこに存在するのかわからなかった。天啓とは、常にそういうものだ。それでもなお、数多の冒険者が、この世界の何処かにいる救い主を探すため、東へと旅立っていった。
◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇
あくる年の夏至の日、この世界に二人の赤子が生まれ落ちた。
一人は、王女セレスティアの身体に宿った、神の御子である。
王族の子供は、取り違えを防ぐため、その出産は公開される習わしだった。セレスティアも、伝統にならい、大勢の貴族が見守る中、子を生んだ。
しかし、その御子が身体から生まれ落ちた時、貴族たちは思わず息を呑んだ。
生まれ落ちた御子の身体は、あたかも全身が赤黒い血に染まっているように見えたのだ。最初、貴族たちは、御子が死産したのかと恐れた。王は赤子を見ると、思わず椅子を蹴り立ち上り、呆然とした。ひとりの貴婦人などは、早とちりをして、慟哭の叫び声を上げた。しかし、産婆が焦ることなく慣れた手つきでその体を清めると、やがて彼女の身体を覆う赤いものの正体は明らかとなった。
それは決して血などではなかった。それは、赤子の背中を覆っている、赤く美しい六枚の羽根だったのだ。
赤子はゆっくりと目を見開いた。そして祖父の顔を見た。彼女はその眩しいほど鮮やかな赤い羽根が、そわそわと動いた。そして、次の瞬間、彼女は赤子らしく、目を細めて、大きな大きな泣き声を上げ始めた。
産婆は彼女を白い布でくるむと、彼女を抱きかかえて王のそばに寄った。
【 産婆 】─「素敵な女の子ですよ」
王は、御子を受け取り、その胸に抱いた。
そうして王が彼女の顔を覗き込んでいると、赤子の頭上に、段々と金色に輝く光の輪が浮かび上がってきた。それこそは、かつて数多の芸術に描かれてきた、神秘の証、天使の光輪だった。それは、間違いなく彼女が神の御子である証だった。
王は貴族たちを振り返り、言った。
【 王 】─「この子は、アマンダと名付けます」
(イラスト 011 02)
王女の寝室は、いまや歓喜の叫びに満たされた。
神の御子生誕の知らせは、彼女の名前とともに、わずか一日で国中を駆け巡った。
◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇
さて、アマンダが生まれた同じ日に、ロードランの東の辺境にて、ある下級騎士の家に一人の男子が生まれた。この者の名は、クロードと名付けられた。
彼が二歳の時、弟が生まれた。弟はウィルと名付けられ、二人はすくすくと成長した。
彼が五歳になったとき、近くの村に危険な魔物が侵入した。騎士である父親は魔物と戦い、その片腕を失った。
父は教会にて治療を受け、長い間目を覚まさなかった。苦しむ父を見て、クロードは、やがて剣士になり、村を守ると己に誓いを立てた。一方ウィルは、父を癒やす神父の敬虔な姿を見て、聖職者となり人を癒やすと誓った。
(イラスト 011 03)
父はやがて目覚めた。彼は、残る片腕でクロードに剣術を教えたが、息子の上達ははやく、すぐに追い抜かれた。彼は騎士団の人間に頼み、息子を彼らとの模擬試合に参加させた。最初は彼の強さに半信半疑だった騎士団の戦士たちも、このわずか九つの少年に、あっという間に打ち倒されてしまった。
クロードの名前は評判となり、噂を聞きつけた流れの冒険者が彼に手ほどきを授けた。この冒険者の名はケイレブと言い、東の地にて、人知れず魔物を打ち倒している義の者だった。彼の鍛錬を受け、クロードはわずか十二歳の若さで、王都の剣術大会に出場した。
彼はその大会で、史上最年少の若さで、優勝を飾った。
クロードは、王に導かれて、歴代の王たちが眠る墓地に案内された。この王墓には、王族以外には立ち入ることは許されていない。王墓の荘厳な佇まいに、クロードは緊張しながら歩いた。
やがて彼らは、墓地の最奥にたどり着いた。そこには、ひときわ大きな墓石が鎮座している。それは、ロードランの開祖、ロキの墓だった。
(イラスト 011 04)
ロキの墓の手前に、ひとつの白い岩が露出しており、その岩の天辺には、一本の古剣が突き刺さっていた。
その剣は、今から二千年前、かつて救い主とともに戦った十二人の英雄のため、天使ザビエルが地上に託した、皇の神器”宝剣ドレッドノート”だった。
ロキは一つの遺言を遺していた。それは、この剣を抜くものがは、自分と同じように世界を救う力を持つものであると。
歴代の王たちがこの剣の柄に手を掛け、引き抜こうとした。しかし、いままで誰一人として、岩から剣を抜くことができるものはいなかった。
クロードは石にまたがり、剣を握り力を込めた。すると、剣は驚くほど簡単に岩から抜き放たれ、彼は勢い余って思わず尻餅をついた。彼が尻をさすりながら、改めて剣を見ると、その剣身はあたかもたった今磨かれたばかりかのように、白く光り輝いていた。
王たちは驚嘆した。彼らはクロードの強さに期待しつつも、どこか彼にも剣を抜くことはできないだろうと諦めていたのだ。それが今や、ニ千年もの間一度として抜かれることのなかった剣が、この年若い少年に簡単に抜かれてしまったのだ。
やがて、彼が王女と同じ日に生誕したことが知れると、王たちは沸き立った。クロードこそが、神が遣わすという五人の使徒の一人、皇の宝剣に選ばれし勇者に違いない。
この知らせもまた、王女生誕の知らせと同じく、一日で国中を駆け巡った。
クロードは、王族の学校に通うこととなった。彼はそこで、王女とその学友たちと親睦を深めた。彼は、護衛として、また騎士として、彼女につき従った。そうして
月日が経った。
◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇
さて、これらのことが起こっている間にも、冒険者による東の海の探索は進んでいた。彼らは地図にない島を渡り、遥かなる大海を越え、ついには新たなる世界と邂逅を果たした。
ロードランは、これら新たな国々と友愛を結んだ。人々は交流し、あまたの積み荷を積み込んだ貿易船が行き交い、そして数多くの冒険者たちが、ロードランに集った。
こうして幾年の月日が経った。そしていまから三年前、ロードランと東の世界との中間にあるイスガルデ諸島が、”贄の大悪魔”オラクスに襲撃された。
王子ローウェンのもと、オラクス討伐のために軍が組織された。この戦いに、あまたの冒険者が参加した。クロードや、高名な魔法使いであるオリオンも、この討伐軍に志願した。
(イラスト 011 05)
そして、イスガルデにおいて、二年に渡る長き戦いがあった。激しい戦いのさ中、多くの戦士たちが、悪魔たちと戦い、そして死んでいった。しかし、ローウェンたちは、戦いを続けた。そしてついに、彼らは悪魔の軍勢を打ち破った。
オラクスは、火山の火口に立つ城の中に逃げ込んだ。ローウェンたちは、ひるむことなく塔に突撃を敢行した。
激しい戦いの中、多くの戦士が死に、ローウェンもまた戦場に散った。しかし、クロードは残った仲間たちと共にオラクスを討ち、見事勝利を収めた。
(イラスト 011 07)
オラクス討伐の知らせは、すぐに国に届いた。多くの国民が、クロードの勇気を称え、祝福した。
二月の後、帰路についた彼がローゼンハイムの港に入ると、多くの国民が彼を祝福するため港で出迎えた。彼がオの頭蓋骨を高々と頭上に掲げると、群衆はさらなる歓声で応えた。
王もまた、アマンダとともに港に出向き、クロードを迎えた。そして、王はその場で、クロードとアマンダの婚姻、そして王位継承を宣言した。
それから三日の後、王都において二人の婚姻式が盛大に催されることとなった。街は花々で彩られ、人々は通りに出て、歓喜の歌声を上げていた……
◇◆――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――◆◇