「答えのない問い。」
初投稿です。
最後まで読んでくださるとうれしいです!!
「私は死ぬべき?それとも生きるべき?」
生前の彼女が僕に残した、最後の問い。
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生前の彼女は人殺しだった。
実の父と母を殺したのだ。
でも仕方のなかった事だとも思う。
というのも彼女は両親から虐待を受けていた。
その事を知ったのは彼女が死ぬ直前、いや、もっと前から気づいていたのかも知れない。
彼女と関わるようになったのはつい先月、それまで話したことすらなかった。
先月、僕は月に一度の席替えで運悪く彼女の隣になった。
僕と彼女は何もかも真逆だった。
彼女がクラスの中心で皆をまとめる陽キャだとすれば、僕は教室の隅で本を読んでいるような陰キャ。
生きる世界の違う僕と彼女は、それほど関わり合うことなく生活していた。
ある日の授業中、彼女が床に落とした消しゴムを拾おうと手を伸ばしたとき、彼女の腕に無数の痣が見えた。
僕に見られたことに気づいたのか、気まづそうに腕を隠す彼女。
僕はどこか、知ってはいけない秘密を知ってしまった気がした。
その日の放課後、僕は彼女に屋上に呼び出された。
何を見てしまったのだろうか、何を言われるのだろうか、そんなことを思いながら屋上へと続く扉に手をかける。
扉の先には沈みかけの夕陽を眺める彼女がいた。
そんな彼女の横顔に見とれていると、彼女の夕陽に染まった瞳と、僕の視線が交わる。
彼女は僕の存在に気がつくと、物凄い勢いでこちらに歩み寄ってきた。
「誰にも言わないで!!」
彼女の声が屋上に響き渡る。
彼女はなぜか怒っていた。
「言わないよ」
言うような相手はいないし、いたとしても言う気はない。それに彼女のような人間が虐待を受けているなど誰も信じはしないだろう。
彼女の普段見せない怒の表情に少し驚きつつも、僕は冷静にそう言った。
「よかった~」
彼女は胸を撫で下ろす。
何がよかったのだろうか。
今も彼女の胸に当てた手からは、無数の痣が見え隠れしている。
「その痣はなんなの?」
彼女の言動から僕の予想は大方間違っていなかったのだろうと思いつつも、一応聞いておく。
彼女の表情から怒は消えたものの、次いで哀の表情が見えた。
これも初めて見る表情だ。
「昨日親と喧嘩しちゃって......」
「本当にただの喧嘩?」
「うん......たぶん......」
「虐待とかじゃなくて?」
「うん......」
言葉を発する度に、彼女の表情が哀で染まっていく。
僕と彼女の間に長い沈黙が流れた。
夕空はすでに紺碧の色へと染まっている。
彼女は顔を上にあげる。
「君は優しいんだね」
夜空に浮かぶ星を眺めて、彼女は言う。
僕も彼女に倣って星を眺める。
「虐待されてるようなクラスメイトがいたら、それは心配するよ」
「虐待じゃないから心配しないで」
彼女は笑った。
それは本心からの笑いなのか、僕を心配させないための笑いなのか......
彼女は続けて話す。
「仮に虐待だとしても君には関係のないことでしょ?それに私は誰からも心配されたくないの、だから誰にも言わないで」
それは虐待されていると言っているのと同じだった。
しかし彼女は、それを誰にも言うなと言っている。
周りの人が心配しないように、うまく隠しているつもりでいる。そのうえ笑顔という配慮まで忘れていない。
彼女は僕に優しいと言ったが、それは彼女のほうだと想った。
「約束するよ」
君には関係ないと言われて少し悲かったが、まともに話したのは今日が初めてだし、当たり前かとも思った。
彼女は約束の言葉を聞くと、どこか安心したように、別れの挨拶もなしに帰っていった。
次の日から、僕の生活は一変した。
「君には関係ない」と言った彼女が僕に関わってきた。
授業中や休み時間、それだけならまだしも、なぜかお昼まで誘ってくる。
「誰にも言わない」と約束したはずだが、そんなに信用されていなかったのだろうか。
彼女は次の日も、そのまた次の日も関わってきた。
授業中には勉強を教え、休み時間には他愛もない話をし、昼休みには一緒に弁当を食べる。そんな日々が繰り返される。
そんな日々を繰り返していくうちに、いつからか僕は、彼女が関わってくるのを心待にするようになっていた。
「おはよう!」
「おはよう」
こんな何でもない会話がうれしかった。
彼女が学校を休んだときは心配した、次の日に腕を押さえていたときはもっと心配した。
彼女のおかげで周りからは冷たい視線で見られ、もともと一人が好きだった僕は、最初は迷惑でしかなかったのだが、今なら言える、僕は彼女と過ごせてうれしかった。
しかしそんな楽しい時間とは裏腹に、日に日に増えていく彼女の痣は長袖の制服でも隠しきれない程になっていた。
後日、僕は彼女から屋上に呼び出された。
彼女から呼び出されるのはしょっちゅうだが、屋上は彼女と初めてまともに話したあの日を含め、二回目だ。
屋上には前と同じく、夕陽を眺める彼女がいた。
「君は本当に夕陽が好きなんだね」
彼女の横に並んで、僕も夕陽を眺める。
あたたかい......
彼女と僕の間に少しの沈黙が流れた。
こんな時間が一生続いたらいい、そんな僕らしくない思いが、僕のそんな思いが、次の彼女の一言によって粉砕される。
「殺しちゃった......」
普通の生活を送っていればまず聞くことのない言葉を聞いて、僕の視線は反射的に彼女の方を向いた。
「お父さんとお母さんを殺しちゃった......」
今もなお夕陽を眺め続ける彼女の頬には、大粒の涙が流れていた。
最初は冗談だと思った。
しかし彼女の震える手が、この手で殺ったんだと主張してくる。
「そう......」
僕は冷静だった。いや、冷静でなければいけなかった。今にも破裂しそうな、触らずともわかる胸の鼓動を無理に押さえつける。
「そこで優秀な君に質問」
彼女は視線を夕陽から僕に移して
「私は死ぬべき?それとも生きるべき?」
涙を流しながら、優しく微笑みながら、そう言った。
「......それは、どういう意味」
言葉の意味がわからなかった。わかりたくなかった。
けれど彼女は
「人を殺したから死ぬべきなのか、人を殺したが生きるべきなのか、君はどっちだと思う?」
僕の胸中など気にすることなく、小学生に勉強を教えるかのように丁寧に説明してくる。
彼女の無理に作る笑顔が僕の目に映る。
その姿が見えた瞬間、僕は両手で彼女を包み込んだ。
こんな僕の抱擁で彼女の傷ついた心と体を癒すことができるかはわからないけれど、ここで離してしまったら、彼女は本当に死んでしまうと、そう思った。
「生きるべきだ」
僕の頭はすでに思考を放棄していた。
理由なんてない、ただ生きてさえいればいい、そんな哲学みたいな理論から、僕はそう言った。
「なんで?」
彼女は落ち着いて答える。
僕を突き放すように、もう死を覚悟しているように。
なんで?
そんな単純な問いに、論理的解釈など持ち合わせていない僕は言葉と思考を失ってしまった。
彼女は少しだけ僕の解答を待った後
「優秀な君でさえも、答えを出すことはできないんだね」
どこか寂しそうに、そう言った。
彼女は両手で僕を突き放す。
「ごめんね、ありがとう」
そう言って彼女は扉の方に振り返る。
このまま行かせてしまったら本当に死ぬとわかっていても、どんな言葉をかけたらいいのか、どんな答えを出したらいいのか、わからなかった。
結局僕は、彼女を行かせてしまった.....
案の定、翌日のニュース速報には彼女の姿が取り上げられていた。
どうやら彼女はこの市で一番高いビルから飛び降りたらしい。
テレビに映し出された彼女を見てつくづく思う。
なぜ、答えを出してあげられなかったんだと。
僕が哲学者や思想家だったなら、彼女はまだ生きていたのかもしれない。
しかし今の僕には、彼女を生かす術を持ち合わせてはいなかった。
その問題に答えを出してあげることはできなかった。
彼女はどんな答えを待っていたのだろうか。
果たして答えなど本当にあったのだろうか。
生きるべきだったのか、死ぬべきだったのか
そんな問題を未だに解くことができていません。
そこで、皆さんに質問です。
皆さんなら、どのような答えを出しますか?
【1】心優しい彼女は、両親の虐待に耐えきれず、
両親を殺してしまいました。
(問題)彼女は生きるべきですか。死ぬべきですか。
理由を用いて答えなさい。
理由:
A.答え_____________