夢想
泣きながらアインツは公園に戻って来る。
ヴァリーに言われた通りストレッチを済ませ、ベンチに腰掛けるが明らかに気持ちは沈んでいた。
そんなアインツに声をかける一人の男がいた。
「どうしたんだい?少年。そんなに泣いちゃってさ。」
男はアインツの隣に腰掛ける。
テンガロンハットを被ったその男は、アインツのことを本気で心配してるようだった。
アインツは自分がアルマのプロ選手になりたいこと、そのためにヴァリーと一緒にトレーニングをしていること、思うように結果が出ないことを掻い摘んで説明する。
「最後まで…走れなかった自分が…すごく悔しくて。どうすれば…もっと体力が付くのかなって…」
アインツは泣きながら、男に胸の内を明かす。
男は少し困った顔をしながら考えて、こう答える。
「そうだねぇ…やっぱ肉を食べるとか。」
「お肉?」
アインツは首を傾げた。
が、男はそのまま話を続ける。
「そうだよ。やっぱ力の源は肉だよ。おじさんも肉は好きでよく食べてるけど、うまい肉を食べるとやっぱり元気が出るからね。」
その男の言葉にアインツは素直に耳を傾ける。
「お肉食べたら、体力つくの?」
「そうだよ。肉を食べたら力も付くし、君が大好きなアルマのプロ選手だって、きっといっぱい肉を食べてるはずさ。」
そういって男は腕を曲げ、力こぶを作る。
男は細身なので、ちょっと弱弱しいがそれでもアインツは少し元気をもらった。
「わかった!これからいっぱいお肉食べて体力つけるね。」
男は「その意気だ!少年!」と言ってアインツを励ました。
「しかし、君は本当にすごいよね。その歳で夢に向かってそれだけ熱く頑張れるんだから、本当にすごいよ。」
「おじさんは夢みたいなのを持ってないの?」
アインツの言葉に男は遠い目をして答えた。
「まぁ、あるにはあるけど。君ほど熱い感じではないかなぁ。」
そういって男は鞄から一冊の分厚い本を取り出した。
その本にはニコロ王国の歴史書第5巻と書かれていた。
「実はこの本僕が書いたものなのさ。僕は歴史家なものでね。」
男は本をアインツに手渡す。
アインツはペラペラとページをめくると、そこにはたくさんの文字やイラストが敷き詰められていた。
歴史の教科書が分厚くなった感じだ。
「おじさんすごい!」
「いやいや、そんな大したものではないけどね。」
そういって男は照れくさそうに頬を掻く。
「僕はね、この国の歴史をこの目で見て、書き残して行くのが夢なんだよ。」
そういって男はページの一部を指さした。
「ここのページはね、本来ならばある領主が不当に金銭を搾取していたことが書かれていたんだけどね。色々あって話題を差し替えられてしまったんだよ。」
男は空を見上げる。
今は日が昇って間もない空で、青とオレンジのグラデーションが綺麗な空だった。
「そう。歴史っていうものはどうしても人の手が加わっていくと改変されていく。僕はできるだけ正しい状態で歴史を後世に残したいわけだよ。」
男は再びアインツの方を向いた。
「これが僕の夢。君はちょっと難しい話だったかな?」
アインツは男の話を詳しく理解できていなかったが、それでも男がアインツと同じで夢をもって頑張っていることはわかった気がした。
「それこそ君がアルマのプロ選手になればこんな歴史的瞬間は他にないけどね。」
男は冗談混じりに笑いながらアインツに言った。
しかし、アインツは「僕!頑張るから!おじさんも頑張って!」と応援していた。
さっきまで落ち込んでいたのが嘘のようだ。
男は再びアインツに向かって笑みを浮かべる。
「僕も応援してるよ、君のことを。さしずめ、僕は君のファン第1号だね。」
二人ともが笑顔になったところで、ヴァリーがランニングを終えて帰ってきた。
アインツが見知らぬ男と話しているのを見て、なんだこいつといった顔をしている。
「アインツ。そいつ誰だよ。」
アインツはヴァリーに紹介しようと思ったが、よく考えるとアインツ自身も男の名前を知らなかった。
それに気づいたのか、男は自己紹介をする。
「僕の名前はスカータ。しがない歴史家さ。よろしくねヴァリーくん。」
そう言って男は右手をヴァリーの前に差し出す。
ヴァリーはよく理解できないまま握手に応じた。
「で、何をアインツと話していたんですか?」
スカータは言葉を選ぶ。
「強いて言えば、男の夢についてかな?」
そう答えたスカータを見て、ヴァリーはますますこの男が怪しく見えた。




