理由
アインツが朝練に復帰して、ヴァリーとエルの二人は大いに喜んだ。
アインツ自身も今までよりも熱心にトレーニングを行うように変化する。
それに応じるかのようにヴァリーの考える練習メニューもレベルを上げて行った。
そうして、二人がハードなトレーニングを行っている内に、暦は進み四月となる。
この日、ヴァリーはジュニアチームの練習場にいた。
ヴァリーが正式加入して初めての練習日である。
今日は最初に軽く挨拶をした後、先輩方と一緒に練習することになっていた。
ヴァリーは荷物を持って更衣室に入ると、そこには予想していなかった先客がいた。
それはアッサである。
「お前、合格したのかよ」
ヴァリーの言葉にアッサは頷いて返す。
ヴァリーは少し戸惑った表情を見せたが、すぐに気持ちを切り替える。
「そうか、これからよろしくな」
ヴァリーはそういうとロッカーに荷物を入れ、ユニフォームに着替えようとする。
しかし、アッサからの一言でヴァリーの手は止まった。
「あいつは?アインツはどうしたんだよ?」
アッサの言葉にヴァリーは心を揺さぶられる。
ヴァリーはアッサの方を振り返らずに「落ちたよ」と一言だけ返した。
だが、ヴァリーの言葉にアッサは信じれらないという表情を浮かべる。
「はぁ?なんであいつが落ちるんだよ。ここの監督は見る目がないのか」
ヴァリーは驚いてアッサの方を振り返った。
まさか敵だったアッサから、アインツを評価する言葉が出て来ると思っていなかったからだ。
アッサはそのままヴァリーに詰め寄る。
「で、あいつはどうするんだ?まさか、アルマ辞めるとか言わねぇよな!」
アッサの必死な表情に戸惑いながらも、ヴァリーは答える。
「多分大丈夫。ここ数日も毎日朝練してるし」
その言葉を聞いてアッサは安堵する。
アッサはアインツの実力を認めていた。
その上で、あの時負けた借りを返そうとずっと考えていたのだ。
「なら、あいつに伝えてくれ。次試合をする時は必ず俺が勝つと。それまでアルマ辞めるんじゃないぞってな」
そんなアッサの言葉にヴァリーは感謝する。
自分たち以外にもアインツを待っているものがいる。
それが今のヴァリーにとっては、とてもありがたいことだった。
「ありがとう。必ずアインツに伝えるよ」
二人はジュニアチームのユニフォームに着替えた後、フィールドの方へ向かう。
そこでは大勢の先輩達が、すでに整列して待っていた。
「来たかね。二人とも」
声を発したのは監督のダマスだ。
ダマスは選手たちの正面で二人を待っていた。
ヴァリーとアッサは急いでその場に向かう。
二人が揃ったところで、ダマスは選手たちに向けて話を始めた。
「さて新年度になったところで、新たなメンバーを紹介しよう。まずはヴァリーからだ」
ダマスに促され、ヴァリーは皆の前に出る。
元々ジュニアチームの練習に参加していたヴァリーは、目の前にいる先輩達をよく知っている。
しかし、その日の先輩達の表情は違った。
今までの優しい表情とは違い、ヴァリーを敵視するような目で見ているものもいる。
それもそのはず。
同じジュニアチームのメンバーになるということは、レギュラーを争うライバルになるのだ。
ヴァリーのことを快く思っていないメンバーも少なからずいるだろう。
しかし、ヴァリーも負けてはいない。
元々ケイネオスの息子だと、妬まれることが多かったヴァリーである。
こういう視線にはすでに慣れていた。
ヴァリーは先輩たちの前で堂々と挨拶を行う。
「ヴァリー・アルゴです。アルマのプロ選手を目指しています。これからよろくしお願いします」
プロ選手という言葉に何人か反応する。
プロ選手は皆の憧れであるが、その席は多くない。
プロを目指すものは皆ライバルである。
ヴァリーはこの場でプロ選手を目指すと宣言をしたことで、その者たちへ宣戦布告を行った。
この行動はヴァリーの強い決意を表している。
アインツと共にプロの世界に立つ。
そのためならどんな困難にも立ち向かう。
その決意だ。
ヴァリーが挨拶を終えた後、アッサが前に出る。
アッサが目指すものは相変わらず同じだった。
「アッサ・ワルフです。最強を目指しています。よろしくお願いします」
最強という言葉を聞いて一部のものは笑いを堪えずに吹きだした。
だが、アッサは気にしない。
とても抽象的で曖昧な目標に思える「最強」という言葉。
しかし、アッサは本気でそれを目指していた。
たとえ、他人にどう思われようと構わない。
それがアッサという少年だ。
二人が挨拶を終えると、普段通りの練習が始まる。
新人だからと言って、練習メニューが減ることはない。
二人は先輩達と一緒に同じ練習メニューをこなしていく。
ヴァリーとアッサは息を切らしながらも、練習についていき途中休憩に入る。
ヴァリーがドリンクを飲んでいるとそこに現れたのはチームキャプテンであるザラだ。
「どうだいヴァリー?練習の方は?」
「まぁ今はなんとかついていけてるって感じですかね。そのうち慣れると思いますけど」
ヴァリーはそう言ってザラから離れようとする。
ヴァリーは何を考えてるかわからない、ザラの相手は苦手なのだ。
だが、ふいに思い出したことがあり、振り返ってザラに聞いた。
「そういえば…先輩、なんでアインツが落ちるってわかったんですか?」
そう、ヴァリーが聞いたのはアインツの合否のことである。
ザラが加入テスト後に言った言葉は、今考えるとアインツの不合格をあらかじめ知っていたような言葉だった。
それに気づいたヴァリーは、ザラをにらみつけながら質問する。
そんなヴァリーに対して、ザラは表情をまったく変えずに返答した。
「それを知ってどうするつもりだい?アインツくんの合否は変わらないんだよ?」
その言葉にヴァリーは憤りを隠せない。
「不合格の原因がわかれば、次に対策取れるだろ!攻撃の仕方が悪いとか!守備の仕方が悪い…とか…」
最初は声を荒げて話していたヴァリーだったが、一つの可能性が浮かんだ時、ヴァリーの声は段々小さくなっていった。
それで全てを察したザラはこの話を遮るようにヴァリーにこう言う。
「ヴァリーが今やるべきことは、プロになるために最大限努力することだよ。余計なことを考えずにね」
そういってザラはこの場を去った。
ザラは言うことは最もだったが、ヴァリーはどうしてもアインツの事を考えずにはいられない。
しかし、考えれば考えるほど、ヴァリーは己の無力さを知ることとなる。
今日の練習風景を見ながら、監督であるダマスは大層ご満悦だった。
そこにコーチにウィルゾンが現れる。
「ヴァリーくんはさすがにいい動きしますね。ですが、アッサくんも負けていないくらい筋がいい。この調子だと二人ともすぐに戦力になれるでしょう」
その言葉にダマスは嬉しそうに頷いた。
「ヴァリーはこのチームのエースとして、アッサはその相方、サポート役として成長してもらわないといけないからね。頑張ってもらいたいものだよ」
ダマスはすでにヴァリーがレギュラーになった後の布陣を考えていた。
それだけ、ダマスにとってヴァリーは特別な存在だと言えよう。
「しかし、彼は良かったのですか?彼もかなり才能がある若者だったでしょ?」
彼と呼ばれているのは、もちろんアインツの事である。
万が一、話を聞かれても問題ないように、二人はアインツの名前を伏せて会話する。
「彼にはどうしようもない問題が二つあったからね」
ダマスの言葉にウィルゾンは首を傾げる。
「問題?なんですかそれは?」
「一つは彼の出自だ。調べてみたが彼の両親は至って普通の家の出、三代ほど遡って調べてみたが特別な血筋は一つもなかった」
アインツはどこでもいるような、一般家庭の子供である。
もちろん、両親にも特別な血は流れていない。
アインツの血筋がわかったところで、ウィルゾンには一つの疑問が浮かんだ。
「血筋ってそんなに大事ですかね?」
ウィルゾンの言葉を聞いて、ダマスはやれやれといった表情を見せる。
「君はまだこの世の仕組みについて理解できていないね。血筋というものは信用の積み重ねなんだよ。特に若い年代に関しては経歴など無いに等しい。そんな人物を判断するには、何を材料にすればいいかね?」
ダマスの言葉を聞いて、ウィルゾンは納得する。
「なるほど。その人物の信用を判断するのが血筋ってわけですね」
「そういうことだよ。ヴァリーはあの英雄ケイネオス氏の息子であり、必ずアルマで活躍するという保証がある。もちろん世間もそれを望んで協力してくれるだろう。これは強いアドバンテージなのだよ」
実際この国では名家の二世や三世が活躍している場面が多い。
それゆえに、血筋を重視する人はこの国に多く存在するのである。
だが、そうなると新たな疑問が浮かぶ。
「アッサくんは?彼はどういった血筋なのですか?」
「彼の父はグラディブの村長している。代々続く家系だ」
「グラディブと言えば、ここより更に西にある小さな村でしたね。まぁいい血筋ではありますが、ヴァリーくんと比べると…」
代々続く村長の家系は決して悪くはない。
しかし、知名度や格で考えるとヴァリーに並ぶには少々釣り合わないようにウィルゾンは考えた。
そのウィルゾンの感覚は間違っていない。
ダマスはウィルゾンの反応が当然だと言わんばかりに話を続けた。
「確かにヴァリーと比べると見劣りはするな。だが、それ相応の対価を支払ってくれるなら話は別だよ」
「対価…ですか?」
ウィルゾンが考えていると、ダマスはジュニアチームの収支報告書をウィルゾンへ渡した。
数多くの項目が書かれている中、桁の違う収入がウィルゾンの目に留まる。
それでウィルゾンは納得した。
「先日グラディブから多額の寄付金が送られてきたよ。これ程ありがたいことはない」
「ジュニアチームの運営もタダではないですからね。スポンサーは多ければ多いほどありがたいですね」
実際このジュニアチームの運営費用は八割が寄付で賄われている。
そのため、スポンサーの機嫌を取ることは二人の大事な仕事なのだ。
「アッサは大事に育ててあげないとな」
ダマスはそういって悪い笑みを浮かべた。
その表情を見て、ウィルゾンはダマスに対して若干の恐怖を感じる。
「なるほど、血筋というものが大事なことはよくわかりました。しかし、彼は光魔法が使える世にも珍しい人材。やはり少しもったいなかったのでは?」
ウィルゾンは未だにアインツに対して未練を感じているようだ。
確かに、光魔法を使えるものはこの国に数えるほどしかいない。
そう考えると、アインツが大変貴重な存在であることには間違いないのだ。
だが、それでもダマスは首を横に振って否定する。
「それがもう一つの問題なのだよ、ウィルゾンくん。もし、君のライバルが光魔法を使っていたら君はどう思うかね?」
ダマスに聞かれて、ウィルゾンはその光景を想像してみる。
「えっと、そうですね。羨ましいというか、妬ましいというか、そういう感情になるでしょうね」
「それなのだよ。その負の感情は間違いなくこのチームにマイナスの効果を与える。子供なら尚更ね」
子供は感情のコントロールが上手くできないものがほとんどである。
ダマスは長年の監督経験から、子供達へ悪影響を及ぼす事柄を嗅ぎ分けられるようになっていた。
「なるほど、でもそれはヴァリーくんも同じなのでは?ヴァリーくんだってすごいプレイヤーには違いないですし」
確かに、ヴァリーの強さや才能に嫉妬するものは数多くいるだろう。
しかし、ヴァリーとアインツでは全く別物だとダマスは言う。
「全然違うな。ヴァリーがいくらすごいプレイヤーだとしても、ケイネオスの息子という言い訳ができるだろ。あいつはケイネオスの息子だ、だから負けたとしてもしょうがない、と」
そう、ヴァリーにはまずケイネオスの息子という肩書が付いてくる。
どんなに自分よりヴァリーが優れていても、ヴァリーは特別だから仕方ないと思わせることができるのだ。
「なるほど、それが先ほどの血筋とも関係するわけですか」
ウィルゾンの言葉にダマスは大きく頷いた。
「血筋がしっかりしているものに負けたとしても言い訳はできる。だが、彼の場合はそうならない。だから邪魔なのだよ」
そう、アインツの場合は言い訳できない。
特別な血筋を持っていないアインツに負けるということは、環境ではなく純粋に能力で劣っていると認めざるをえないのだ。
それは精神が未熟な子供にとって、耐えがたいことである。
ジュニアチームに入る、エリートな子供達には尚更だ。
「なるほど、やはり監督はこのチームの行く末をよく考えていますね」
ダマスの考えを聞いて、ウィルゾンは納得をした。
ダマスの行動がチーム全体の事をしっかり考えたものだと理解できたからだ。
「そうでないと、こんなに幼い子供たちをまとめ上げることなんてできんよ。ウィルゾンくんも頑張りたまえよ」
そう言ってウィルゾンの肩をポンと叩くと、ダマスはその場を後にした。




