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苦悩と再起

次の日、いつもの朝練にアインツは現れなかった。

今まで一度も休んだことがないアインツが、何の連絡も無しに突然休んだのだ。

ヴァリーとエルはアインツのことを心底心配していた。

ヴァリーは壁に向かってキャッチボールをしながらつぶやく。

「アインツのやつ、もうアルマ辞めちゃうのかな?」

そんなヴァリーの言葉にエルは暗い表情を見せる。

「わかんないよ。あれだけ熱心に毎日練習してたからこそ、今回の結果はショックだっただろうし」

アインツはずっとアルマのプロ選手を目指して、この数カ月間毎日練習を続けてきた。

だが、アインツは今回ジュニアチームの加入テストで不合格となる。

精一杯頑張ったアインツにとって、この結果はかなり辛いものであった。

今日朝練に現れなかった理由もそれが原因だと二人は察している。

アインツがいないことでヴァリーも練習に身が入らない状況だった。

ヴァリーはキャッチボールをやめてエルのいるベンチに腰掛ける。

「エル、頼むからアインツ元気づけてやってくれないか?」

ヴァリーの言葉にエルは膝を抱えてうつむく。

「昨日からずっと考えてた…アインツを元気づける言葉を…でも、なんて声かけたらいいか私もわかんないよ…」

普段なら真っ先にアインツの元へ行くエルだが、今回ばかりはアインツに対してどう接したらいいか本気で悩んでいた。

アインツに対してできることが思いつかない二人は、暗い表情のまま沈黙の時が流れる。

そんな中、いつも通りフラフラと現れたのはスカータである。

「二人ともなんか暗い顔してるね。というかアインツくんはどこ行ったの?」

何も知らないスカータはのんびりした顔をしているが、その姿を見たエルは突然大粒の涙を流して懇願する。

「スカータさん、助けて…」

ヴァリーとエルから事情を聞いたスカータは、いつものように困った顔をしながら考える。

そして一つの結論を出した。

「それは…そっとしておくことしかできないかな?」

その言葉に二人は語気を荒げて反論する。

「何もしないのか!?それって友達として冷たくないか!?」

「アインツは今も苦しんでるんだよ!何か助けになれることはないの!?」

だが、二人の強い言葉を聞いても、スカータの考えは変わらない。

「そうは言ってもね…こういうのって本人の気持ちの問題でしょ?多分アインツくんは今すごく悩んでると思うんだ。このままアルマを続けるのかやめるのか、自分の気持ちと相談しながらね」

スカータの言葉にうつむきながらヴァリーは言った。

「俺はあいつにやめてほしくなんてねぇよ」

その言葉にエルも続く。

「私もやめて欲しくない。ずっと頑張ってるアインツを見てきたんだもの。こんなところで終わらせたくない」

二人の言葉にスカータは再び困った顔をする。

実際にアルマのプロを目指すのはアインツ自身だ。

周りに人間がどう思ってようと、最終的な決定権はアインツ自身にある。

だからこそスカータはアインツ自身が結論を出すまで、周りが口を出すべきではないと考えていた。

「二人の気持ちはよくわかるけどねぇ…そうだ!じゃあこうするのはどうだい?」

スカータは一つのアイデアを二人に伝えた。

二人はスカータのアイデアを受け入れて、急遽その準備を進めるのである。


一方アインツは一日中部屋で泣いていた。

今回の試験でアインツは全力を出し切った。

それは確かだ。

それでもダメだったということは、純粋に自分の実力が認められなかったとアインツは考えた。

実際アインツが身体を鍛え始めたのは、この1年くらいの間だけである。

昔からトレーニングを続けてきたヴァリーよりもうまく動けないのは当然だ。

それでも、アインツは過去の自分を責めた。

どうしてもっと早く身体を鍛えなかったのかと。

どうしてもっと長くトレーニングをしなかったのかと。

そうしていく内にアインツは自分が情けないと思い始めた。

今まで努力してきた自分を忘れ、自分は何もできないと嘆き悲しんだ。

そうした結果、アインツは部屋に閉じこもった。

母であるマリンが部屋に食事を届けた際にも、アインツは決してドアを開けることはしなかった。

結局アインツはその日学校にも行かず、暗い部屋でずっとうつむいていた。

それはまるでアルマに出会う前の、大人しく気弱なアインツに戻ったようである。

静かな部屋中でアインツのすすり泣く声だけが響く。

そんな時、突然壁からぺりぺりと音が鳴った。

アインツ驚き顔を上げると、壁に貼られた一枚のポスターがアインツの前に剥がれ落ちてきたのだ。

それは、アインツの大好きなハッシェ選手のポスターである。

アインツはそのポスターが目に入った瞬間、感情が揺さぶられる。

苦しい感情、悔しい思いが一気に溢れてくる。

アインツはとっさにポスターを手に取り、それを破ろうと力を込める。

だが、アインツの手はそこから動かなかった。

アインツの目にはハッシェ選手の笑顔が写っている。

その笑顔は昔、アインツを助けてくれた時とまったく同じさわやかな表情であった。

アインツはそのポスターを見て、また涙を流した。

だが、それはさっきまでの涙とは違った意味の涙である。

ハッシェ選手に憧れて努力した自分を思い出し、アルマの試合で仲間と勝利を分かち合ったことを思い出した

そして、アインツは涙を流しながら言葉を漏らす。

「…アルマの試合がしたいよ…」

自分の気持ちに改めて気づいたアインツは涙を拭う。

アインツはポスターを壁に貼り直した後、マナビジョンのスイッチを入れた。

アインツが見始めたのは、ハッシェ選手の試合である。

何故それを見始めたのかアインツにもよくわからなかった。

だが、アインツはその試合を見ているうちに、色々な選手の動きを再現したくなって、自然と身体を動かし始める。

それはアインツがこの数ヶ月続けてきた習慣である。

ヴァリーとの1対1で勝つために、アインツは試合を見ながら選手の動きを研究していた。

それも毎日である。

その習慣が身についていたアインツは、自然と試合を見ながら選手の動きを真似していた。

それをしばらく繰り返した後、試合が終わり勝利チームのインタビューとなる。

その日は逆転勝利に貢献したハッシェ選手がお立ち台に上がり、インタビューを受けていた。

ハッシェ選手はインタビューの中でこう答えている。

「僕は昔から諦めるのが苦手な性格でね。今日も諦めきれず最後まで戦ってたら、なんとか勝つことができたよ」

このインタビューはアインツが何度もみたものである。

しかし、今のアインツにとってハッシェの言葉は心に深く突き刺さった。

画面の前のハッシェ選手はさらに言葉を続ける。

「だって、諦めちゃうと何も得られないじゃない?それってもったいないって思っちゃうんだよ。僕って結構ケチな性格だからさ」

ハッシェ選手の言葉で会場は笑いに包まれる。

だが、それを聞いたアインツは再びやる気に満ち溢れていた。

「諦めない…僕も絶対に…諦めたくない!」

アインツはマナビジョンを消し、部屋を飛び出した。

階段を降りてリビングを抜けると、そのまま玄関へ行きシューズを履く。

その様子に気づいたマリンは、急いで玄関まで行きアインツに声をかける。

「アインツ!?急にどうしたの!?」

「今日まだ走ってないから、今から外走って来るね!ご飯はその後でちゃんと食べるから!」

「えぇ!?今から!?もう夜中じゃない!?」

マリンが止めるのも聞かずアインツはドアを開け飛び出した。

アインツが向かったのはいつもの公園である。

早朝の景色とは違い、今は月明かりによって湖がきらきらと輝いている。

実に幻想的な雰囲気であった。

アインツはいつもランニングをするスタートラインに立つ。

そして、勢いよく駆け出した。

頬に当たる風は少し肌寒く、木々のざわめきが聞こえる。

夜の湖はいつもよりも少し静かで、不思議な感じがした。

アインツは走りながら、最初のこのコースを走ったことを思います。

あのときはヘロヘロになりながら、このコースを一周走った。

次の日は走ったときには、足が筋肉痛でヴァリーに途中で止められた。

とても悔しい思い出だ。

そんなアインツが今は余裕で湖の周りを三周走れるまで成長している。

アインツは走りながら、改めて自分の成長に気がついた。

そして、まだ自分には希望がある。

成長することができることを知った。

それは今のアインツの心を支える、大切な思い出となる。

アインツは過去の自分を知り、未来の自分に希望を持つことができたのだ。

アインツは三周走り終えた後、公園の芝生の上でストレッチを行う。

これもヴァリーと共に毎朝続けてきたことだった。

寝そべりながらストレッチを行っていると、星空がアインツの目に入ってきた。

空いっぱいに広がる満天の星は、とても綺麗に輝いている。

そんな夜空を見ていると、自然とアインツの心は落ち着き、今日の自分を反省していた。

ストレッチを終えてたアインツはすぐさま家に帰る。

「ただいま」と玄関のドアを開けると、マリンとリースが急いでアインツの元へ駆け寄ってきた。

マリンはアインツの身体を見回し、無事かどうか確認する。

「大丈夫!?怪我とかしてない?」

「こんな遅くに外に出るなんて!心配するだろう!」

リースは少し怒った口調でそういった。

リースは仕事から帰ってきた後、アインツが飛び出したことを聞いてずっと不安になりながらも、アインツを信じて待っていたのだ。

「ごめんなさい」

アインツが素直に謝ると二人はアインツを抱きしめる。

「ほんと無事で良かった。今日は一日中ずっと心配してたのよ」

「もう母さんを心配させるようなことはするなよ」

アインツが頷くと、二人はほっと胸を撫で下ろす。

そんなとき、アインツのお腹が「ぐ~」と大きな音を立てる。

アインツは今日朝から何も食べていなかった。

お腹がすくのも当然のことである。

マリンはその音を聞くと笑顔を見せて「すぐにご飯を用意するからリビングで待っててね」と言いキッチンへ向かう。

アインツはリースと共にリビングへ向かい、料理ができるのを待った。

二人が待っていると、マリンがアインツに一通の手紙を手渡す。

「これエルちゃんから預かってたの。アインツが元気になったら渡してくださいってね」

「ありがとう。なんだろうこの手紙?」

アインツが封筒を開けると、そこには二枚の便箋が入っていた。

一枚目はエルからのものだ。

その便箋にはこう書かれている。

「アインツへ。アインツが苦しい思いをしているのに、助けてあげられなくてごめんね。アインツがどんな決断をしても、私はずっと側にいるからね。私はいつでもアインツの味方だよ」

アインツはエルからの手紙を読みながら、エルの優しさに涙が溢れる。

涙を拭いながら二枚目の便箋に目を通すと、それはヴァリーからのものだった。

「俺はまたお前と一緒にアルマがしたい。お前がどう考えてるかわからないけど、それが俺の素直な気持ちだ。俺はこれからもトレーニングを続けるよ。お前と一緒にプロの舞台に立つことを夢見て」

ヴァリーの手紙を読みながら、アインツは一緒にトレーニングをしていた日々を思い出していた。

辛いことも何度かあったが、ヴァリーとお互い競い合って練習した日々はとても楽しく充実したものだった。

アインツは明日からまたトレーニングを頑張ろうと心に誓う。

アインツは手紙を見ながら、本当にいい友達を持ったと感じていた。

アインツが手紙をじっと見つめていると、マリンが食事持ってきてテーブルに並べる。

今夜の食事はアインツが大好きなハンバーグだった。

「また明日から練習するんでしょ?しっかり食べて元気出さないとね」

アインツの気持ちを察したように、マリンはウインクしながらそういった。

アインツは「いただきます」と手を合わせた後、ハンバーグを口いっぱいに頬張る。

相変わらずマリンの作る料理は美味しい。

アインツはご飯を一気に平らげた。

そして全てのご飯を食べ終わった後、アインツは両親にもう一度謝る。

「二人とも今日はごめんなさい。でも、僕もう一度アルマのプロ選手目指して頑張ろうと思うんだ」

その言葉を聞いてリースは小さく頷いた。

「好きなだけ頑張りなさい。お前が決めたことなんだ。応援してるよ」

その言葉にマリンも続く。

「私も応援してるからね。頑張ってプロになるのよ、アインツ」

「うん」とアインツは頷き「ごちそうさま」と言って自分の部屋へと帰っていった。

アインツが部屋に入った後、リースとマリンはほっと一息つく。

二人はアインツの落ち込んだ姿が心配でしょうがなかった。

どうすればアインツが元気になるだろうと、ずっと頭を悩ませていたのだ。

マリンは二人分のコーヒーを作り、テーブルまで持っていく。

マリンはリースの隣に座ると、コーヒーカップを一つリースに差し出した。

「ありがとう」と言って、リースは受け取ったコーヒーを一口飲む。

同じようにマリンも両手でコーヒーカップを持ちながら、コーヒーを一口飲んだ。

二人にとって今日は大変な一日だった。

朝からアインツは部屋から出ず、食事も取らない。

二人が何度かアインツの部屋に行った時も、アインツは返事をせず、部屋の鍵も開けなかった。

アインツは落ち込む時にはとことん落ち込んでしまう。

昔から内気な性格であったが、アルマに出会ってとても明るくなったと二人は感じていた。

しかし、今回の件で根っこの部分は変わってないのだと、二人は再確認したのだ。

リースはコーヒーカップを置くと、困ったように頭をかいた。

「手のかかる子ほどかわいいと言うが、あの子はいつも人を心配させて…」

「ほんと誰に似たのかしらねぇ」

マリンはそう言いながらリースの顔を見た。

確かにリースも大人しいタイプの男である。

アインツの内気な性格は父親譲りかもしれない。

「僕としては元気に育ってくれれば一番なんだけどな」

「元気に育ってるわよ。今だってきっと大好きなアルマのことを考えてるわ」

アインツがアルマと出逢って変わったのは確かだ。

それはリースも理解している。

だからこそリースは心配はするものの、アルマをやめろと言ったことは一度としてなかった。

「アルマに対する熱意がいつまで続くかはわからないけど、あの子が頑張るって言うなら見守ってやらないとな」

リースの言葉にマリンも頷く。

「あと、エルちゃんとヴァリーくんにも感謝しないとね。あの子のためにわざわざ手紙を用意してくれたし」

「あの子はほんといい友達を持ったな」

二人はエル達にも感謝しながら、ようやく訪れた平穏な時をゆっくり過ごした。

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