限界
アインツとヴァリーは横並びで湖の周りを並走していた。
実際はアインツの走るペースにヴァリーが合わせている状況だ。
ヴァリーからすれば、正直ものたりないペースだろう。
「なぁ、お前なんでアルマのプロ選手になろうと思ったんだ?」
ヴァリーはアインツに問う。
こんなに体力がなさそうなアインツが、アルマに何故興味を持ったのか気になったからだ。
ヴァリーの質問に対してアインツは目を輝かせながら答える。
「この間のケイネオス杯の決勝戦があったよね。あの時、観戦するために現地に行ってたんだけど、チケットを盗まれそうになって…」
「それは災難だったな。」
ヴァリーも決勝戦のチケットの価値は知っていた。
だから盗人のようなものがいても不思議な話ではないと思った。
「でもね!その時ハッシェ選手が来てくれて僕のチケットを取り返してくれたんだよ!」
アインツはとても嬉しそうに話した。
その様子を見てヴァリーは、アインツが何故プロ選手に憧れたのか納得する。
「ハッシェ選手っていい人だな。」
「うん。だから僕もハッシェ選手みたいになりたいんだ!」
アインツはより力強く走り始めた。
そのアインツに合わせてヴァリーも走る速度を上げる。
「ヴァリーくんはなんでアルマのプロ選手目指してるの?」
アインツの問いにヴァリーは少しの沈黙を挟んだ後、こう答えた。
「俺の親父がさ、アルマの元プロ選手なんだよ。」
それを聞いてアインツは驚く。
「すごいね!ヴァリーくんのお父さん」
だが、そんなアインツの反応に対して、ヴァリーはあまりいい顔を見せなかった。
そのまま会話が止まり、二人は黙々と走り続ける。
しばらく走るとアインツに疲れが見え始める。
それもそのはず。
アインツは今まで運動といった運動はほとんどしてこなかった。
こんなに長距離を走るのも今回が初めてである。
ヴァリーもその様子に気づき、アインツに声をかける。
「お前、大丈夫か?少し息が荒いぞ。」
ヴァリーの言う通り、アインツは少し呼吸が荒くなり、体中から汗が吹き出し始めていた。
それでもアインツは「大丈夫。まだ頑張れるよ。」と言って走るのをやめない。
その言葉を聞いてヴァリーもアインツを止めることはしなかった。
ヴァリーの経験上、今のアインツならまだ走れると思ったからだ。
では、なぜわざわざ声をかけたのかというと、アインツの覚悟を確かめたかったからである。
あれだけプロ選手になると言ってるアインツが、このぐらいのことで弱音を吐くようであれば、ヴァリーはこの場にアインツを置き去りにするつもりだった。
それぐらいプロの世界は厳しいものだとヴァリー自身もよく分かっている。
だが、アインツはまだ走るのをやめない。
その姿を見て、ヴァリーも少しだけだがアインツのことを認め始めていた。
結果アインツはフラフラになりながらも、一周走り切ることができた。
公園に戻るとアインツは芝生の上に仰向けになって倒れ込む。
よほど無理をしたのだろう。
アインツは息切れが激しく、苦しそうだった。
「無理もない。いきなりこの距離を走るのは無謀だったな。」
ヴァリーはそういうとベンチで寝ているリースを起こす。
リースは目を覚ますと、寝ぼけながらキョロキョロと周囲を見回した。
そして、アインツが倒れていることに気づいて飛び起きる。
「アインツ!大丈夫かい!?」
リースは慌ててアインツに駆け寄る。
アインツが息をしているのを確認すると、安堵の表情を浮かべ、アインツを抱きかかえる。
そして、ベンチで横に寝かせた。
「アインツに一体何があったんだい!?」
リースは血相を変えてヴァリーに問う。
ヴァリーは少し申し訳なさそうな顔をしながら答えた。
「湖の周りを一周しただけですよ。ただ、最後まで彼はちゃんと走ってました。俺が思ったよりも根性がありましたよ。」
そういってヴァリーはアインツの顔を見た。
「後で褒めてあげてください。それじゃ。」
そういってヴァリーは再び湖沿いの歩道へ向かう。
「待って。君はどこへ行くんだい?」
そう聞くリースにヴァリーはこう返した。
「もう一周走って来るんですよ。俺、いつも二周走ってるんで。」
そう言ってヴァリーは再び走り出す。
リースはとんでもない子とアインツを出会わせてしまったと少し後悔した。
しばらくベンチで休んだアインツはゆっくりと起き上がった。
隣では心配そうにしている父リースの姿があった。
「アインツ大丈夫かい?」
リースの問いかけにアインツはうなずく。
呼吸も落ち着いており、意識もはっきりしているようだ。
アインツは周囲を見渡し、リースに問う。
「ヴァリーくんは?帰っちゃったの?」
「いや、彼はもう一周走りに行ったよ。まったく、とんでもない子だったね。彼は。」
その言葉を聞いてアインツは、少し残念そうな顔をした。
もう少しヴァリーと一緒にトレーニングをしたかったからだ。
「ヴァリーくんともう会えないのかな…」
残念そうにするアインツにリースはこう提案する。
「アインツも時々でいいから、ここにトレーニングしに来ればいいんじゃないかな?彼はいつもここで練習してるみたいだし、会えることもきっとあるだろう。」
リースの言葉でアインツは少し元気が出た。
そして、二人は公園を後にする。
この後は学校も仕事もあるのだ。
早く帰って朝食を食べ、準備をしないと間に合わない。
アインツは筋肉痛で痛む足を耐えながら、家に帰った。




