思惑
試合開始前のフィールドはやけに静かだった。
荒らしの前の静けさと言うべきか。
みな息を飲んで、試合開始を待っている。
「では、Aチームフィールドへ」
主審に促されて、Aチームのメンバーは前へ出る。
先頭を歩くのはジャドンである。
それに付いて行く形でアインツとヴァリー、それから残りメンバーが一列となってフィールドに入る。
「続いて、Bチームフィールドへ」
Bチームも同じように先頭はジュニアチームの先輩が歩き、それに付いて行くようにアッサやツクオが歩く。
こうしてお互いのチームがフィールドの中心に集まり、センターラインを越しに顔を合わせる。
「では、試合前の握手を」
ジャドンとBチームの代表ザラがお互い前に出て握手を交わす。
「お手柔らかに頼むよ。ザラ」
「ヴァリーがいるチーム相手に手を抜けるかよ。全力で挑むぞジャドン」
握手が終わった後はお互いに水晶柱へ移動する。
Aチームの水晶柱前ではクリスタルボールにマナを込め方法をジャドンが説明していた。
「水晶柱の横に出っ張ったくぼみがあるだろ?ちょっと大きいカップホルダーみたいなやつね。ここにボールを入れるとマナが自動でチャージされる」
試しにアインツがボールをいれると、ボールの上にマナの数値が浮かび上がってきた。
「マナの量はホルダーの右側についてる上矢印と下矢印で増減できる。今回は50ぴったりで設定してくれ」
アインツは浮かび上がった数字が50になるように調整してボールを取り出す。
すると自分の右胸に50という数字が浮かび上がってきた。
「次はヴァリーだな。ヴァリーもマナ50に設定してボールを持ってくれ」
「いいんですか?普通ICはFAよりも少ないマナで攻めますけど?」
アルマでは使用できるマナが前半300後半500とあらかじめ決められているため、マナの無駄使いはできない。
攻撃が主体のFAと違って相手の妨害もするICはFAの5~7割のマナを与えられることが多い。
「セオリーはそうだけど、今回のヴァリーはおとり役でもあるからね。FAとIC両方とも50ポイントだと相手もどっちから妨害しようか迷うでしょ」
確かに相手の妨害をする場合はポイントが多い方を優先するのがセオリーだが、同じポイントの場合は属性の相性などで決めることが多い。
しかし、ヴァリーはともかくアインツは光魔法を使うことをまだ相手に知られていない。
相手の判断を迷わすには十分な材料だ。
「さぁ、二人ともそろそろホイッスルが鳴るよ。水晶柱を手で触れて」
そう促されて二人は水晶柱を手で触れる。
アルマの試合はお互い水晶柱に手を触れている状態からスタートするのだ。
両チームの選手全員が水晶柱に触れているのが確認できたら、主審がホイッスルを鳴らす。
それが試合開始の合図である。
しばらくして「ピィー!!」とホイッスルが鳴る。
試合開始だ。
「ヴァリー、アインツ。二人とも頑張って行って来いよ」
「「はい!」」
アインツとヴァリーは勢いよく返事をすると、それぞれ別方向へ向かって全力で走り出す。
それを防御役であるVPのジャドンとCKのクルドマンは見守っていた。
「あの二人ほんと早いね。一年生とは思えないよな。クル」
「末恐ろしいよ。二人とも。俺達もしっかり頑張らないとな」
こうして、波乱の前半戦がスタートした。
対してBチームだが、作戦を立てているのは受験生であるツクオだ。
ツクオはポジションとして作戦を立てるVPを選択した。
「前半は出来る限り、守りを重視した戦法で行きたいと思う。アインツって子はまったくと言っていいほど情報がないから、できれば前半で情報を集めたい」
ツクオの作戦にアッサは不満そうな態度を見せる。
「俺はヴァリーと戦えればそれでいいんだが…」
そういうアッサに対して、ツクオは反論する。
「アッサくん。君の得意属性は木だったよね?だったらヴァリーくんと戦うには相性が悪いよ。ヴァリーくんの得意属性は火だからね」
ツクオはヴァリーの得意属性をしっかり調べていた。
「でも僕ならヴァリーくんに対処できる。だからアッサくんは安心して攻めて欲しいんだ。FAとしてね」
今回アッサはFAのポジションを選択した。
だからこそアッサは相手選手と戦うことよりも、ゴールを決めることを優先しないといけない。
アッサは少々不満を持ちながらも、ツクオの指示通り動くことを決めた。
それだけアルマの試合でVPの指示は重要なのだ。
「アッサくんには70のマナを最初に与える。他の先輩達には守備に専念してもらうから、攻撃のサポートは期待できないけどアッサくんならいけるよね?」
ツクオの言葉にはアッサに対する挑発も含まれていた。
アッサは「いいよ。やってやるよ。」と挑発に乗るような形で、かなり無茶な戦法を了承する。
ヴァリーに食って掛かったように、アッサはかなりの負けず嫌いなのだ。
しかし、ツクオの狙いはこれだった。
アッサが攻撃に成功すれば、作戦を立てた自分の手柄に。
アッサが攻撃に失敗すれば、アッサが無茶をした責任にしようとしていたのだ。
自分の評価が上がるか、アッサの評価が下がるか。
どちらにせよツクオが得をする形にしようとしていた。
守りを重視したのも自分の評価を上げるためである。
VPは守備がメインのポジションだ。
だからこそ、相手に点を入れられればそれだけ評価が下がる。
極力点数を入れられないように、守りを重視した作戦にしたのだ。
そう、ツクオは勝利よりも、自分が加入テストに合格することを優先していた。
そんなことを知らないアッサは、ホイッスルの音と共に単身敵陣へ突撃する。
自分が最強であることを証明するために。
アインツはフィールドを走りながら、その走り心地の良さを堪能していた。
しっかりと手入れされた芝は、ふかふかしてクッション性がいい。
そのためアスファルトや土の地面を走るのとは、走り心地が全然違っていた。
アインツが気持ちよく走っていると、センターライン付近で自陣へ向かって走って来る影を見つける。
目を凝らして見ると、それはアッサであった。
アッサの右胸には70という数字が浮かび上がっている。
これはアッサが70ポイントのボールを所持しているということだ。
アインツは急いでベルトに付いている無線のスイッチを入れる。
アルマでは同じチームのメンバーは離れていても無線で会話することが可能となっている。
「ジャドンさん!相手が70ポイントのボールを持って迫ってきています。どうしたらいいですか!?」
アインツの無線を聞いてジャドンは驚いた。
「いきなり70かい!?それはまた大勝負に出たね。相手は」
前半使えるマナは300ポイントしかない。70ポイントはそのうちの四分の一、かなり大きいポイントだ。
もちろん、ゴールを決めればかなり有利になるポイントだが、逆に失ってしまえば相当の痛手となる。
リスクがかなり高い戦法だ。
ジャドンはアインツに迎撃させるか否かを考える。
アインツの所持しているボールは50でアッサは70。
一般的に自分のポイントの方が少なければ、相手を迎撃して倒したり、妨害して進むのを遅らせたりするのがベターだ。
だが、ジャドンには別の考えがあった。
「アインツくん。今回はできるだけ、相手に接触しないでスルーしよう。今はアインツくんが光魔法を使えることをできるだけ伏せておきたい」
そう、アインツが光魔法を使えるということを相手はまだ知らない。
これはゴール前の攻防で絶対に有利に働くとジャドンは考えたのだ。
「もちろん、相手がアインツくんを倒そうと攻撃して来るのであれば、光魔法を使って迎撃しよう。わざわざやられる必要はないからね。そこは状況に応じて臨機応変に頼むよ」
「わかりました」
アインツはジャドンに言われたことを頭に入れ、相手の陣地に突入する。
対して、アッサの方もアインツの存在を確認していた。
しかし、アインツの持っているポイントはアッサよりも少ない50、ここはスルーするのがセオリーである。
アッサは出来る限りアインツに近づかずに、敵陣に入ろうとしていた。
だが、ここでヴァリーの言っていた言葉がアッサの頭をよぎる。
(俺ばかり見てると、思わぬ相手にやられてしまうぞ。)
「だったら、この目で確かめてやる」
アッサはアインツの実力を見るべく、アインツの方向へ向かって行く。
アインツが真っすぐ走っていると、アッサがこちらに向かって走って来るのが見えた。
アインツは攻撃が来ることも想定しながら走る。
しかし、アッサの行動はアインツの予想とは違った。
「ウッド・ワン!ロード・ヴァインズ!」
アッサはアインツを直接攻撃するのではなく、アインツが走っているフィールドにつるを生やし、走りを妨害する。
アインツはそんなことまったく想像していなかった。
そのまま全力で走り、見事につるに引っかかって顔面から地面に激突する。
その様子を見てアッサは逆に驚いた。
こんなに見事に引っかかるとは思っていなかったからだ。
「だっ、大丈夫か?お前?」
あまりに見事なこけっぷりに、敵ながらアインツを心配するアッサ。
アインツは飛び上がるように起き上がって「大丈夫」と答えるが、鼻からぼとぼとと鼻血が出ていた。
その様子を見て「絶対大丈夫じゃねぇだろ!」と思わずアッサはツッコミを入れる。
だが、アインツは地面から生えたつるを避けながら、相手の水晶柱を目指し再び走り出した。
アインツはあくまでもジャドンの指示に従い、戦闘を避けるつもりだ。
アッサはアインツを追いかけるべきか悩んだが、先ほどの件で毒気が抜かれたため、アインツのことは後方に任せて、相手の水晶柱を目指すことにした。
アッサはしばらく走った後、アインツの行動の意味に気が付く。
「あいつ、そういえばボールを離さなかったな」
そう、アインツが何故顔面から地面に突っ込んだのかというと、ボールを離さなかったからである。
普通転んだ時は、顔が地面に激突する前に手で支えるものなのだが、アインツはボールを死守することに専念したため、顔から突っ込んだのである。
それはアインツなりの執念だった。
それに気づいたアッサは、アインツの評価を改めることにした。




